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結魂歌【けっこんか】・間奏

最近、涼しくなってきましたね。お久しぶりです、赤依です。


パソコンの動作が著しく不安定になったために、数日を費やして開腹手術を行っていたらこんなに遅くなってしまいました。今回で結婚の件は区切る予定でしたが、それは次回へ。


では、以下より本編です。後書きにてお会いしましょう。

 渡は実家に電話をかけていた。相手は(ひろし)だ。

 『挨拶? この間、来てくれたばかりじゃないか』

 「そうなんだけど。明日香が挨拶に行きたいって」

 『そんな丁寧に……電話口でも構わないんだがなぁ……。足が悪いんだから、いくらお前がバイクに乗せても負担になるだろう?』

 「あぁ、俺もそう頻繁に乗せようとは思ってないんだけどな。とりあえず明日香に聞いてみる。…………明日香、父さんと話してるんだけど、話す?」

 「え、洋さん? 話す話す。ちょっと待って……」

 食器を洗う手を止めて、濡れた手を明日香は拭いた。固定電話を渡から受け取り、礼儀正しく話し出した。

 「もしもし、明日香です。洋さん、こんばんわ」

 『おお! 明日香ちゃん、元気かね。渡が迷惑かけてないか?』

 「ありがとうございます、元気です。迷惑はこちらがかけているので、ご心配なく」

 『まったく、出来たお嬢さんだ。つくづく渡にはもったいない……』

 「その様子ですと、その……結婚のお話、お聞きになりました?」

 『あぁ、渡からな。本当に幸せなことだ。是非とも、これからも渡と一緒に居てやってほしい』

 「あの、そのお話は今度、そちらに伺った際にと思ったのですが……」

 『私も佳代も、二人の結婚に賛成だよ。来るなと言ってるんじゃない。明日香ちゃんが頑張って来てくれても、こっちは何も出せないからね。こうやって、重要な話は電話で済ませてもいいんだよ』

 「申し訳ありません。何から何まで……」

 『その台詞は、いつか渡に言ってやりなさい。思い出した時でいいから。…………おめでとう、明日香ちゃん。義理だが父になる身で、かけられる言葉がこれだけってのも寂しいが、幸せを遠ざけることだけはしちゃいけないよ』

 「はいっ……!」

 『……うん。それじゃぁ、渡に代わってくれるか? もう少し話があるんだ』

 「分かりました。ありがとうございます…………、渡」

 「へいへい、どうした?」

 「洋さんが渡と話したいって」

 「分かった。…………もしもし、父さん?」

 『おう、渡。決まってたら教えてほしいんだが、式はいつだ?』

 「決めてないんだよなぁ。ただ、それほど派手に開こうとは思ってなくてね」

 『そんな大きな声で話して大丈夫なのか? 明日香ちゃんに聞こえるぞ?』

 「いや、こっちでそう決めたんだよ。明日香は車いすに乗りながらの式になるから、小さく開こうねって」

 『そうか、分かった。まぁ、なんだ……おめでとう、渡。これから(・・・・)幸せにしてやれよ?』

 「これからも(・・・・・)、だろ?」

 『ったく、生意気な』

 「はいはい。ところで、母さんは?」

 『家事に疲れて寝たよ。心配するようなことはない』

 「……そう。また今度、俺一人でそっちに行くから。その時には式の連絡する」

 『あぁ、そうしてくれ。身体には気を付けろよ?』

 「そっちもね」

 『当たり前だ! 明日香ちゃんの花嫁衣裳を見るまでは死ねん!』

 「ん? 今、そっちで不自然な物音がしなかった?」

 『気のせいだろ?』

 「あ、そう。それじゃ、また」

 『あぁ、また』

 電話が切れた。

 こんな長電話は仕事では避ける傾向にあるので、渡の体感時間は少々狂っていた。

 「あれ、もう食器片付けたの?」

 「うん、終わった。それで、洋さんは?」

 「式の日程を教えろとのこと」

 「早く決めなくちゃいけないのは分かってるんだけどね……」

 車いすでも式を進めることはできますか?

 今のところ、連絡を入れたブライタルからは良い返事をもらえていないのが事実。もう少し探して、なんとか式場を探さなければならない。車いすさえ入れれば、他の点では最低限で構わないのだ。

 「こっちの希望が全部通るなんてのは望みすぎだけど、車いすさえ何とかなればなぁ。明日香は他に希望あったっけ?」

 「ううん、ないよ。私も、さすがにドレスを着て杖は使えないから、なんとか車いすが入れるような式場だったら嬉しい」

 二人で考え込み始めた。考えても式場はやって来ないため、頭を抱えているに近い。

 「ほら、渡。まだ連絡入れてたブライタルがあるじゃない。もう少し連絡待ってみようよ」

 「それもそうだな。それしか方法ないもんな」

 それで、唯一届いていないブライタルからの連絡を待つことにしたのであった。


 二日後。

 幸運は偶然を抱えて飛び込んできた。

 「はい、もしもし」

 「もしもし。こちら、ブライタル・ホワイトです。竹下様のお電話番号で間違いないでしょうか?」

 一番評判の良いブライタルだ。連絡が一番遅かったので不安だったが、やっと連絡がついた。

 「はい、竹下です。お世話になっております」

 「こちらからの連絡が遅くなり申し訳ありません。車いすが入れる式場という条件でしたので……。なかなか会場の方とタイムスケジュールを合わせるのが難航しまして」

 「え? 会場、あるんですか?」

 朗報であってほしい。希望通りの日程でなくても、会社の都合を考慮して数日くらいならば余裕がある。

 「はい、御座います。先日ですが、すでに一組挙式されました。車いすは男性がご使用になられていました。そちらは女性の方でしたね? 会場の車いすをご利用になられますか?」

 「いや、普段の物を使います。彼女の方には了解を得ています」

 「かしこまりました。それで、会場の予約日程なんですけども…………」


 「明日香、予約とれたぞ!」

 「え、何の予約?」

 「結婚式の会場だよ! たった今の連絡で、車いすでも問題ありませんっていう会場の予約がとれたんだ!」

 「本当にっ!?」

 ソファーに座りながら上半身だけで器用に驚きを表現する。

 「しかも、こっちが依頼してた日程なら全部使えるって言われた。どの日にする?」

 明日香に以前にブライタルへと伝えた日程のメモを渡す。渡は既に決めているが、明日香が決めた日程で式を進めるつもりだ。

 「決まってるよ。…………六月。六月にしよう」

 「言うと思った。それじゃぁ、六月の末日。ブライタルの方にも連絡しておくね。あと、親父たちにも」

 「お母さんには私から連絡する。あなたは会社の予定と合わせるの大変じゃない?」

 「だ、大丈夫だ。なんとかする……」

 もう平社員とは違う。簡単に有休を取れるほど単純な肩書ではなくなっていた。


 式当日は六月三十日。

 会場には車いすが入れる場所を選んだ。建てられてから数年しか経っていない。マンションからは遠いが、ここまで要望が叶う場所はここしかない。

 「では、六月三十日に予約しておきます。当日はドレスを合わせる必要があるので、早めにお越しくださいますようお願いします」

 「は、はい! ありがとうございました」

 あとは月末を待ち、挙式するだけ。

 「予約、できた?」

 「あぁ、月末だよ」

 くすくすと明日香は笑う。

 「どうしたの?」

 「いやぁね、渡の顔が子どもみたいに明るいから、つい」

 「そんな顔してた?」

 「してたしてた」

 またくすくす笑われる。

 「当日の朝は早いぞ? 予定、しっかりと空けといてね」

 「そっちもね」

 あの頃は、まだ学生だった二人。ケッコンという言葉を口にしても、互いが互いを想っていることを伝える道具でしかなかったかもしれない。それがいつしか結婚となり、想いを過ぎて不可欠となった。他人から始まった二人が、ここまで強く結びつく。こんな日が来ることを、明日香は考えてもいなかった。こんな日が来たことを、渡は感謝していた。

 「明日香」

 「なぁに?」

 いつも明日香に先を越されるあの言葉。今日は自分から言えると、自然体で切り出した。

 「明日香、愛し……っ!」

 「…………式まで、取っておいて」

 やはり、渡は明日香に勝てなかった。


 本日、六月三十日。

 渡はワイシャツに黒のパンツというスタイル。明日香は大袈裟に着替えることが予想されていたので、上は渡と同様に仕事用のワイシャツ、下はジーパンという形に。

 「起きたか?」

 「うん、準備できてるよ」

 今日まで、互いに誰を呼んでいるのかを教えてはいなかった。元々、小さな式なのだからそれほどの人数は呼べないが、渡は大学時代に親しかった田辺行広を。明日香は佐藤夕、石堂花帆、川元実来を呼んでいた。加えてそれぞれの両親。明日香の父には一度も会ったことがない上に、明日香の口から語られたこともない。聞くべきではないと思い、今日まで封印してきた疑問だ。

 休日の早朝の電車に人影は少なく、押し慣れている明日香の車いすも、緊張で腕が強張ってしまう。

 「おー、がんばれー」

 「呑気なことを……」

 不安はないはずなのに、隣で目を輝かせる明日香が異なる世界に住んでいるような気さえしてきた。

 式場の最寄り駅へと到着して頃には、午前十時を過ぎていた。

 駅から式場までは近く、五分もかからずに到着した。

 「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」

 式場のスタッフだろうか、数名のスーツ姿の男女に誘導される。これから渡はタキシードに、明日香はウエディングドレスに着替えることになる。洋や明美に顔を合わせるのは、その後だろう。

 「竹下様はこちらに。上浦様は隣のお部屋です。これから装いを改めていただきます。よろしいですね?」

 「はい、よろしくお願いします。……じゃぁ、明日香。また後で」

 「うん、ビックリさせてあげるから」

 「あぁ、期待してる」

 そこで部屋を別れた。

 渡はタキシードに着替えながら、内心はそわそわして落ち着かない。

 「車いすで式場に来る方って、多いんですか?」

 「ええ、ここでは積極的に受け入れています」

 「なぜですか?」

 「同じ、人間ですから。これまで感じたかもしれない悔しさ、悲しみ。ここに来られた方には、それらの全てを思い出に変えていただき、お相手の方と一緒に進んでもらいたいと、私どもは考えています」

 愚問を投げたものだ。緊張がほぐれた渡は、タキシードを丁寧に着込んだ。


 明日香は女性スタッフの手を借りて、大きなソファーに移っていた。

 「すいません、ご迷惑をおかけします……」

 「お気になさらずに。ここでは今日、お二人が主役ですから」

 「主役……ですか」

 眼前に広がる純白のドレスに、いまでも状況が信じられずにいる。私はこの後、いったいどうなるのだろうか。このドレスを着て、渡の前に進むことになる。実は、長い長い夢を見ていて、ついにここまで辿り着いただけなのではないのか。これまで体験した全てのことは妄想で、目が覚めれば灰色の毎日が見えてくる――――

 「プロポーズの言葉、聞いてもよろしいですか?」

 「――――え?」

 気づけば、身を包むドレス。

 「いえ、なんとなくです」

 「プロポーズですか……。お互いが学生の頃に、海で告白されて」

 思っていたよりもスカート部分が広がらない。車いすの両輪に巻き込まれないための寸法で作られているのだろう。

 「それから、卒業するまでは定期的に会いにきてくれて。バイクが好きな方でしたから、色々な場所を体験しました」

 最後に小さなティアラを頭部に飾る。まるでどこかの王女のようだ。

 「勤めるようになってからは、同居するようになりました。その時に、このトゥリングを。プロポーズの言葉は……忘れてしまいました」

 「では、何度も伝えてもらうべきです。毎日違った上浦様を、好きになっていただきましょう。今日はこれから続くそれらの日々の、一日です」

 「はい……!」


 …………最初は、本当にただの偶然だったのに。車いすがここまで繋いでくれたんだと、私はそう思ってる。渡だから、私だから、ここまで来れたんだと。もし、渡もそう考えてくれてるなら、何も言うことはない。着ているドレスは、私の弱点を隠すためなんかじゃない。これは私の夢で、決意で……、渡への感謝だ。さぁ、会いに行こう。私の人生を大きく変えてくれた人たちのもとへ――――――

お読みいただきありがとうございました。


恋愛経験なしの私には、ウエディングドレスの構造などは無知どころか未知ですので。車いすに乗るのに、車輪に巻き込まれるような形状にはしないだろうという憶測から書いております。トゥリングは調べたのにドレスを調べなかった理由は、この年齢でも恋人なしの自分には視覚情報的に辛いものがあったからです。許してください。


では、次回。なんとか結婚について収束させます。

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