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結魂歌【けっこんか】・前奏

いつもお世話になっております。


魂を結ぶ式と書きまして、結魂です。

スイーツたちが眩しすぎて、私の服に付着したものが血痕です。

まったく異なるものなので、しっかりと区別して覚えましょう。


こんなダジャレにも負けないほど寒い内容が以下から続きます。

では、後書きにて。

 プロポーズの日から、渡が明日香の足に目が向くことが多くなった。その時々に必ず覚える安堵感は、明日香の両足の親指に二対のトゥリングが見えるからだろう。

 「ありがとね、いつも()けてくれて」

 「ん~? 気に入ったからね」

 嬉しい限りである。思い切りが報われた。

 「明日香、いつ頃に挨拶に行こうか?」

 まずは明日香の実家――――明日香の母である明美(あけみ)に伝えることにした。

 「そんなに遠出するようなことはないと思うけど、連絡とってみるね」

 「もし週末に会えるようなら、その時に」

 「そうだね、そうしよう」

 そして後日、明日香は実家に連絡を取った。同時に入居費用について小言を並べたらしいが、明美は、はいはいと適当に流したらしい。受話器を置いた明日香に不機嫌を投げられる予想をした渡は、愛馬に跨って夜の街を走った。


 「お母さん、週末は家に居るって」

 ぶっきらぼうに放つところを見るに、まだ入居費用に不満があるらしい。明美と喧嘩にならなければよいが、明らかに人が本気で怒りを(あらわ)にしている態度ではなかった。

 「よし。それじゃ、何か菓子折りを……」

 明日香はジャムを贈った。こちらからも何か……。そう考えた渡であるが、明日香に制止された。

 「いや、何もいらないって言ってた。料理作って待ってるねって」

 「いやいや、いくらなんでもそれは……」

 今更、娘さんを下さいという間でもないが、礼儀と言うものがあるはずだ。

 「『楽しみにしてるわね』だって。まだ用件も伝えてないのにね」

 「はぁ、そうですか……」

 本当に不要かもしれない。ここは明美に甘えようと渡は考えた。


 そして週末。

 結局、菓子折りも買わずに明日香の実家(ここまで)走らせてしまった。

 「おぉ……なんか久しぶりの実家は大きく見える気がする……」

 ヘルメットを脱ぎながらそんなことを抜かす明日香。通販で買った伸縮杖を伸ばし、渡の介助の下、バイクを降りた。

 「本当に俺、何も買ってないぞ? いいのか?」

 「いいのいいの」

 明日香の歩調に合わせて、インターホンに近づく。

 遠慮なく押すと、少し籠った音が聞こえてきた。


 「はーーーいっ!」

 「……明日香です。ただいま、お母さん」

 「あーーー、待っててね。今開けるからっ!」

 そんな元気しか存在しない声を小さなスピーカーから聞く。少し恥ずかしそうに顔を覆う明日香の表情は、どこか嬉しそうだ。

 「はい、お待たせ。お帰り明日香。それと、渡くんもね!」

 「お久しぶりです、明美さん」

 「早く入って。お昼、まだでしょう?」


 今日は何かのパーティーなのか。疑問を抑えて席に着く。

 「いっぱい食べてね。久しぶりに張りきったわ」

 「あの……これは、いったい……」

 「いいから、たくさん食べてね」

 きつね色の衣に包まれた鶏肉。絵に描かれたような彩色のサラダ。鼻孔をくすぐる香りは中華スープ。他にも、ご馳走が並んでいる。

 「うわぁ~、こんな豪華なの久しぶりだよ~」

 普段はこれと言って豪華な食事をしない二人であったから、眼前に広がる絢爛に感動すら覚えた。

 「……いただきます、で、いいのか?」

 「渡、遠慮しないで食べよ」

 明日香にも促されて箸を取る。まずは唐揚げから。

 「……なんだろう、この味は」

 旨いのは確かだ。ただ、明日香が揚げた物とは違う。旨みは断然明美が揚げた物が上回っている。

 「揚げ物を美味しくしたいなら、中身も重要だけど、衣もね」

 「どんな細工をしたの?」

 「細工って……。隠し味と言いなさい」

 同じく唐揚げを頬張っている明日香に聞かれ、明美は答えた。

 「鶏肉自体には薄味だけなんだけど、衣に気持ち味を濃い目に」

 「「なるほど……」」

 同時に納得した。たしかに衣が旨い。この方法は他の揚げ物にも応用できるかもしれない。

そんな、懐かしい味に箸が進む明日香を横目にして、渡は落ち着かなかった。

 切り出す内容が内容だし、もう少し緊張してもいいはずの明日香は絶賛舌鼓を奏でている。

 三人で昼食を摂り終えて、食器の片づけは全て女性陣が行ってしまった。なぜか、明日香と明美の間には入れなかったのである。数分後に切り出す精神力を養うために、渡は静かにお茶を啜っていた。食卓の横には高価な日本酒が置いてあったが、触れないでおこうと渡は考えた。


 「そいで、お二人は今日はどのようなご用事で?」

 明美は渡の両親よりいくつか若い。

 そのせいか、言動が少しだけ弾んでいる。今の質問も、事の八割は理解しているような顔で聞いてきた。

 「あのね、お母さん。今日は大事な話があって来たの」

 「大事な話? 何かしら?」

 明美は絶対に分かっている。明日香も、それを読み取っているはずだ。親子漫才に付き合えるほど余裕のない渡だけが、石のように硬い表情をしている。

 「あー、あのですね、明美さん。こんなに時間が過ぎてしまってからこんなことを切り出すのも不自然かなと思います。……今日は、明日香さんとの婚約の承諾を頂にあがりました」

 にこにこしている明美が、なぜか恐ろしい。何を言われるかわかったもんじゃない。

 「お願い、お母さん。私、渡と結婚したいの」

 「婚約の話だったのね……私、ビックリだわ」

 いつまで漫才を続けるつもりか。明日香なんて、ついには目を潤ませて両手を顔の前で組み始めていた。

 一人真剣な渡は、だんだんと肩すかしを感じてきた。本当はもっと……明日香との婚約を止められることまで想像していたはずなのに、この後にそんなことは、一切起きないのではないかと思い始めた。

 「ボクは真剣です。告白をしてから何年も、明日香と共に過ごしてきましたが、この考えに後悔はありません。明美さんからの援助によって、生活も苦しくありませんし、安定して働くこともできています。婚約指輪も、受け取っていただけました……。明日香さんは、ボクの考えに賛成です」

 明美の目を見て話したいが、なぜか見てはいけないような気がしたため、頭を深く下げての発言となる。

 「その…………。ボクのような人間では明日香さんを送り出せないと考えるかもしれません。ですが、本日は了承が頂けるまでここを動く気はありま、へぶっ!?」

 頭を深く下げていたから、もちろん顔はテーブルを向く。後頭部を押さえつけられ、テーブル表面とキスすることになるとは思わなかった。

 「渡、長い」

 「あら、渡くんが可哀そうよ? 私、最後まで聞きたかったのに……」

 「そんなこと言って、今にも笑いそうじゃない。お母さん」

 「やっぱりバレるわね、明日香には」

 「……ボク、泣いていいですか……?」

 ずるずると顔を上げると、笑顔の上浦家に囲まれる。そんなことだろうとは考えていたが、いざ真剣な心持を折られると、嬉しいよりも複雑な気持ちだった。

 「ごめんごめん。……でね、明日香との婚約だけど、もちろん許すわ。ありがとね、渡くん。電話だけでもよかったのに、明日香と一緒にここまで来てもらっちゃって」

 「大切なことですから。会ってお話しをするべきだと思いましたし」

 「そうね、そうよね。……明日香、幸せにね」

 「もちろん、そのつもりだよ」

 明美は渡を良く知っている。今日という日までに何度か上浦家を訪ねたことはあるし、食事までご馳走になったことも少なくない。その時に明美と渡、そして明日香を交えて色々なことを話した。他愛もないことから、将来のことまで。婚約の承諾という重大な内容であるにもかかわらず、この三人にとっては今更である。

 ここまでくれば、次は式の日取りや場所を考えなくてはならない。

お読みいただき、ありがとうございます。


寒いと感じたら、空調の設定温度を疑う前に、前書きと本編への酷評をお書きください。

今回は前奏でした。次回こそは結婚式のシーンを、と思っています。


では、次話にて。

追伸:今更ですが、本連載の時間設定はかなりポンポンと飛んでいます。一日単位で考えて読まずに、数ヶ月(下手をしたら一年)単位で考えていただけると幸いです。

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