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四輪歌【よんりんか】

おはようございます、こんにちは、こんばんは、赤依 苺です。


出来ました、続編第一話。『ネタ、引っ張りすぎじゃない?』という文句をお待ちしています。これからも末永く、よろしくお願いいたします。


本作品は不定期更新です。更新直前となりましたら、活動報告の方で予告を掲載したいと思います。では、後書きにて。

 あ、そうそう。パンクしちゃった。


 スマートフォンを片手に、渡は足の小指をぶつけた。

 「っ…………」

 口に出したい言葉は山ほどあれど、目の前に映る彼女の重大問題には反応できない。指を滑らせて(すみ)やかに返信を書かなければならないこの状況で、痛みが思考の邪魔をする。


 でも心配しないでね。お母さんと一緒だったから。


 そんな教育番組があったかもしれないが、そんなことを書きたいわけではない。渡が書きたいことは、一刻も早く、彼女の足を心配すること。


 片方? それとも両方?


 どちらでもよかった。パンクしたタイヤが両輪だろうと、修理の手間が倍になるだけだ。ただ、両輪のパンクが望ましい。それも、扱う人が慣れていない場合は、特に。


 片方。お母さんってば、強引に方向修正して進むから腕が疲れたって言ってた。


 当たり前だろう。乗り心地は最悪だったに違いない。勝手に進行方向が曲がる車のハンドルを常に小刻みに修正しているのと変わらないからだ。母、強し。


 明日は日曜日だけど、直しに行こうか?


 お願いできる?


 当たり前だろう?


 ありがとう。


 午前中から行くよ。すぐに終わらせるから。


 お代はお昼ごはんで。ついでに手作りです。


 楽しみにしてるよ。


 「……手作りです、か…………」

 誰にも見られてないから、渡はスマートフォンを抱えて部屋でクルクルと回っていた。……とても、見せられない光景である。緩んだ口角を戻すことなく回っていると、足元からの不吉な音が渡の耳に届いた。

 「っ…………」



 渡は愛馬を鳴かせていた。

 背中には普段から使っている工具を詰めたリュックを、リアキャリアには手動の空気入れを縛りつけた。空気入れは長いため、斜めに縛りつけることで横に張り出さないようにしている。

 日曜日の道路には家族を乗せた乗用車が多数走っている。速度は出せないが出す気もない。下手に走って、少し張り出している空気入れで他の車を傷つけることの方が心配だった。

 アスファルトには幾多(いくた)のタイヤに踏まれた桃色の花弁が、以前は華やかな色合いだったことを主張するようにちらばっている。今、春の(うら)らかな陽気に()るバイクは、最高に気持ちがよい。

 目的の場所へと近づくと、渡はさらに速度を落として大きな道路から外れた。住宅が並ぶ中を小さな十字路に気を付けながら進んでいく。

 目的の家の前まで来た。渡はバイクを止め、鈍い動きで降りる。背中に工具が当たり、少しだけ痛かった。呼び出そうと思い手を触れたスマートフォンから意識を逸らし、渡は呼び鈴を押した。

 「は~~~い。どちらさまですかー?」

 「竹下です。パンクの修理に来ました」

 「あっ! はーい、ちょっと待っててねー」

 一分と待たずに開いたドアの向こうに、渡の意識の中心にある人物と良く似た女性が立っていた。

 「いらっしゃい。もしかして呼ばれたの?」

 「はい。『パンクしちゃった』って言われたので」

 「悪いわね。お昼はご馳走するわよ。私じゃないけどね」

 「いやー……あはは……」

 昨日の話は期待しても良さそうだった。そうと分かると、渡のやる気は勢いを増した。

 「それで、どこにあるんですか?」

 「あぁ、そうだったわね。庭に出すから、まずは上がって。飲み物くらいは出すわよ」

 「ありがとうございます。それじゃ、お邪魔します」

 「『ただいま』じゃなくて?」

 「や、やめてくださいよ!」

 照れなくたっていいじゃな~い。そんな言葉を聞き、耳が赤くなってないかが心配だった。


 ◇


 リビングから、これから欠乏状態となる腹部に対して強い刺激を与える香りが漂ってきた。

 「……よっ。大丈夫だったか?」

 「あ、いらっしゃい。ごめんね、出られなくて」

 「いーのいーの。大丈夫そうで何よりだけど、どこでパンクしたんだ?」

 「大きな交差点のド真ん中。正直、お母さんに押してもらってなかったら新聞の隅に載ってたかもしれない……」

 背の低いキッチンに佇む女性が、脇に松葉杖を挟みながら器用に料理をしていた。すると、思い出したように火を止めて、ゆっくりと冷蔵庫まで寄っていった。

 「縁起悪いこと言うなよ……。それより、何か手伝おうか?」

 「あー……、いや、大丈夫。それより座っててよ。今から一杯出すからさ」

 居酒屋か、ここは? そんな冗談を飲み込むと、リビングの扉が開いた。

 「お待たせ、渡くん。準備できてるよ」

 「あ、はい。これ飲んだら始めます」

 そのタイミングでキッチンから差し出されたジュースを受け取る。色と香りから、リンゴジュースのようだ。口に含んだ際の酸味が、気を引き締めてくれる。

 「……ごちそうさま」

 「うん。それじゃぁ、お願いします」

 「あぁ、しっかり直すよ。お昼、楽しみにしてるから」

 「頑張るね」

 コップを返却して、持ってきた荷物を担いだ。

 「……甘いわね」

 「はい? 少し酸っぱかったですよ?」

 「うふふ」

 「ちょっと、お母さんっ!」

 耳の赤さを心配するべきは自分ではないかもしれないと、ふと感じた渡であった。


 ◇


 腕が鳴る。

 一見、パンクに目を(つむ)れば定期的に手入れがされているように見える車椅子。しかし、パンクを免れたタイヤも空気が抜けていたり、所々に小さな(さび)が付着している。他にも、前輪の軸の掃除が必要かもしれない。

 「ちょっと時間がかかるかもしれません」

 「あー、いいよ。ゆっくりやってね。あっちも時間かかりそうだし」

 庭からちらりと盗み見たキッチンでは、大惨事を起こさないように慎重な手つきで包丁を扱う人影が見える。

 「それなら、ゆっくりやりますね。ところで、スチームクリーナーってありますか?」

 「ん、スチーム?」


 シュ、シュと蒸気の射出を確認する。火傷の危険から温度までは確認できないが、頑固な汚れでもないから気にしなくてもいいだろう。

 ハンドスチーマーをシート部に当てて、渡は蒸気を射出しながらブラシを滑らせた。最初は白く霧散(むさん)していた水分も、途中から少しだけ茶色に染まり始めた。時折、車椅子を傾けてシートに溜まった水分を庭へと捨てる。座席部分のシートが終わると、次は背もたれ部である。水分を消費したスチーマーに水を追加し、同様に掃除を続けた。水色のシート部が、鮮やかになっていく。

 スチーマーに水が残っていることに気付くと、次に渡は金属部にブラシを当てた。研磨クリームを使う前に、表面の汚れだけでも簡単に除去しようと考えた。しかしスチーマーの威力は予想を超え、研磨クリームなしで表面がピカピカになるほど汚れが除去された。錆までは取れないが、これだけでも十分な光沢であることに間違いはない。

 「錆が取れれば、残るはパンクのみ……」

 乾いたウェス(ボロ布)で車椅子全体の水分を拭い去る。シート部は自然乾燥に任せた。

 パンクしたタイヤの方へ回り込むと、小さな金属へら(・・)を何本も用意した。これをホイールとタイヤの間に差し込んで、へら(・・)を返すと、タイヤが外れて中のチューブを取り出すことができる。手始めに三本ほど等間隔に差し込んで、返してみた。

 「よし。順調、順調」

 タイヤの一部が、ホイールから剥離した。隙間からは中に収まる黒いチューブが見えている。続けて数本のへらを差し込んでは返していると、チューブが簡単に取り出せるようになった。

 「あのーーー! すいませーーーん!!」

 「んー? どうしたのー?」

 予想とは違った声がキッチンから返ってきたが、構わず続けた。

 「パンク穴の場所を確認したいから、水が必要なんだけどー」

 「水? 分かった。……お母さーーーん、渡に水渡してくれなーーーい?」


 縛りつけてまで持ってきた空気入れで、パンクしているチューブに空気を入れた。ある程度の空気を入れたら、少し大きめの桶に張られた水にチューブの一部を浸す。そのまま手でチューブに対して圧をかけながら、チューブ全体が必ず水中を通過するように、クルクルと回す。

 静かにゆっくりと回していると、桶の中の水に小さな気泡が浮き出した。

 「……ここか」

 たった今水中から引き揚げたチューブの一部をウェスで拭き、目視と、手に感じる細い線のような風に意識を集中した。手にはすぐに風を感じられ、目でもパンク穴の位置を確認した。修理パッチを用意して、パンク穴付近の水分を念入りに取り除く。一度、チューブから完全に空気を抜いて、パッチ接着剤を穴を埋めるように薄く塗布した。

 パッチから剥離シートを取り除き、接着剤へと乗せてチューブに押し付ける。パッチが固定されるまでのしばらくの時間、渡はちらりとキッチンに視線を投げた。

 首を小さく横に揺らしながら、火の加減を確かめる姿が見える。時折、蓋を持ち上げてはかき混ぜて、時計を気にしているようだった。その時、思いがけずに視線が合わさる。手首だけを起こしてこちらに手を振る姿に、渡は笑顔で応えた。

 そろそろ指を話してもパッチが剥がれ落ちない頃合いだろう。渡は先程とは逆の手順でチューブをホイールへと戻していく。焦らず、確実にタイヤを嵌めあわせて、パンク修理は無事に完了した。

 「…………バッチリッ!!」

 残るは、以前にも絡まったゴミなどを取り除いた前輪の車軸清掃だけ。こちらは慣れた手つきで、数分で終了した。

 これで、依頼内容は完遂した。


 ◇


 「修理、終わったよー」

 互いの針が頂点で重なりそうな時間。渡は空腹を我慢できなかった。

 「ありがとう。私も覚えた方がいいのかな、修理?」

 「覚えたいの?」

 「だって、調子が悪くなる度にお世話になることになるよ?」

 「是非、お願いします」

 「そうよそうよ、甘えておきなさい」

 そう言って後押ししてくれる声に、結局はこれからも修理は渡が行うことが約束された。

 「それよりも、お昼、出来たよ。すぐに食べる?」

 「あぁ! 食べるっ!!」

 何を作ってくれたのかと、迫る渡を制して最後の任務が言い渡された。

 「まずは手を洗ってきてね。油まみれだよ?」


 時間がなかったから急いで作った、だから味は保証しない。

 本日のシェフが予防線を張った料理は、空腹の渡の胃を、香りで刺激した。シェフと、その補佐が着席するまで渡は嗅覚と視覚で料理を楽しむ。

 「さぁ、料理長。本日は何を?」

 補佐が尋ねる。

 「カレー。美味しいといいな……」

 補佐がシェフの着席を手伝う。すぐに、補佐も席へと着いた。そしてシェフは、ぽつりと呟いた。

 「じゃぁ…………、いただきます」

 「「いただきますっ!!」」

 渇望した昼食の、その一口目。香辛料の香りが鼻から抜けて、舌には滑らかなルーの食感が広がった。この家には女性しかいないからだろう、辛さは抑えられていた。

 「…………どう?」

 「美味いっ!」

 これに尽きる。次は、野菜と一緒に口へと運んだ。

 「……にんじんも、柔らかい。あんた、本当に時間なかったの?」

 「へ? そ、そうだよ?」

 「それじゃぁ、どうして鍋が二つも火に掛かってたのかな~?」

 固い食材には、(あらかじ)め火を少し通しておくと、他の食材と一緒に調理する段階で完全に火が通る。普段料理をしない渡も知っていた。

 「いいじゃん、頑張ったって……」

 「うん、美味しいよ。頑張ってよかったよ、修理」

 「そう言ってもらえると、作ったこっちも嬉しいよ。お代わりあるから、沢山食べてね」

 「おう!」

 「…………甘いわね」

 「そうですか? 中辛って感じですけど」

 「うふふ」

 「もう、止めてったら!」

 その後、大盛りでもう一杯を楽しんだ渡は、幸せそうな表情を笑われたのだった。


 ◇


 食休みも終わり、キッチンの片づけも落ち着いたころ。

 突然の疑問に二人は顔を見合わせた。

 「ところで、二人で映ってる写真とかないの?」

 言われてみれば、同時に撮影された写真は記憶にない。違う大学に通っているのだから、そう簡単に一緒に居られる時間は作れない。

 「あぁ、写真って言うと範囲が狭いね。ほら、何だっけ? 写真じゃなくて、ゲームセンターとかに置いてある……えーっと……イメクラ(・・・・)?」

 「プリクラ(・・・・)、だと思います……」

 正しいことを言っているのに、なぜか渡は自信がなくなった。隣からも恥ずかしさの怒号が飛んでいったが、母親は『あはは。冗談、冗談』と笑っていた。実の娘にイメクラが冗談とは、かなり大陸的な人なのかもしれない。

 「で? プリクラの一枚もないの?」

 「いや、無理がありますよ。車椅子でゲーセンは入れるかもしれないですけど、何よりも撮影場所が狭すぎて」

 「そうなの? なら、私が撮ってあげようか。カメラ、持ってるし」

 「え、いいの? お母さん?」

 「遠慮することないじゃない。思い出、ほしいでしょ?」

 思い出。

 告白から、もうすぐ一年が経つ。あの日、肌を焼くような陽射しの砂浜で精一杯の気持ちを互いに言い合った。その日から生まれた思い出は、どんなものであっても心の中に、形を持たない状態で残ってきた。生憎、渡にはカメラの趣味がなかった。プリクラも考えなかった訳じゃない。しかし、ゲームセンターの前まで来たものの、首を横に振られてしまうのだった。やはり、車椅子では入りづらい空気が感じられた。

 「せっかく直してもらったことだし、乗ったところでも撮る? 私も、大きくなった姿を収めたいと思ってたのよ。渡くんはバイクでしょ?」

 「はい。もし良ければ、自分はバイクに跨りたいんですが」

 「そのつもりよ。さて、庭で撮りますか」


 二人に助けられながら、新品同様に生まれ変わった車椅子へと座る。

 渡は、乗ってきたバイクを庭へと入れて、車椅子の横へと移動させる。

 「一緒に写真に写るの、初めてだね」

 「そうだな、大切にしなくちゃな」

 「はーい、ちゃんと寄ってねー」

 バイクに跨り、となりの女性を盗み見る。表情は硬く、初めての一枚を飾るには物足りない。

 「ねぇ、渡。笑って?」

 自分も、表情が硬いようだ。どうにかして、シャッターが切られるまでに自然な表情が必要だ。

 「渡」

 「明日香」

 「「大好き」」

 小気味良い音が、耳へと届いた。

お時間を割いていただきありがとうございます。


いかがでしたでしょうか? 前作をお読みになられた方にとって、渡と明日香の関係がより良くなったのならば、私は幸せです。こちらが初めてという方は、前作もどうぞ、よろしくお願いします。


なお、今回の投稿に合わせて前作のジャンルを『恋愛』に変更しました。


それでは、次話にて。

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