第8話 森からの脱出3
妖精との出会いから1カ月半以上経過していた。
もう日数を数えるのも億劫になり、脳内の地図を疑い始めた頃、ようやく森の出口が見えてきた。
一息つきたいところだが、3日ほど前から人の気配を感じるようになっていた。警戒を緩めるわけにはいかなかった。
慎重に足を進めながら、ボクはこの森で学んできたことを思い返していた。
レベルは10まで上がっている。
≪創生神の加護≫も相まり、恐ろしい伸び率である。勇者汚い。
コピーした"勇者クロノスのスキル"に関しても、大体の検証は終えていた。
率直に言うと――勇者クロノスは、物理特化の火力馬鹿だった。
≪飛火≫を初めとした基礎魔法は一通り取得していたが、攻撃の合間の牽制や、冒険中の生活用途にしか使っていなかった。
治癒や補助魔法も同様で、応急手当や探索時に便利な魔法は一通り取得済みだが、中級以上は一切手を付けておらず、その上、肝心の戦闘系スキルでも、防御よりも攻撃系を優先するという脳筋っぷり。
特に、剣技スキルは全て熟練度はMAX――ひとつのスキルをMAXにするのに平均10年はかかると言われている――で、頭がおかしいとしか思えない構成だった。
――少し弁護しておくと、これほどまでにクロノスが脳筋になってしまったのは、本人の気性だけのせいはない。
勇者の任命とほぼ同時に、魔導士や神官といった魔法のエキスパートを仲間にしてしまったのが一番の原因だ。加護の効果である高い自然回復力も、防御を捨てた火力特化への道を助長している。
このスキル構成を見るに、勇者の死因――自然回復が追い付かぬレベルで肉体を酷使し、反動の大きい奥義を放った――も納得できる。
ちなみに、その高すぎる熟練度せいか、剣技スキルは未だに使いこなせていない。慣れるのにはまだまだ時間がかかるだろう。
一体どうやって慣らしていこうか……と考えていると、
「……む」
こちらに向かってくる邪悪な気配を感じた。≪察知≫はモノになりつつある。
「見つけたわ! 見つけたつけたわよぉぉおお!!」
全力で戦闘態勢に移行。≪風弾≫起動――形状設定、球体。
> ≪風弾≫を発動しました
『≪風弾≫
風系基礎魔法その2。礫状に風を圧縮し、対象にぶつける』
「えぇっ!?」
瞬間移動のように現れた妖精をやさしく空気の球でつつんで――圧縮。
「げふぅ! ……せ、狭い……狭い、わ……」
片手で握りしめられるサイズまで圧縮した妖精of球を素早く掴み、
「てぇぇい!!!」
と、西へ向けて、問答無用で投げつけた。
「えぇ!? ちょ、は、速い! 速いわぁ!? 飛ばされるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…ぅ…………!!」
もの凄まじい勢いで星になってく厄病球を見送る。
そのまま森を越えて、海皇種とのアバンチュールを楽しんでいただきたい。
百年くらいどっぷりと。
「ふぅ」
顎の下に手の甲を添えて、割とイイ笑顔で一息つく。危機は去った。
……まあ、途中で魔法が切れるか、≪精霊化≫で逃げられるだろうけど。
2日に1回の割合で現れる疫病神だが、魔法や戦闘スキルの訓練相手として見るなら、なかなか役に立った。
……というか、そう思わないとやっていけない。
どんなに焼こうが吹き飛ばそうが放置しようが、何処からともなく――やたら笑顔で――やってくるため、既に短期での離別は諦めていた。
あとは少しでも早く厄介払いできるよう、根気よく嫌がらせを続けるしかか無い。加減を強いられる生活の中、遠慮なく全力を出せるのはストレス解消になるが。
「しかし……案の定、付きまとわれることになったなぁ……何が悪かったんだろう」
元々、妖精と人間が遭遇する確率はかなり低い。生涯の9割を森林で過ごすレンジャーでも、一生に一度見れるかどうか、とまで言われている。
その確率は妖精側から見ても同様らしく、故に、一度出会ってしまうと、よほどのことがない限り、高確率で付きまとわれることになるのだ。
(まさしく厄病神……)
出会うのも難しく、出会ったが最後と言われるエルダードラゴンやリッチ級の厄介さだった。
はぁ、と真昼間から黄昏ながらも、ボクは歩みを再開した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
そのまま30分ほど歩いただろうか。出口まであと1時間くらいかな……と予想したところで、
「!」
大量の気配を≪感知≫した。
(100や200じゃ効かないな……1000以上?)
気配から察するに人間だろう。
一瞬どこかの村かと思ったが、この方向に集落は無かった筈だ。
(……冒険者?)
人間と比べると魔物のステータスはかなり高い。
生身の人間が単独で魔物を倒そうとするなら、ほぼ倍のレベルが必要だと言われている。故に人間――とりわけ、世界を旅する冒険者達は、強力な装備を纏い、パーティを組むことで魔物に対抗する。
(しかし、この森に住んでる魔物の平均レベルは10前後……)
千人規模の大隊が必要とは思えないのだが――
(――いや、あったね……千人規模の軍隊が必要な場所が)
嫌な予感を抑えながら、地面を舐めるように身を伏せ、蟻の如くゆっくりと気配に近づく。草むらをかき分け、草葉の陰から覗くと、
(白銀に煌めく鎧と胸に刻まれた紋章……ウルズ王国の正騎士、か)
そこには、毅然と整列して探索の準備を進める騎士大隊がいた。
危険性の低い森だと言うのに、誰かれもが真剣な表情を浮かべて作業を進めている。歴戦の兵という雰囲気は、安心感すら感じられるが――……はた目からでも分かる位、騎士隊全体に重々しい空気が流れていた。
「…………」
ボクは溜め息をつきたい気持ちを必死に抑え、急いでその場を去った。
無論、近づいた時よりも慎重に、だ。
一路東へ向かって黙々と進み、≪感知≫で周囲10キロルに誰もいないことを確認した上で、ようやく息を吐く。
「はぁ」
危険度の低い森に正騎士千人という場違いさ。
そしてあの重々しい空気。間違いないだろう。
(神託が降りた――勇者が死んだことがバレたみたいだね)
集まっていた部隊の中には、"勇者の記憶"にもある騎士が何人も混ざっていた。いずれも勇者たちの仲間に比肩する猛者だ。断じてこんな辺境に飛ばされるような人材ではない。
恐らく、これから聖地へ向かい、神託を確認するのだろう。
(2カ月か……これだけ稼げたことで良しとしよう)
思考を切り替える。
脱出の目途がついた以上、早急に"次"の目的を決める必要があったからだ。
(より正確には、"今後どうやって生きていくのか"、だけど)
選択肢は大きく2つ。「人間に関わる」か「人間に関わらない」か。
「人間に関わらない」場合、話は早い。
このステータスと武具があれば、草も獣も居ない荒野や砂漠でもない限り、大抵の場所で生きていけるだろう。
しかし、人が居ない場所はすなわち、魔物が住まう場所とも言える。
ボクは魔物だけど、見た目はどう見ても人間だ。
同族のドッペルゲンガーすら、敵として攻撃してくる可能性は高い。
レベル層次第で安定した生活は送れるだろうが、明らかにメリットよりデメリットが大きかった。
二つ目の「人間に関わる」場合、かなりの困難とリスクがあるが、メリットも存在する。
衣食住に関しては比べ物にならないだろうし、娯楽にも事欠かない。
そして、
("意志"を持って生きていける)
のが、最大のメリットだ。
勇者クロノスは、生産系のスキルや知識は何一つ持っていなかったので、「関わらない」選択肢を選んだ場合、獣と変わらないを生活を送ることになるだろう。
実際にそのように生きている人間には失礼かもしれないが、"意志"を持ったばかりのボクからすると、そんな生活は御免だった。
「まあ、やはり人間に関わっていくしかないよね。やっぱり」
選択肢は最初から決まっていた。
でなければ、低年齢化してまでこの姿を維持しようとは思わないだろう。
ここで「関わらない」選択肢を用意したのは、そういう道もあるのだ、ということを確認したかっただけだ。
「ふぅ」
一息ついて、現状を確認する。
人に関わっていくと決めた以上、どこかの集団に所属するのがベストだ。少なくとも、勇者関連の話が落ち着くまでは隠れる必要がある。
そして、木を隠すなら森と相場が決まっている。
故に、次に向かうのは、
「村か街か」
だ。
当初は、森の近くにある村一択だった。
アエルカナンの森は、魔物こそ住んでいるものの、レベルは低いし、食べられる動植物も豊富にあるため、森の外周を囲うように、村落が乱立している。
"勇者の記憶"にある限りでも、その数は二ケタを優に超える。現在はもっと多いかもしれない。合併や分裂を繰り返し、一個人、一家族で生活している集団も多いので、正確な人数や規模は誰にも分かっていないのだ。
故に身元不明の自分でも、潜り込むのは難しくない、と最初は思っていたのだが、
「大部分の村が閉鎖的だからなぁ」
と考えを改めていた。
親もいない余所者の自分は、閉鎖的な村だと特に目立つだろう。警戒心を持た
れて、神託で来ている騎士でも呼ばれれたら……目も当てられない。
「やっぱり街しかない、か」
目指すのであれば、多種多様な人間が出入りする商業都市だ。
そこならば、身元不明の子供でも目立たない。
「よし!」
大体の方針が決まったところで、"勇者の記憶"から森に近い商業都市を検索する。いくつかある中でボクが選んだのが、
「ここから南東にある商業都市"イレイス"かな」
徒歩で6日ほどの距離にある都市だ。
人目につかないように移動するなら、片道10日といった所だろう。
「じゃあ行くか!」
気合を入れて立ち上がる。本質が魔物であるボクが、果たして人間の中で生きられるのか、不安は大きい。
けれども、そこには少なからぬ期待があることも確かだった。
期待と不安を胸に、ボクは森の外に向かって足を踏み出した。




