第7話 森からの脱出2
「おっと」
ボクは冷静に手に持っていた枝で、そのナニかを掴み、そのまま焚火に押し返した。
「えっ! うそぉ!? なにこの唐突過ぎる展開!?」
バタバタと火にあぶられながら、ナニかが喚く。
「うーん、ボクの≪察知≫もまだまだだなぁ」
ボクはそのナニかを木の枝で炙りながら呟いていた。
あっつ! 熱い! 熱いわ! あっついわよコレ! とナニかの叫び声が聞こえるが、まるっと無視する。
『≪察知≫
スキル外スキル。自分の周囲にいるあらゆる生物を感知する』
スキル外スキルとは、≪確認≫のステータスには表示されないスキルのことだ。これは、≪察知≫が触覚や味覚のような、五感に近い能力だからだと言われている。
≪察知≫も≪写し身≫によってコピーされている筈だが、感覚的過ぎて未だに使いこなせていない。もう結構経つはずだが、もや~っとした煙のような、曖昧な気配しか感じられなかった。
「殺気があれば別なんだけど……まだまだ訓練が必要だなぁ」
重要なスキルなので鍛えていきたい、と思いながらグイグイと木を押し込む。
すると、
「あっついっていってるでしょーが!!」
パキリ! と音を立てて、枝が折れてしまった。
ぜーはーぜーはー言いながら、ナニか焚き火から離れる。
「あぁー……駄目だったか」
「駄目だったか、じゃないわよ! いきなり火の中に突っ込ませるなんでヒドイじゃない! アタシが"妖精"だと知っての狼藉!?」
最初は自分から突っ込んでいたような気がするが。
(しかし……相手の言い分も分かるね)
思わず他人事のように苦笑する。
確かに、会ったばかりの、殺意の無い相手にする行動ではないだろう。
しかし、"体が勝手に動いてしまった"以上、しょうがなかった。
(明らかにこの反応は……勇者からコピーした"無意識の行動"だよねぇ)
まあ、気持ちはは分かるが、と心中で呟きながら、"勇者の記憶"より妖精の情報を引き出した。
妖精は、魔物と人間のどちらにも属さないという、かなり稀有な種族である。
体長は20セント前後で、人形のような愛らしい姿と、透き通った羽が特徴だ。
世界を構成している言われる精霊。
その化身、あるいは神の使いとも呼ばれている。
数々の物語や小説に登場し、人間にとっては一種のアイドル、マスコットのような憧れの存在だ。
――しかし
妖精に関わった者は、口を揃えて言う。アレは天使の姿をした悪魔だと。
別名―― "悪意なき殺人鬼" "不死身の追跡者" "魔王すら避ける災厄"
彼女らの行動原理はたったひとつしかない。
それは、"好奇心を満たすこと"だ。
楽しいこと、面白いことを至上とし、己の存在価値の全てを賭ける。
そして、彼女らには死という概念が無い。
妖精の体は、純粋な精霊のみで構成されているため、この世界から精霊が無くならない限り、いくらでも蘇るし、空腹や睡眠とも無縁で、歳老いることもない。また、≪精霊化≫という、世界そのものに溶け込む特殊なスキルを所持しており、拘束や監禁も無意味とまできている。
故に、好奇心を持たれた者は、妖精の気が済むまで"憑き"まとわれることになる。そこに気遣いや遠慮と言う言葉は無い。食事やトイレは愚か、戦闘中でも情事の最中でも構わずついてくる。
(……やっかいな存在だけど、それだけならまだマシだったろうに)
聞き分けの悪い子供だとでも思えば、まだ耐えられるだろう。
しかし、
("悪意なき質問"の方は無理……)
妖精から最も恐れられているのは、好奇心のままに、まるで赤子のような純粋さで投げかけてくる"悪意なき質問"だった。
それ位、なんでも答えてやればいいと思っている人間は、妖精を知らない人間である。実際、妖精に付きまとわれた人間の大半が、この"質問"によって心を壊されていた。
(……さもあらん、その中の一人が勇者クロノスだからね)
"勇者の記憶"を探ると――「ねえ、なんで無抵抗の魔物を殺すの?」「あの悪い人間はなんで殺さないの?」「魔王はなんでこんなことをすると思う?」等々――勇者の根幹を揺さぶる質問を幾度も投げかけられ、心を病みかけた青年の姿が写っていた。
この姿を知って、妖精可愛い! なんてのたまえる神経はボクには無い。
(まさか"無意識の行動"に出てしまうほど忌避しているとは思わなかったけどね)
若くしてトラウマを背負っていたクロノスに同情しつつ、ボクは対処方法を模索した。
"勇者の記憶"曰く、妖精に出会った際の対処方法は大枠で二つ存在する。
それは、「飽きられる」か「嫌われる」かである。
前者は説明するまでも無いだろう。
心行くまで好奇心を満たさせてやる。あるいは好奇心を刺激する行動を慎むことで、妖精を飽きさせて、自主的に離れるようにするのだ。
対応方法としては最もポピュラーで、妖精と出会った者の99%が、この方法で離別する。ちなみに、クロノスもこちらを選択した。彼の「飽きられる」ための努力は、ここでは語りつくせないので割愛する。
後者の「嫌われる」方は、好奇心を満たす喜びに勝る苦痛を与えることで、離別を促す方法だ。
楽しみ、喜びを至上とする妖精にとって、悲しみ、苦痛は何よりも忌むべきもの。その苦痛を何度も与えられれれば、メリット以上のデメリットに嫌気がさし、自ら離れていく――という寸法だ。
一見効率的だが、悪意の欠片も無い行動、子供のような愛らしい見た目さゆえに、この方法を選ぶ者は意外に少ない。
――その中でボクが選ぶのは、
(もちろん後者だ。というかボク魔物だしね)
長々と付き合わされるのはご勘弁だし、余計な先入観が無いので、妖精を攻撃することに躊躇はない。
人間でも魔物でもない、というのはボクにとっても好都合だ。
遠慮なく殺れる。
方針が決定したところで、ぎゃーぎゃーと喚く妖精を見る。
緑色の髪と目、服、羽――間違いなく森林に住まう妖精、"森妖精"だ。
物理的な攻撃は、雲を掴むがごとく意味を成さない。妖精に干渉――"痛み"を与えられるのは、精霊を伴う魔法や自然現象だけだ。
そして、森妖精の属性は"樹"なので、火属性が一番"効く"だろう。
(このまま≪飛火≫で攻撃する? いや、≪飛火≫の命中力は悪い。避けられて森に火がつくとか目も当てられないし……)
しつこく騒ぐ妖精を無視しながら、ひたすら対応方法を考える。
(妖精……神の使い……創生神の使い? ……ふむ……ならばコレが……試してみるか)
ある程度考えがまとまったので、ニッコリと作り笑いを浮かべて、妖精に話しかける。
「ごめんね。魔物かと思って、思わず攻撃しちゃったんだ」
「……ふん! こんなに愛らしい妖精を魔物と間違えるなんて! 目が腐ってるんじゃないの!?」
「ごめん、ごめんよ」
両手を合わせ、頭を下げる。すると、良い感じに焼けているウサギ肉が目に入った。これ幸いと、厚め手袋を右手に付けて、火の傍にある串を手に取る。
ほかほかと湯気を立てるウサギ肉を妖精の目の前に差し出しながら、
「お詫びの印に受け取ってほしい。美味しいよ?」
「……ふーん?」
ピタリと騒ぐのを止め、気の無い振りをしつつ、チラチラと串に視線を投げる妖精。妖精達は総じて食に弱い。食物を摂取しなくても生きていける筈だが、食べることも"喜び"に入るらしく、積極的に食べ物をとる傾向が強い。
(個体ごとに好き嫌いも激しいらしいけど……肉を嫌っているなら、森妖精が焚火に近づいて来るわけがないよね)
この妖精は十中八九、肉の焼ける匂いに誘われてきたに違いなかった。
「ふふん? まあ、許す許さないかは別として、食べてあげてもいいわよ?」
しょうがないなーヤレヤレ、感謝しなさいよ? という態度で偉そうに応答する妖精。
そんな態度を特に気にせず。
「ありがとうございます。ささ、どうぞ」
と、妖精の口元に向けて、肉を差し出した。
目をキラキラさせ、涎も垂らさんばかりにフェアりーがウサギ肉に食いついた瞬間、
> ≪想生≫を発動しました
「形状:手甲」に変化していたトワイスが、光を纏いながら肉串ごと妖精を覆う。えっ! なに!? なんなのコレ!? と言う声がワンテンポ遅れて聞こえてくるが、もう遅い。
旅の間、暇さえあれば遊――練習していたので、≪想生≫はほぼノータイムで使えるのだ。
光が消えたそこには、30セント四方の箱があった。
ステータスを開けば、きっとこう表示されるだろう。
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【創生武器トワイス(偽)】
形状:箱
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く、暗い! 暗いわ! 夜? 夜なの!? と焦った様な声が箱の中から聞こえてくる。声がちゃんと聞こえているので、箱の壁はあまり厚くない様だ。予定通り。
ボクは笑顔のまま、その箱を両手で持ちあげ――躊躇なく焚火の中に突っ込んだ。
素早く枯れ木を追加して、焚火の火力を上げていく。
え、なにこれ? 暑い! 暑いわ! 蒸しあっつぁい!、とやたらテンションの高い声が聞こえるてくるが、ボクは気にせず火をくべていく。
キーキーと煩かったが、しばらくするとトワイスが赤熱し始めた。
火がノってきたところで、ボクはウサギ肉の刺さった串を手に取り、食事を開始する。
「こ、こうなったら一度≪精霊化≫して脱出を――え!? 出れない! 出れないわ!? そしてあっつい!!」
うむ。やっぱり創生武具は精霊を遮断できるらしい。
両方とも創生神由来だから干渉するかな? と思ってやってみたが、予想は大当たりだった様だ。一方は偽物だけど。
いやぁぁ! 燃えるー! 燃えるわぁぁー! という騒ぎ声を背景に、ボクはもくもくと食事を続けた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
一時間後――ボクは食事を終えて、荷物を纏めていた。
野ウサギの毛皮は今後のためになるかと、リュックの中に回収している。
なお、このリュックはドロップ品ではない。テスタロスを「形状:平民服(リュック付)」にしただけである。創生武具の汎用性が高すぎる。
箱から聞こえていた声は、20分ほど前から途絶えていた。既に火は消えており、一時真っ赤に染まっていたトワイスも、元の色にもどっている。
ボクは、念の為に魔法を使って焚火を完全に消火した上で、
「そろそろいっかな?」
と、トワイスに手を添えた。
疫病神の危険度を考えれば、このまま放置していきたいくらいだったが、引き換えにトワイスを失うわけにはいかない。
それに、遠ざかれば≪写し身≫が解除されて、不定形に戻ってしまう可能性もあった。
「≪想生≫」
スキルを起動して、トワイスの形状を木剣に戻す。
すると、ぺいっ、と投げ捨てられるように妖精がトワイスから飛び出した。
干物のように乾いていたが、生気は微塵も失われていなかい。
本気で不死身か。
「ひ、ひどすぎるわ……会って話も聞かずにこの仕打ち……」
四つん這いで、地面に視線を固定しつつ嘆く妖精。
体の方は生気を取り戻しつつある。
「長いこと生きて来たけど、こんな対応は初めてよ――このサディスト! 鬼畜!」
地面叩き、叫ぶ妖精を尻目に、ボクはトワイスを腰に差した。
さて、と。
「見目麗しい妖精を、会った瞬間にミディアムにしようとするなんて聞いたことが無いわ! 外道! 変態! …………でも、新しい! 新しいわね! ボーイ・ミーツ・火刑! 新しすぎるわ! そう、ここは流行の最先端……! そ、それに…………最初は熱くてしょうがなかったけど、だんだん気持ちよくなってきて…………もう! 言わせないでよ恥かしい! しょうがない! しょうが無いわね! 一緒に付いて行ってあげ――って、あれぇー!? いない! いないわ!? いつの間にかいなくなってるぅ!!」
さ、脱出脱出。
なんと フェアリーが おきあがり なかまに なりたそうに こちらをみている!
なかまに しますか?
する
しない
もやす
>ほうち




