第14話 イレイスでの生活
「まずは小物からにゃ。とりあえずこのハンカチに刺繍をするにゃ」
ミミィに渡されたハンカチと針、糸を手に取り、言われたままに作業を始めた。
「少し切り返しが甘いにゃ……そう、そうにゃ」
「ちょっと貸してみるにゃ」
とミミィから助言を受けつつ、作業を進めていく。
(うわぁ、面白い!)
赤い糸で模様が出来上がっていく様はまるで魔法みたいで、ボクは夢中になって針を進めた。
> ≪裁縫≫を取得しました
提示された模様が簡単だったので、ものの1時間ほどで完成した。
出来上がったハンカチの中心には、赤い星のマークが浮かび上がっている。
ミミィはそのハンカチを上下に回しながら、しげしげと見つめた。
「ふむ……」
そして、ハンカチを机に置き、ボクを見る。
「筋は良いにゃ。言われたことはキッチリ守られてるにゃ」
「ほ、ほんと!?」
喜びの声を返と、
「うにゃ。これだけ呑み込みが早ければ、すぐモノになるかもしれないにゃ」
「おぉ……」
思った以上の高評価に、えへへ、と笑みがこぼれた。
「む。でも油断は禁物にゃ。ちゃんと毎日練習するにゃ!」
「はい!」
それから、刺繍のテクニックをいくつか教えてもらい、練習用の布と裁縫道具の一式を借りて宿に帰った。
その晩は朝日が出るまで裁縫に夢中になってしまい、危うく診療所を遅刻しそうになった。
その後、診療所とミミィの家を往復する毎日が続き、瞬く間に1ヶ月が経過した。10日の契約は問題なく完了し、その後、40日の追加契約をした。
待機の時間を全て練習に使ったお蔭が、裁縫の技術が自分でも分かる位向上している。
≪変化≫のスキルも使っていないのに、単なる糸や布が、手の中で次々に変わっていく様は、何度見ても面白い。
ボクはすっかり裁縫にのめり込んでいた。
また、最近だと、
「すごいですね。いつの間にそんなに上手く…………あぅ、女性として自信を無くしそう」
「うぅ……悔しい! わたしも頑張る!」
と、ルキアさんやシアも興味を持ち始め、空き時間にボクと一緒に裁縫をすることもあった。お茶を飲みつつ、雑談を交しながら作業を進めるのは、自室で黙々やるのとはまた違った楽しさがある。
なお、出来上がった品の一部は、孤児院に寄付していた。
我ながら拙いものだったが、
「凄いわねー!」
「うわぁ、細かいっ!」
「上手いわ……ホント、売り物みたい」
「見て見て! ここの縫い目なんてツルツルよ?」
「あんたの肌より綺麗だねぇ」
「それどういうことよ!?」
と、保母さんや主婦の方々には喜ばれた。
子供達も、
「や、やるじゃねぇか、新入り」
「え、これクロス君が作ったの!? ……やっぱり女の子じゃ?」
「うわぁ、上手い! ……ホントに女の子じゃないの?」
「すごーい。わたしにも教えてー!」
「ルキアお姉ちゃん、良いお婿さん見つけたねぇ~」
と絶賛(?)してくれた。
治療院の作業も大分慣れてき――
「……ほら、また例の笑顔が出てるわよ?」
「いひゃい! いひゃいです、サラしゃん! ごめんなひゃい!」
――てると思いたい。
診察数もかなりの数をこなしたお蔭で、会ったことのない人が相手でも、戸惑うことはほとんど無くなっていた。
問診を通して、会話のノウハウというか、流れみたいなものも掴めてきたし。
そして、今日、ボクは待機不要の完全な"休日"を取得して、イレイスの近くにある魔物の森に来ていた。
場所はイレイスから向かって、真北の方向にある森である。
貴重な休日を用意してまで、ここに訪れた理由はひとつ。
鈍った体を解す為だ。
初日を除く一カ月の間にボクが移動した場所は、宿、孤児院、教会(診療所)、ミミィの家だけである。
≪写し身≫でコピーされた体が鈍るようなことは無いが、精神的には十分鈍ってると言いだろう。特に、戦闘の"勘"のような物は、戦いから間を開ければ開ける程衰えていくと、"勇者の記憶"も言っていた。事実、アルエカナンにいた時より、≪察知≫は衰えているような気がしている。
なお、実際にこのことを教えてくれたのは、ミミィである。
「冒険者たるもの、身を鍛えるのも仕事のうちにゃ」
と言っていた。なんと、ミミィも冒険者らしい。
裁縫師として駆け出しの頃は、材料費を冒険者で稼いでいたとか。
今でも、裁縫の材料となる魔物を定期的に狩り、"勘"が鈍るのを防いでいるらしい。
冒険者ランクは何とC。BやAは国家の専属やお抱えになることが多いので、Cは個人でなれるの最高ランクとも言える。
身体能力に優れる獣人とはいえ、凄まじいことだ。万引き如きに後れは取らない、と断言するだけはある。
「さて、こんなもんかな?」
ボクは6時の鐘と共に森に籠り、野ウサギを中心に狩り続けていた。
腹の具合からすると今は12時前といったところか。今まで狩った獲物は11匹。勿論、毛皮は剥ぎ取り済みだ。
野ウサギの他にも魔物は何体か狩っているが、その場合は練習を兼ねてトワイスで戦うため、原型が残らない。
勿体ない気もするが、下手に剥いで持っていくと、ギルドに警戒心を抱かれかねないので、それならいっそのこと……ということだ。
「さ、お昼でも食べますかねーっと」
適当な木陰を見つけて、座り込む。
ウサギ肉を焼く――ではなく、宿に作ってもらったお弁当を開く。
チーズと野菜が挟まれただけのシンプルなパンだが、疲れている身には極上の料理だ。
「はむはむ」
と口を開けて食べる。んー、チーズ塩辛さが薄いパンにマッチしていて美味しい。
あっと言う間に食べ尽くし、魔法で水を出して、口を注ぐ。
木の合間を抜けて降り注ぐ太陽の光は、幻想的で束の間、ここが危険な魔物の森であることを忘れさせてくれる。
眠気を誘う平和な風景に、満腹も相まって、ここは一旦トワイスで昼寝でも――と思った瞬間、
森の中に、獣の鳴き声が響き渡った。




