第16話 裁縫開始!
「ここがミミィの工房か……」
14時を示す鐘が高らかに鳴り響く中、ボクはミミィの家の前に立っていた。
あの後、今現在男手が必要な力仕事は無かったので、ボク逃げるように宿に戻った。そして、早めに昼食をとり、ミミィから聞いていた住所を管理人のシスターさんに告げて、宿を出た。
しかし、住所の場所がさっぱり分からず、さんざん迷った挙句、宿に戻ってシスターさんに聞く羽目になり、こんな時間になってしまったのだ。急患がでなくて良かった。
思ったよりも"勇者の記憶"が当てにならなかったのが痛い。勇者クロノスは、イレイスには1度しか来たことがないので、しょうがないのだが。
はぁ、と早くも疲れが滲んだため息を付きつつ、家のドアをノックした。
ミミィの家はかなり大きかった。教会の宿よりも若干小さい位で、一人で住んでいるとしたら、かなりの広さになる。
(工房と自宅が一体になってるのなら、これぐらい普通なんだろうか)
と思いながらしばらく待っていると、
「…………どちらさまにゃ」
ドア越しに、警戒心たっぷりの声が響いてきた。
「ボクだよ、ボク」
「…………ボクっ娘詐欺とは新しいにゃ。おととい来やがれにゃ」
「うーん、この家には来てないけど、一昨日にも会ってるよ?」
「……? あっ」
ガバン! と音を立てて、目の前の扉が開く。
思わず、身が硬直してビクン! と肩が跳ねた。内開きか……ふぅ、焦った……。軽くトラウマを刺激されつつ、ドアの先を覗くと、赤い作業着を着た猫娘――ミミィが焦った表情を浮かべて立っていた。
「すすすまんにゃ! 事前連絡無しの常識知らずの依頼人かとおもったにゃ!」
「あ、うん。その通りだし、別に構わないよ?」
実際、唐突な訪問で、事前連絡もしなかった。
警戒心を抱かれてもしょうがないだろう。
「悪かったにゃ! 歓迎するから中に入るにゃ!」
「え、あ、お、おじゃまします」
引っ張り込まれるように腕を掴まれて、家に入る。
両開きのドアを抜けると、玄関は小さな部屋のようになっていた。壁際に椅子と机が置かれ、簡易な待合所のようにも見える。
「ここは、依頼人と話をするスペースにもなってるにゃ。この先が工房兼自宅にゃ」
ミミィはそのまま小部屋を通り過ぎて奥の扉を開けた。扉の先には廊下が広がっており、突き当りには"作業室"と掲げられた両開きのドアがある。
ミミィは作業室とは別の、向かって右手にある"設計室"のドアを開けた。
そこには、8人位が余裕で座れるであろう大きく重厚な机と、背もたれ付きの椅子いくつもが並んでいた。机の上には、服のデザインの走り書きと思える紙が何十と折り重なっている。
(おぉ、なんかいかにも職人の部屋って感じ!)
と感動していると、ミミィは適当に座るにゃ、と言って廊下側ではない別の扉を通り、隣の部屋に消えいった。
言われた通り座ってしばらく待っていると、琥珀色のお茶が入れたコップを両手に、ミミィが部屋に入ってくる。あ、ありがと、と言ってコップを受け取ると、ミミィはボクの正面に座った。互いにお茶を口をつけ、ホッと一息つく。
「さて……さっきは悪かったにゃ。しばらく仕事はしたくないと公言してるのに、しつこく押しかけて来るヤツが多くて、ああいう態度になってしまったにゃ」
許して欲しいにゃ、とミミィが頭を下げたので、慌ててボクは言葉をした。
「いや、さっきも言ったけど気にしてないよ。事前連絡もしなかったし」
「事前に連絡は要らないと言ったのはミィの方にゃ。クロは悪くないにゃ」
ペタリ、と耳を寝かせて謝るミミィ。
うーん、見た目や口調に比べると、結構生真面目なんだなぁ。職人だからだろうか?
「ええと、ミミィって一人で仕事してるの?」
シアとの経験上、このままでは謝罪合戦になりそうだったので、話題を逸らす。こちらの意図が伝わったのか、ミミィも表情を切り替えてこちらの問いに答えた。
「そうにゃ。ミィだけにゃ」
「……それは凄いね」
しつこく訪ねてくる依頼人がいる位なのだから、ミミィはその界隈では相当優秀な裁縫師なのだろう。ボクの様な素人目でも、中古屋で並んでいた古着と失敗作と言ったミミィの服に大きな差があると分かった位だ。
そんな職人が、弟子も取らずに一人で全てをこなしてるとは――
「ミィはまだ職人としては若いにゃ。弟子を取れる程成熟してないのにゃ」
「まあ確かに……」
見た目、自分と同じ位にしか見えないからなぁ。
「む。いくら若いからと言っても、見た目通りではにゃいよ? ミィは今年で28になるにゃ」
「……ぇ? ウソッ!?」
聞いたところ、猫獣人の場合、純人族に比べると若い期間が長いらしい。
寿命は同じ位だが、一歳ほどで純人族でいう10歳ぐらいまで成長し、その後50年くらいかけて20歳の体まで成長するとか。28歳だと、肉体年齢は10代半ば位だ。
「それは…………ミミィさんと呼んだ方が良い?」
「うにゃにゃ。呼び捨てで良いにゃ。敬語も使うなにゃ」
なんでも、猫獣人の場合、生涯好奇心が衰えることが無いせいか、知識や技術は別として、精神年齢はあまり高くならないらしい。敬語も苦手なんだとか。
(精神的には見た目通りってことで良いのかな?)
と想像して、対応を元に戻す。
「でもまあ、28歳だとしても、職人としては若すぎるね……」
「そうにゃ。やっかみや妨害も受けることも多くて、正直さっさと歳を重ねたい位にゃ」
色々な苦労を滲ませて、ミミィがため息を漏らす。女の子の台詞じゃないなぁ、とボクは苦笑する。苦労話には興味はあったが、ミミィも暇ではないだろうと思い、本題に移ることにする。
「早速で悪いんだけど……今日は、裁縫を教え貰いに来たんだ」
「……にゃ?」
キラリ、とミミィの瞳に職人としての光が宿る。
「まあ、報酬として約束したのでミィとしては構わないにゃが……本気かにゃ?」
「お願いします」
出来うる限りの誠意をこめて頭を下げた。
生産技術を身に着けるのに最も手っ取り早いのは、職人から教えを乞うことである。しかし、職人はその技能の高さ故に、表に出ることは極端に少ない。
職人自身が身の危険を感じて隠れるのも理由の一つだが、王族や貴族による囲い込みがあるのも要因のひとつだ。職人の技能が高ければ高いほど、出会える可能性は低くなる。
特に、"服"は、世に生きる全ての人間から需要があると言っても良い品物だ。
見た目がステータスに直結する王侯貴族にとっては、優れた服職人の重要性は、他の職人に比べると非常に高い。狙われる、囲い込まれる可能性は、武具の鍛冶師や料理人の比ではない。
故にボクはこのタイミング、この機会を逃すつもりは無かった。
教えを受ける期間は特に定めていないが、いつまでボクが、ミミィがこの街にいられるのか分からない以上、開始は早ければ早いほど良いだろう。
遊びのつもりではない、と瞳の視線を強めてミミィを見つめ返す。
興味本位であることは否定はしないが、生まれて初めての"興味心"である。早々に諦めるつもりは無い。
しばし睨みあうこと数秒、
「……良い眼にゃ。わかったにゃ」
ミミィは背もたれに体重を預けつつ、そう言ってくれた。
(良かった……ん?)
気のせいかミミィの顔が赤い。
パタパタを顔を仰ぐように手を振っている。……ミィにはショタコンの気はないはずにゃ……とか聞こえような気がしたが、気のせいだろうか。
「よし! では裁縫道具を持ってくるにゃ」
ぱし、と両手で頬を叩きつつ、ミミィは隣の部屋に行く。
なかなか気合が入っているな。彼女の期待に応えられるように、しっかりと学ばさせて貰おう、とボクも気合を入れた。




