第15話 孤児院
「クロスくん、朝ですよ~」
ガタっと何かが開く様な音。
白い光が瞼を通して瞳に映り込む。
「……んぅ」
強い光に耐えられず、ボクはより暗い方へと寝返りを打った。
「もう、駄目ですよ。今日は治療院のシフトについてお話があるんですから」
呆れを含んだ鈴のような声が、背後から聞こた。肩を揺さぶられる。
「……ん……ん?」
その揺れから、ボクはようやく意識を覚まし始めた。フラフラになりながらも、ベットに手を着き、ゆっくりと上半身を起こす。
しょぼしょぼと目を擦りながら振り返ると、朝日にも負けないような笑みを浮かべたシスター見習い、シアが立っていた。
「うみゅ。おはよ、シア」
「はい、おはようございます。クロスくん」
パっと花咲くように笑み強めるシアに、釣られた様に笑みを返す。シアは、あら? と一瞬だけ疑問符を浮かべたが、特に気にせず話を続けた。
「朝食を食べたら、礼拝堂の横の待合室に来て下さい。シスタールキアが待ってます」
「ん、りょほかいです」
欠伸を噛み殺しながら、何とか返事を返す。
シアは改めて笑みを浮かべてから、朝の礼拝に行ってきます、と言って部屋を出て行った。
その姿をぼーっとしばらく見た後、ボクも部屋を出て、トイレへ――洗面所に向かう。口をゆすぎ、顔を洗うと、ようやく目が覚めてきた。
普段、寝起きはあまり悪い方ではないのだが……昨日の洗礼がよほど堪えたらしい。
「でも、今朝のシアの様子からすると……練習の成果は出ているのかな?」
普通に笑顔を返したが、頬を染めたり、固まったりはしなかったような気がする。疑問符を浮かべたのは、笑顔の印象が変わったからだろう。
とりあえず憂いが無くなったので良かった、と前向きに頭を切り替えて、朝食を摂るべく、1階に下りる。食堂に入って椅子に座ると、見習いらしきシスターさんが、待っていたかのように朝食を持ってきてくれた。
小さく礼を告げて、朝食のメニューを確認する。
焼きたてのパンとサラダ、スープか。
シンプルだが、森の中では望むべくもない料理である。さっそくフォークとスプーンを手に、食事を始めた。
野菜の味を損なわない薄味のドレッシング。木の実入りのパンも、スープの味とマッチしていて大変美味だ。むしゃりむしゃりと良く味わって食べる。
ちなみに、ルキアさんの料理を食べたのは初日のお昼だけである。
初日の夜や2日目の3食、3日目朝である目の前の料理も、全て別々のシスターさんが作ってくれた。
(どれも美味しかったけど、ルキアさんのが一番だったなぁ)
既婚者を除くシスターさんは、教会の敷地内にある修道院に住んでいる。
見習いを含めて20人くらいのシスターさんが住んでいるらしい。
ボクに提供されている料理は、その修道院でシスターさん達が食べているのと同じメニューだ。料理担当は当番制なので、いずれルキアさんの料理も食べられるだろう。
「おはようございます。待たせてしまってすみません」
「いいえ、呼んだのは私ですから構いませんよ。おはようございます」
食事を終え、言われた通りの待合室に入ると、ルキアさんが椅子に座って待っていた。軽く頭を下げつつ、薦められるままにルキアさんの対面の席に座る。
「昨日はお疲れ様でした。突然シフトに組み込んでしまってすみません」
「いえ、大丈夫です。お力になれたかは微妙ですが」
「いいえ、シスターサラからお話は聞いてますよ? 治療魔法に関しては《・》言うことは無かった、と」
「は、はぁ。ありがとうございます」
治療魔法は《・》、か……うぅ、昨日のこと――正確には午後――はあまり思い出したくないので、苦笑しつつ言葉を返す。
「早速シフトに組み込まさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、問題ありません」
それから、ルキアさんとシフトの日程について話し合った。
相方となる担当者をほいほい変えるのは非効率的なので、基本的にボクが組むのはルキアさんか、サラさん、という話になった。
次の担当日は明日の午後なので、今日一日はフリーとなるが……ああ、そうだ、待機について聞いておかないと。
「待機中、外出に制限はありますか?」
「そうですね……街の中であることと、あらかじめ行先をご報告頂けるのなら、どこに行かれても構いませんよ」
街の外に出るのは流石ご遠慮願いたいですが、と言葉を付け加えるルキアさん。案外軽かったので助かった。
緩いな、と思ったが、行先として告げた場所以外の所には行かれるのは困ると聞き、
(露店巡りとか市場とか、どこに居るか分からない、探すのに手間がかかる場所は駄目っぽいか……)
と、考えを改める。この分では寄り道もご法度だろう。
露店巡りが出来ないのは残念だな……と少し落ち込みつつ、質問を終える。いずれシフトを調整して、完全な休日を用意して貰おう。
何か他に気になることがありますか? と聞かれて、依頼時のことをを思い出した。
「……そういえば、治療師としてのお仕事以外の雑用もあったような気が」
「ああ、申し訳ありません。そちらを説明をするのを忘れていましたね」
ルキアさん曰く、本来は治癒魔法を使えない人向けに用意していた仕事らしい。クロスさんならしなくても問題ありませんよ? と言われたが、待機中は暇になりそうなので、と説明をお願いした。
「雑用と言うのは、孤児院のお手伝いです」
「孤児院?」
「はい。ここから5分ほど歩いたところに、教会が運営している孤児院があるんです」
孤児院は10歳未満――この街では10歳以上は立派な労働力としてみなされる――の親のいない子供が住む家である。
孤児院は、周辺の主婦の方々や孤児院出身者の方にも手伝って貰っているので、人手が足りないわけではない。しかし、どうしても男手や力仕事、雑事をこなす人材が必要な時があり、偶にで良いので手伝って欲しいとのこと。
「しかし……」
と言いよどむようにルキアさんがボクを見た。正確にはボクの身体……体格だ。
齢は10を過ぎ、労働力とみなされているとはいえ、見た目はタダの子供だ。力仕事には向かないでは、と言いたいのだろうけど――
「大丈夫です。こう見えてもレベル10なので、力仕事ぐらいならできると思いますよ」
と答える。訓練をしない一般的な成人男性で、レベル5~6だ。レベル10ならば、大人二人分程度の力はあると証明できる。
「……そういえばそうでしたね。では、お手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか」
「はい」
他に質問があれば、その都度に聞いてください、と最後にルキアさん締めくくり、話は終わった。
「こちらが孤児院です」
「へぇ……ここが」
教会から歩いて5分。孤児院の方に用があるというルキアさんにお願いして、ついてきた。
門を通ると、右手に建物、左手に大きめの広場が見える。
広場は全面に芝生が敷かれており、遊具らしき物がいくつか設置されていた。建物の方は2階建てで、一階が子供が集う遊び場や学習室、シスターさんを含む保母さんが待機する部屋があり、二階が孤児たちの部屋、となっているらしい。
子供たちは、広場で走り回っている者が半分、建物で本を読んだり、絵を描いたりしている者が半分といった様相で、思い思いに遊んでいた。
託児所としての役割も持っているので、全員が全員孤児という訳ではない。
建物と広場の間には、いくつか机や椅子が並んでおり、保母さんや子供の母親と思われる女性が、微笑ましそうに子供たちを眺め、談笑していた。
非常に平和な光景だが、このまま眺めている訳にもいかないので、保母さんたちに声を掛ける。そして、
「本日からお世話になります。冒険者のクロスと申します」
と自己紹介をした。なんでこんな子供が? と頭を傾げる人たちに、ルキアさんが、治療師であるこや孤児院の手伝いをしてくれることを説明をする。
治癒魔法が使えると話をしたところで、主婦の皆さんが驚きの声があがる。こんな小さいのに……と好奇の視線で見つめられた。注目に慣れていないので、身を縮ませながら、よろしくお願いします、と誤魔化すように告げる。
「よろしくね!」
「あらら、可愛らしいお坊ちゃんね~」
「うわぁ、ウチの娘よりも女の子らしいわ」
「あぁ、あの娘はアンタに似てるからねぇ」
「それどういうことよ!?」
と、挨拶から世間話に繋げる主婦の方々。雰囲気的に歓迎されているようなのでホッとする。子供は怪我が多いので、治癒魔法が使える人間は有難いのだそうだ。
「おぉーお前新入りかー?」
「女みてぇ」
「ロウ君失礼でしょ……確かに可愛いけど」
「かわいー!」
「ルキアお姉さんの子供~?」
ん? と見回すと、いつの間にかボクの周囲を子供たちが覆っていた。
ボクを新しくやってきた孤児か子供かと思ったみたいだ。
ルキアさんが、慌てるようにボクを子供たちに紹介するが、
「よぉし、新入り、パン買ってこい」
「え、マジ? 男!? ちょ、ちょっと下見せて……」
「なななにしてるのロウ君!? 困ってるでしょ! ……わ、私も見ていい?」
「ねね! あっちでいっしょに遊ぼうよぉ~!」
「ルキアお姉ちゃんのお婿さん~? やるぅ~」
と、全く聞いていなかった。
当然の如く、ボクに子供と接した経験は無い。よって、子供たちの遠慮のないパワーに圧倒され、あたふたと慌ててしまう。
というか、ボクのステータスだと、下手に抵抗すると大怪我を負わせかねないので、何故か執拗にズボンを引っ張る子供たちの魔の手から逃げるだけで精一杯だ。
助けを求めて周囲に視線を向けるが、保母さん達は微笑ましそうにこちらを見ながら、世間話に花を咲かせており、頼みの綱のルキアさんは、何故かお婿さん発言をした子供に念入りに事情を説明しており、こちらに気が付いていなかった。
その後、ルキアさんが我を取り戻すまでの30分間、子供たちにもみくちゃにされ続けた。……ズボンを死守できたことだけが救いだと思おう。




