第14話 初日
「さて、と」
自室の窓を覗く、外は既に真っ暗だった。
21時を回っているから当たり前か、と思いつつ、人家や教会から漏れる光で淡く照らされた街並みを見ながら、雨戸を閉める。
あの後、ミミィとは少し話をして、すぐに別れた。
彼女にはこちらの事情は説明してある。
治療院の仕事の空き間に協力してくれるだけで良い、と言う了承は得ていた。
ボクを目にしただけで創作意欲が湧いて来たので、頻繁に会う必要は無いそうだ。むしろ、早く工房に行って作業したいと急かされた。
故に、互いの現住所を交換したところで、その場は解散となった。
その後、宿に戻って出来立ての夕食に舌つづみをうち、暖かな風呂に感動して、今現在となる。就寝用に、テスタロスは薄く肌触りのいい服装に変えている。露店に並んでいた古着やミミィの服を見た経験が早くも生かされた。
(とはいえ、疑似的な再現であるであることは否めないけどね)
≪想生≫した服を細かく見れば、縫い目や布の質など、まだまだ荒い部分は目立つ。ミミィの服と比べれば天と地ほどの差があるだろう。お金が貯まったら、最初に服を買っても良いかも、と夢を巡らせつつ、床に入る。
「…………」
思えば遠くまで来てしまった――という呟きが脳裏を過ぎた。
これからは、魔物だった頃、森に住んでいた頃とはまるで違う生活が待っているだろう。今日一日だけでも、多くの出会いや驚きがあった。
明日からも、また見たことも無い出来事が待ち受けているだろう。
「楽しみなような、不安なような」
しかし、なんとなくだが、自分のやりたい事が見えてきた気がする。
不安は尽きないけれど、明日も頑張ろう、と一人決意を新たにして、ボクは瞼を閉じた。体力的には特に疲れてはいなかったが、精神的にはかなり負荷がかかっていたのだろう。ボクはすぐに眠りに落ちた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「貴方がクロス君ね? 今日はよろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
30代後半ぐらいのふくよかな体型をしたシスターさんに、ボクは頭を下げる。
シスターさんは、背伸びしている子供を見るような視線でボクを見て、微笑んだ。
教会の依頼を受けた翌日――つまり、お仕事初日である。
朝食を食べた後、ルキアさんに連れられて、仕事場となる治療院に案内してもらった。
治療院は教会の隣に建っている。
教会の建物と直接くっついているわけではなく、教会の敷地内に、渡り廊下を挟んで併設されている感じだ。建物自体はそこまで大きくは無い。一階建てで、待合所と受付、診療室と3部屋しかなかった。
その診療室で、ボクは本日の午前担当の治療師――シスターサラさんと挨拶を交わしていた。
習うより慣れろの精神よ、と言われて、いきなりシフトに組み込まれたのだ。えらい体育会系である。ここは敬遠なシスターさんが通う教会なのだろうか。
「ごめんねぇ。だんだん温かくなってきたせいか、患者さんが多くなってきて、手が足りないのよ」
「あ、はい。大丈夫です」
午前中は説明かな? と勝手に思い込んで気を緩めていた自分が悪い、と思い直す。
サラさんは母性に溢れた――2児の母らしい――ふくよかな顔を申し訳なさそうに歪めながら、診察の準備を進める。
ボクも用意された診察着に着替えるべく診察室のカーテンに入った。テスタロスを「形状:下着」にして、その上から診察着を着る。
(おぉ、これが服か)
テスタロス以外の服にちょっと感動しつつ、木製の短刀に変化させていたトワイスをポケットに突っこんだ。こういう状況だと結構邪魔である。一定距離以上身体から離すと装備が解除されてしまうので、部屋に置いておくわけにもいかないし。
「用意できました」
「私もよ。では、最初の患者さんを呼んできて~」
サラさんが、診察室近くに建っていた見習いシスターさんに指示を飛ばす。
基本的に、治療院にいる治療師以外のシスターは見習いらしい。必要に応じて、気兼ねなく指示するように、とも言われている。
分かりました、言って見習いシスターさんが診察室からでていった。
いよいよ患者さんが来るのか……と思ったら、ドキドキ、と胸が高鳴り、緊張が全身を覆った。
「ふふ、とりあえず最初は私が対応するところを見ていればいいから」
「ひゃい」
緊張で体が固まり始めるボクを尻目に、リラックスした表情でボクに話しかけるサラさん。頼りにしてます。
ガラガラ、と音を立てて診察室の扉が開いた。
患者さんらしき、涙目の少年を連れて、見習いのシスターさんが入って来る。
「さ、悪い所はどこかしら?」
優しげな笑みを浮かべて、サラさんが少年に話しかける。いよいよ、診察が始まった。
「あらら、手に擦り傷ができてるわね。魔法をかけるから机の上に腕を置いてね」
「……少し、熱があるみたいね。解熱の魔法をかけます……3日分ほどお薬を出しますので――」
「……≪軽治癒≫……ふぅ、これでもう大丈夫。今日は激しい運動は避けて下さいね」
「おじいちゃん、また来たの? 腰痛を魔法で和らげるのはあまり良くないと――」
――経験に裏打ちされた熟練したテクニックで、サラさんは次々と患者さんを捌いていく。治療院を開けてから2時間は経っている筈だが、サラさんの行動には全く淀みが無かった。プロの動きである。
ボクはサラさんの隣で、見習いシスターさんと一緒に指示を受けつつ、サラさんの診察を観察していた。
(ううむ、単純に怪我や病気の状態を見て、魔法を使う、ってだけじゃダメな
んだなぁ)
(おぉ、解熱はこんな風に変調するのか)
(薬は外部の薬師さんから卸して貰っていると……魔法と同等の効果がある薬……気になる)
(魔法に頼り過ぎるのも良くないのか)
等々、サラさんの診察から学ぶことは多く、正直、目からウロコが落ちる勢いだ。依頼を受ける時、治癒魔法が使えるならできるかな?、と軽く考えていた自分を殴ってやりたい。
「クロス君、この娘の治療をお願い」
「あ、はい」
前の患者さんの診察書で手が離せないのか、ボクに治療を頼むサラさん。
見ただけで痛そうだと分かる位、ぱっくりと擦り剥けた膝を抱える、8歳くらいの涙目の少女の前に座る。
「見た目より傷は浅いね。負傷から何時間経ってる? ……3時間? どこで……うん、大丈夫、すぐ治から……」
サラさんの真似をして問診を取りつつ、魔力の変調方式を調整していく。
(成長途中の子供の場合、魔法が効きすぎてもあまり良くは無いから……必要最小限の魔力で……)
慎重に慎重を重ねて、魔法を起動する。
「"小さき者に小さな癒しをここへ"、≪軽治癒≫」
本当は詠唱はいらないのだが、この年齢で無詠唱はおかし過ぎるので、"勇者の記憶"から引き出した文言を詠唱する。無詠唱ができても詠唱した方が成功率・効果は若干だが上昇する。意味が無いわけではない。
フッと光が瞬き、少女の傷がみるみる治っていく。よし、成功だ。
一瞬で痛みが無くなったせいか、驚きに染まる彼女に、もう大丈夫だよ、とそっと微笑みかける。
すると少女は、ぽっ、と音が鳴ったかのように一瞬で顔を赤く染め、あ、ありがとうございましゅ! と言って逃げるように診察室を出て行った。
うーん、もしかして風邪も併発していたんだろうか……と見送っていると、
「クロス君」
「はい?」
呼ばれて振り返ると、困ったように眉を下げて、サラさんが苦笑していた。なにか不手際でもしただろうか? 問診がまずかった? 完治させるのは良くないとか?
「キミ笑顔禁止」
「……はい?」
診療に全く関係のない指令を出されて固まるボクに、やっぱり気づいてないわよね、とサラさんがため息をつく。
「ちょっと周りを見てみて」
「はぁ」
言われた通りに診察室を見渡す。大き目な窓が二つに、カーテンで囲まれた一人用ベットが二つ。診察用の机が二つに、イスが4つ………うん、診察室、って感じだ。
「違うわ。見るのはあっち」
サラさんが指差したのは受付用の部屋に通じる壁際。そこには、2人の見習いシスターさんが指示待ちで立っているだけだ。特に違和感は――
(ん?)
良く見ると、二人とも熱にうかれたような顔をしていた。やたら潤んだ視線の先は……ボク?
…………なるほど。
「患者さんに風邪をうつされたみたいですね。彼女達に早めの帰宅を――」
「……はぁ」
サラさんから、駄目だこいつ、みたいな目で見られた。
「彼女らがああなってるのは、君の笑顔を見たせいなの」
「はい?」
ちょっと何言ってるのか分からないですね。
「夫や子供がいる私でもクラっと来ちゃうくらいなんだから、
あまり男性慣れしてないシスターなら、ああなるのは当然ね。」
「……そう、なんですか?」
「そうなのよ……というか男の患者さんまで動きが止まってたし」
「怪我や風邪のせいじゃ?」
「………………はぁ」
呆れ100%の表情でサラさんがため息をつく。
もう何を言っても無駄だわコレ、みたいな諦めの雰囲気を纏いながら、サラさんは言葉を続ける。
「とにかく、君の笑顔は危険なのよ。一種のスキルと思ってもらっても良いわ。……そう、淫魔が使う魅了魔法とでも思えば」
そんな魔法を覚えた記憶は無いのだが。
「笑いたい時は……そうね、相手を労わらないように、薄っぺらな感じで笑いなさい。嘲笑するぐらいの勢いで」
「言ってることめちゃくちゃですよ!?」
人を労わるのが仕事のシスターさんの発言とは思えない。
「うるさいうるさいっ! できなければこのお仕事は無しよ!」
「そ、そんな……」
がっくりと落ち込む。まさか治療や診察以外のことで駄目出しされるとは……。いずれ笑顔の練習をしようとは思っていたが、ここまで障害になるとは思わなかった。
地味に泣きそう、と涙目になってると、泣きたいのはこっちの方よ……とサラさんは小声で呟きながら、次の患者さんを連れて来るよう、指示を飛ばした。
以降、午前の診療時間を終えるまで、ボクは笑顔にならない様に表情を引きつらせながら過ごした。
表情筋が吊りそうになりながら昼食を終えると、担当時間を終えたサラさんに強制的に連れ去られた。
「路傍の石ころを見るように!」とか「小姑に話しかける嫁になった気分で!」とか「もっと熱くなって!」とか、よく分からない助言と共に笑顔の練習をさせられたのである。
空が夕焼けに染まる頃、変なテンションになったサラさんから「イイわ! これならイケる!」と太鼓判を押され、ようかく解放された頃には――……今までどんな風に笑っていたのか、思い出すことすら出来なくなっていた。
疲れ切ったボクは、夕食を取った後、そのままベットにダウンした。世の中、思う様にはいかない……明日……明日こそ頑張ろ……がく。
でろでろでろでろでー♪
おきのどくですが てんしのほほえみ は きえてしまいました
ふつうのほほえみ を てにいれました




