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第13話 商業都市イレイス5

「お仕事は明日からだから、今日はこの部屋でゆっくりしていってね」


と告げて、シアは部屋を出て行った。


シアの言葉通り、ゆっくりと――とも考えたが、せっかくなのでボクは街に出ることにする。本格的に仕事が始まれば、街に出る機会があまりないかもしれない、と思ったからだ。

流石に軟禁されるようなことはならないと思うが、時間は有効に使いたい。


ということで、ボクは先ほどの大通りまで戻って来ていた。

目的は特にない。ここは最初の予定通り、"観光"でもしてみようか、といった感じだ。そして、"イレイスで観光"といえばここらだろうと言われている、イレイス一番の観光名所"時計台"の前に来ていた。


「大きい……これが"時計"か」


時針と分針を備えた、直径5メルトはあるであろう巨大な時計を見上げる。


"時計"は、一日を24の時刻で区切り、精密に時を刻む魔道具である。

魔道具故に"時計"の価格は非常に高額で、一般市民が持つことは難しい。

そのため、"時計"を備えるこの時計台は、21時~5時を除く各時刻ごとに大きな鐘の音を鳴らし、街に住む人々に時間を知らせる役割を持っていた。


この時計台が、"イレイスの街に住む人々の時刻"を表していると言っても良いだろう。

なお、その重要性から、時計台は街の衛兵に常時監視されているので、内部に入るのは厳禁である。


「今は……15時50分か」


時針と分針から時刻を読み取りながら、「夕食は18時から19時」「食べられないのならば、事前に連絡すること」「出来立てを食べたいのであれば、18時に行くのが一番」等々と説明していたシアを思い出す。


(もちろん出来立てを食べたいな)


とすれば、17時の鐘で観光を切り上げる必要があるだろう。つまり……あと1時間ちょっとしか無い。


「本格的な観光はまた今度にして……とりあえず露店巡りかな?」


鐘が鳴る瞬間の時計台の様子も見てみたかったが、時間が無いので次回にする。

屋台の香りに惹かれながらも、夕食まで我慢! と気合をいれて露店を冷やかしていった。露店には、発掘されたばかりの金属や宝石、武器や防具、生活に役立つ便利品まで、様々な物があふれていた。

"記憶"にあるものから無いものまで、色々あったが、ボクにとっては全て初見だ。興味のままに回っていく。


――中でもボクが興味を強く惹かれたのが、人が作り出した"人工物"や"加工品"だった。


魔物は、何かを生み出す、という生産的な行為はしない。せいぜい生殖活動くらいだろう。魔物にとって、欲しいものは全て奪うモノ、というのが世界のルールだからだ。


ボクは、それを悪いこと、おかしいことだとは思わない。


生きるため、必要とならば他人を蹴落としてでも、何を奪ってでも――という考え方は、生物として至極真っ当であると思うからだ。もちろん、奪おうとした相手がら返り討ちにあうことも含めて、である。


この辺りは、ああ、ボクは魔物なんだなぁ、とも実感する所でもあった。

しかし、


(露店の商品を見て、"奪いたい"って気持ちより、"創ってみたい"って気持ちの方が大きいのは……魔物らしくないよね)


とも思っていた。


≪想生≫という"創る"力に触れ、ギルドや教会、時計台の様な巨大な建物を見、魔法の様に美味しい"料理"を食べたことで、ボクは何かを作り、生み出すと言う行為に強い興味を抱き始めていた。


露店を回っている最中にも、どうやって作ったんだろう? 材料は何なんだろう? という呟きが止まらなかった。露天商の中には、そんなボクの独り言を聞きつけて、材料や作り方を丁寧に教えてくれる人もいた。

その度に、


(ボクも何かを作ってみたい)


という気持ちが、知らず知らずの内に膨れ上がっていった。






――そんな時に出会ったのが、彼女だった――






「ようやく見つけたわよ! いい加減観念して、アタシを連れて行きなさいよ!」

「…………チェンジ」


≪風弾≫起動。圧縮。射出。


「へぶっ! ぐはっ! いやあぁぁあぁぁ、もう海はいやぁぁぁ! しょっぱいの嫌いぃぃぃぃいいい…………!!」





――……キラリン☆








テイク2。






「そ、そこの可愛いボク! ちょっと協力してくれないかにゃ?」

「はい?」


流れ星になった妖精(やくびょうがみ)に、もう二度と来ませんように、と願いを捧げていると、突然横から話しかけられた。

≪精霊化≫が解ける瞬間に吹き飛ばしたので、周囲には声も届いていない筈だけど――と思いながらも、ビクビクして振り返ると、木枠でできた簡易露店の下に、小柄な少女が立っていた。


綺麗な小麦色の肌に、くりくりとした大きな釣り目をした可愛らしい少女である。年齢は10代前半だろうか。

しかし、その可愛らしさよりも目を惹かれるのは、


(おぉ……獣人族だ)


短く整えられた赤銅色の髪の上に乗る、大きな獣の耳だ。

大通りを歩いている最中にも何人か見かけたが、こうやって獣人族の人を見るのは初めてだった。


(耳の形状やお尻から覗く尻尾からすると……猫獣人かな)


獣人を初めとする非純人族――亜人は、個々の種族で別れて住んでいることが多く、純人族に比べてと見かける機会は少ない。

商業都市であるこの街ですら、亜人の人口は2割にも届かないだろう。


体の動きと連動して、ピョコピョコと動くケモノ耳に吸い寄せられるように、彼女に近づき、


「ええと、なんの用でしょうか」


と笑みを返した。

ボクの顔を見た猫少女は一度、驚いたように目をまたたかせ、


「うーん、これは凄い逸材にゃ……母性が強いひとなら、一発で落ちてるにゃ」


と、八重歯を覗かせながら、意地悪そうな笑みを浮かべた。

眉をつり上げたその表情は、自分はひかからないぞ! とも言っているようにも見える。


「一発……って?」


言葉の意味が分からず、首を傾げて問い返すが、なんでもないにゃ、と少女は言葉を濁した。気になるな。

あの、と再び問いかけようとするボクに、少女は言葉を重ねてくる。


「キミを呼んだのは他でもないにゃ。ちょっとモデルになって欲しいのにゃ」

「モデル……ですか」

「そうにゃ。服のモデルにゃ」

「……ほほう」


それは興味深い。


露店巡りで創作意欲が高まっていたところに、テスタロスでも作った経験がある"服"の話題である。これは前のめりで聞かざるを得ない。


「ミィはミミィ=スカーレットと言うにゃ。裁縫師なのにゃ」


彼女はそう言いつつ、自己紹介代わり、と並べられた商品を指差す。

そこには、清潔そうな厚みのある布の上に、いくつも服が並んでいた。

手に取って見ても良い? と視線で問うと、いいにゃ、と了承の頷きが得られたので、その中の子供服を手に取った。全体が見えるように手の中で一回転させつつ、服のデザインや作りを見ていく。

これは……


「……すごい」


思わず感嘆の呻きが漏れてしまう位、丁寧に作り込まれた服だった。


(外見年齢は多分、ボクと同じかそれ以下なのになぁ)


ミミィに羨望の視線を送りつつ、他の服も手に取って見ていく。

どれも良く作り込まれていて、縫い目ひとつとっても、素人ではないプロの技術を感じさせた。

しかも、


(新品の服なんて初めて見た)


使われている布の色味や手触りから、全ての服が新品であることが伺えた。


新品の服は非常に高額である。

一般市民ではこうやって手に取ることすら難しい。

生地をあまり使用しない子供服でも、一着一万レン近くするからだ。

しかも、


(手触りからするとかなり良い生地……)


高級な布や、高名な裁縫師が手掛けた服なら、その価格は数倍~数十倍まで跳ね上がる。ぶっちゃけ、武器や防具の方がまだ安い位だ。

たかが服、と侮れないのである。


なお、その値段ゆえに、庶民が着ている服は大半が中古品――古着である。

下着の様な直接肌に触れる服ですら、古い生地や端の布を使った、"準"新品くらいしか出回らない。

これまで回った露店にも古着屋はあったが、新品を見たのはここが初めてだった。


「新品の服を露店なんかに並べて……大丈夫?」


と、思わず余計な心配してしまう。置き引きや万引きの恰好の獲物になりそうだが。


「にゃはは。別に問題ないにゃ。ミィはこれでも腕にそこそこ自信があるし、万引き程度に後れをとったりしないにゃ」


両手を腰につけて、自慢げに胸を突き出すミミィ。……小さい。小さいな。シア未満?


「なんにゃ?」


こちらの視線に不穏な空気を感じたのか、キラリ、と爪を出して威嚇してきた。慌てて、


「で、でも、こんな風に無造作に置いていたら、汚れたりしない?」


と言葉を返す。


少女は疑わしげにこちらを見ながら、


「……露店売りほとんどしないから問題ないにゃ。気分転換に近いにゃ」


と答えた。

普段は工房に籠ってて、ほとんど外に出ないにゃ、と言葉を付け加える。


新品の服は値段の高さ故に、ほとんどが受注生産である。

また、優秀な服飾屋はその技術の高さ故に、身を狙われることも多い。工房を出ないのは、裁縫だけが理由ではないだろう。

およそ彼女の素性は分かったので、本題に移ろう。


「はあ……それで、何故ボクにモデルを? 新品の服をオーダーするお金は無いですよ?」

「うにゃにゃ。違うのにゃ。ちょっと協力して欲しいのにゃ」


詳しく聞くと、少女は憂鬱そうに頭を垂れながら、最近スランプ気味なのにゃ、と静かに漏らした。

技術が向上しないのではなく、いまいち創作意欲が湧かなくて、裁縫に集中できないらしい。ここに並べられている服も、スランプ中に作った失敗作なのであまり売るつもりも無く、賑やかしに並べているだけだとか。


(これで失敗作って……)


本気でやるとどれだけ凄いんだ? という疑問よりも先に嫉妬心を抱いてしまうボクだった。

色々やってもダメで……と真剣に悩み事を告げる彼女を前に、ボクもいずれは生産スキルを身に着けてやる! と、静かに心に誓った位である。

新たにできた目標に燃えていると、言葉が尽きたのか、少女はバッと顔を上げ、


「そんな風に悩んでいる時に、キミを見て……にゃにゃ! っと色んな発想が出て来たにゃ! これだ! って思ったにゃ! ここに立って色んな人を見て来たけど、キミみたいなコは初めてにゃ! マタタビを嗅がされたみたいにきゅぴぴーん! となったにゃ!」

「え、あ……はい」


テンション高く、ボクに詰め寄ってきた。勢いそのままに、ガシっと両手を握られる。金色に爛々と輝く猫目は、絶対に逃がさないぞ! という気配に満ちていた。

ぶわっと冷たい汗が背中に流れる。正直、燃え上がっていた向上心が鎮火されそうな勢いだ。


(な、なんでここまで…………まさか…………魔物(ドッペルゲンガー)だと見抜かれてる?)


黒髪黒目は珍しいが、亜人という特徴に比べれば希少性の薄い。

他の人には無くて、自分にはあるもの――自分にしかないもの――となると、それしか考えられなかった。

今はまだ職人の勘に近いものだろうが。


(ううむ、裁縫には凄い、凄い興味があるけれど……ここは、さっさと去っておいたほうが良さそう)


と、心中で涙を流しながら、早急にこの場を去ることを決める。


「すみません、ちょっとこの後予定が……」

「そんなこと言わないで欲しいにゃ! 報酬はちゃんと出すにゃ!」

「えと」

「何でも出すにゃ! タダでキミの服を作るにゃ!」

「別にいら」

「なんならミィの秘伝の裁縫技術も教えるにゃ!」

「よろしくお願いします」


気が付いたら、頭を下げてこちらからお願いしていた。

あれ、なんかこのパターンさっきもあったような、という呟きがどこからとも無く聞こえてきたが、華麗に無視した。

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