第11話 商業都市イレイス3
「ふぅ、おいしかった」
ボクは満足げに息をついて、スプーンを机に置いた。
目の前には、綺麗に空になった皿がいくつも並んでいる。
「ふふ、良く食べましたね」
「あ、ご、ごめんない」
行儀が悪かったろうか、とルキアさんに思わず謝る。
「いえいえ、これだけ綺麗に食べて貰えたら、私も嬉しいですよ」
「シスタールキアは凄く料理が上手なんです」
隣から自慢げに語りかけてくるシアに、こくこく首を振ってと同意を返す。
("料理"がこんなに美味しいとは)
実際、ちょっと我を忘れるくらい、食事に集中してしまった。
あまりに美味しすぎて掻き込んでしまった料理もある。行儀は良くは無かっただろう。恥かしさで頬が赤くなるが、
(でも……本当に美味しかった)
ボクは満足だった。
森の中でも、肉を火で炙ったり、木の実をすり潰したりと"調理"はしていたが、目の前の"料理"とは比べ物にならない。
ウサギ肉を使ったと思われる料理もあったが、焼き加減から味付けまで、全く異なり、まるで別の食材のようだった。
これだけでもこの街に来たかいがある。そう思ってしまうほど、ボクは満足していた。
「本当に美味しかったです。ありがとうございます」
食後の満足感を残したまま、笑顔を作って、ルキアさんにお礼を告げる。
「……いえ、シアがお世話になりましたから」
ふにゃ、とルキアさんの顔が一瞬緩んだように見えたが、気のせいだろう。
「ぶつかっただけでこんなに美味しい御飯が食べられるのなら、毎日でもぶつかって欲しい位です」
「あらあら。お上手ね」
照れているのか、頬を真っ赤に染めて、ルキアさんが答える。
割と本気なんだけど。
むむむむ、と隣のシアがうなる。そんなに何度もぶつからないよ、と言いたいのだろうか。からかったような形になってしまい、申し訳ない。
「ところで、ルキアさんがギルドに出した依頼って何でしょうか?」
食後の話題提供のつもりで、シアと出会った切っ掛けでもある、依頼の話を切り出した。
実際、ここに来る前から気にはなっていたのだ。
教会が申請する依頼ってなんだろう。
「大したことはないんですよ。ちょっとお手伝いさんが欲しくて」
「お手伝いさん?」
「ええ、ちょっと治癒魔法が使える方を探しているんです」
「治癒魔法使い……治療師ですか」
"勇者の記憶"によると、規模次第だが、教会によっては治療院を兼ねている所もあるらしい。
専門病院の治療には負けるが、軽傷ならば教会の方が安価に治癒を受けられるそうだ。
「ええ、治癒魔法が使えるシスターが、産休に入ってしまって……」
シスターが産休って……それはいいんだろうか。
『創生神教 …… この世に存在する生命と物質を作り出したと言われている、創生神を主神とする宗教。"創生"――すなわち、物や生命を生み出す行為は全面的に肯定される宗教であるため、戒律はあまり厳しくない。ただし、破壊や死のような"創生"に相反する行為は、他の宗教と比べて罪は重い』
生命を生み出す行為にも肯定的で制限なし、か。
それならシスターが産休をとっても問題ない……のか?
「治癒魔法といっても、簡単なもので良いんです。教会の治療院に来られるのは、擦り傷や切り傷といった軽い怪我の方が多いので」
「なるほど。だからお手伝いさんですか」
「はい。最悪、心得がある方なら、治癒魔法が使えなくても大丈夫ですから」
もちろん治癒魔法を使えるに越したことはないのですが、と付け加えるルキアさん。
世界的に見ても、治癒魔法を使える人間は少ない。
魔法使いの全人口からすれば、1割もいないだろう。
魔法は"魔力"と"詠唱"によって成り立つとされている。
"魔力"は、あらゆる生命に宿っていると言われる元素で、魔法の発動には不可欠の要素。"詠唱"は、魔法発動のキーとなる重要な文言だが、熟練度によって省略できる。
この2つを組み合わせることで、魔法は発動する。
魔法は良く"音楽"に例えられる。
"詠唱"という歌に合わせて、"魔力"という伴奏を当てる。そんなイメージだ。
"魔力"は個々人によって特定のパターンが存在しており、詠唱中は、このパターンをリアルタイムで変調する必要がある。
この変調が非常に厄介で、魔法を使えない者の大半が、この変調で挫折する。
変調方式は魔法の種別や属性によって異なり、上位の魔法であればあるほど、より長く、より複雑になる。
そして、≪飛火≫のような通常魔法の場合、一度成功してしまえば、あとは魔力パターンを反復するだけで良いが、治癒魔法の場合は違う。
治癒魔法の場合、治療する傷や場所に合わせて、変調方式を逐次変更・調整する必要があるからだ。
特に、治療する対象が他人の場合、相手の魔力パターンにも合わせる必要があるため、難易度は更に跳ね上がる。
例えるならば、ド素人が一人紛れ込んでいるオーケストラで、お金がとれるプロの"音楽"にしなければならない、という感じだ。
基礎レベルすら使えない、自分しか癒せない、といった魔法使いが大半なのも頷けるだろう。
(クロノスの場合はどうだろ……?)
机の下で、ばれないように無詠唱でステータスを≪確認≫してみた。
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≪軽治癒≫
消費MP:10 属性:聖 熟練度:MAX(無詠唱)
効果:HP回復(極小)[他者使用可]
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(……おぉ。他人も治せるのか)
治癒効果としては最低だが、他人にも使用できるのは流石勇者だ。
熟練度がMAXなのは、修行中に自分に使いまくったからだろう。
調べると、他人の傷や魔力に合わせた変調パターンも"記憶"に入っていた。
最初は戸惑うかもしれないが、使おうと思えば使える筈だ。
(さて、どうするかな)
達成可能な依頼と言うことが分かり、一旦黙考する。心情的には協力してあげたいが、不特定多数の人の前にでるのは極力避けたい。
「あ、これはその依頼書の写しです」
考え事で無言になっていたせいか、場をごまかすように、シアが依頼書の写しらしき紙を差し出してきた。
一言礼を告げて、紙を受け取る。
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○ 教会の手伝い
難度:G 報酬:500~1500レン/日
募集:ランク不問
内容:
教会が運営している治療院の診察・治療の手伝い
治癒魔法が使用できる治療師の場合、報酬は1500レン。
それ以外の方は要相談。
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治療師でも一日1500レンか。野ウサギの毛皮でいえば、5枚分。
(普通に狙えば、野ウサギは一日10匹は狩れるだろうし、野ウサギの場合、皮だけでなく肉もとれる。…………ちょっと割に合わないなぁ)
慈善色が強い教会からの依頼なので、元々高額報酬は期待していなかったが、ちょっとリスクに見合わない金額だ。
(残念だけど、お断りの方向で…………ん?)
話を変えるための話題を探しているところで、備考欄に目が付いた。
依頼人の名前や住所といった依頼内容以外の情報が記載されている欄だ。
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備考:
希望者の方には宿泊先として教会運営の宿(三食付き)をご提供します。
(食事は依頼者または教会のシスターが用意致します)
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「是非やらせて下さい」
不特定多数の人と出会うのは対人経験のためにも良いことだしどこに目や耳があるか分からない安宿より教会運営の宿の方が安心だしシアやルキアさんは良い人だし今後のためにも教会と縁を得るのは決して悪いことじゃないしデメリットないしメリットしかないし。
ボクは脳内でそう繰り返しながら、迅速に依頼を受領すべく、教会から飛び出した。
ドッペル の じこべんご !
ざんねん! しょくよく には こうかが ない みたいだ




