閑話 スキル外スキル「天使の微笑み」
######### シア Side #########
(うわわわわわ! どどどどどうしよう! どうしよう!)
冒険者ギルドの扉に寄りかかりながら、わたしは途方に暮れていた。
わたしの前には、ひとりの少年が目を回して倒れている。少年が倒れた原因は言うまでもない。私が勢い良く開いた扉に、額を打ち付けたからだ。
依頼者用のカウンターに並び、依頼書を忘れいたことに気付いたのが3秒前。頭が真っ白になってしまい、反射的にギルドを飛び出してしまったのが悪かったのだろう。
(あううう……シスタールキアからも、"慌てた時ほど冷静に"って言われていたのに)
心中で猛省しながら、倒れた少年の傍に屈み、必死に様子を探る。
(うわぁ……すごいきれい)
倒れていたのは、漆黒の髪を持った、少女と見まごうような姿をした男の子だった。服装が男物でなければ、間違いなく美少女と勘違いしただろう。
(こんなにきれいな人、初めて見た……)
思わず、時間が止まったかのように動きを止めてしまう。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……う、ううん」
「っ! た、助けを呼ばないと!」
少年のうめき声で我を取り戻し、わたしは急いでギルトの中に戻った。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「ぼーっと立ってたボクも悪いから。もう謝らないで」
「え、あ……」
(うわわっ! うわわわわ!)
少年――クロスくんの笑顔を見た瞬間、わたしの胸が痛いくらいに高鳴った。
目を覚ましたクロスくんは、見たこともない位綺麗な男の子だった。
見た目だけの話ではない。こちらを気遣う物腰の柔らかさと言葉遣いは、少年の見た目とは不釣り合いなくらい、優しくて紳士的だったのだ。
特に、包み込むような優しさに満ちたその笑顔は、創生神に捧げた私の信仰心が揺らぎそうになるほど、不思議な魅力に溢れていた。
思わず彼の瞳に視線が吸い込まれそうになる。
創生神さま、わたしに力を貸してください……!
(お、落ち着いて落ち着いて……)
全身が心臓になってしまったかのように高鳴る心音を抑えるべく、わたしは深呼吸を繰り返す。
しかし、全く効果が無い。
むしろ、時間が経てば経つほど、頭がボーっとして混乱が助長されていく。
頬が赤らみ、両手の指先が絡まってしまうのを止められない。まるで、5年前に罹った風邪の時のように、体がフワフワして落ち着かなかった。
その混乱具合は、
「あーうん、気にしないで良いよ。それより、急いでたんじゃ?」
(あっ)
クロスくんに言われるまで、ギルドに来た理由を忘れていたくらいだった。
どれだけ余裕を無いのだろうか、わたし。
(い、依頼書とってこないと!)
シスターからの重要なお使い。
その内容を必死に思い出して、体を奮い立たせる。
「す、すみません。依頼書とってこないとならなくて、あの……」
「良いよ良いよ。今度からは気を付けてね」
向けてくるクロスくんの笑顔を直視しないように――直視したらまた忘れそうだから――気を付けながら、私はギルドを飛び出した。
######## ルキア Side ########
「……あなたが、シアがお世話になった方ね? わざわざご足労願ってしまい、申し訳ありません」
ドアが開く気配を感じて振り返ると、そこには私の妹分であるのシアと、
(うわっ、すっごい美少年!)
思わず心中で唸ってしまうほどの美少年がいた。
黒水晶を切り出したような髪と瞳、抜けるような白い肌は、少女の様に愛らしい。職業柄、老若男女さまざまな人と出会ってきたが、これほどの美少年は見たことがなかった。
(近いのは、数年前に一度だけ会った勇者様だけれど……)
勇者様は整った顔をしていたが、私的には"あと一歩……いや、半歩!"という感じだった。それに比べると、
(この子は間違いなく"満点"ね)
教会の天窓から入ってくる陽光の下で所在なく立つ少年の姿は、"憂国の王子さま"、と題をつけたくなるほど絵になっていた。
正直、ハンパなく保護欲がそそられる。
(これは確かに……シアが|ああ≪・・≫なるのも分かるわね)
先程、依頼書を忘れたと戻ってきたシアが、顔を真っ赤にしながら支離滅裂に説明していたのを思い出す。
とりあえず連れてきなさいと指示したが――なるほど、この少年なら|ああ≪・・≫なるのも頷けるだろう。
(若いわねぇ~)
と、心中で呑気に呟く――ことができたのも、ここまでだった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「ボクはクロスと言います。今日登録したばかりの駆け出し冒険者です」
(あわわわわわわわわ!!)
クロスと名乗る少年の微笑み、それに私の心は撃ち抜かれていた。
まるで極太の槍で貫かれたかのような痛みが胸に走り、熟した果実のように頬が熱を帯びる。
「あらあら。可愛らしい冒険者さんね」
誤魔化すように頬に手を添えて言葉を返すが、正直、自分でも何を言っているのか分からない。
この笑顔をそのまま絵にして配ることができれば、世界平和も夢ではないのではないか、そう思ってしまうほどの慈愛に溢れた微笑みだった。
隣のシアが不機嫌そうに眉をひそめていたが、私自身、彼女に気を回せる余裕はなかった。
名を教えて欲しい、と訪ねてくる彼に応対するので精一杯だ。
「あ、そ、そうね。私の名前はルキアと言います。見ての通り、この教会のシスターをしているの。ようこそクロス君、歓迎するわ」
「はい。よろしくお願いします」
嬉しそうに微笑む彼を抱きしめようとする自分を抑えることができたのは、創生神のお蔭だろうと、私は真剣に信じていた。
ドッペル の てんしの ほほえみ!
シア は みりょう された!
ルキア は みりょう された!
こうかは ばつぐんだ!




