第10話 商業都市イレイス2
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
ひたすら頭を下げて謝る少女を前に、ボクは苦笑を浮かべていた。
ドアで額を打たれ、気絶していたのは数分だった。打たれた直後はコブができてしまったが、今はもう消えている――≪創生神の加護≫さまさまである。
目の前でひたすら頭を下げる少女は、シアと名乗った。
イレイスの中心街にある教会のシスター、その見習いらしい。
修道服という珍しさもさることながら、一番に目を引くのは、彼女自身の美しさだ。肩ほどの長さで切りそろえられた、陽光を跳ね返すような金の髪と宝石のような奥深い緑の瞳、スッと整った鼻梁。
10代前半と思われる若さながら――否、それ故に、可愛らしさと美しさが絶妙に同居している美少女だった。
「大丈夫だよ。怪我もなかったし」
そんな彼女の謝罪の合間を縫って、ボクは言葉を返す。
膨れ上がっていた期待や冒険心、そういった気持ちを早々に折られたような形になったが、当初の目的を鑑みるに、調子に乗る前に折られて良かったような気もする。
それに、
「ぼーっと立ってたボクも悪いから。もう謝らないで」
ボクとしては、気絶されられたことより、ここまで必死に謝られることの方が心苦しかった。相手が美少女だと特に。
出来る限り相手を威圧しない様、優しい声音を意識しつつ、ボクはシアに微笑みかけた。
「え、あ……」
ボクと視線を合わせたシアは、頬を赤らめ、やや驚いたような表情で動きを止めた。どうやら分かってくれたらしい。
身長はボクとほぼ同じで140セント位だけど、謝罪のために身を屈めていたシアは、こちらを見上げるような態勢になっている。
謝罪の連鎖が止まったことにホッとしつつ、ボクは周囲を見回した。
気絶した後に運ばれたらしい、冒険者ギルドの中は、外観に比してあまり広くはなかった。受付らしきカウンターが5つに、様々な依頼書が張り付けられた掲示板、待合用と思われる長椅子があるだけだ。
昼前のせいか、人も少ない。
ぼーっと掲示板を眺めたり、受付の職員と雑談している人しかいない。
ちょっと期待外れだなーと視線を正面に戻すと、両手の指を絡ませて、もじもじとしているシアがいた。
「どうしたの?」
「あ、いえ………わ、わたしシスターなのにご迷惑を……」
「あーうん、気にしないで良いよ。それより、急いでたんじゃ?」
また謝罪ループに入りそうだったので、機先を制すように言葉を返す。
シアは謝っている間も時間を気にするような素振りを見せていた。ぶつかったのもそれが原因だろう、とボクは推測していた。
シアは一度、あっ! と驚いたような顔をしてから、
「す、すみません! 依頼書とってこないとならなくて、あの……」
「良いよ良いよ。今度からは気を付けて」
先を促すように笑みを返す。
恥かしさ故か、更に頬を赤らめて、シアはギルドから出て行った。
「挙げ足を取られたような形になったけど、良い出会いがあったから良かったな」
今は若さゆえに、気が先走って失敗してしまうみたいたが、謝る姿から心根の優しさは十分伝わっていた。
ボクの対人経験は皆無に等しいが、"勇者の記憶"より、ああいった人は最後まで優しくて良い人だと知っている。
(検問であった冒険者さんといい、シアといい、最初から良い縁が続くね)
検問で並んだり、人ごみを歩いている時に気が付いたが、ボクは見知らぬ人間対して、本能的に強い警戒心を抱いてしまうようだ。
魔物だからしょうがない、と言われればそれまでだが、このままだと、街に住むこと自体が苦痛となり、生きるのも困難になってしまう。
今後「人に関わって生きる」ためにも、早急に対人経験を増やし、慣れる必要があった。
(しかしどうせ人に慣れるなら、良い人の方が良いよね)
良い気分のまま、登録用の受付と思われるカウンターに向かう。
受付には、20代前半と思われるお姉さんが気だるげに佇んでいた。ボクを見ると、多少姿勢を正しながらも、雰囲気はそのままに話しかけてくる。
「冒険者登録ですか?」
「はい、お願いします」
「では、ここのお名前とレベルを。後程、精査官を来ますので、それまでに冒険者について説明します。冒険者とは――」
登録用紙と思われる紙とペンを差し出し、職員さんが矢継ぎ早に説明を開始する。かなり事務的な対応だ。
冒険者としての知識は、"勇者の記憶"からいつでも得ることができるので、ボクは話半分で職員さんの話を聞いていた。
冒険者ギルドの登録に必須なのは、名前とレベルのみ。
住所や連絡先といった他の個人情報は任意の記入となる。
精査官――熟練度MAXの≪精査≫を使える人――による≪精査≫で名前とレベルが調べられるので、虚偽の登録は不可能だ。
登録を終えると、プレート状のギルドカードが渡される。カードには名前とレベル、冒険者ランクが彫りこまれている。
冒険者ランクはF~A。一定難易度の依頼や条件を達成するとランクが上がり、高ランクになると様々な国や場所において便宜が得られ、上位の依頼を受けることもできる。
(悪目立ちしたくないから、逆にランクは上げたくないな……依頼には興味はあるけど)
初回の登録料金は必要ないが、更新や紛失時は有料となる。
カードには偽造防止の特殊な魔法が仕掛けてあり、一年ごとに更新手続きを取らないと魔法が消え、ただの鉄片となる。
カードにかけられた特殊魔法は年ごとに変化するので、解除や偽造は難しい。そのため、ギルドカードは身分証としての役割も持つ。
(身元不明なボクには有難いね)
後ろ傷がある者も多いため、冒険者になる前の過去は触れない、という暗黙の了解があるのも有難かった。
職員さんによる事務的な説明をニコニコと聞き流しながら、ボクは今後の冒険生活に想いを馳せていた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「んー!」
両腕を掲げて背を伸ばし、凝り固まった体をほぐす。
登録は、思ったよりも時間がかかってしまった。もうお昼時は過ぎている。
書類上の問題ではなく、≪精査≫を行う精査官が遅れたからだ。
登録自体は問題なく完了した。
(まあ、いっか。受付のお姉さんとも仲良くなることが出来たしね)
笑顔可愛い、食べちゃいたい、とか所々不穏な言動が聞こえたけど、多分、昼
食が取れなくてイライラしてたんだと思う。申し訳ないことをした。
「さて、なに食べようかな~」
昼時を過ぎたせいか、少しまばらになった道路を眺める。
遅れたついでに野ウサギの毛皮も買い取ってもらったので、懐は温かい。
ちょうど募集があったため、依頼達成扱いにしてもらい、買い取り金額は1枚300レン。手持ち26枚を全部売り、計7800レンになった。
「行きがけに覗いた屋台を見る限り、一食150レンで済みそうかな」
7800レンを全てに食事に回すと、52食分にもなる。
「ウサギの毛皮が思ったより高く売れて良かったな」
野ウサギは魔物ではないが、魔物の森にしか生息しない上、警戒心が強くてなかなか見つけ辛いらしい。単体で行動することも多く、まとめて狩るのも難しいため、狙って狩るのは苦労するとのことだ。
毛皮も肉の質も良いので、募集依頼は事欠かないのだが、難易度は最低のGランク。難易度Gの依頼だと、何度達成してもランクが上がらないので、野ウサギを狙う冒険者はほとんど居ないらしい。買取金額が高めなのもそのせいだ。
(しばらく野ウサギ狩りで暮らすのも良いかもね)
ランクが上がらないのは、目立つのを避けたいボクには願ったりだし、約2か月の森林生活で野ウサギの生態も把握している。
(野ウサギなら、ボクのような低レベル子供が取ってきても、違和感は抱かれにくいだろうし)
"勇者の記憶"によれば、イレインの近くにも魔物の森はある。アルエカナンほどでは無いだろうが、≪探索≫で探せばいる筈だ。
今後の生活起点になりそうな仕事も見つけ、思わずほくほく顔になっていると、
「あ、あの」
「うん?」
振り返ると、先刻別れたはずのシスター見習い、シアがいた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「こっちです」
手を引かれるままに、ボクはシアの後を歩いていた。
先ほどの謝罪として、食事を誘われたからだ。
謝罪は既に受け取っていると一度断ったが、事情を知った上役のシスターより、是非連れてきなさいと頼まれたらしい。
シアは冒険者ギルドに依頼人として来ていた。
ただ、シアは正式な依頼人ではなく、代理だったしい。
正式な依頼人は、シアが事情を説明した上役のシスターだ。
シアは代理依頼する際に、うっかり依頼書を教会に忘れてきてしまい、焦って取りに帰ろうとしたところで、ボクと衝突してしまったらしい。
ギルドと教会は離れているので、登録が長引いていなければ、彼女と再会することは無かっただろう。
ボクに再び会えた時、シアは間に合ってよかった、と笑みを浮かべて神に感謝していた。
おおげさだなあ、と思いつつも、良い人間との出会いは大事にしたかったので、ボクとしても再会は望むところだった。
一度目は断りながらも、二度目の誘いで直ぐに了承したのはそれが理由だ。
「ここです」
シアが指差した先には、
「大きい……」
高さ20メルト以上の巨大な教会があった。冒険者ギルドと同じかそれ以上だ。
この教会が祭っているのは創生神。創生神教は、この大陸で最も栄えている宗教だ。この威容は当然なのかもしれない。
ギルドとはまた違う趣きの巨大人工物に視線が吸い付きそうになったが、シアは先を急かすようにボクの手を引いて、教会の扉を開いた。
ギイ、と音を立てて開く扉の先には、片膝をついて祈りを捧げるシスターさんがいた。
「…………」
荘厳な空気に、思わず身が固くなり、言葉を失ってしまう。
ドアの音で気が付いたのか、シスターさんはゆっくりと立ちあがり、
「……あなたが、シアがお世話になった方ね? わざわざご足労願ってしまい、申し訳ありません」
振り返りつつ、ボクに会釈した。
年齢は20歳くらいだろうか。150セントと低めな身長ながら、腰まで伸びる亜麻色の髪は、思わず手を差し入れたくなるほど綺麗で、露出の少ない修道服の上からでもスタイルの良さが分かる、かなりの美人さんだった。
創生神のシンボルである十字架を背にした彼女は、聖女と呼ばれても納得できるほど、慈母に溢れた笑みを浮かべていた。
"勇者の記憶"を探しても、これほどの美人はなかなかいない。
思わず見とれてしまうと、
「ん?」
右手に軽い圧迫感を感じる。視線を移すと、
「むむむ」
やや不機嫌そうな声を立てて、シアがボクの手を握り込んでいた。
返事をすぐ返さなかったから、怒ってるのかな? と思い、急ぎ答える。
「いえ、こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。ボクの名前はクロスと言います。今日登録したばかりの駆け出し冒険者です」
警戒心を抱かれない様、精一杯微笑みながら言葉を返した。
「…………あらあら。可愛らしい冒険者さんね」
ボクの顔を見たシスターさんは、一瞬動きを止めた後、何かを振り払うよう笑みを浮かべる。赤らんだ頬を隠すように片手を添えて、困ったような顔をしていた。
ボク、何かおかしい言動をしただろうか。
「むむむむむ」
そしてなぜか右手の痛みが増した。シアさん、痛いです。
(うーん、シアの時もそうだったけど、ボクの笑顔におかしいところがあるんだろうか)
"勇者の記憶"を参考に、恋人や母親に向けるような、親愛の籠った笑顔をイメージしたつもりなのだが……親愛を込めすぎて、逆に不信感を抱かれてしまったのかもしれない。
(あとで笑顔の練習でもしようかな)
笑顔については今後の課題、と思考を切り替えて、
「すみません、シスターさんの名前を教えて頂けますか?」
と、ややボーっとなっているシスターさんに尋ねた。寝不足なんだろうか。
「あ、そ、そうね。私の名前はルキアと言います。見ての通り、この教会のシスターをしているの。ようこそクロス君、歓迎するわ」
「はい。よろしくお願いします」
礼儀に従い、ボクは笑みを浮かべつつ、挨拶を返した。




