第9話 商業都市イレイス1
商業都市イレイス。
アジエン大陸に点在する街としては、中規模の都市となる。所属としてはウルズ王国になるが、ある程度の自治が認められており、半独立都市でもある。
街は30メルトもの巨大な壁に囲まれており、堅牢さに関しては王都に比肩する。東西南北で4つある門には、入る者、出ていく者を監視・調査する衛兵が常に配備されていた。
ボクは、その中の門のひとつ――北門の前に並び、順番を待っていた。
商業都市ゆえに、出入りする人は多い。太陽の位置からすると昼前といったところだが、並ぶ人間が途切れる様子は見られなかった。
朝から並び続けて2時間近く経っているが、未だに入場できていない。
「ふぅ」
思わず漏れたため息は、疲労ではなく気疲れから来たものだ。
正直に言って……ボクは「人に関わること」ををナメていた。
周囲を人間に囲まれているというだけなのに、恐怖と緊張でどうにかなりそうだった。いつ魔物と気づかれるのか、どんな切っ掛けで攻撃されるのか、そう思うと気が気じゃいられない。
やっぱりボクは魔物なんだなぁ、と心底実感させられた2時間だった。
(とにかく早く終わってほしい……)
都市に入れば、今以上の人間に囲まれるという未来から目を逸らしつつ、ボクはひたすら自分の番が来るのを――この苦行が終わるのを待っていた。
――その魔法を目にしたのは、そんな時だった。
「"我が目は見通すもの。かの者の名と強さをここに"、≪精査≫」
受付にいる衛兵さんが詠唱を終える同時、魔法の光が入場者と思われる人間を包んだ。
「……え」
魔法? 入場するのに魔法をかけられるの??
『≪精査≫
対象の名前、レベルを表示する魔法。対象が生物の場合、起動時に目を合わせる必要がある』
「え゛っ!?」
例によって"勇者の記憶"からの解説に、声を漏らしてしまう。
奇声を上げたボクを不審そうに見てくる人たちに頭を下げつつ、ボクは必死に頭を働かせた。
(まずいまずいまずい! すっかり忘れてた!)
クロノスの場合、最初はともかく後年は全て顔パスだったため、入場の前に≪精査≫があることをすっかり失念していた。
レベルの方はなんとかなる。
レベル10というのは年齢に比べると高いが、そこまで珍しいわけでは無い。幼いころから訓練して、魔物と戦っている者なら、この程度にはなるだろう。
(問題はもうひとつの方だ……!)
ボクは焦りつつも、周りの人に気づかれない様、無詠唱で≪確認≫を唱える。
(表示は最小で……必要な情報だけで良い。≪確認≫――起動!)
> ≪確認≫ を発動しました。
軽く握った掌に収まるように、小さくステータスが表示された。
===============================
名前:クロノス=カミシロ=アイゼンリヒト(偽)
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(…………どう見てもアウトです)
これ以上ないほど一発退場なネーミングである。
ある意味意表をつけるだろうが、拘束される以外の未来が見えない。
何か誤魔化す手は無いか! と焦りつつ、"勇者の記憶"を検索すると、
『≪偽装≫
≪精査≫を誤魔化す目的で開発された魔法。任意の名前とレベルを選定できる』
(あった……けど意味ない!)
≪偽装≫は後ろ暗い人間が編み出した違法魔法だ。
当然の如く、勇者が身に着けている訳がない。
また、≪精査≫の熟練度が≪偽装≫の熟練度以上の場合、100%の確率で見破られるという欠点もあった。仮にここで覚えることができたとしても、即座に見破られるだろう。
(≪偽装≫を覚える手段も熟練度もあげる暇もない。なにか、なにか他に……!)
検索を続けるが、有効な対策は出てこなかった。
勇者は≪精査≫を誤魔化す必要が無いので、関連する知識が少ないのだ。
ここは一度列を離れるべきか、とも考えた瞬間、
(そうか! "アレ"がああなったなら、"コレ"もいけるはず!)
名案と呼べる方法を思いついた。
それなりのリスクはあったが、もう少しで自分の番という焦りからか、ボクは迷わずスキルを起動させた。
> ≪変化≫を発動しました
フッ、と瞬くように視界に光が走り、≪変化≫が完了したことを体で理解する。
(しししししまった! 周囲を確認せずにスキルを使ってしまったぁ!!)
背中が一瞬で冷や汗で満たされる。
そろーりと周囲を伺うが…………幸い、自分に気づいたものはいないようだ。
ボクはホッと息を着く間もなく、気もそぞろにステータスを≪確認≫した。
===============================
名前:クロス
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「……ほ」
2重の意味で安堵の息が漏れる。
≪偽装≫の効果を見、低年齢化の≪変化≫がステータスにも反映されたことを思い出し、それなら名前も≪変化≫させられるのでは? と思いついたのが、つい先程だ。
"クロス"は、勇者クロノスの渾名・幼名である。
本人を表していることに間違い無いが、本名とも偽名ともいえない名前だ。
その微妙さ加減で、(偽)が外れてくれたらなーと希望を抱いていたが……なんとかなったらしい。
思わず、へへへと笑みを浮かべたり、手に隠したステータスを何度も確認してしまう。
すると、
「坊主、どこから来たんだ?」
ボクの前に並んでいた冒険者らしき人から、声を掛けられた。
「あ、はい、アルエカナンの森の近くの、ミステって村からです」
突然話しかけられ、驚きと緊張で胸を痛くしながらも、なんとか言葉を返す。……ここに来るまで、自己紹介を何度も練習した甲斐があった。
「ミステ、ミステねぇ…………知らねぇな。あの辺は小さいのを含めると数十とあっからなぁ」
実の所"勇者の記憶"にも、ミステという村は存在しない。存在しない村の名前をあげたのは、万が一でも特定されるのを避けるためだった。
「で、なにしにイレイスに来たんだ?」
特に村の名前を気にした様子も無く、冒険者さんは言葉を続ける。
そんな冒険者さんに対して、ボクは"事前"に用意していた方ではなく、"とっさに思いついた"方を理由として告げた。
「冒険者ギルドの登録です。せっかくレベル10になったのだから、父さんが行って来いって……」
「ほう! その若さでレベル10とは凄ぇな!」
レベル10になると、冒険者ギルドに登録できる。
これは、先ほど≪精査≫について調べている途中で手に入れた知識だ。
ボクは当初、イレイスに来た理由として、観光と言うつもりだった。
しかし、親もお金もない子供が、観光目的で商業都市に訪問と言うのは無理があったし、長期滞在の理由にも向かない。
他に上手い言い訳は無いものか、と悩んでいたところ、直前に得た情報と冒険者然としたこの人から、とっさにこの理由を思いついたのだ。
(今後の為にも冒険者という立ち位置は都合がいい。とっさの思いつきとはいえ、良い理由だ……!)
ナイス閃き! と内心笑みを深めながら、ボクは言葉を続けた。
「ありがとうございます。物心つく頃から父さんに鍛えられてて……」
「森が近いと魔物の被害も多そうだしな。それぐらいのレベルはあって当然か」
うんうん、と頷く冒険者さん。こちらを不審がる様子は全く見られない。
(よかった……)
嘘を付くと言う後ろめたさもあったが、それ以上に、"魔物に見られなかった"という安堵の方が大きかった。
その後、ボクと冒険者さんは、自分の番が来るまでいろいろな話をした。
ボクはボロが出ない様に聞き手に徹していたが、冒険者さんは子供でも分かり易いよう丁寧にお話してくれた。言葉自体は乱雑だったけど。
初めての"会話"と呼べる行為に、軽く感動すら覚え始め――人と話すって楽しい、と思い始めたところで、ボクたちの番がやってきた。
「ようやくオレの番か……見ての通り、オレも冒険者だ。縁が合ったらまた会おうぜ」
軽く握手を交わし、ニヒルな笑みを浮かべて冒険者さんは去っていった。
ボクは冒険者さんとは別の衛兵に呼ばれていたので、ここでお別れだ。若干心細さを覚えつつも、また会えたら良いな、と前向きにとらえてボクは衛兵さんの所に向かった。
待っている間に抱えていた緊張や不安は、いつの間にか消えていた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
入場の受付は特に問題なく完了した。
≪精査≫にも異常は無かったし、訪問理由を不審がられることも無かった。むしろ頑張れって応援してくれた。
入場税がかかるのは15歳からだし、交易税がかかるほど、物を持ちこんでもいない。ボクの手持ちは、お金になるかと思って取っておいた野ウサギの毛皮と、干し肉くらいだ。
あらかじめ、この年齢なら無料で済むことは"勇者の記憶"でも知っていたが、一安心だ。
「えーっと、冒険者ギルドはどこにあるか分かりますか?」
ボクは最後に、衛兵さんに冒険者ギルドの場所を聞いた。
「ここは北門だから……このまま大通りを行くと右手側に大きな白い塔が見えてくる。そこが冒険者ギルドだ」
「ありがとうございます」
「イレイスにようこそ」
爽やかに笑みを浮かべる衛兵さんと別れ、ボクは門をくぐった。
そこには、
「おぉー」
数千という人間がひしめくように道を歩く光景が広がっていた。
人の多さもさることながら、道路にはみ出すように乱立する露店や屋台も活気にあふれていた。
「さすがは商業都市」
ボクは子供のように目を輝かせながら、緊張もどこへやら、と大通りに足を踏み出した。
人込みによる緊張や不安は、お店の活気や、内から湧き出る好奇心が誤魔化してくれた。
真っ直ぐ進むのも困難な道をただひたすら歩く。
おお、これがあの有名な! とか、これは"記憶"にも無いな、とか言いながら、露店を冷やかしつつ道を歩いていくと、塔のような建物が遠目に見えた。
「あれが冒険者ギルドかな?」
人の流れを躱しながら、滑り込むようにその建物の前に立つ。
看板には"冒険者ギルド"と人語で書かれていた。
「すごいなぁ。おっきいなぁ」
初めて目にする巨大な人工物に、ボクはただ感動していた。
足を止めたボクを、周囲の人たちが微笑ましそうに見てきたが、気にせずに塔を見上げ続ける。
(……冒険者かぁ)
当初の目的である"人の世に溶け込むこと"も忘れて、ワクワクと心を踊る。
ボクはその期待に背中を押される様に、ギルドのドアを開け――
「へぶッ!」
ようとしたところで、額を扉で打ち付けられ、気を失った。




