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01 アンドロイド

 私が死んだら、などと相手が話始めた時、相手が健康体なら笑って流せるだろう。

 ただ、相手が本当に死に近づいているのであれば、話は別だ。


「なんだって?」


 俺は花瓶に花をさしながら、彼女へと目をやった。日に日に細くなる彼女の腕は、注射針の跡が目立っている。それがもう消えることはないのだろうと、どこか絶望的に思っていた。


「……いやだからさ、私が死んだら」

「縁起でもないこと言うな」

「いいからちゃんと話を聞いて。――きっともうすぐ話せなくなるから」


 はは……と笑う彼女の声には覇気がない。本来は早口だった彼女が、一般の人よりもゆっくりと話すようになったのはいつからだろう。

 互いが二十六歳の時に結婚してから一年。彼女はそのほとんどを、この狭い病室で過ごした。新婚生活、なんてものは思い出せない。結婚してすぐに大病が判明し、しかも治らないなんて結婚詐欺もいいとこねえ、と笑っていたのは彼女だった。俺は、ちっとも笑えなかった。


「……なに」


 ベッドに近づくと、彼女はふっと笑った。


「私が死んだら、新しい彼女作りなよ」


 一言目がそれで、俺は硬直した。作るわけないだろ、と言うと彼女はまた笑う。あくまでも、口元で微笑むだけの行為だが。


慎吾しんごはまだ若いんだから。私に変な気を遣う必要ないの。……ねえ、私は死んだら時間が止まっちゃうけど、慎吾はまだ生きてるんだよ。時間は進み続けるの。だから、止まってしまった私には、囚われないで」


 私と一緒に、時を止めたりしないでね。

 そう言った一週間後、彼女の時は止まった。



『それ』がやってきたのは、妻――伊織いおりの四十九日が終わったころだった。秋の気配とともに、やけに馬鹿でかい荷物が俺のもとに宅配されてきたのである。

 誰からだと思って差出人を確認した俺は、眉間にしわを寄せた。


「伊織から……?」


 死ぬ前に残したのだということは、すぐに理解できた。けれど何を?

 俺は無我夢中で、大きな段ボールを開封した。荷造り用の紐やらビニールテープやら紙製のガムテープやらでぐるぐるに固定されているそれをほどくのに、かなりの時間を要した。

 

 そうして、やっとの思いで開いた段ボールの中に入っていたのは、人間だった。


 ――人間だった、というと語弊がある。人間だと思ったそれは人間ではなく、アンドロイドだった。どこからどうみても人間にしか見えないそれには、背中にプラグを刺しいれるための穴が開いていて、それさえなければ完全な人の形をしていた。


「……なんだこれ」


 どこか間抜けな自分の声が、部屋に響いた。とりあえず、アンドロイドの姿かたちを確認してみる。垂れ目気味な目と、小さな口と、長い黒髪。目を瞑っていても美人だとわかる顔。つまりは、俺の趣味を完璧にトレースされている人形。俺の趣味を知っている伊織が特注で作った代物かと思ったが、段ボールには『型番:K-0156』と書かれていた。つまり、元からあった形らしい。

 同封されていた、電話帳のように分厚い本を取り出す。一ページ目にでかでかと書かれているのは、


「嫁アンドロイド 取扱説明書」


 俺は何故か失望しながら、ページをめくった。



『このたびは本社の嫁をお買い上げいただき、ありがとうございます。無事に嫁ぐことができ、我々も【嫁】も喜びでいっぱいです。あなたと『カナタ』の距離が縮まりますよう、心から祈っております。二人の新しい生活に、まずは万歳三唱。ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい。』


 ――身体から力が抜けていくのが分かる。結婚式の仲人……いや、酔っぱらった親族のあいさつのような間抜けな説明書は、俺の足元で眠っているアンドロイド、カナタについて説明を始めた。


『本社の【嫁】は、あなたの生涯のパートナーとなりうるアンドロイドです。家事はもちろん、会話や記憶メモリー保持も可能です。ただし、人間のような複雑な心は持ちあわせていません。日々の生活の中で、あなたが、嫁に心を分け与えてください。』


 ああ、なるほど。お手伝いのメイドロボみたいな感じか。そんなロボが発売されてるなんて聞いたこともなかったが。次のページには、そのアンドロイドに可能な事が箇条書きで書き連ねられていた。とりあえず、ざっと目を通す。なるほど、大体のことはできるらしい。


「……うん?」


 太文字になっている部分を見て、俺は目をこすった。それから、もう一度確認した。このアンドロイドに、できること。



『性行為』



「……待て待て待て待て待て待て!!」


 一人暮らしとはいえ、声を出さずにいれるだろうか。この本は何を書いているのだ。いやむしろこの会社は何を考えていてこの会社の責任者は誰でこのアンドロイドを開発したのはどんな人間でこのアンドロイドを求めているのはどんな変態でそんなアンドロイドを俺に送り付けてきたのはどこのどいつだ。いや、最後のやつなら知ってる、今は亡き俺の妻だよ何考えてるんだよ。

 ちらり、と足元のそれを一瞥する。俺好みの顔。服はピンクのワンピースで白のフリルの、つまりは清楚な感じの……そう、お天気お姉さん的なものを着ている。む、む、むね、胸、は、それなりにあ――じゃなくて!

 俺はぶんぶんと首を振ると、再度説明書に目を落とした。よく見ると小さな文字で、『アンドロイドには心も欲求もないため、自ら性行為を求めることはありません』と書かれている。

 ほっと胸をなでおろしたのも束の間、


『嫁から誘ってほしい、より激しい行為をしたい、といった場合は【嫁プログラム:R18版】をご購入の上、インストールしてください。』


 いやもう本当にうちの妻は何考えてたんですか何を送ってきてるんですか今頃空の上で笑ってるんですかこの野郎。

 次のページには、カナタの設定が書かれていた。二十六歳、女、身長百五十五、体重不明、スリーサイズ……ここらへんで気恥ずかしくなり読み飛ばした。

 その次からは、やたらと事務的な説明文だった。充電は、カナタの背中にプラグを差し込むことで可能だということから始まり、彼女を起動させるには腕にあるUSB差し込み口とパソコンをつなぎ合わせてどうのこうの、そこからCD-ROMをインストールしてうんたらかんたら。まあ、説明書を読みながらならできるだろう。


『本物の嫁のように接するのもよし、ただのメイドロボとして扱うのもよし。あなたの好みに合った嫁ライフをお送りください。』


 ――説明書をあらかた読み終えた俺は、妻がどうしてこのようなプレゼントをよこしてきたのか一時間ほど考えた。一人暮らしの経験もある俺は、そこそこ家事もできるし、一人でも困らない。つまり、メイドロボとして使ってね、という意味ではないだろう。

 性行為、が頭をよぎる。いや嘘だまさか自分が死ぬ間際になって遺された旦那の性欲を気にした結果こんな俺の趣味を抜群にとらえた代物(嫁)を送り付けるなんて馬鹿なことを、――変人馬鹿だった伊織ならしてもおかしくない。

 そこからさらに一時間考え、アンドロイドの値段も調べ、安くても百万円はするという事実を知り、イタズラにしては金がかかりすぎだと思い直し、本気だったのならその意味はなんなんだ、とさらに一時間かけて考えた。

 時間の無駄と言われるかもしれないが、それはあくまでも自分が第三者だからだ。自分のパートナーから、こういう代物を送られた時のことをよく想像してみてくれ。きっと、俺みたいになるから。


 考えに考えた結果、やはりというか分からなかった。死人に口なし、とはよく言ったものだ。

 しかしきっと、彼女がこれを送ってきたのには意味があるのだろう。そう考え直しセットアップしたのは、それが送られてきた翌日だった。



 カナタ、――インストールした彼女の性格は、伊織とはまったく違うものだった。

 第一印象と言われたら、『おっとり』だろう。口調はゆっくりで、声は小さめ。掠れたような、高くて儚い声で俺との会話をそつなくこなし、どんな料理でも上手に作ってみせた。げらげらと下品に笑うこともなく、いつもほわほわとしている。常に一生懸命で真面目、ただしどこか抜けていて、歩いていると電柱にぶつかることもある。

 会話の内容は差しさわりのない世間話がほとんどだ。無理やり笑いを取ろうとすることもなければ、急に下ネタを振ってくることもなかった。見た目通りの清楚な女性だと思う。

 ――伊織とはまったく違う。つまり、伊織の性格兼行動は、これと真逆だと考えていただければ問題ない。



 カナタは、俺のことをマスターと呼んだ。妙な感じだと思ったが、名前で呼んでもらうのにも何故か抵抗があり、インストールから三か月経った今でも、マスターで通している。


「マスター」


 ほわほわとした声が、俺の名前を呼んでいる。俺は寝ぼけながらも、「あと二分……」と答えた。


「マスターが以前そう言われたので、きっちり二分、待ちましたよね。すると、さらに二分、と。そうしているうちに、マスターは会社に遅刻してしまい……。その日、『朝、俺があと二分と言っても叩き起こしてくれ』と言われたこと、私、ちゃんと覚えています。だから、叩きますね」


 叩く、といってもカナタの叩き方はどこまでもやさしい。布団がぽふぽふ鳴るような、そんな柔らかさで俺の肩を叩いた。伊織の乱暴な叩き方とは全く違う。そもそも伊織の場合、俺と布団を引きはがす作業から始まるというのに。

 カナタは、余計に眠くなりそうなほわほわとした声で、俺を呼び続けた。


「マスター、マスター。朝です、朝なんですよう」

「あと二分……」

「ダメです、ダメなんですー」

「それじゃ、あと五分……」

「み?」


 途端に、カナタが硬直したのが分かった。俺は今まで、「あと二分」は言ったことがあっても、「あと五分」を言ったことはない。さらに、「あと五分と言ったら叩き起こせ」と指示した覚えも。こういう場合、アンドロイドは硬直し、過去の事例と照らし合わさなければ、次の行動をおこせないらしい。つまりは、応用力に少し問題がある。

 俺が困ったこと(カナタの知らない事例)を言うと、彼女はいつだって「み?」と言って凝り固ってしまう。それは、この三か月間で俺の方が先に学習していた。

 そして俺は、彼女のこの「み?」という、伊織なら絶対に出さないであろう猫のような声が好きだった。


 カナタは三十秒ほど固まった。色々と考慮しているに違いない。俺は布団の中で、くくく、と笑った。


「えと……えと……きっとダメですよね。遅刻しちゃいますもんね。遅刻するって、いけないことですもんね。えと……」


 頑張って答えを導き出したカナタは、再びぽふぽふと俺の布団を叩き始めた。頑張って答えを出した直後、「えと……」を連発するのも彼女の癖だ。変わらない。俺はなんだか嬉しくなって、勢いよく上半身を起こした。


「分かった、分かりました! 起きるよ。……おはようカナタ」

「おはようございます、マスター」


 カナタはほっとした顔で、俺に向かって笑ってみせた。その顔を見れることがうれしくて、伊織のことを思い出して、罪悪感を覚えて――それを隠すために俺も笑う。こんな日が、もう何日も続いていた。


「今日の朝ごはんは、マスターのお好きな、だし巻き卵を作りました。……早く、リビングに来てくださいね」

「ああ」


 カナタはそう言うと、いつも通りのしぐさでお辞儀をして、俺の部屋から出て行こうとした――が、その細い足がぴたりと動きを止めた。いつもはすっと俺の部屋を出て行ってしまうその背中が、扉の前で硬直する。初めて見たその動きに、俺は眉根を寄せた。


「どうした? ゴキブリでも出た?」


 ベッドから立ち上がろうとすると、カナタ高くて儚い、けれどもいつも以上に機械的な音声を出した。


『K-0156、インストールの準備が整いました。システムを停止します』

「インストールの準備……?」


 どうしたんだよ、と肩に手を置こうとすると、カナタはとさりと床に横たわった。口元からは、ジジジ……というノイズが発せられている。


「お、おい、カナタ!?」

『――K-0156。プログラムコンセプトは、癒し。……お試し期間はお楽しみいただけたでしょうか』


 ノイズとともに出された声に、俺は耳を疑った。

 お試し期間? なんのことだろう、と考える。このアンドロイドは伊織が購入したもので、その履歴も確認した。カナタは試用機ではなかったし、代金だって一括払いしていたはずなのに。

 少ない頭を必死になって回転させている俺に、カナタは無慈悲に言葉を重ねていった。


『本日午前七時六分、通常プログラム『カナタ』のインストールから三か月が経過し、隠しプログラムのロックが解除されました。……現在のプログラムを変更せず、K-0156を再起動させますか?』

「再起動? 当たり前だろ、すぐに――」


 再起動のスイッチを押そうとする俺を制止したのは、カナタであってカナタではない声だった。


『あるいは、――プログラム【伊織】をインストールしますか?』



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