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プチトマト  作者: コスミ
8/12

セイギとギセイ


   ◯ コマーシャルメッセージ


 ――車のCMが終わる。

 次のCMが始まる――。

 場面が、次々と切り替わっていく。

 ――大爆笑の客席/踏切で止まった車、鳴り響く警笛/人に飛び掛かるライオン/時限爆弾へズームイン/『犯人は……』/『答えは、CMのあと!』/カメラ目線の中年男性、渋面のアップ。重々しく口を開く。

『……楽しいテレビ。その邪魔をするのは、いつだって、CM』

 男性、眉間にしわを深め、改めてカメラ目線。

『憎き、CM! 許すまじ、CM!』

 画面に、大きく文字が躍る――

〝反テレビCM連合組合〟

 ――次のCMが始まる。



   ◯ ~ストラップ・ベストテン~後半


(男、台本とペットボトル水を手に、フレーム外の誰かと談笑中)

『――じゃなくて本当に吹いてたよ、尺八。すごい姿勢良く、優先席で。うん……。

 いいや、結構人多い時間……え、なに? ああっ、どうも皆さん!

(台本とペットボトルを低空スローイングで放る)かれこれCMぶりでございます。

 さて、私事ではありますが、絵理という姉がおりましてですね~。彼女が、最近ついに結婚したもので、名字が変わったんですね。岡さんになったんです。

 ……はい、おかえり!

 ということでですね~。さーあ、生放送に見せかけて収録でお送りしております、カーンダーウンベッストテン!

 編集という言葉を知らないスタッフ達イズ、ジ・烏合の衆! 部活感覚!

 はーいはい。えー、なんでしたっけー。

 あ、はい、それでは~、参りますったら第……4位!』

(音楽)

『オーリオーン!』

(大音楽)

〈第4位、オリオン座。夜空に浮かぶ、トィンクルスター。神話に夢を、オリオンにストラップを。美しきストラップ・ナイトをあなたと共に……〉

『ルネッサーンス! ィイエス! マイゴッズ!

 さあさあさーあ、いよいよ神がかる、ストラップマジック!

 あなたの心のストラップも、揺れに揺れていることでしょ~う!

 ユアーロマンチシスト! ロマネスク!

 はいそして……。さーあ、ここで……。ついに、参りました。

 来ました。来ました。……来てしまった! ベストスリーだ!

 第! 3イーェイ!』

(音楽)

『カブトムーシッ!』

(大音楽)

〈第3位! カブトムシのオス! 鋭く固く、たくましいビートルホーン。でも、ストラップがついてないんじゃ、あの甘いクヌギの蜜は吸えないわ。だってストラップビートルったら、すっごく強いんだもの〉

『オーゥ! ネイチャールールイズシビア! ジオグラフィック・ビービーシー!

 ワールドワイドストラップ! ハイ! そうなんです!

 もはや世界的なんですストラップクライマックス! ストラップアンストッパブル!

 ついておいで……(小声)。第! 2イーィイ!』

(音楽)

『トロンボーン!』

(トロンボーン、立ち上がり斉奏)

〈第2位! トロンボーン! 演奏に合わせて、こんなに揺らされたら……もうストラップ、酔っちゃいそう。でも本当は、あなたの音のせいでもあるの……。誰よりも近くで、聴いててあ・げ・る〉

『イエ~イ! フゥ~! ヒイイイィィャーヤッフォ~ウ!

 ヘイヘイヘーイ、トロンボーンガーイズ! うらやましいね~! あやかりたいね~!』

(トロンボーン、照れの演奏)

『揺れてるね~、揺れるサウンドオブストラップ!

 OK! レッツカモン! ずずずいっとカモン!

(男、深呼吸のあと、アップのままカメラ目線)

 オーケイ……? いくよ。本当に、いくよ。

 セイ、ストラップ……、ストラップ……、ストラップ……。

 ファイナルストラーップ! ナンバーワン! トップオブストラップワールド!

 第イッチー!』

(音楽)

『レーンコーン!』

(特大音楽)

〈おめでとうございます、第1位! スライスレンコン! いくつも、いくつでも。さながら洗濯した靴下などを干すアレのように、いくらでもつけられる。

 それは、ストラップの為に生まれたような、植物界の奇跡。

 ありがとう、レンコン。あなたにつけられるストラップ達は、ひとつの世界を愛し合う、美しきストラップファミリー。それでもいつかは色褪せて、涙を誘う生活感。

 ああ懐かしき、ストラップハウス……。

 いつも、いつでも、いつまでも。フォーエヴァー、ストラップ。幸せに生きるのよ……〉

『……うん。レンコンなー。

 なんて言うかさ、レンコン嫌いなんだよなぁ。いや、まあ、おめでとうだよね……。

 1位ね。うん、やったじゃんね。うん……。ん~……。

 ま、そこはでも実際トロンボーン1位で良かったと思うけどね、いや、正直。

 ……ねぇ、華やかだし?

 居るんだしさ。

 まあ……だから本当はレンコン違うと思う。うん、いいとこ5位だよ。

 でも、ね……そういうこともあるから……。なに、え? ああうん、もうシメるのね。はいはい。じゃあ、はい! さようなら~! どうも~』

(消灯、暗転)



   ◯ 小湊姉妹 ふざけすぎた映像に関して


 映像を見終わった小湊は、キミの期待に満ちた視線にうまく応えられなかった。

「こ、これ……結局さ、何? コント番組なの?」

「そう」キミは頷いた。「番組名はクレイジーモダンギャグTVだそうだけど、タイトル画面は第一回の放送しか出なかった。それでどう、感想は。批評でもいいよ」

「うーん、そんな嫌いじゃないけど、かといって好きにもなれそうにないな……結構笑ったけどね」小湊は、なんとか言葉をひねり出す。「あとよくわかんなかったんだけど、ベストテンってさ、どういう尺度で順位をつけてるんだろ」

「適当でしょ。目的やメッセージを明確には表現しないのが、この番組の方針みたい。怠惰でストイック、っていう言葉がサイトのどこかに書いてあって象徴的だと思った」

「まあ……総じて意味わかんないって感じかな。あ、何かあれに似てるよね。キミさ、今もあんな感じなの? 小学の授業のあれ、映像教材」

「姉……それは心外」

 キミは声を落とした。「あんなのと一緒にしないで欲しい」

「なーんで」小湊は少し笑った。「そんなに違いあるの?」

「心意気が違うよ。あのできそこないの教材は、笑いを得なくても何の問題もない存在じゃない。でもこのお笑い番組って、笑いを失ったら存在意義をも失っちゃう。こう見えて背水の陣でやってるんだよ、彼らは」

「そっか、すごい応援してるんだね」

「ファンだもん私」キミは誇らしげに言った。

「でもキミさ、ずっと笑わないで見てたよね」

「うん。存在意義を与えたくないから。彼らは自由であってほしい」

「なんか、屈折した楽しみ方をしてるファンだね……」

「でも一言で言えば、好きなだけだよ」

「うーん、それがかえって複雑だな」

「人間ってそういうものなのかな」

「人間とか……今は関係ないと思う」

「姉って、自由だよね」キミは背筋を伸ばして笑った。「人間とか関係ない、なんて……。本当に面白い……今ここは人類史じゃないんだね」

 小湊もつられて笑う。「私、キミほどは自由じゃないと思うよ」



   ◯ 黒木と小湊 イマジン


 二人は、熟練してきたコンビネーショントークに花を咲かせていた。

「あー、わかる。そういうことって、あるよねー」

 と小湊が慰めるように微笑む。「あれでしょ? 例えるとさ――砂浜で珍しい貝を拾って、大事に握りしめてたら、しばらくして、中からヤドカリが出て来て、手の中がザワザワってなった……みたいな感覚?」

「ああ……」

 黒木は、少し視線を泳がせてから、息を吸って言う。「それは、違うかな」

「え、違うの? 今だって、同意してくれそうな間があったじゃん」

「なんとか同意しようと思ったけど、無理だった。妥協できなかった」

「妥協してよう、ものすごい肩すかしだよ。もうこれは、ヤドカリも居たたまれなくてしばらくは出てこないよ」

「いいよ、海に返してあげなよ。その例えじゃあさ、ちょっと恐すぎっていうか、嫌すぎる」

「嫌なの? それは見解の相違だな……ちなっちにとっては、ヤドカリはちょっとエッジがきき過ぎてたか……」

「うん。手足とかが尖り過ぎてたね」

「じゃあさ、これ、こういう感覚でしょ? ――駅前で、ポケットティッシュを配ってる人の射程圏内に向かって歩いてて、かなり身構えて、いざ近づいたら、ティッシュを差し出してもくれなかった……みたいな」

「あ、今度は弱いね」黒木は即断した。「残念ながら、違う感じ」

「妥協を知らない女だな……」小湊の目の奥が熱を持つ。「んー……ひねり出せ、ひねり出せド真ん中の例えを……」

「そんな、頑張って悩まないでいいよ……」

「あっ、あ、じゃあ、こんな感じでしょ――音楽をシャッフルで聴いていて、お気に入りの曲が運良くきれいな流れで繋がってきてて、さあ次の曲、ってところで落語の出囃子が……って感覚?」

「え、どういうこと」黒木は一瞬、理解に時間を要した。「なに、るぅってアイポットに落語入れてるの?」

「え、落語? いや、もちろん入れてないよ」

「えっ、じゃあなんでそんな例えが飛び出すの……」

「いや、だって、ちょうど、ド真ん中の例えを出そうとした結果だもん」

「想像力豊かな女だね……じゃあ、うん、正解。ど真ん中だよ」

「ちょっと! めちゃくちゃ明らかな妥協じゃん!」とここで、小湊がまた何かをひらめいた顔になる。「……あ! ねえねえ、これじゃない? この私の現状こそがさ、まさしく例えにならない? ――色んな例えを持ち出して、いくつも外したあげく、最後は妥協によって正解したということで闇に葬られる……っていう、そんな感覚でしょ?」

「うん、それは相当違う」

「妥協! 戻ってこい!」



   ◯ 転向


「でも~……ん~。上手くいかないかもだしなあ……」と回田は呪われた携帯をいじくる。

 興津は、あらゆる犠牲もリスクもいとわないからと、ひたすらに拝み倒した。何度も頭を上げ下げする。

 やがて、回田は周りの目を気にしたのか、首を縦に振って言った。

「う~ん、わかったやってみるよ。自分も被害者だから、モチベーション結構あるし」

「そう! そうだよ、こんな酷いメールテロをするような奴、早く滅さないと!」

『あーらら。まあ、いいです。試してみなさい。どうなっても知りませんから』

 回田は上下に揺れながら深い呼吸をしだした。

「ようし、じゃあね~、集中するから、何分か時間ちょうだいね~」

「あ、ここですぐ出来ちゃうんだ。すごいね」

 興津は嬉しいという感情を思い出しかけた。

「そうだよ……」

 回田の呼吸は、だんだん細く長くなっていく。眼差しもまた、研ぎ澄まされていく。「集中さえ……できれば……。もすこし待ってね」

「うん……」興津は黙ることにする。

 テーブルの中央にある携帯に視線を落とし、左耳に届く『デイジー、デイジー』という歌声を全力で右耳まで素通りさせる。

 回田は、一種のトランス状態に入ったようだ。

 呼吸は見えないほどに微弱となり、ほぼ静止しているはずのに、どことなく振動しているようにも感じ取れる。気配は完全に、彼女の周囲だけが別世界のものとなっていた。

 と、彼女の細い手がゆっくりと動き、テーブルの上空――携帯の真上へ差し出され、そこで右手と左手が重ねられた。

 意志によるものとは思えない、どこかヴァーチャルな、大気の揺らぎのような動作だった。

「目を……閉じて」その声は回田から発せられていた。「思念のノイズも……邪魔」

 興津は黙って言われるままにするよう、最大限の努力をした。

 目をつむる。彼女の放つ気配と、普段とはまるで違う声色がかすかに届く。

「……もうすこし……そこ……そこね。……居た!」

 ガタンッ――!

 回田は椅子を後ろにすっ飛ばして立ち上がり、両手を頭上へ一気に引き上げた。

 物質世界の理を越えたエネルギー体が、携帯から間欠泉のごとく吹き上がる。その動的な柱は、枝葉を瞬時に広げ、無数の葉は霧の粒子として全方位へと拡散を始めた。

 まるで霧の打ち上げ花火だ。

 が、その時なんらかの意志のある力が作用したのか、霧の球体はぴたりと膨張を止めた。

 ざわざわと、内部が加速しながら対流していく。外側では粒子が凝集し、殻のようなものが形成される。

 と見る間もなく、球体はほとんど空間転移の速さで移動し、目的のものと重なった。

 ……すべては、限りなく短い一瞬の中の出来事だった。

 そしてさらに、誰も知覚できない一刹那、そうした不可視の光の爆発に紛れて、どこからか白い波動が携帯へと飛び込んだ。

「ふう~。はあ~…………あ」

 回田は我にかえり、そそくさと周りに会釈しながら椅子を直して座った。身体を縮め、口元を覆う。

「ど、どうしよう……なんか、しくじったかも~」

 興津は、ようやく閉じていた目を開けて、彼女の心配そうな顔をまっすぐに見つめた。

「あー、あー」そしてなぜか、発声の具合を確かめた。「いいや? なにもかも大丈夫」

「そう……? なんだか相手に負けたような気がするんだけどな~……。あ、携帯。確かめてみて……」回田は彼に携帯を渡す。「私、今はもう力を使い果たしてるから、ちょっと分からないかも……」

 興津は携帯を手にした。

『うう……なんだ? なんか、変だな……しくじったって、どういう……あれ?』

 イヤホンから、戸惑う声。

「大丈夫。何も、聞こえない」

 興津は、晴れやかな笑みを浮かべ、左耳からイヤホンを外した。 

 回田はまだ不安げだ。「本当に? なんか興津君、雰囲気変わった気がするけど……どこもおかしくない?」

「うん、おかしくない。雰囲気が変わったのは、開放感のせいだろうね」

「そっか……なら、いいんだけど……」

「ありがとう、助かった。最高の気分だよ。……そうだ、回田さん。これからは感謝と親しみを込めて――」

 妖しい眼差しを回田に向け、興津はそこで、甘い声を出した。

「――めぐりん、と呼びますね」


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