表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プチトマト  作者: コスミ
7/12

インケージ



   ◯ 対妖魔コンサルタント回田と興津


 ランチタイムを過ぎた午後。

炭酸が入っていそうなほどに活き活きと鮮やかな春の光が、直接・間接的に差し込む食堂。

 回田維麻は、二人掛けの席で、興津ミノルと向き合っている。

 彼は椅子に座ったきり、脚を組み、唇の下に拳を当てて黙っている。奇怪な相談内容をどう話すべきかと、脳内で編集作業に没頭していた。左耳から随時入り続ける雑音を完全に無視しながら。

 が、そうしたことは対面する彼女には伝わらない。

 回田はそわそわと、新聞紙大の天板に置かれたグラスの中のお茶を撹拌していた。やがて意を決し、緊張そのものといった、か細い声で興津に呼びかける。

「興津君、改まった様子全開だけど……えっと……」

 その仕草に、ぎこちなさと緊張がある。そう察した興津は、あわてて軽く切り出した。思えば、ワラに深刻にすがるのもおかしい。

「あ、相談ね、ちょっと変な内容っていうか、正直理解を絶したところがあって……」

 ところがそこで回田が突然、なにか堪えかねた様子で割って入る。

「あの! たぶん自分は、そんなに魅力とか、無いと思うんだけど……」

「えっ、え?」

 興津は相手の表情に意図を探したが、目を合わせてもらえず、わからない。

「ちょっと、ごめん、何の話?」

「え? だって、昨日……」回田は言いにくそうに身体を縮めながらお茶に渦を作る。「その……興津君、メール……くれたでしょ?」

「め……メール……?」

 何か、嫌な予感がしたとき、興津は左耳に指を当てる習慣が身についている。

 田又まりんの対応は、迅速かつ簡潔だった。

『てへっ』

 引き起こされるフラッシュバック――・はい、一人、告白メール送りました・

 興津は全速でポケットに手を突っ込み、携帯で握力の限界に挑んだ。同時に文字を入力。

〝なんだ?〟

『てへへっ。コウヅ、春ですね。まんじゅうとの一戦の最中、実は、恋の戦の火蓋も切って落とされていた、ということなのですよ。改めて……てへっ』

〝ひどい、のろう〟

 と興津は万感の思いを込めて指を走らせ、頭の中では恋の119番に問い合わせてピンクの放水車を呼ぼうとするが、そもそも恋の119番とはなんなのか、それは誰にも、興津にもわからない。ただわかることは、今、全てが混乱している。口からはタイヤの空転音よりも虚しい声しか出てこない。

「あー、なんだろ、ね。あーのね、えっと、たぶん違うんだよ。あの、メールって、どんなのかな?」

「そんなの……」回田は少し不機嫌な声になった。「興津君が、送信履歴で確認したらいいと思うけど……」

「そ、そうっだね!」

 興津はどういうわけか知らないが、表情筋が現場判断で勝手に笑った。

 すぐにポケットから恐ろしきパンドラの箱を出し、画面を見ると、優秀なる田又まりんが既にメールの文面を表示してくれていた。


〈送信先――回田維麻

 件名――興津ミノルです

 本文――メールさせていただいています。さて、突然ですが、貴方が好きです。あらゆる反応・返事を強制したりはしません。ただ、わたくし興津ミノルが、貴方を好きだということだけ、知っていただければよいのです。好きです。ただ、それだけです。はぁと〉


「ほーう……なんだろうな、これは」

 興津は一旦、感情をフラットにした声を出してみた。

 しかし全身は、オーバーリミットの筋力によって異常に硬化している。血圧が恐ろしく上がり、今なら地球中心部の圧力にも勝てそうだ。震える指先から、怒りがほとばしる。

〝ゆるすまじ、あくま、おにちくしょう〟

『いいじゃんコウヅ、だって女の子なら誰だろうと多かれ少なかれ好きでしょう?』

「なんだろうって……興津君、もしかしてそのメール、冗談だったの?」

 と回田は、悲しいような怒ったような顔をして、やんわりと迫る。

 忙しい! と興津は心中で嘆いた。「あのね、いや……えーっと、うーんとね、そう悪意。悪意は無いんだよ、ボクにはね。ボクには悪意が一切ない。で、このメールは……」

指が人知れず叫ぶ。〝おに、おにめ、じごくへかえれ〟

「えっとー、うーん……だよね、このメールね……まず、どう言おう……あ! そう、そう! 相談したいことっていうのが、このメールに関係してるんだ!」

「え……じゃ、じゃあ」回田にも困惑が伝染したらしい。「やっぱり、そのメールは……本気だっていうの……?」

『鬼呼ばわりすんな。我はむしろ恋の天使、キューピットです。コウヅ、いいから攻めなさい。どこかしらか好きなんでしょう?』

「ち、違う! 色々ちょっともう全体、一回待って! 世界止まれ!」



   ◯ くろねこの入港手形


「ちなっち、お知らせです。謎は謎じゃなくなりました」

 小湊は、家から持参した薄い紙を、黒木の机にひらりとランディングさせて言った。

 黒木は、紙と自分の顔を少しづつ回転させてそれを見た。

「ああ。ははは……なるほど、体験は体験によって理解されたんだ」

「えっ……」小湊はその言葉から推測して、聞いた。「じゃあ、あのくろねこさん電話って、実体験だったんだ」

「そりゃそうだよ」黒木は苦笑する。「あんな変なこと、実際には起こるとしても想像じゃ作れないよ」

「えーそうなの? なあんだ。私、ちなっちは案外ひょうきんな想像力を持っているんだなあとか思っちゃってたよ」

 黒木は首を振った。「ないない。でもまあ良かったよ、わたしも、るぅに変な精神的ダメージを与えちゃってたような気がしてたから。解消された?」

「されたされた、ばっちり。もうこれで道で黒猫に会っても大丈夫。あ、このクイズ、妹にも出題してみたら、すごい気に入ってたよ」

「へえ……まあ、あんまり言いふらさなくてもいいけどね」黒木は片頬を上げて、紙を小湊に返した。

 受け取りながら、小湊は表情を明るくした。「あ、ねえちなっち今度うちにおいでよ」

「え、いいの……」黒木は驚く。

「うん、是非来てよ! お父さんが良いコーヒーいれてくれるよ」

「お父さんが? ああ、え、もしかして家が喫茶店っていうの、本当だったの?」

「え、うそ、疑ってたの? えなんで?」

「いや、なんか、なんとなく……リアリティの無いタイミングとトーンで言われたからかな」

「えー、そっかあ。でも実際、本当だよ。あ、うちに来れば、もっとはっきりするよ」

「さすがに、今はもう疑ってないけどさ……」



   ◯ リベンジャー


 他校からは名将として恐れられる、痩せた初老の野球部監督が、低姿勢で言った。

「あの……今日は本当に、ずっとそこに居るつもりですか」

 との声を受けても返事をせず、ただ突き刺すような険しい眼で、早朝のグラウンドへ出ていく選手たちを見送る――。

 校長が、額に入ったハトの写真を抱えて、控えのベンチでふんぞり返っていた。

「勘弁してくださいよ……。その飼っているハトですか、一命は取り留めたんでしょ?」

 校長は拗ねたように口を尖らす。

「でも、だって、もう飛べないんだもん。獣医が言ってたんだもん」

「でしたら、今ここにいるよりも、動物病院に見舞いにでも行ったらどうですか」

「帰って欲しかったら、早くあのホームランを打ったバッターと、その時のピッチャーが誰だったか教えなさいよ」

「ですから……覚えてないですし、誰も見てなかったんですよ」

 監督は、選手の為に嘘をついた。

 それを知ってか知らずか、校長の下唇は、どこまでも突き出ていく。

「じゃあもう、この野球部の全員が仇だもん」



   ◯ 黒木と小湊 羊たちの罠


 食堂でのカフェタイム、飲み物を持った二人は向かい合って座った。

「腹立つことと言えばさ、この話したっけ? 眠れない時に羊を数えるってやつ」

 黒木は首を振る。「いや……聞いたことないね」

「これの理由知ってる? シープが眠る(スリープ)と音が似てるからだなんてさ、それって日本語じゃ意味なしだよね!?」

「ああそっか、うん。にしてもすごい熱弁するね……」

「日本中がさ、こんなに大規模に騙されっぱなしなんて、おそろしく滑稽な話ですよ!」

「んん……まあ、おまじないなんだし……許してあげてよ」

「だから日本語なら……ねるねるねるねを数えればいい」

「……え?」

「ねるねるねるねがひとーつ!」

「わ、ちょっと……」

「おかわり! ねるねるねるねがふたーつ! おかわり!」

「なぜ食べるイメージで……」



   ◯ 回田の診断


 興津は、全身全霊をもって一世一代の説明をした。

 回田に対する恋文事変は、携帯に宿りし田又まりんによる所行で、その田又まりんを追い払うことこそが興津の切なる願いであるとともに、相談しようしていた内容でもあったのだと。

 興津は、その説明をしている間、ふと、今こんなことをしている己の生きる意味とはなんなのだろう、と考えかけてしまった。

「な~んだあ~、そういうことだったのか~」

 回田が緊張から解放され、普段通りの圧力ゼロの声を発する。身体も弛緩して、シルエットがずいぶん変わった。「自分、すごい誤解しちゃったよ~」

「誤解っていうか、ボクが説明を早くしてれば良かったね……そこはごめん」

「いいよいいよ。でも、興津君メールした後にすぐ気づいて訂正してくれれば、自分も、昨日一日をもう少し楽に過ごせたかな~……なんて」

「ああ……、そうだね。ボクが事態を把握できてなおかつ携帯を自由に使える状態だったら、そうしてたと思う」

「……あっ、そうか、携帯乗っ取られてるんだって話だったね~。ああだめだ、まだちょっと落ち着いてないや、自分……」

 回田は平和な照れ笑いを浮かべた。

『ほら、ここでまさかの、好きなのは本心だったけどね、攻撃だ。いけ』

〝だまれ、かえれ〟

 興津は携帯をポケットへ戻して握りしめた。「……でさ、ボクの携帯に憑いたのって、取れないかな?」

「う~ん、ちょっと待ってね……」

 回田はふっと、どこも見ていない目になった。「そうだね……。とにかく、妖魔ではないと思うよ」

「え……そんな、嘘だろ? こんな悪しき存在が、そんなわけ……」

『それ見たことか。我はどちらかと言えば神仏の系列だっちゅうの』

「もちろん絶対ではないけど、妖魔の類いが物に憑いてるのなら、気配だけではっきりわかるはずだよ~。でも念のため、自分に貸してみてくれる?」

「ああ……頼むよ」

 興津は携帯を渡した。画面はやはり、今は普通のホームメニューになっていた。

『我はそうやたらと人に悟られたがる存在ではないのです。見下すなよボケなすび』

「あ、今なんかつまんないこと喋ってるから……」

 興津は思いつき、イヤホンの右耳ぶんを回田へ差し出す。「たぶん聞こえないかも知れないけど、試しにつけてみて」

「ん、いいよ~」回田は受け取り、右耳につけようとした。「……興津君も、つけたまま?」

「う……そっか。でも、奴が何言い出すか、とか色々怖いし……ボクは外せないんだよ」

「ん~、そうなんだ~。じゃあ頑張る……」回田はほとんど真横を向いてイヤホンをつけた。

 その瞬間だった。

 左耳にエコーたっぷりの魔音が響く。『コウヅは、めぐりんのことが好きです。にゃん』

「いま! な、なんか聞こえた?」興津は脊髄反射で回田のイヤホンを引っこ抜いた。

「痛っ……え?」回田は少し怯えている。「……何も聞こえなかったよ~」

「ああ良かった! ……あ、まあ証拠は掴みそこねたか、いやでも聞こえなくていい! もうこいつの存在証明なんかいいから、除霊でも悪魔払いでも、とにかくお願いするよ」

「ん~、困ってるみたいだね~。そりゃあ自分も力になりたいけど……まずは、相手を見つけないことには……」

 回田は真剣な目つきで、携帯をじっくりと検分し始めた。

 次に目をつむり、じっと携帯を両手で握りしめる。そのまま、ぴたりと静止。

『これは大変です。コウヅ、めぐりんは今、口づけを要求しているのではないですか?』

「断固として滅したいんだ、こいつだけは」興津は決意を新たにした。

「……わ~。これはすごいかも」

 回田は目を開けて、感心した様子で言う。「確かに、なんか知らないものが憑いてるね~。これ、おじいちゃんに見せたらなんて言うかなあ」

「おじいちゃん? その人なら滅することができるとか?」興津は希望に身を乗り出す。

「あ、ごめんね、今はだめなんだ~。おじいちゃん先月、強~い魔と闘ってから、法力が弱っちゃってるの。『こりゃあ、今シーズンは絶望じゃて』って言ってたよ~」

『ところでコウヅ、聞こえてなかったかも知れませんので再度言います。このボケなすび』

「そんな……シーズン単位では待ちたくないな……。できるだけ早く何とかしたいんだ」

「う~ん、大丈夫かな……やってみようかなあ。自分も一応、おじいちゃんほどじゃないけど、法力はそれなりにあるから……」

「え、え、回田さん、出来るの? 是非! 是非お願いするよ!」

『結構オフェンス力ありますね、コウヅ。このスケベ人間』



   ◯ 黒木と小湊 マトリョーシカ


「マトリョーシカってさ、最後の最後、何が入ってると思う?」と小湊が聞く。

「そりゃあ、最後はもう、米粒くらいのが出てきて、おしまいじゃないの?」

「いや、その中にまだ何かある! と思わない?」

「中にって、開けられないんだから」

「ふふふ……そこで昨夜、むりやり割って開けてみました」

「わ……。かわいそうなことを……」

「そしたら、血が出てさ」

「えっ! 嘘……こわ……」

「カッターで指切っちゃって……」

「……ああ。それたぶん、たたりだね」

「え! 何ちょっと、こわい!」



   ◯ リベンジャーハンター


「答えなさい――」

 涼子・松・ウォルポールが校長の机を鋭く叩く。「先ほど職員室に届いた荷物と……そしてこの領収書、これはどういうことですかって聞いてるんだよ!」

 校長は、どこにも焦点の合っていない眼を泳がせる。

「し、知らないよ……」

「文字は読めるでしょう? 野球のユニフォーム78着分の代金、とありますが?」

 校長は返す言葉を見つけられない。

「……どうして、何も言わないの?」

「いや、ちょっと、喉が渇いて、うん……」

「王水飲ませますよ。いいから早く白状しなさい。これを発注したのはあなたでしょう」

「いや、違う、かも……よ」

 涼子は、持って来た足下の紙袋からひったくるようにユニフォームを取り、広げた。

「お前しか、こんなハト柄のデザインしないだろ!」

 ちょうど千鳥柄のように、ハトがびっしりと布の全ての面を埋めている。色は、白地に薄いピンク。もはやユニフォームというよりも、外出不能なパジャマに近い見た目だ。

「おお……」校長は目をまるくした。「思ったよりいい感じ」

 その瞬間、机をハードリングした涼子が彼の胸ぐらを掴み上げる。

「なんだと……おい、もういっぺん言ってみろ」

 校長はふるふると首を振るだけだった。

「聞こえなかったのか? 耳腐ってんのか? ならチャッカメン突っ込んで、鼓膜を燃やしてやろうか」

「や、聞こえてる……やめてよ、メンってことは複数でしょ……やめてお願い……」

「わかってるじゃんか。ご褒美に、78本突っ込んでやる」

「や、や、やめて……」



   ◯ 黒木と小湊 パンの耳


 雑談の途中、小湊に変なスイッチが入った。

「食パンの耳ってさ、よく考えたら恐ろしい表現だよね」

「え、恐ろしいって……そうかな」

「そもそもさ、耳って言うけど、全然似てないよね。きっと生物史上どの耳とも似てないよ」

「そういう角度で考えてたの……。まあ、親しみを込めて耳って呼んでるんじゃない?」

「親しめないよ、恐ろしいもん。だってさ、耳って言うけど、あいつら何を聞くつもりなんだ、っていうとこもあるよ。何を聞かれてるのかって考えると、恐いじゃん」

「そういう角度もあるか……」

「あとパン屋に行ったらさ、透明な袋にぎっしり詰まったパンの耳が、タダで置いてあったりするじゃん。切り取られた耳がさ、耳だけがさ……ぎっしりだよ。しかも金銭の見返りを求めないんだよ。どこまでも恐ろしいよ。それに私パン屋でね――」

「まだあるの……」

「――型から出した焼きたての食パンのブロックを見たんだけど、あれさ、もう耳に全面をコーティングされてるんだよ。あの状態を見たらさ、その表面のことを耳と呼ぶなんて、どういうことなの? ってなるよ。もう逆に、私たちのこの耳は一体なんなんだろう? 耳……耳とは? って感じになってくるよ。あ、でも私、食べるのは全然嫌いじゃないんだよ? 嫌いじゃないからこそさ――」

「……もう、あとはパンの耳に直接言ってあげて」



   ◯ 金メダリスト


 フラッシュできらめく笑顔の選手が、取り囲むカメラマン達からリクエストを受ける。

『噛んでくださーい!』

 選手は応えた。『えと……、嬉しいでふ!』

『そういうことじゃありませーん!』

『こちらお願いしまーす! 金メダルを、噛んでくださーい』

『あ、はい……、金メダリュ』

『あー! そうじゃないんですよねー!』

『こちらに! もう噛まないでいいんで、顔の横に掲げてくださーい』

『こう、ですか……?』

『なぜ縱なのか! あの、柄が見えないのでー!』

『こっち! もう普通で! 首にかけて!』

『はい……』

『いやなんで服の中にイン!』



   ◯ 小湊姉妹 テレビの茶目っ気


 テレビを見ていた姉が、笑顔を妹へ向けた。

「面白いよね、この選手。コントかと思った」

 キミは、ゆっくりと頭を縦に揺らす。

「面白いけど、ニュースの映像でこれは反則だね。ある意味ドーピングだよ」

「ちょっと……それは過激な意味になりすぎでしょ」

「あ、そう言えば、ふざけた映像を録画してあるから、いま一緒に見ようよ」

「え……」姉は警戒した。「なんか、良い予感が一切しないんだけど……」

「それは正しい予感だよ」

 キミは楽しそうにレコーダーを操作し始めた。「でもとりあえず、本能による抵抗を忘れて、試しに見てみて。短いし」

「リスクしか存在しないけど、しかたないな、見ますよ……」姉は覚悟を決めた。

「ちょうど、それと似た言葉があるよ。〝完全なる安全というものは存在しない。常に存在するのは、危険だけだ〟ってね……」

 映像が始まった。



   ◯ ~ストラップ・ベストテン~


(スポットライト点灯。佇む燕尾服の男、ゆったりと振り返る)

『……皆さん、ストラップ、つけてますか? どうです、揺れていますか? それとも、今はお休み中かな? ……でしたら、ここは私がひとつ、揺れてみますか……。

 なーんて、言っておりますが。

 ふふふふ……。

 さてさて、それでは参りましょう――。

 ストラップ! ベストテン!』

(全照明点灯。ビッグバンドによる盛大な音楽)

『さーあ、やってきました今回は、ストラップのベストテン!

 早速、第10位から、紹介いたしまっしょう!』

(金管楽器の低音とドラムロール)

『だーい、10位! スニーカー!』

(金管楽器斉奏)

 以下〈〉内、しとやかな女性ナレーション。

〈第10位、スニーカー。紐を通すための穴の多さが、決め手となりました。また、種類のよっては無いものもありますが、かかとの部分にある謎の、リボンのループのようなモノ。そう、ここにもつけられるのが、ナイスストラップポイント!〉

『セーンキュー! ナーイスストラーップ!

 いやー、いきなり第10位から、実に見事な、実に素晴らしいストラップパートナーぶりでしたねえ~。

 皆さんも是非! ストラップスニーカーを履きながら、歩きながら、そして走りながら! 揺らしちゃいましょーう。

 さあ、第10位のスニーカーに続きまして、参りましょう、だーい……9位!』

(音楽)

『プルタブ!』

(大音楽)

〈第9位、プルタブ。あらゆる缶飲料のスーパーオープナー。そのメタリックな質感は、ストラップの舞いを引き立てる華麗なるステージ。ワイルドにグイッとあおれば、のどではドリンクの、そして、顔面ではストラップの感触を味わえます!〉

『イエーイ! グットストラップフィーリング!

 アウトドアなどでー、飲み途中にー、ストラップを持ってー……ぶら下げドリンク!

 でも皆さーん、振り回しちゃいけませんよ~。

 ストラップイズデリケート!

 OK! まだまだ行きますよ~。だーい、8位!』

(音楽)

『フィフティイェンコイーン!』

(大音楽)

〈第8位、50円玉。惜しくも12位に沈んだ5円玉の雪辱を果たし、50円玉が、見事8位にランクイーン!〉

『リ・ベンジ! 代理リ・ベンジ!

 はっはーん。やはり、額が大きいほうが良いのでしょうか~?

 ストラップイズマネーデビル!

 よぉーしいいぞう。さあ、どんどん参りましょ~う。だい~、7位!』

(音楽)

『ミズヒッキ!』

(大音楽)

〈第7位、水引。冠婚葬祭で皆勤賞。包んだマネーと良縁離縁、マナーにそって結びます。そんな水引に、ストラップはいかがでしょうか?〉

『ワンーダホゥ! イッツァストラップパーティー!

 ストラップイズマネーデーモン!

 よどみないぜ、これぞストラップ進行! さーあ次は、何が飛びだすかなぁー?

 だぁい! 6位!』

(音楽)

『チケッツ!』

(大音楽)

〈第6位、切符。改札抜けて、ご覧あれ、切符に空いた、ブランニューホール!〉

『ん~ん! フレッシュ! 初々しいったらないぜ!

 ……そう、それは、目的の駅に着くまでの、短い短い期間限定。

 ひとときのストラップラヴァー! エクスップレッソッ!

 オーケーイ……せつなさは、連れていかないカウントダウンベストテン!

 盛り上がって参りましょう! 第、5~位っ!』

(音楽)

『耳たぶ!』

(大音楽)

〈第5位、耳たぶ。……え、ピアス? ノンノン、ストラップよ。あの人がくれた、大切なストラップなの。綺麗でしょう?〉

『ビューティホ~ゥ! ラヴィニン! クレイジーフォーユアストラップ!

 イイェイ! 止まらないロマンスのストラップエクストリーム!

 行きます、行くぜ、行きましょう! 第よ~んいっ!

 ……あえ、え。……あれ? 音楽は?

 ああっ、何だCM?

 ははははは……。皆さん、ここでCMだそうですよ。ねえ……では、はい、どうぞ』



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ