2010年3月10日(金)
2015年4月。
この学園に入学して早一年。俺は未だに諦める事が出来ずにいた。
それは呪いの運命。俺には恋人が作れないという運命。
気がついたのは小学六年生の時。僕は同級生の女の子に屋上階段へと呼び出された。
卒業間近のこの時期に、想っていた相手からの呼び出しを受けた僕の心はグチャグチャになっていた。
ここ最近、卒業前に女子から男子への告白がとても多くなっていた。僕の立場は仲介役で、屋上階段へ呼び出されては告白のセッティングなどをしていた。
その僕を屋上階段へと呼び出すという事はつまりそういう事なのだろう。
複雑な思いだが、一度始めてしまった事を彼女だけにしないというわけにもいかなかった。
せめて表情に出さないように取り繕いながら屋上階段へと向かう。男子内の暗黙の掟で、僕が屋上階段へ呼び出されるときは近づかないというものがあるために立ち聞きされる心配はほぼない。
一応辺りを確認するが、人の気配は目の前以外にはないようだ。
僕は意を決して目の前の女の子に話しかける。
「じゃあ、どうぞ。誰とのセッティングをしてほしいのかな?」
焦る心を後ろ手に握った腕を握りしめていなす。
しばらくの間、僕は若干荒っぽくなった自分の声に自嘲の笑みを浮かべながら目の前の女の子を見つめていた。
目の前の女の子はぎゅ、と目を閉じて、
「わ、私!津川唯っていいます!」
「うん・・・?」
知っている。
津川唯。
趣味・特技はピアノ。
得意科目、音楽・英語。
最近のお気に入りは彼女の父に買ってもらったぬいぐるみのぺーちゃん。
お嬢様とまではいかないが裕福な家庭の一人娘だ。
恋愛関係の頼み事を男の子にするから緊張しているのだろうか?声が少し震えている。
「あの!えっと・・・」
顔を赤くさせながら必死に何かを言おうとしているが、その内心を読み取ることは出来ない。
僕はその姿に愛しさと憎しみが生まれる。彼女のその顔を見れたことが嬉しい、その彼女が愛しい。反面その表情を引き出す彼女の想い人が憎い。その相手に殴りかかりたい。今すぐ彼女を自分のものにしてしまいたい。
初めて呼び出された時の女の子の表情に似ている。
あの時は告白されるのかと淡い期待を抱いた。もちろん断るつもりだった。目の前の彼女が好きだから。
それはいい意味で裏切られ、僕の幼なじみに告白したいと言われた。
そう、それが最初だ。
そんな現実逃避は不意に発せられた唯ちゃんの声で遮られた。
「緑山良くんとのセッティングをしてほしいんです!」
またか。そんなにあいつが・・・。
幼なじみの良。あいつが彼女に告白される。僕はそれを・・・。
「・・だ」
「え?」
唯ちゃんの戸惑う声が響く。
「嫌だ。許さない」
僕は何かの糸が切れたように理性を振り払い唯ちゃんの腕を力一杯掴む。
「僕は唯ちゃんが好きだ。君を良には渡さない!」
僕の迫力に押されたのか、彼女の目に涙がにじんでいる。それに本能が急ストップをかけた。
理性が戻ってきた僕は慌てて手を離す。
「ご、ごめん!」
彼女は心ここにあらずといった表情で呆然としている。
「ホント、ごめんね。そういう訳だからセッティングは・・・。じゃあ、僕は帰るよ」
そのまま、僕は走り出す。唯ちゃんの制止の声は僕の暴走した足には届かない。
どうやって家に帰ったのかは高校生になった今でも覚えていない。覚えているのは激しい後悔と混乱による頭痛だけだ。
携帯電話を取り出して母親にメールを打つ。
『今日は放っておいて』
そのまま僕は眠りについた。
これはまだ、悪夢ではない。
この先に悪夢が待っていたのだ。