予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -05-
まだ昼前だというのに校内には人っ子一人いない。
それもそうだ。部活熱心な者は部活に向かっただろうし、そうでない者はとっくに帰宅しているだろう。何せ明日は課題テストがある。特に部活に所属していない者の中でも、真面目な者はすぐに帰って勉強しているだろうし、そうでない者は遊ぶためにとっとと校舎から去っているだろう。生徒会ですら神原以外の者は帰宅しているのだ。会長である神原はともかくとしても、俺のような用もないのに校舎に残っているものが他にいるとは思えない。
軽やかな足で廊下を歩いていく神原の後ろをついていきながら俺は質問を口にする。
「なぁ、そういや聞きそびれてたけど、勝負の詳細を聞いていいか? 何の種目で勝負するのかもそうだが、日程とかルールとか、その辺の詳しい話をさ」
「ああ、そういえば言ってなかったわね。ええと、簡潔に言うと――」
神原の口から発せられた勝負の種目に、俺は衝撃を受けた。
「はぁ!? マギアスラッシュオンラインの団体戦モードで勝負だぁ!?」
マギアスラッシュオンラインと言えば、今世界中で流行りに流行っている剣と魔法のファンタジーを主題としたMMORPGである。略称はマギスラ。
今となっては古臭く典型的な、パソコンで遊ぶタイプのオンラインゲームで、基本的には多人数でモンスターを狩ったり任務をこなしたりする協力モードで進めていくのが基本のゲームであるが、ゲームの一要素として一対一で戦う決闘戦や多対多で戦う団体戦などが行える対戦モードが存在している。今回の勝負にそれを使おうという話のようだ。
てっきりバスケットボールやサッカーのようなスポーツ種目での勝負が行われるとばかり思っていたので、以外も以外、本当にびっくりである。
「ええ。有島くんはこのゲームのことを知ってるのかしら?」
「え、ああ、まぁ……多少はな。それよりも俺は神原がマギスラを知っていたことに驚いてるよ」
「あら? 私は今回の件で初めて知ったわよ? 私、ゲームとかあまりしたことないのよね」
は? 今なんと……?
「ちょっと待てよ。勝負の種目については綾音と神原の二人で話し合って決めたんじゃないのか?」
「話し合って決めたとは少し違うわね。そもそも今回の話が拗れてしまった原因は秋村くんにあるんだから、こちらは立場としては少し弱いの。だから、こちらからいくらか妥協する必要があった」
「何で勝負するかは向こうが決めたってことか……。それにしたって、マギスラでの対戦はスポーツで競い合いとは訳が違う。ゲームを触ったことがないなんてやつにどうにかできるもんじゃ……」
それが狙いなのだろう。なんとも大人げない。いや、俺達はまだ子どもなのだけども。
「えぇ、それも一応考慮してくれてるみたいでね。勝負は一ヶ月後、つまりこの期間を勝負の準備に充てろということね。それに関してもメンバーを集め次第、動く予定だったわ。私自身何も知らないじゃ話にならないものね」
あぁ、それは話にならない。
それに、マギスラはMMORPG。格闘ゲームやパズルゲームのような純粋なプレイヤーの腕勝負といったものではない。モンスターを倒し任務をこなし、操作キャラのレベルを上げ、装備を整えては戦力を充実させていく、その積み重ねの全てが対戦モードでの勝負の行方を左右する。もちろん腕や直感、運などの良し悪しも大事だが、それよりも大事なのはキャラのレベル、習得しているスキル、所持する装備なのだ。
いくらゲームに対する経験や知識が豊富だったとしても、初めて間もないプレイヤーは熟練プレイヤーに敵うわけもない。そういった世界である。
神原はどう思っているのかは知らないが、準備期間は単にマギスラについて調べているだけでは絶対に勝てない。実際にプレイして、前述の要素をどれだけ熟練させることができるかで勝負の行方が決まってくる。
それをまず神原に伝えなければならないのだが……。
「俺や真琴もメンバーにってことは、決闘戦じゃなくて団体戦をやるんだよな。となると……」
「朝寺さんは5対5の1PTルールと言っていたわ」
「1PTルールか。まぁその辺りが妥当か」
マギスラではプレイヤーが複数人集まることでチームパーティを組むことができるのだが、一つのパーティに所属できる人数の上限は五人。これを基準に団体戦ではいくつかのルール形式が決められている。
というのも、ただの規模の違いだ。1PTルールというのは、一つのパーティ同士でぶつかり合う5対5の戦い。ここから2PTルール、3PTルールと、10対10、15対15というふうにぶつかり合う人数の規模が増えていく。
しかし、基本的には対戦といったら2つのパーティ間で行われるのがほとんどで、世界的な大会でも基本的には団体戦といったら5対5の1PTルールで行われるのがほとんどだ。
もっと大掛かりな人数同士の戦いになると10を超えるパーティが束なったギルド同士による団体戦とは趣旨の違うギルド戦というものがあるのだが、それは今は割愛する。
「有島くんはマギアスラッシュオンラインについて詳しいみたいね。もしかしてプレイ経験もいくらかあるのかしら」
「まぁ適当にそこら辺の奴を捕まえるよりはずっと役に立てるとは思うけども……。マギスラで1PTルール団体戦とはな、困った」
「私が全く知識も経験もないっていうのはそんなに拙いのかしら」
「それもあるけど、5対5なんだから少なくともあと二人はメンバーを集めなくちゃいけないだろ? 神原は全くの初心者というのはこの際仕方ないにしても、もう二人の加入メンバーも同じような初心者だとしたら相当きつい。一応聞いておくけど、誰か勧誘する人材の目星はついてたりするのか?」
「そんなゲームに詳しい知り合いがいるなら、有島くんより先にそっちに声かけてるわよ……」
「だよなぁ……」
神原はちらりとこちらを振り返っては悪態をついてぷいっと前を向く。
思わずため息が出た。
「おーけー。心当たりはいくつかある。確認するまでもないと思うが、誰を誘ってもいいんだよな?」
「ええ、私が参加していることを最低条件に、ここの生徒であるなら誰を誘ってもいい。向こうに種目とルールを決めさせた代わりにこちらが貰った権限よ」
「なるほどな。さて、真琴は教室に残ってるかね……」
俺達が真っ先に向かったのは2年4組の教室だ。
俺が生徒会室に向かう前、ここで俺は真琴と話をしていた。とすれば、真琴がいる可能性の高い場所は当然ここになる。
もちろん、もう既に帰っている可能性もあったが。
「ただいまーっと」
違うクラスだからということなのか、先程まで前を歩いていた神原は俺に前を譲る。
ドアの持ち口に指を引っ掛け、がらりとスライドさせて俺は教室の中に入った。
誰もいない。見回す限り無人の教室。かと思われたのだが。
「おうよー。どうだった?」
教室の隅の席、椅子に座って机に突っ伏している真琴の姿があった。腕の中に伏せていたであろう顔をぐるりとこちらに向けて声をかけてくる。
「この嘘つき野郎。お前 予算取り合い合戦にはノータッチだったって言ってたよな?」
「は? なんだよ、部活にも入ってないお前がなんで……つか今日はテスト前日だし文化会の連中はみんな帰ってたろ。生徒会室も誰もいなかったんじゃないか?」
「へぇ。ふぅん。それも知ってるなら教えてほしかったね真琴クン」
「いやお前否応なしに教室から出ていくんだもんよ。誰もいないことがわかればすぐにでも帰ってくると思ってこうやって待っててやったっていうのにさ」
「それはそれは、ありがとさん」
「ちょっと、有島くん、そんなところに立たれてちゃ入れないじゃないの」
どいてくれと俺の背中を神原が押す。
「ああ、悪い」
誰かいんのか? と寝ぼけた声を発するこの馬鹿に俺から返す言葉などない。
このあと帰って俺と一緒に街にでも繰り出すつもりだったのかもしれないが、残念、俺達は地獄の特訓をせねばならない。もちろんマギスラの、だ。
何せこちらには超弩級の初心者がいるのだ。真琴にも一ヶ月みっちり修行に付き合ってもらわなければ。
「ん? え? えええ!?」
「秋村くん、お久しぶり。春休みは一切生徒会の活動に参加してなかったけど、いらないことはしていたみたいね」
「あー、もう、そういうことかよ……。健! よくもまぁ俺の前に会長を連れてきてくれたな!」
相当嫌がっている様子。俺も嫌だよ、なんだよこの空気。もとはと言えば全部お前のせいなんだぞ。
「お前が生徒会に黙って予算取り合い合戦に参加したことで神原がどれだけ苦労してると思ってんだ。いいかげんにしろって」
「いや、その、それはだな。楽しそうなことやってるもんだからよ、ついな……」
あはは、と笑う真琴を見て神原がブチギレそうな顔をしている。俺はただただ呆れるばかりであった。
「分かった分かった。お前がちゃらんぽらんな奴だってことは会ったときから嫌というほど分かってる。別に今ここで神原に謝れって言ってるんじゃない」
「いや私としては謝罪の一つくらいはほしいところなんだけど?」
神原が呆れ顔でこちらを睨んでくる。
「まぁまぁ、神原の言いたいこともわかるが、ここは抑えてくれ。こいつも十分な戦力である以上、あんまし責任を追求しすぎてやる気をなくされても困るしな」
「それを言われると私は何も言えないじゃない」
「戦力? 何の話をしてるんだ?」
勝手気ままに状況をかき回しただけの真琴は当然、神原と綾音の間で決まった今回の件は知らない。そこから説明していくしかないだろう。
いい機会だから状況を整理しよう。
例年通り今年も春休みに各部活間で予算取り合い合戦なるものが開催された。その結果が生徒会に提出されるも、今年の会長である神原はこれを無効にすると発言。しかし、真琴が生徒会として予算取り合い合戦に参加していたため、各部よりブーイングの嵐が起きた。だとしても予算取り合い合戦の結果を受理するわけにも行かない神原は部活生代表で抗議を申し立ててきた綾音と交渉、改めて勝負を行い勝った方の主張を通すことを取り決めた。生徒会と戦うのは部活生代表である綾音が率いる軽音楽部の面々。しかし、こんな馬鹿げたことに他の生徒会員を巻き込むことを良しとしなかった神原は、勝負の種目やルールの決定権を軽音楽部側に委託することを条件に、自分以外のメンバーを他所から募る権限を要求。その結果、勝負はオンラインゲーム『マギアスラッシュオンライン』の対戦モードを用いた団体戦で行うことが決まり、生徒会側は神原を除くメンバー4人を集める必要が出てきた。そこで白羽の矢が立ったのが真琴の友人である俺。あとのメンバーに関してだが、マギスラの経験の有無や、今回の責任の所在から真琴をメンバーとして取り込むことは確定。となれば、後必要になる人数は二人、ということになる。
「というわけだ。分かったか?」
「おおお! めっちゃくちゃ面白そうじゃん。やるやる」
「お前本当に楽でいいわ」
馬鹿みたいにポジティブで積極的な真琴の反応に俺は肩透かしを食らっていたが、密かに拒否されなかったことに安堵していた。嫌だ駄目だと言われても他に使えるメンツなどいないのだから。いや、流石にここで駄々をこねるような男であれば絶好の目まで生まれていたところだが。
「でもよ、他のメンバーはどうすんだよ。綾音以外の軽音楽部はどんなもんか知らないけど、綾音は相当マギスラやりこんでたはずだぞ?」
「そうなんだよなぁ。正直俺や真琴の時点で綾音に勝てるかどうかってところだもんなぁ。ちょっとやってます程度の奴を捕まえてきても拙いんだけど……。誰か心当たりはないか? 俺は一人しかいない」
「一人って、俊太か? あいつ今朝から姿見せねえけど、ちゃんと捕まるのか?」
「明日はテストだし、今回はそんな遠出してないと思うんだけどな」
「どうだかね。それに、例え捕まったとしても協力してくれるとは限らねえぜ? なんせアイツは生徒会を超嫌ってるからな」
「俊太っていうのは4組の峰本俊太くんのことかしら? 今日もまた学校をサボっていたみたいね」
今まで黙って俺たちの話に耳を傾けていた神原が、ここに来て口を開いた。どうやら俊太について気になるところがあったようだ。
というのもそうだろう。規律だの規則だのに厳しい生徒会の会長が万年サボり魔の俊太をマークしていてもおかしくはない。
俊太は真琴と違って何か問題を起こすようなことはしないが、学業をサボることに関しては真琴より酷いものがある。
「そうそう。アイツこそ一日でも早く生徒会に引きずり込んで更生なせなきゃいかんぜー会長、俺なんかよりもな」
「秋村くんは黙ってて。で、峰本くんが生徒会を嫌ってるってのはどういうことなの? 私、彼に直接何かした覚えはないのだけれど」
直接、か。間接的には色々しているってことだろうな。思い当たる点はある。
「遅刻欠席が一定以上ある生徒にペナルティを課すみたいな、変な学則作ってたろ。あれあれ」
「ええ!? そんな……。生徒が毎日学校に来ることは当然の責務よ? 私は何も不当なことはしていないわ」
「まぁ、それもそうだし。これを機会に俺も俊太に一発ガツンと言えたらとも思うんだけど」
「おーおー言ったれ。あいつの勝手気ままさはいくら何でも度が過ぎてるぜ」
お前が言うな。いやほんと頼むから。
怒りを通り越して呆れ顔前回の神原を見て、真琴は取り繕うように声を荒げた。
「俺は最近ほぼ毎日学校には登校してるし、テストだって平均点くらいはきっちり抑えてるって。学業においては何も咎められるところなんてねーぞ!」
そう。学業においては、な。だが、こいつの場合はその他の部分に問題がありすぎる。
と、真琴の話は今はいい。
「とりあえず、だ。メンバーはおいおい集めていくにしても、全くの初心者である神原のことをまずはなんとかしないと駄目だ」
「まぁそれはそうだよな。初心者どころかゲームすら触ったことないド素人なんだろ?」
「悪かったわね」
ふてくされるようにそっぽを向く神原にまぁまぁとなだめるように真琴が声をかける。俺はそんなやり取りを尻目に今後のことについて話しだした。
「マギスラについて色々知ってもらうのは当然にしても、キャラクターの作成から育成、装備の収集とかも今から始めていかなきゃとてもじゃないが勝負なんて臨めない」
そのための準備期間なのだ。正直、綾音と戦うことを考えたら一ヶ月なんてのは短いくらいなのだ。
一日でも早く育成にかかる必要がある。俺はそのことをずっと考えていた。
メンバーに関しては俊太を取り込めたらこれ以上ない戦力が手に入るが、そうなったとしてもまだあと一人勧誘する必要がある。どうあってもすぐに解決できる問題ではない。なら、今すぐ着手できる問題を解決していくのが先決なのは言うまでもない。
「今夜から特訓だな!」
「ああ」
流石は経験者。団体戦がどういうものか分かってる。戦力にならない初心者が交じることの危険性も。
その通り、俺達は神原を熟練者ほどは無理にしても脱初心者の域にくらいはもっていかないといけない。
だからこそ、早速今夜から訓練に着手しなければならない。そう考えていた俺と真琴だったが、その考えは間もなく木っ端微塵に打ち砕かれることになる。
「何言ってるの。今夜からなんて、許可しません」
は? 俺と真琴の声が重なる。おかしな発言が聞こえてくるものだ。誰のために俺たちがこんなに苦悩していると思っているのか。神原の発言からはそういったものに対する配慮が微塵も感じられないどころか、俺達に理解できない領域にあると言っても過言ではない。
「何だよ。お前家にパソコンがないとかネット回線がないとか言うんじゃねーだろうな。縄文人じゃあるまいし」
ぶーぶーと真琴が反論をかます。俺も乗っかりたいところだが、なんというか癪なので黙っている。
「パソコンくらいあるわよ。もちろん二人の懸念の原因、その大半が私にあることは理解してる。助力を頼んだのは私だし、精一杯考えてくれてることにも感謝してるわ」
「だったらお前、ここは俺らの言うことをだな……」
そうだそうだ。と、真琴の発言に同意するように俺は首を縦に振った。
「でも貴方たち、大事なことを忘れているでしょう」
「大事なこと?」
思わずそのまま返してしまった。
「何だよ? 大事なことって」
どうやら真琴もわからない様子。
「それは、テストよ」
「ああ、そう言えばそういうのもあったか」
「忘れてたな」
「さっき峰本くんの話してたときに言ってたじゃないの。明日はテストだからって」
「ああ、そう言えばそんな話もしてたか」
「そういやそうだったな」
「ちょっと!!」
神原は怒っているようだが、俺達も別に忘れていたわけではない。そもそもテストなんてものは別にどうだっていいのだ。いい結果が出るように頑張りましょうなんていう言葉はもう聞き飽きたし、そんな言葉じゃ俺たちの心がもう動かない。というか、そんなことを意識したくなどなかった。
「空気読めよ会長」
「それとこれとは話が別。テスト勉強はきっちりやってるんでしょうね貴方たち」
ああ、空が青い。
「ふふ、ふふふ。別に、テストなんてどうだっていいじゃないか……」
「どうでもよくない!」
「俺は別に赤点なんて取らねーけどな?」
「平均点取ってるくらいで満足しない!」
まるでお母さんのようなことをガミガミと。流石に俺もやる気がなくなるというもの。真琴も心底嫌そうな顔をしていた。
「はぁ……これはもう勉強会を開くしかないのかしら?」
冗談だろう? と返したかった。が、その前に。
「おっけー。んじゃマギスラ特訓の前にまずは勉強会だな!」
この男はもうちょっとネガティブに消極的に生きるべきだ。恨めしい目で睨みつけたが涼しい顔で流される。
もうこうなれば仕方ない。赤点を取って補習を受けるのも今日勉強会を開くのも結局は同じこと。ここでジタバタしていても始まらない。
「わかったよ。場所は俺んちでいいな?」
「了解!」
「わかったわ」
かくして明日のテストに向けての勉強会が執り行われるのであった。




