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Socius−ソキウス−  作者: カプル
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予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -02-



 生徒会室の前までやってきた。

 職員室がある廊下の一番端っこで、その先は行き止まりになっている。つまり、ここを通るものは生徒会に用がある者以外ないのだが……。

 肝心の生徒会室に明かりがない。つまりは誰もいないのだ。これではわざわざやって来た意味がない。


「(ん~、めんどくさくなってきたな)」


 このまま帰ってもいい気がしてきた。

 よく考えたら……いや、よく考えなくとも俺は今回のことには関係がない。もちろん、思いつきとは言え真琴の前で啖呵を切った以上、何もせずに帰るなんてことは流石にできないのだが。


「(それにしても、この掲示物の量……)」


 壁には掲示板があり、そこにはびっしりと掲示物で埋め尽くされていた。

 枠から飛び出し気味の物もあれば、既にほとんどが埋まりかけている物もある。

 俺はとりあえず目に付いた掲示物を読んでみた。


「(インフルエンザ注意のお知らせ?)」


 今は春だし、季節が違わないか?

 いや、よく見てみると去年の11月発行のプリントだった。どうやらその役目を果たし終えても、剥がされることなく放置されている様子。

 なら、それより奥に埋まっているプリントたちはもっと古い内容なのだろうか。


「(整理ぐらいしろよ……)」


 生徒会の意外な面を目の当たりにし、俺は少々呆れてしまった。思ったよりもやることは雑なようである。いや、掲示物を任されている奴が怠惰なだけなのかもしれないが……。

 俺が掲示板を前にしてあれこれ考えているうちに、誰かがやってきたようだった。それを感じた俺はチラッと横目で確認してみた。


「(げっ、ありゃ会長だ……!)」


 まだ接触というほど距離は近くない。このままここを去れば、掲示物の確認という形で上手く誤魔化せるだろう。

 そりゃ会長に直接今回のことを問いただせば、一番手っ取り早いのは分かりきっている。

 が、今は何の用意もなければ、会長と面と向かって話す心の準備も整っていなかった。


 神原理恵。

 学校の規則のことで彼女に突っかかっていった人間がどういう末路を辿ったのか、もちろん俺は知っている。

 神原理恵は冷徹非情。その噂は耳が痛くなるほど幾度も聞いてきた。真面目な彼女には教師たちも協力的、つまりとても手ごわい相手なのだ。

 俺はそそくさと退散する。とりあえず今日は下見に来たというだけで、後日また出直そう。

 会長のいないのを確認して、他の生徒会員に今回のことを問いただせばいい。

 なに、ゆっくりやればいいのだ。いきなりラスボスに挑むなんて愚を犯す必要はどこにあるのか。藪をつついて蛇が出でもしたらとんでもない。

 いろんな思惑が俺の頭の中を循環する。そんな中、俺は会長とすれ違った直後、俺の思惑は完全に打ちのめされることになった。


「待ちなさい、有島くん」


 ビクッと震えながらも、俺の足は止まった。いや、止まってしまった。このまま強引に去ってしまえば、向こうも止めることはなかっただろう。

 しかし、俺は止まってしまった。もう遅い。

 そんなに怪しい人間に見えただろうか。もしかして生徒会に用がある様に見えてしまったのか。

 なら弁解すればまだ間に合う。


「な、なんだよ? 俺はこの掲示板を見に来ただけなんだけど……」


 よし、言えたぞ。

 これで次に会長は、あらそうなの、とでも言って生徒会室に入っていくはずだ。

 なんとか難は逃れた。と、そう俺は安堵していたのだが。


「そうなの。……そうね、ここにいたのも何かの縁か……。ちょっと付き合ってもらえるかしら?」


 会長様は見事に俺の期待を裏切ってくれた。

 いったい俺に何の用だというのだ。俺は何にも悪いことはしてないし、神原個人とは何の繋がりもない。

 俺が動揺して何も言い出せないうちに、神原は俺の返答を待たずにさっさと生徒会室に入っていってしまった。

 つまり、拒否権はないということ。エゴだよ、それは。

 一般生徒の俺が会長に逆らえるはずもない。行くしかないじゃないか。

 と、諦めのついた俺は会長に続くように生徒会室の扉を開けた。


 生徒会室は思ったよりもこぢんまりとしていて、どこを見ても殺風景だった。

 全体的に物が少ないというのもそうだけれど、置いてあるものを見て思ったが、無駄なものが一切ない。その辺はさすが生徒会だと思う。

 横長の机が二つ相対するように置かれており、普段生徒会員が座るのだろう椅子が順番に並んでいた。書記だとか生活委員だとか図書委員だとか実行委員だとか、それぞれの椅子の前には文字が刻まれた三角の置物が置いてあった。

 一番奥には少し大きめのこの質素な部屋にしては豪華すぎる机がこちらを向いて置いてある。机の上にはデスクトップパソコンのディスプレイが置かれていた。それがますます豪華さを引き立てていた。

 きっとあれが会長の机なのだろう。

 会長は一番奥の会長席に座ると、俺の方を見て、さっさと入ってこいとジェスチャーをする。

 俺はとりあえず中に入って扉を閉じた。


「あの、会長さん、俺はどこに座れば……?」

「そこの隅にキャスター付きの椅子があるわ。こっちに持ってきて座って」


 俺はチラリと左右を見渡す。すると、右側にそれがあった。

 脚にキャスターがついていて、クルクルと向きを変えれる回転式の椅子。それでいてソファーのようにフカフカしてそうな素材に包まれているこれまた豪華な椅子。若干埃を被っているようだったが、気にするほどでもなさそうだった。

 俺は言われたとおり、その椅子を引っ張ってゴロゴロと会長席の近くまで持って行って、ドスンと座り込む。

 会長はというと、ふと目を離した時には既に立ち上がっており、何をしてるのかとその様子を見てみたら、どうやら壁沿いに置いてあるポッドを使ってコーヒーを入れている様子。

 そうか、さっきから匂うこの香りの正体はコーヒーだったのか。

 ちなみにさっき一度会長席に座ったのは、どうやらパソコンの電源を入れるためだったようだ。机の下に本体が置かれており、今は起動音を忙しそうに放っていた。


「有島くんはコーヒー飲む?」


 会長は前ぶりもなくそんなことを聞いてきた。

 しかし俺は回答に困る。十数年生きてきて、コーヒーなんて一度も飲んだことがない。

 俺の中のコーヒーのイメージとしては、苦いの一点張りで、ならジュースを飲んだほうがマシだといつも思っていた。

 という観点から、自分からはコーヒーなんてものは飲まないのだが、他人に勧められたことも一度もなかった。ましてや飲むかと聞かれたことも一度だってない。

 これが、どうでもいい相手なら断っていただろう。しかし、今回の相手はあの会長様だ。

 なにが彼女の機嫌を損なう結果を招くが想像もできない。


「あ、あぁ、飲むよ」


 俺は慌てて肯定した。

 それを聞いて会長は俺の分のコーヒーも注いでくれているようだった。


「砂糖はいるのかしら?」


 砂糖、か。

 そういえばこの前真琴と俊太がこのような会話をしていたな。


《ま、真琴。君はいったい何を飲んでいるんだ……?》

《何って、コーヒーだよ》

《コーヒー? そのドロドロした液体がコーヒーだって?ありえない、ありえないよ真琴!》

《なんだと? この俺特性の砂糖水を投入した、このクリーミーなコーヒーのどこがありえないんだよ!》

《コーヒーは苦味こそが旨さの真骨頂。砂糖などを入れて甘味を追加するなんて、笑止千万! ブラック以外はコーヒーとは呼ばないし、また存在を許されるはずもないんだ》

《馬鹿たれ! ブラックなんて苦すぎて飲めるか! ありゃまだ材料の段階なんだよ。言わば未完成。パスタを煮て、そのまま素で食うようなもんだ。それこそありえねぇぜ!》

《その例えはおかしい。パスタは味が無いに等しいけど、ブラックにはしっかりとした苦味が備わっている! この差は大きい!》

《わからず屋! ほら俊太も飲んでみろ、ぜってー考えが変わるからよ》

《うぁっ、何をするのさッ。ぐっ、口の中がシャリシャリするッ。真琴、これ砂糖が溶けきっていないじゃないか……! うわあああああああーー!!》


 あいつらは極端すぎる。流石に参考にはできないだろう。

 とはいえ、どれくらいの量が良いかと考えても答えなんてものは出てこない。

 それはそうだ、普段コーヒーを飲むという習慣がないのだから。


「あー、あんましコーヒーってのは飲まないもんでな。とりあえず適当に頼めるか?」

「ま、普段飲まないとわかんないわよね。テキトーに入れとくから、足りなかったら自分で足してね」

「悪い。気を使わせて」

「別に気にしなくてもいいわ。呼んだのはこっちだもの。テキトーにくつろいで待っててくれる?」


 一瞬、会長が笑ったように見えた。あの冷徹非道の会長様が笑った……。気のせいか?

 こうして会話をしてみると、会長も普通の女の子って感じはする。

 にしても、嫌う人間が多いのは分かっていたが、慕う人間が多いというのもなんとなくだがわかる気がしてきた。

 まず、身だしなみがこれでもかというほどに整っている。これは見惚れるほど美しいといっても過言ではない。

 だらしないなんて箇所はどこにもないくらいの、きちんとした制服の着こなし。それと相まって、凛々しいという言葉が似合いそうな綺麗な顔立ち。サラサラと歩くたびに流れるように揺れるロングヘアー。ついでに見るものの視点を集めてしまいそうなふくよかな胸。そしてスカートのしたにはニーソックスに包まれた太過ぎもせず細過ぎもしない綺麗な脚。

 あまりジロジロ見てると変に思われるので、俺は自重する。

 とは言っても、会長は向こうを向いているので俺の視線に気づくわけもないのだが。

 ジッと待っていたら、コーヒーも出来上がり、会長もこちらへ向かってきていた。


「はい、どうぞ」

「ん、ありがとう」


 俺はコーヒーを受け取ると、まずは一口とカップに口をつけた。


「熱っ!?」


 結果、あまりの熱さに思わずカップを落としそうになる。

 そんな俺の反応が面白かったのか、会長は笑いを堪えるようにして、自分のカップを片手に会長席に座った。


「な、なにさ?」


 俺はそんな会長の思惑が読めず、無条件反射で言葉を投げかける。


「熱いの苦手だった? 悪いけど、経費の関係上ここには冷蔵庫を置いてなくてね。氷がないからホットしか作れないの。ごめんなさいね」

「いや、別にいいんだ。ただ、こういうもん飲み慣れてないもんでな、多少の醜態は勘弁してくれ」

「醜態なんていうものでもないと思うけど……。いらぬ気遣いだったかしら? いらないなら遠慮なく言ってくれてもよかったのだけど」

「いや、せっかくのご厚意を突っぱねるような真似は……」

「何ソレ? 秋村くんみたいなこと言っちゃって」


 秋村……。秋村というのは、真琴のことか。

 なぜ奴の名前が出てくる? という問いに、俺が聞かずとも会長は続けるように語ってくれた。


「有島くんって、秋村くんとずっといっしょにいるでしょ? 仲がいいんだなって、そう思ってたのよね」

「よくつるんでる仲っていうならその通りだけど、似た者同士と言われると怖気が走るな」

「よく似てるけどね、私から見ると。それも、これでもかってくらいにね」

「そりゃまた……、随分とひどい言われようだ」


 俺と真琴が似てると言いたいらしい。できればあんな奴と一緒にはしてほしくない心境なのだが。

 まさか真琴と一緒にいる俺もなにかと目をつけられているのだろうか。俺はいい意味でも悪い意味でも目立ったことはないつもりなのだが、……よく考えたら俺の周りの人間は結構目立ちまくってる気がする。

 一年生の頃には不良かぶれのようなことを繰り返していた真琴。

 軽音部のボーカルとして有名というだけでなく何かと大事に首を突っ込んではその中をかき回していく綾音。

 進級はできる程度にではあるが不登校が目立ち何だかんだで学校の規律には反対的な行動が目立つ俊太。

 皆、風紀委員のブラックリストに登録されてもおかしくない程のはっちゃけぶりではある。

 いや、約一名は既にブラックリストを体験済みではあるが。


「んで、真琴のことで何か話があるのか?」

「あら、分かる?」

「そりゃ、なんとなくだけどな」


 真琴と仲のいい友人として呼ばれた。それくらいのことは俺でも分かる。

 きっと真琴が何か問題を起こして、それについて会長は手の打ちようがなく困っているのだろう。

 いったい今度はどんな問題を起こしたというのやら。


「そう、秋村くんに関係がある話よ」

「もしかして、今回の予算取り合い合戦と関係してたりするのか?」


 俺がそう聞くと、会長は少し驚いたような顔をして、俺の顔を見つめていた。それには逆に俺が驚かされた。

 どうでもいいことかもしれないが、会長はこういう顔もできるんだと、そう感じたからである。


「ど、どうした?」

「え、いえ、その通り、予算取り合い合戦の話も関係してるの。でも、あなたからその言葉が出たのは正直驚いたわね」

「そりゃどういう意味だ……ってのはどうでもいいか。話を進めてくれ」

「えぇ……。そうね、まず前回までの予算取り合い合戦の話をするわ」


 話が長くなりそうだったんで、俺はコーヒーを少しずつ口に入れながら椅子に深く腰掛けて会長の話に耳を傾けた。

 このような話を俺にするということは、きっと何か面倒なことを頼んでくるに違いない。

 この話を聞き終えた頃、こんな場違いな場所に来たことを、俺は少しだけ後悔することになる。

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