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第7話 王妃の懐郷

「よ、シャーロット久しぶりだな!」


 考え事をしながら王妃の庭で剪定をしていたシャーロットは、懐かしい声に我に返る。

 声の方に向くと、そこには幼なじみの青年が立っていた。


「オルヴァー!」

「やっぱり王宮は堅苦しくていけねぇな」

「どうして? 今日は来る予定じゃなかったわ……よね?」

「ああ、別に中庭の仕事を頼まれちまって、ついでに寄ったんだ」


 久しぶりの故郷を思い出す顔に、シャーロットは自然と温かな笑みが零れる。

 この幼馴染の青年は、王妃の庭の庭師でもあった。

 彼は祖父の代からつづく有名な腕利きの庭師。この庭を蘇らせたいと思った時に、オルヴァーを呼んでくださいと懇願したのは腕のせいだけじゃない。懐かしい顔に会いたくなるからだ。


「あ、ほれ。あいつから預かってきたぞ。お前が本当に王宮でうまくやってるかって、しつこいのなんの……」


 そういいながらオルヴァーは手紙をシャーロットに手渡す。嫌々ながらに見えるが、内心そうは思っていない事はまるわかりだ。

 手紙の主はこれもまたシャーロットの幼なじみで親友のルイザだ。

 三人は歯に衣着せない物言いができるほど、子供の頃からの付き合いですごく仲がいい。

 王宮は気軽に行き来できない場所なので、手紙などやり取りは王宮に比較的行き来がしやすい……頼みやすいオルヴァーについ頼んでしまう。


「お茶でも飲んで行かない? オルヴァー」

「あーだめだ。早くいかねぇと仕事が……っと、そんな顔すんなよな」


 ぐしゃぐしゃっと、かぶっている日よけの布ごとオルヴァーはシャーロットの頭を撫でた。

 今日のオルヴァーはよそよそしいというか、何故かこの場からすぐにでも去りたい気配が満々だった。

 少し寂しい気分が顔に出た、シャーロット。


「もしかして、いじめられてんのか?」

「そ、そんなことはないわ……」

「じゃあ、王妃教育がつらいのか?」

「ううん」


 いじめ……なのだろうかは、大した事がないので、心配をかけてはいけないと首を横に振る。

 そして仮の王の王妃だからか、王族としての必要最低限の教育しかされないので、王妃教育も緩やかで比較的時間がある。だからこそ庭いじりする余裕もできる。それにシャーロットはむしろ知らないことを知って、エヴァラート様に近づけるのが楽しいぐらいだった。出来はともかくとして。それはエヴァン様との会話でも感じたこと。


 政治向けの判断で、シャーロットにはなにも期待されていない。

 むしろ邪魔にならぬよう、目立たず、余計なことはせず、大人しくしていてもらいたい。王族の血を絶やさぬ借り腹として居てもらえばいいだけだという、宮廷の本音なんて、世の動きに疎いシャーロットは知らない事だった。


 王宮に出入りするようになってからそれを知ってしまったオルヴァーにとって、シャーロットの置かれた状況は、気持ちを曇らせることが多すぎて予測がつかない。


「お前の旦那……いや、陛下はどーなんだ?」

「お忙しくてなかなか会えないの……だけど、ワガママを言う訳にはいかないわ」


 シャーロットの寂しそうな表情を見て。

 夫婦なのに。

 そう言いたい気持ちを、オルヴァーは抑えた。


「まーお前がいいならいいけどさ。恋が叶っただけでもめっけもんだしなぁ」

「ええ」


 シャーロットは、恥じらいながらすごく嬉しそうに笑った。その笑顔はとても幸せそうに輝いていて、少しの寂しさも感じさせない。……さっきの寂しげな表情が、まるで嘘のように。

 そんな風に笑えるなんて思っても見なかったよ。

 今まで妹としか見ていなかったシャーロットの女性らしさに、少し寂しさを覚える。

 オルヴァーはエヴァラートに片思いをしていた頃を知っていたので、今の幼なじみの置かれている状況が、いいのか悪いのか計りかねていた。まぁこればっかりは旦那の甲斐性だしなぁ、とひとりごちながらシャーロットの旦那様を思い浮かべる。


 一度だけこの城に入る前に、王妃の紹介で入った庭師としてご挨拶するために会った事は、ある。

 オルヴァーからみると、「さすが王族」といえる理想を形にしたような人物だった。

 よく言えば何事にも動じない、若いのに老練され落ち着いた物腰。

 悪く言えば、真意が計りかねる人物だった。

 同じ場所にいるのに……居ないようなそんな隔たり。

 だからこそシャーロットが、好きになってしまったと熱く語った様子の人物像と重ならなかったのだが。シャーロットの視点はどこかボケている事を、幼なじみだからこそわかり切っているので当てにできない。

 彼女の目を通すと、オルヴァーから見るといけ好かない頑固ジジイが違うものになっていたから。


 オルヴァーの言葉で、愛しのエヴァラート様を思い出しテレていたシャーロットだったが、ふと思い出したように言った。


「そういえば、オルヴァー。貴方、今日は手紙の内容を聞かないのね?」


 オルヴァーはいつも、「アイツは何書いてるんだ」とルイザの手紙に興味津々だったので、その言葉に他意はなかったのだが。みるみるオルヴァーの顔が茹で上がる。


「ど、どうしたのオルヴァー? 大丈夫?!」

「なっ! なんでもねぇっ!」

「……あ、もしかして」

「ちょっと待て! お前っ!!」


 お行儀が悪いと分かっていても、シャーロットは手紙の封を手で開けた。オルヴァーはあわてて阻止しようとするが、手紙を奪った頃には、すでにシャーロットは肝心な部分を読んでいた。


「やっぱり!」

「ったく。何でこう言う時にかぎって、勘がいいんだよ……」


 ぷい、と。顔を背けるオルヴァーは耳まで真っ赤だ。


「ふふふ、やっとプロポーズしたのねオルヴァー、おめでとう」


 シャーロットが思った通り、手紙にかかれていたのはオルヴァーとルイザの結婚の報告だった。照れ屋のオルヴァーは、直接は言いにくかったんだろう。だから今日は早く帰りたいオーラが、オルヴァーからでていたのだと納得する。

 シャーロットは喜びのままに、オルヴァーの手を取って、ぎゅっと握った。


「二人が結婚するなんて、嬉しいわ!」


 シャーロットはお互いに素直になれない二人を、ハラハラして見ていた。

 自分の恋は叶えられなくても二人は……と思っていた頃は、まだ一年も経たないがすでに懐かしい。

「おじ様が大変だったんじゃない?」

 シャーロットが心配そうに首を傾げる。

 ルイザは爵位こそ無いものの代々村の有力者の一人娘。しかも父子家庭で、とても溺愛されていたのでおじ様がいじけてしまったのではと容易に想像できた。

「あー挨拶に言った時は、殺されるかと思ったけど……何とかなった」

 思い出したくもないというかのごとく、げっそりした表情のオルヴァー。


「ふふ、結婚式には……」


 是非参加させてね……と、いいかけて。

 シャーロットは自分の立場を思い出して口ごもり、表情が曇る。

 王妃である自分がおいそれと城の外に出ることなんて出来るはずがなく、出ることが出来たとしてもそれは大事(おおごと)だろう。


「ごめんなさい、オルヴァー」


 シャーロットのその表情だけで察したオルヴァーは、またぐしゃりと頭をなでた。


「気にすんな。お前が来てくれないのは寂しいけど、俺達、お前の気持ちは十分、分かってるからさ」

「あ、あのねオルヴァー。ブーケだけは私に作らせて!」

「ああ、楽しみにしてる……っと、俺はそろそろ本当に行かなくちゃな」

「うん、ルイザにもよろしくね」

「あのさ、シャーロット」

「なに?」


「陛下と仲良く、な」

「……ええ」

「たまにはワガママでも言ってみろよ、俺なんかいっつもルイザにワガママ言われてるぞ」

「ふふっ」


 同じ夫婦でも、シャーロットと陛下の状況は全く違う。

 シャーロットは否定も肯定もせずに、笑って誤魔化す。

 オルヴァーを見送ってから、その笑顔がみるみると淋しそうな顔になるシャーロット。

 一瞬エヴァラート様に、結婚式に出席していいかお尋ねしてしまおうか、と考えて首を振る。


(仕方の無いことだけれど……やっぱり、ワガママなんて言えないわ)


 そして、花達の中にしゃがみ込むと、草むしりを再開しはじめる。

 それはまるで、花の中で泣いているように見えた。




 そのしょげ返った様子を、この庭を唯一見渡せる窓から見ていた人物がいたとは気付かずに。





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