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第6話 藪中の悪意



 エヴァンジュール様に忠告されて数日後。

 手紙がやって来た。


【――――貴女なんか、陛下にふさわしくない】


 きれいな字で書かれたその文面。

 読んだ時。その内容にシャーロットは、思わず納得してうなずいてしまった。




 そのシャーロットには勿体ない旦那様のエヴァラート様はというと。

 時折お忙しい合間をぬって、あの朝のように顔を見にきてくれるようになった。

 初めはエヴァン様に嫌がらせの事を聞いたのかと思ったけれど、そんな会話はほとんどなくて。


「息災か?」

「はい、陛下もあまりご無理をなされないよう」


 と、いう同じ会話の繰り返しになってしまっている。

 エヴァラート様が退出された後は、せっかく話しかけてくださったのにもっと気の利いた事を言えないのかと……思っていた。いっぱいいっぱい、お話したいことがある。お体は大丈夫ですか、ちゃんと眠れてますか、とか。今日は庭の花が素敵でした、とか昨日の満月はきれいでしたね、とか。

 しかし何度か繰り返すうちに、この台詞以外を言うことは均衡を崩すようで、様式美になってしまった。

 ただ顔を一目見て、一言会話を交わすだけだが、シャーロットはすごくうれしくて心を平静に装って顔を作るのが、難しくなってくる。

 でも……少しでもお会いできると「もっと」と高望みしてしまい、少しさびしく思いながら過ごす日々。


 あの事件以来ちょこちょこと、不思議なことが起こるようになった。

 洗濯に出したはずのシーツがさらに汚れて帰ってきたり、ドレスが無くなったり、破られていたり。

 侍女たちが見るからにこちらが気の毒になるぐらい謝るので。失敗はだれにでもある事で、むしろシャーロットの方が王妃として失敗してばかりだと気にしていなかった。洗濯物を落としたり洗い忘れたりとかはよく実家でもあったこと。

 しかし、侍女達は初めのうちは自分たちのミスとして隠していたが、頻繁に起こるとさすがにシャーロットも"嫌がらせ"を隠しているのだと気がついた。


 シャーロットへの嫌がらせのはずなのに、侍女たちの方が迷惑を(こうむ)っている。

 侍女たちに申し訳ない。


 自分にできることはないだろうかと考えた結果。

 シーツはまた洗えばいいし、とハーブで石鹸とハーブ水を作って自分で洗おうとしていたら、あわてた侍女たちの口から女官長にばれて止められたので、せっかく大量に作ったのがもったいなくて、迷惑を掛けた侍女や洗濯場の下働きの人達(ランドリーメイド)に配ってみた。

 無くなったドレスはどうしようもないが、破かれたドレスは、流石王妃の衣装。お金がかかっているだけあってしっかりした作りになっているから、少しアレンジして縫い直して貰えば問題無い。宮廷に出入りするデザイナーが暇な時に相談すると「そこまで私の作ったドレスを気に入ってくれたとは!」と感激しながら、喜んで仕立て直してくれた。

 仕事だから流行にそって、次々にドレスの注文をくださることは大変うれしいのですが。最近は見栄のために一度袖を通しただけや、少し汚れただけで着なくなるご婦人方が多いので、心血そそいだ作品がそんな扱いをされていると少し悲しいですと。ぽろっと、仕立て屋がぼやく。こんなことを言ってしまうのは王妃様だからですよ! 秘密にしてくださいねと愚痴も聞いてしまう。

 こんな素敵なのに一度しか袖を通さないなんて勿体ないですとシャーロットが言うと、これから仕立て直す時はいつでも呼んでくださいねと非常に喜ばれた。


 貴族と言えど貧乏だったシャーロットにとって、ドレスなど新調することは稀で……縫い直すなんてことは日常茶飯事だったので、素敵なドレスを一度だけしか着ないなんてその感覚がわからない。令嬢たちの感覚にめまいさえ覚える。


 嫌がらせがきっかけなんて忘れた頃。

 アレンジし直したドレスを気にせずに着ていたら、言葉通りまた遊びに来てくださったエヴァン様が気づいて、理由を尋ねられたので説明する。と、盛大なため息をつかれた。


 仕立て直すのは、王族としては貧乏臭くて体面が悪いのだろうか。

 相談すべきだったのだろうかとシャーロットがオロオロすると。


「……いいえ、悪くはないわ。貴女らしいわね」

 輝かしいばかりの笑顔で褒めてくださったので、シャーロットはほっと胸をなでおろす。

 その輝かしい笑顔は"呆れ顔"とも言えるのだが、もちろんシャーロットには通じない。


「でも、国の式典などには着るのはやめる事ね」

「あ、はい、それは……」


 この前、王妃教育で習ったことを思い出し、こくこくとエヴァン様に頷く。

 王と王妃の衣装は正式な場では、季節や行事ごとに細かく服装規定(ドレスコード)がされていた。


「今度、御前試合があるでしょう?」

「あ、はい!」


 この国では騎士たちの意欲向上のため、年に一回。王族が観戦する御前試合が開かれる。

 これは優秀な騎士を所持していると国内外に王族の威光を見せつけるとともに、国民たちへの娯楽提供でもあり、王都には観戦する人たちでごった返し、普段では開かれることのない他国の露店も開かれ、観光収益にもつながっている……と習った。

 お忙しいエヴァラート様にお会いできるチャンスで、二人並んでの観戦中は、お話ぐらいできるかもと期待してシャーロットはその日を指折り数えて待っていた。


「まぁ、侍女も忠告してくれるでしょうけれど……自分でも理解しておくに越したことはないわ」


 どこから足を引っ張られるか、分からない。

 試すように、エヴァン様はシャーロットを挑発的に見つめる。 


「そ、その日は緋色を基調としたドレスに、国家の象徴の国鳥と、勇気の証の剣、フローレンティアの花の金刺繍。そして装飾品は……王と対になるように銀で。宝石をつける場合は、ダ、ダイヤモンド?」

「ギリギリ合格ラインね」


 思わず、といった感じでエヴァン様から笑みが漏れる。

 その顔は、流石兄妹、そっくりだった。

 エヴァラート様の事を思い出して、シャーロットはニコニコしてしまう。


「なにかしら?」

「エヴァン様があまりにもエヴァラート様にそっくりに笑うので」

「……っ!」

「やはり兄妹なのですね、お優しいところもそっくりです」

「きょ、今日はもう帰りますっ!!」

「え、あっ……」


 何か悪いことでも言ってしまったのだろうか?

 シャーロットはいつもより動きがぎこちなく、あわてて退出するエヴァン様を、礼をして見送った。






 ――そっくりに笑うので。


 ――お優しいところも、そっくりです。



 何も知らない癖に……そう笑うシャーロットに、心を揺さぶられるのは、罪悪感だろうか。

 罪悪感? この私が? 兄上の妻に?


 エヴァンジュールは、その心を表すかのように優雅さを忘れ廊下を歩く。

 背後でチャーストンから笑われているような気がする。勿論、表情は無表情で。

 

 エヴァンジュールの視線の先でその珍しい光景を見ていたのは、一人の使用人。

 目を伏せて、礼を取っているが、エヴァンジュールにはそれが誰だか分った。


「こんな所に使用人として忍んでいるなんて。流石ねマルィーニ、今日の報告かしら?」

「はは、癇癪を起している貴女様も素敵ですが。今、冷静な判断できますか?」

「…………っ、なら後回しにしていただける?」

「ふふ、そんな悔しそうな顔も、ぞくぞくするほど素敵ですよ、王女様」

「~~っ! 本当に私の手駒には、何でこう碌な人材がいないのかしら」

「これでも貴女様の年相応に合わせて、気を使っているつもりなんですがねぇ。それに碌な人材でしたら、こんな仕事してないで、御前試合に出れるような日の当たる場所で生きてますよ」


 顔は爽やかな笑顔だが、目が笑っていない。

 もし自分の手駒であるという絶対的な自身がなければ、この笑顔だけで背筋が凍りつくだろう表情。

 チャーストンとは違った意味で油断できない人間だ。


「本当にあの王妃様は……頭の中が可愛らしくて、興味深い」

「あなたにはもっと興味を持つべきものが有ると思うのだけれど」

「ちゃんと頼まれたこともしてますよ、心外だなぁ。一応マークしてます。お言いつけどおり見てるだけですが、続けますか?」

 エヴァンジュールは、手に持った扇で口元を隠して……しばしの間思案する。

 それが終わると。先ほどの動揺が嘘のように消え、静かな湖面のような冷たい瞳が現れる。


「ええ、まだ手を出さないでちょうだい」

「了解。全ては王女様の意のままに」


 エヴァンジュールの浮かべた年不相応の厳しい王女の顔に、マルィーニは満足そうに微笑んだ。








 許せない。

 許せない。

 ――――許せない。


 本当なら、あの幸せは私のモノだったのに。


 そう強い醜い思考に支配された人影が、乱れた室内でドレスを切り裂く。

 それは、シャーロットの部屋から消えたドレスの一つだった。


 どんなに嫌がらせをしても、王妃の座から降りるどころか、涼しい顔をして王宮に居座っている。

 そんな資格なんてないくせに。


 生ぬるかった、自分のしていることは、もっと、もっと苦しめなくては。

 もっと。


 どうやって?


「――ま、――様」


 人影は、名前を呼ばれて我に返る。

 そして、呼びかけた人物にこの部屋の惨状を見せないように、あわてて取り繕うように出た。


「お言いつけどおり、王妃の傍仕えの者をお呼びしました」

「そう、ご苦労様」


「あ、あの……私に御用とは?」


 目を向けると、そこにはおどおどとした……どこと言ってとりえもない。

 まさに田舎から出てきたばかりのような純朴なメイドが一人。


「いいえ、大したことではないの、王妃様の事についてお話がしたくって」


 そう言った人物は、メイドにこれ以上もないぐらい優しい顔を向けながら、心の中ではどろどろとした醜い自分の感情を抑えていた。





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