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第5話 王子様と私



 シャーロットが初めてエヴァラート様に直接お会いしたのは、社交界デビューの日だった。

 この国では貴族の娘は年頃になると、お城で開かれる舞踏会に出席するのが義務ずけられている。

 この儀式が終わると、晴れて一人前のレディとみとめられ、殿方からの求婚を受け付ける……という暗黙の了解になっていた。


 小さい頃は、ただ憧れていた社交界デビュー(デビュタント)。

 しかし大人になり、憧れだけでは済まない現実が見えてくる。

 貧乏貴族のシャーロットの家にとっては、出席する体裁を整えるだけでも大変なことだった。母親の娘時代の一番上等なドレスを、洋裁好きなメイドとなんとか今風に仕立て直すのが、精一杯で。

 これで少しでもお金持ちの求婚者があらわれてくれれば……と、考えての事だった。


 しかし、この舞踏会には何よりも重大な問題があった。

 それは何かというと、王子とダンスを一曲踊るというものである。


 たかがダンス、されどダンス。


 幼い頃はそう気がついてはなかったが、ダンスが壊滅的に苦手なシャーロットは、憂鬱だった。

 毎年開かれている舞踏会。

 年ごとによって、デビューする娘達の人数は異なるが、今年は幸運にも年頃の娘が多く、シャーロットにあらかじめ割り当てられたダンスの時間は短かったが、それでも自信がない。ダンスのトリや長い時間の割り当ては、勿論有力貴族のご令嬢に割り当てられている。


 しかし、短く見せ場のないわずかな時間。といえどもぶざまな真似をさらしてしまっては、なけなしの家名に傷がついてしまうだろう

 舞踏会が始まる直前まで、シャーロットは人目につかない場所……使っていない部屋で、ダンスの練習をこっそりしていた。




「こんな所で何をしているんだ?」


 鋭い声だった。

 ダンスのステップを確認するのに精いっぱいで、下を向いていたシャーロットは飛び上がるほど驚いた。

 その声を掛けた主が、驚くほど。


「何かあったのか?」


 顔をあげると、怜悧な美貌の青年がその美しい眉をひそめて立っていた。

 淡い金髪に、透き通るようなブルーの瞳。柔和で美しいが男性的な顔立ちに、浮かぶ疑問の強い瞳が、シャーロットを不審者だと言っているようだった。

 立ち姿も威風堂々としていて、見なりと態度からしてとても身分の高い人物だということが伺える。

 どこかで会ったような気がするが、シャーロットには思い出せなかった。


「あ、あの申し訳ありません」

「謝るな……ただ、理由を聞いている」

 青年は第一声の射るような声色から少し和らいだ声と表情になったが、シャーロットはびくびくしていた。ここは王宮。普通の場所とは違い、もし不審者としてお咎めがあったらどんなに恥な事だろう。

 頭をフル回転させて、目の前の青年に不審がられないよう簡潔に話す。


「その……私、ダンスが下手なので練習をしていたのです」

「ダンス?」


 目の前の青年は、シャーロットの動きからダンスとは思いもかけなかったようで、不可解な顔をした。

 ダンスの練習には見えませんでしたか……と、シャーロットはその様子に、ますます自分のダンスの力量って、と思い、自信がもてなくなる。みるみる落ち込んだ。


「いや。ダンスとは一人でするものではないだろう? それに何故、今練習を?」

「あの。私、今日が社交界デビューなものですから……」

「ダンスなど……それほどする事のものなのか?」

 益々不可解だといいたげな顔だった。

 その態度にシャーロットは信じてもらえていないように感じられて、つい愚痴をこぼしてしまう。

「まぁ。それは出来る方の驕りです! 私とダンスを踊って見れば、私がどんなに下手か証明出来るんですが……踊ってみますか?」


 そしてシャーロットはいかに自分が下手で、家族も幼なじみの男友達も、自分と踊るのを嫌がるのか力説した。そして一通り説明を聞いた青年は、その言葉に納得したのか……それとも納得しなかったからなのか、驚くべき言葉を言った。


「ああ、そうしよう」


 まさか本当に踊ろうとは思っていなかったシャーロットは止まった。

 それに構わず、目の前の青年は優雅にダンスの誘いを申し込む礼をとると、手を差し出す。

 シャーロットの心臓が、驚きとは別の理由で高鳴った。

「……えっと、本当に、よろしいんです、か?」

 ダンスは二人でするものだ。

 だから一人でするよりも二人のほうがいいのは当たり前だったけれど。

 シャーロットとしては願ってもない練習相手だけれど。


「ああ」

 あくまでも青年は、静かに答える。


「ふ、踏んじゃいますよ?」

「踏まれても、それをカバーするのが男性の役割だと教えられた」

「そ、そんな素晴らしい先生がいらっしゃるんですか? 私も習いたかったです」

「今日の所は、弟子の私で我慢してくれないか」

 青年の顔から思わず、といった笑みがこぼれた。

 それに見惚れながら、シャーロットはふらふらと誘われるように青年の手を取った。


「で、ではお言葉に甘えて……でも痛かったら言ってくださいね」

「これからダンスをするとは思えない台詞だな。では、何を踊る?」

「スカーズワルツの途中、12小節目から30小節目を」

「……やけに限定されているな」

「えーっと、今日は王子様と踊ることになっているので! そこだけでもっ……お願いしますっ! 踏みたくないんです!」


 シャーロットは、真剣だった。

 そのまなざしで青年をみつめると、青年は目を見開きそして真顔になって頷く。

「では一曲通して踊ろう」

「え?」

「そこだけでは繋ぎの部分が、上手くいかないかもしれないからな」


 そう言って青年はシャーロットを引き寄せた……それは勿論ダンスの為だったのだが、シャーロットは反射的に驚きの声をあげる。その反応を見てまた青年は笑った。

 すみません、とシャーロットが謝ると、気を悪くしていないように、ワルツのステップを刻みはじめた。

 シャーロットは、初めは見知らぬ親切な青年の足を踏んでしまわないかと恐々とした動きだったが、すぐにそれは杞憂だったとわかる、青年はとてもダンスのリードがうまかった。

 足に目が着いてるのかと思うほどで、シャーロットが思わずそう言うとまた笑いが返ってくる。そのようすが楽しそうで、シャーロットもつられて笑ってしまった。


「まるで魔法みたいです! 貴方はきっとその素晴らしい先生の一番弟子なんですね!

 ダンスが巧くなった気がしました!」


 一曲踊り終わった後、シャーロットは青年を絶賛して称賛の眼差しを向けた。

 そのキラキラした目に、青年は満足そうに目を細める。


「これぐらい踊れれば、恥をかくこともないだろう」

「そうですか?」

「ああ」

「で、でも。王子様が貴方のような、踊り手だったら大丈夫だとは思うのですが……」

「心配するな、同じだ」

「そうですか! 貴方がそう言うなら自信が持ててきました」


 そこに浮かぶのは、全幅の信頼。

 シャーロットは単純なので、踊りが上手い青年にそういって貰えたことで、本当に何とかなりそうな気分になってくる。

 すごく幸せな……夢のような気分だった。

 ダンスを流れるように踊れただけじゃない。

 シャーロットが楽しさのあまりにこにことしていると、ふと我に返ったように青年は表情が硬くなる。


「そんなに……見ず知らずの人間を信用していいのか?」

 そういうと青年はシャーロットの結い上げ左横に垂らしていた髪に触れる。すでにダンスで触られることに警戒心が全く薄れていたので、シャーロットは不思議な顔で青年の成すがままだった。

「髪型になにかダンスの秘訣でもあるのでしょうか?」

 シャーロットの中で青年位置付けは、もうダンスの先生だった。

 そんな彼から触られるイコールダンスの秘訣という図式しかない。

 真剣な青年の目を見て、何を言ってくれるんだろうと期待するシャーロット。

 少しの間見つめ合って。


「確かに結い上がる角度と、バランスでは何かあるかもな」

 青年の瞳が揺れた。

 みるみるうちに柔らかい表情になると、シャーロットから離れる。

「私はそろそろ行かなければ、貴女もそろそろ時間だろう」

「お相手をしてくださってありがとうございました……あっ!」


 思わず、シャーロットから驚きの声が漏れる。


「?」

「し、失礼致しました。そういえば、親切なお方、貴方のお名前をきいてません。私、クーゲルケラー家の長女シャーロッティーヌと申します」

「私の名前は……そうだな。また会うだろうからその時に」

「また、お会いできますか?」

 シャーロットはお別れがさみしくて、自然と残念な顔になっていた。

 舞踏会の出席者なら、会場でお会いする事もあるかも知れないが……なにせ会場は広い。


「ああ、すぐに会おう」


 青年の妙に確信した言葉に、何故か納得したが。

 青年と別れて会場についた後、やはりお名前ぐらいは聞いておけばよかったと思うシャーロットに、驚くべき事が起こった。


 確かに青年の言葉通りまたお会いできた……。

 青年は王族の席……しかも、この国の王子の席に着いていたのだった。





 そのあと二人はダンスを無事終わり、シャーロットはその日の出来事が忘れられないでいた。

 王子様としてお会いした時よりも、ダンスの名手の弟子としての彼の笑顔がいつまでたっても頭から離れない。


 そして、シャーロットは彼に恋してしまったんだと気づいてしまった。

 気づいたと同時に失恋したと思っていた。

 身分が違いすぎる恋……なだけでなく、身分の差があろうとなかろうと、あんな魅力的なお方と自分が結ばれるはずがないのだから。

 でもあきらめきれなくて。

 遠くからこっそりと思い続けるぐらいなら……お許し下さい、と胸に秘めていたのである。





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