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第4話 王妃の回想



 すぐ譲位してしまう王の式など盛大にあげても意味がないという政治的判断だった。

 しかし、シャーロットはむしろ質素でほっとしていた。


 親しい友人や家族。そしてごくごく小数の重臣達が見守る中、バージンロードを父親にひかれ、その先の神前で待っているのは恋い焦がれた愛しい人。


 城に迎え入れられた時も一度お会いしたけれど、その時は私的な時間ではなく公的な会見で、距離感のあるやり取りしかできなかった。それだけでも舞い上がってしまったのに。

 神様の前で永遠の愛と忠誠を誓い、ベールをぬぎ触れるだけのキス。

 いきなりのゼロ距離。

 まるで夢のような時間に、なにが起こったのかわからないままこなしていった。

 エヴァラート様が同じ空間にいるというだけで、頭がぼーっとなってシャーロットの記憶はない。



 そのあとすぐに、エヴァラート様は政務に戻られ、花嫁であるシャーロットは本来なら二人で受けるはずであろう様々な儀式を一人夢心地でうけた。


 長いような、短かったようなそんな時間。

 次にエヴァラート様にお会い出来たのは、かなりよもふけた時間だった。

 陛下がお渡りになります、と侍女に告げられて、覚悟はしていたはずなのに心臓が飛び跳ねほど驚く。

 時計を見ると次の日になりかけた時間を針は指していた。

 しかし、ベッドの上で待っていたがシャーロットは全く眠くならなかった、それどころか時間が経つごとに不安が大きくなり目が冴える。

 寝室のドアが開き、待ち焦がれたような来てほしくなかったような、シャーロットの旦那様がやってきた。

 少し疲れたような顔をしていたが、シャーロットを見ると少し微笑む。


 母親に「殿方に逆らわず、言う通りにするのですよ」と、言われていたし。

 物語や友人達との会話で、何となくは「これから起こること」はわかっていたが、はっきりとした知識は無いだけシャーロットは不安だらけだった。

 一人で入れますからと主張しても無理やりお風呂に入れられ、香油を塗りたくられ……。

 そして今は男性の欲情をあおるような……ゆったりとしたナイトガウンだが、最高級で柔らかい絹を使っているため体に流れるように張り付き体の線が見えてしまう。その下の下着については……こんな姿を見られるのかと思うと、恥ずかしくて顔を見せられない。


 そんな姿で、男性と寝室で二人っきり。


 「一人にさせてすまなかった」と労いの言葉をかけながら近づいてくるエヴァラート様。

 その距離が近くなるほど、これから起こることを想像してシャーロットは心が落ち着かない。

 挙動不審になりそうな心を、そんなはしたないところをお見せするわけにはいかないと、表情を取り繕う。


「久しぶりだな、シャーロット」

「はい、陛下に置かれましてはご健勝で……」

「……あの舞踏会の時とは、随分と印象が違う」


(覚えていてくださった!)


 シャーロットとエヴァラート様との初めての出会いは、お城で開かれた舞踏会だった。

 しかも、エヴァラート様が王子だとは知らずの出会い。

 その時恋に落ちたのだが、同時にあの時の事は思い出すだけでシャーロットには穴があったら入りたい恥ずかしい思い出だった。その時は地がかなり出ていたので、悪目立ちしたことだろう。

 でも、エヴァラート様は王子様という身分柄、数えきれないほどのたくさんの人と出会うし、覚えているのは自分だけだと思っていた。


 恥ずかしいけれど……エヴァラート様に恋した、大事な思い出。


「この度は、陛下に王妃にと選んで頂けて大変光栄です。(わたくし)も微弱ながら王妃として恥ずかしくなく陛下を支えて行けたらと思っています」

「それだけか?」

「はい」


 本当はたくさんたくさん、言いたい事が溢れ出しそうになるけれど……こらえた。


「何も言うことは無いのか?」


 エヴァラート様の、声のトーンが少し低くなる。

 まさか不満なんてあるわけも無い。

 しかし、本当の気持ちを、一から十まで全力で出し切って説明すれば、絶対引かれてしまうだろう。

 でもそれだけ説明しても……自分の気持ちを全て伝えきることはできない。


(わたくし)には身にあまる光栄で……何も、何も言える訳が無いんです陛下」


 エヴァラート様を見つめられなくて、シャーロットは震える声でやっと言う。

 そのころには、エヴァラート様はベッドのそばに立っていた。

 慌てて、エヴァラート様の為にベッドのスペースを空けるべくシャーロットは体を動かす。

 そんなシャーロットの頬に、エヴァラート様の手が触れた。

 はっとして。

 初夜だということを思い出し、狼狽えてしまいそうになる心を、諌めるために顔がこわばる。

 そのまま、顔をあげられて……もしかしてキスされる?

 心臓の音がエヴァラート様に聞こえてしまうぐらい、跳びはねて。

 ぎゅっと、目をつぶり、そらし気味になる顔。


「今日は、疲れているだろう、早く休め」

 そんな声とともに、離れるエヴァラート様のぬくもり。

 ほっとしたような……残念なような、不思議な気持ちにとらわれたシャーロットは目を開けると、エヴァラート様はすでに横になっていた。


「で、では失礼いたします……」

 動揺する心を抑えて、シャーロットはその隣に横になる。

 添い寝すると……おもむろにエヴァラート様がシャーロットの髪に触れた。


 シャーロットは平凡な人間だったが、唯一自慢できるかもしれないと思うのは髪だった。

 金糸でサラサラと掬い上げても、流れるような髪。

 もし売ったなら、これで慎ましいながら家族が半年は食べて行けると、出入りの商人にもほめられたことがあるぐらいだ。

 夜のお支度を手伝ってくれた侍女たちも、髪を結い上げるか、自然に垂らすか、と、一番髪に気を使ってくれて……やはり自然に何も飾らないほうが一番美しいと結論がでたので、シャーロットの髪は結んでいない。


 シャーロットの髪を掬う手は優しくて、何度も繰り返し髪をもてあそぶ。

 それを気に入ってもらえたようですごくうれしくなるが……もしかして、今から? と、何をされるんだろうという未知の体験への緊張した心が体を硬くさせる。


 しかし、朝からの慣れない王宮の行事で疲れ果てたシャーロットは、その心地よい仕種にいつの間にか寝てしまっていた。






 そして、夢を見た。

 初めてエヴァラート様に会った時の、夢。





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