第2話 王女の暗躍
困り切ったシャーロット。
生暖かい目で、自分より年上の義姉上を見つめていたエヴァン。
そんな二人に、奥から悲鳴が聞こえてきた。
その声は先ほどの侍女。
「どうしたというの?」
「エ、エヴァンジュール様……シャーロット様っ、申し訳ありません。なんでもございません」
顔色が悪い侍女が、あわてて何か箱を隠す。
それは、明らかに"悪いモノ"を隠す態度。
エヴァンジュールの瞳が厳しく侍女を射抜く。
「お二人にはお見せするものでは……」
「いいから、お見せなさい!」
その態度から、これは無理にでも見なければならない"モノ"だと、エヴァンは察した。
それもシャーロットの目の前で。
年齢は幼いが特殊な立場にいるエヴァンジュールは、王女としては肝が据わっている。
ためらいなくその箱を見ると、そこに入っていたのは……。
鳥の死骸。
と、いっても剥製のように綺麗で、硬直しているだけのように見えるのが幸いだ。
「まぁ、スズリの死骸ね!」
こわごわと箱を覗き込んだシャーロットだったが、中身を確認すると、のんきな声で……しかも嬉しそうに箱の中身を言った。普通の貴族令嬢なら卒倒しそうな出来事だったが、あいにくとシャーロットは普通の貴族令嬢とは少し変わっていた。
「もしかして、この前。庭のソテンの実を食い荒らす野鳥に困っていると私が言っていたから、誰か用意してくれたのかもしれないわ、ごめんなさい」
シャーロットの趣味は庭園だ。
しかも、美しい花よりも得意なのは「食べられる物」を育てる事。
あとは医者も満足に呼べない貧乏領地なものだから、領民の為に少しでも役に立とうと、薬草などの知識も持っている。
「どういう、ことなのかしら?」
「この鳥は、群れる鳥なので仲間の死骸があると寄ってこなくなるのです……さっそくつるさなくては」
これだ。
エヴァンジュールは意地悪……もとい、心底楽しそうに微笑した。
先ほど、シャーロットがいびられているというのに助け船を出さなかったのは、この天然っぷりが、彼女の武器だと知っていたからだ。
嫌がらせをした者たちは、すごく悔しがることになるだろうと思うと溜飲が下がる。
正直、彼女には嫌がらせがほとんど通用しない。
自分が善良だからこそ、相手の裏や悪意が読み取れない。
この鈍感さには……これから先、お兄様のそばにいるのには必要になるだろう。
まぁ、純粋というか単純な所が危うくはあるけれど。
あることを思って、エヴァンジュールはいたずらを思いついたように笑う。
が、すぐに思い直して、厳しい顔つきになった。
嫌味を言っているだけならいい。
しかし、死骸を送り付けるとは、はっきりいってやりすぎだった。
「嫌がらせよこれは……お兄様に言った方がよろしくなくて?」
「え? そ、そうなのですか?」
「きっと、兄の元婚約者候補の誰かね。兄が王にならないからって見捨てたくせに……恥知らずなことよ」
嫌がらせされる理由など、思い当たらないというかのごとく、シャーロットは面食らった顔をする。
むしろ、「嫌がらせされている」自覚がないと言ったほうが、正解か。
「お兄様に、相談したほうが良くなくて?」
そうエヴァンジュールが言うと、シャーロットは少しこわばった顔をして、返事が遅くなった。
「……え! あ、別に気にしてませんから。お忙しいあの方を煩わせる訳には! これはきちんと鳥よけに使わせていただきますから!」
そういう問題ではないんだけど。死骸の有効活用など聞いていない。
かなりズレた返事だったが、シャーロットの力いっぱいでエヴァラートに迷惑を掛けたくないという熱意は伝わった。しかし好感は持てるが、愚かだと思う。利口なやり方ではない。
呆れながらも、値踏みするような視線をエヴァンジュールは向ける。
しかし、そんな非難めいた視線さえシャーロットは気が付かない。
エヴァンジュールは軽く、ため息をつく。
「そう。お姉様がそう言うなら、この件は私の胸に納めておきます。貴女、この件は他言無用に」
そうエヴァンに言われてほっとするシャーロットを気にも留めず、気の弱そうな侍女に釘を刺す。
この件でシャーロットが全くダメージをうけていないと、送り主が気づくと嫌がらせはもっとエスカレートするだろう事が予想される。暫くは調子ずかせておいたほうがいい。
「そろそろ礼法の時間だわ、私は帰ります」
「え、もうお帰りですか?」
とても残念そうに、シャーロットに引き止められる。彼女にとってこの王宮には、話せる者が少ないのだ。
取り残され、不安になる瞳に……記憶の中の何かが重なる。
「また、遊びに来てもよろしくてよ?」
「も、もちろんです!」
喜色満面な表情で返されると、そう悪い気はしない。
シャーロットに名残惜しそうにの見送られ部屋から出てしばし。
自分の主に言うのは無駄だと感じたのだろう。誰に相談してよいかわからない侍女が、エヴァンジュールに恐々と平伏し話し掛けてきた。
侍女ごときが王女に話し掛けるなんて不敬もいいところだったが、生憎エヴァンジュールも普通の王女とは違う。聞く甲斐のある会話なら、耳を傾けるのはやぶさかではない。
「これなのですが……」
そういわれて差し出される、封筒。
先ほどの贈り物とは別に、手紙も届いていたようだ。
【何故貴女みたいな人が…許さない】
神経質な文字で綴られた手紙を読んで、感想を一言。
「やはり愚かなことよ」
手紙を受けとると、エヴァンジュールはまた侍女に念を押す。
これからは、シャーロット自身に見せる事、と。
「チャーストンいるんでしょう?」
またしばらく長い回廊を一人であるいていたエヴァンジュールは、まるで独り言を言うように、囁いた。
「……はい、王女様」
どこからともなく、騎士の格好をした無表情な青年が出てくる。
彼女はふらふらと出歩いているように見えるが、一国の王女……次期国王がそんな無謀なことをしているわけはない。護衛が一応、いる。
その護衛は、王女を影ながら護衛することが主な任務なため、王女の行動に口は挟まない。
ただ、影のように付き従うだけだ。
「お兄様には内緒で、私の手の者をお義姉様に付けなさい。そうねマルィーニがいいわ」
「わかりました」
……じっ、と。寡黙な男が見つめている。
表情がないので、何年も付き合っているが、いまだに考えが読めない。
でも腕と忠誠心が一流なのは、十分知っていた。
「何かしら?」
「どこまで肩入れされるんですか?」
「そうね命の危険がない限りは」
「…………」
「お兄様の為よ!」
なにも言わないからこそ、すべてを見透かされているような気がして、少女は思い切り頬を膨らました、めったに見られない彼女の年相応の顔。
その様子を見てチャーストンはどこまでも無表情な顔を少しだけ崩した。
シャーロットと初めて会ったのが、お母様の好きだった庭で。
必要最低限に整えられてはいたが忘れられた庭が、生き生きとまぶしいぐらいに輝くほどの庭に生まれ変わっていた。
彼女自ら土いじりをしていなければ、直接話そうと思うほど興味を持たなかっただろう。
彼女は初めて自分に会った時、普通の女の子に話すように話しかけてきた。
……ここまで、思い出しエヴァンジュールは感傷に浸りすぎたと思って、頭を振り甘ったるい記憶を振り払った。