彼女は涙を拭わない、泣いてる事を決して認めない
「彼女は涙を拭わない、泣いてる事を決して認めない」
薄暗いライブハウスの通路を一人の少女が歩いている。
分厚い防音扉の向こうからは未だ重低音や歓声が漏れ聞こえているというのに、彼女は暗い顔をして出口の方へと歩いて行く。吊り下げ式の看板に頭をぶつけても、段差に転げそうになっても、彼女はお構いなしにずんずんと進む。
「あ、お客さん。再入場は出来ないです……よ。って、ありゃ、泣いてます?」
無神経そうな受付の男が少女の顔を覗き込んで言った。
「やっぱり泣いてるや。どこか怪我でもしました? それとも、腹でもいてぇですか? トイレの場所が分からないんだったら――」
「すみません、どいてください」
少女は俯いたまま短く言う。
「どいてって言われたって、お客さん泣いてるから」
「どけって言ってんだよ」
少女が顔を上げて言った。その時、彼女の瞳から幾筋もの涙が零れ落ちる。
「え、あ、そ、そうですか。ト、トイレならあっちですからね」
受付の男はそそくさと彼女に道を譲り、控えめな仕草でトイレの位置を指差した。
「ありゃっしたー。って、なんだ、演者さんだったのか。なんで泣いてんだ?」
受付の男は今になって彼女の背中で揺れるギターケースに気が付いた。急いで楽屋から出てきたのか、そのギターケースの収納ポケットからはギターシールドが垂れ落ち、青いエフェクターがファスナーの隙間から顔を覗かせていた。
「お、ブルースドライバーじゃん。懐かしいなぁ」
受付の男はその青いペダルを見て、ニカっと笑った。




