万象工房の『都市計画』と異世界の極上飯〜増えすぎた住人のために多種族共生の街を創成する
「海王の討伐に向かう前に、まずはこの『万象工房』の環境を根本から見直す」
会議室の円卓。
俺がそう切り出すと、集まった各族の代表——獣人のリリア、ドワーフのゴルダン、そして竜族の王バハムたちは、不思議そうに顔を見合わせた。
「環境の見直し、でございますか? 湊様が創られたこの白亜の城塞は、すでに我らからすれば神の御殿のように快適ですが……」
バハムが恐縮したように言う。
確かに、襲撃から身を守るための『拠点』としては十分な強度と設備を創った。
だが、獣人、ドワーフ、そして新たに加わった数百の竜族。これだけ多種族で人口が増えてくると、単一の城塞構造ではどうしても生活の「導線」に無理が生じてくる。
「今までは緊急の避難所だったが、これからはここがお前たちの『国』になる。……獣人には森を駆ける広さが必要だし、ドワーフは熱気のある鍛冶場と酒場が欲しいだろ? 竜族だって、空から直接出入りできる高台があった方が羽を伸ばせるはずだ」
俺の言葉に、各種族の代表たちの目がハッと見開かれた。
自分たちの種族の特性をそこまで理解し、気遣ってくれる主など、この異世界には存在しなかったからだ。
「そこで、この結界内の地形を丸ごと『再構築』し、種族ごとに最適化された居住区を分ける大規模な【都市計画】を実行する」
俺は円卓の上に、魔力で精巧な完成図を浮かび上がらせた。
中央にそびえるのは、俺とセレスティアたちが暮らす本城にして都市の心臓部。
そこから放射状に、緑豊かな獣人区、強固な岩盤をくり抜いたドワーフの地下街区、そして天高くそびえる竜族の塔街区が広がっている。
さらに、それらを繋ぐように、上下水道や魔力による灯りといった『インフラ』が毛細血管のように張り巡らされていた。
「これより、万象工房の大規模改修工事を開始する」
◆ ◆ ◆
広場に全住人を集め、俺は大地に両手を叩きつけた。
「『解体』——からの、『創成』ッ!!」
ゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!!!
大地が生き物のようにうねり、森の木々や岩盤が凄まじい勢いで形を変えていく。
俺の脳内にある現代の都市工学の知識と、この世界の素材が、万象の造物主の力によって完璧に融合していく。
獣人区には、木々の温もりを生かしたツリーハウス群と、広大な狩猟場。
ドワーフ区には、熱を完全に逃がさない極厚の星鋼の炉と、冷えたエールを貯蔵する広大な地下酒場。
竜族区には、巨大な竜の姿のままでも離着陸できる広大なバルコニーを備えた、天を衝くほどの高塔群。
さらに、全ての区画には『清潔な水が常に出る水場』と『水洗式の魔導トイレ』が完備された。
「おおおおおっ……! 我が一族の巨体でも、ゆったりと眠れる塔が、一瞬にして……!」
「なんて熱効率の良い炉じゃ! これなら最高の武具が打てるぞ!」
「お水が、蛇口から勝手に出てくる! 冷たくて美味しい……っ!」
わずか数分の間に、一つの巨大な都市が完成した。
歓喜の声を上げて自分たちの新しい街へと駆け出していく住人たちを見下ろし、俺は額の汗を拭った。
これで、俺が討伐で留守にしても、彼らは快適かつ安全に自給自足の生活を送ることができる。
「湊、すごいわ! 本当に、何もない森に一つの国ができちゃった……!」
セレスティアが目を輝かせて俺の腕に抱きついてくる。
「ああ。だが、街を造って終わりじゃない。……次は『食』だ」
南の絶対零度の海へ向かうには、たっぷりと栄養と熱を蓄えておく必要がある。
俺は狩猟部隊が持ち帰っていた魔猪の骨や肉、そして畑で採れた巨大な小麦を空中に浮かべた。
現代日本の至高のファストフードであり、魂の食事。
『ラーメン』の創成である。
オークボアの骨を『分解』して雑味や臭みを完全に消し去り、旨味の成分だけを極限まで抽出した白濁の濃厚スープ。
小麦を『再構築』して生み出した、強いコシを持つ黄金色のちぢれ麺。
肉を特製の醤油ダレ(これも魔力で熟成発酵させて創った)でとろとろに煮込んだ絶品チャーシュー。
それらをどんぶりに盛り付け、各種族の代表たちと彼女たち二人に振る舞った。
「なんだ、この食欲をそそる暴力的な匂いは……!」
フレアがゴクリと喉を鳴らし、バハムやゴルダンも箸(これも新しく創った)を見よう見まねで握り、麺をズルリと啜った。
「…………ッ!!?!?!?」
全員の動きが、雷に打たれたようにピタリと止まった。
「お、おおおおおおっ!? なんだこの複雑に絡み合う濃厚な旨味はァァァッ! 舌の上で魔猪の群れが踊り狂っておるわい!!」
「麺に……麺にスープが絡みつき、噛むほどに小麦の甘さが……っ! 美味い、美味すぎるぞ旦那様ァァァッ!!」
ゴルダンとフレアが、涙を流しながら猛烈な勢いでどんぶりに顔を突っ込み、スープの最後の一滴まで飲み干した。
「ふふっ、美味しいわね湊。体がポカポカしてきて、力が溢れてくるみたい」
セレスティアも上品に麺を啜りながら、幸せそうに微笑んでいる。
食の豊かさは、心の豊かさだ。
住人たちが俺の発明した新しい料理に熱狂し、街全体がこれまでにないほどの活気と笑顔に包まれていった。
◆ ◆ ◆
一方、その頃。
陽の光が一切届かない、世界のどこかに存在する異次元の暗黒空間。
「——ほう。第四の魔王、狂乱の獣王が敗れたか」
暗闇の中に浮かび上がる、豪奢な椅子。
そこに深く腰掛けていたのは、中性的な美しい顔立ちをした銀髪の青年だった。
彼の周囲には、まるで幻影のように空間が歪み、星のように無数の瞳が瞬いている。
第五の魔王——【幻惑の夢魔王】ファントム。
「まさか、あの不死身の脳筋バカが真っ先にやられるとはね。……王国の魔法陣が解け、我らが目覚めたこの盤面。早々に面白いイレギュラーが現れたものだ」
夢魔王は、手元に浮かび上がった水晶玉を優雅に撫でた。
そこに映っているのは、獣王を星鋼の彫像へと変えた、黒いコートの男の姿。
「『結城湊』……か。人間の勇者とは違う、理から外れた奇妙な力。獣王を純度百パーセントの金属に書き換えるなど、神の真似事でもしているつもりかな?」
「——アレは、我々の計画において『不要なノイズ』だ」
突如、空間が不自然に歪み、夢魔王の背後に『白いノイズ』のような光に包まれた人影が音もなく現れた。
魔王ですら感知できない異常な気配。
完全に異質な『生命体』の存在。
「おや。貴方たちが直接姿を見せるとは珍しい」
魔王は振り返りもせず、妖しく口角を上げた。
「魔王を狩る存在が出現したというのに、ずいぶんと余裕だな、魔王よ。アレを放置すれば、貴様らもいずれ塵に還ることになるぞ」
「ふふっ、焦る必要はないさ。アレの次の標的は、南を凍らせた第六の魔王【絶氷の海王】のようだ。……海王の絶対零度は、物質の分子運動そのものを停止させる。いくらアレが物を創り変えようと、凍りついてしまえば手出しはできない」
魔王は水晶玉を軽く指で弾き、映像を消した。
「海王にアレを削らせよう。我々は、その隙に『星の核』を手に入れるための準備を進めればいい。……貴方たちとの『契約』通りにね」
「……良かろう。我々の目的は、この星の『完全なる初期化』。イレギュラーの存在は許されない。……しかと役目を果たせ、魔王よ」
白いノイズの人影が空間に溶けるように消え去る。
「初期化、ね。……連中は、これだから融通が利かない」
魔王は暗闇の中で一人、クスクスと狂気じみた笑い声を響かせた。
万象工房の平和な日常の裏側で、魔王たち、そして謎の第三勢力による、星の命運を懸けた巨大な陰謀が静かに動き始めていた。
◆ ◆ ◆
「ふぅ……最高だ」
同じ頃。万象工房の最上階に新設された、巨大な『露天風呂』。
俺は広々とした湯船に肩まで浸かり、極上の息を吐き出していた。
地下の地脈から引き上げた魔力水に、各種の薬草成分を『創成』してブレンドした、疲労回復効果抜群の特製温泉だ。
目の前には、俺たちが暮らす活気ある街の夜景と、満天の星空が広がっている。
「失礼します、湊」
湯の音と共に、背後から柔らかい声が聞こえた。
振り返ると、真っ白なバスタオルを胸元に巻いたセレスティアが、ほんのりと頬を桜色に染めて立っていた。
濡れた銀髪が肌に張り付き、普段の聖女のような姿とは違う、息を呑むほどの艶やかさを放っている。
「セレスティア……。お前、女湯の方に入ってたんじゃ……」
「街づくりで一番疲れているのは湊だもの。正妻として、背中を流しに来たのよ。……ほら、前を向いて」
彼女はコトリと風呂桶を置き、俺の背中にぴたりと身を寄せてきた。
タオル越しに伝わる柔らかな感触と、石鹸の甘い香りに、俺の心臓が少しだけ跳ねる。
「……悪いな」
「ううん。こうしている時が、私、一番幸せ」
優しく背中を擦りながら、セレスティアがふわりと微笑む。
奈落の底で出会い、共に血みどろの労働を越えてきた彼女との、穏やかで甘い時間。
「ダァァァンナ様ァァァッ!!」
ガラッ!!と勢いよく扉が開き、その静寂は一瞬でぶち壊された。
「私もお背中を流そう! いや、むしろ前から流させてくれ! ちなみに私はタオルなどという無粋なものは巻いておらんぞ、さあ存分に竜族の神秘を——」
「……」
バシャンッ!!
振り返ったセレスティアが、無言のまま手にした風呂桶でお湯を掬い、フレアの顔面に猛烈な勢いでぶっかけた。
「ぶべっ!? な、何をする白髪女!!」
「入浴中のマナーも知らないトカゲは、冷水で頭を冷やしなさい。ここは私と湊のプライベート空間よ」
「ええい、抜け駆けは許さんと言ったはずだ! 私も旦那様と一緒に——」
「やかましいっ。お前ら、風呂で暴れるな!」
俺は両手で二人の頭を軽く小突き、強制的に湯船の端と端に座らせた。
ぷくっと頬を膨らませるセレスティアと、頭を抱えて唸るフレア。
相変わらず騒がしいが、この賑やかさが、俺がこれから守り抜くべき『俺たちの日常』なのだ。
(待ってろよ、海王。俺の街の平和を脅かす冷気なんて、跡形もなく消し去ってやる)
温かい湯に浸かりながら、俺は南の空に向けて、静かな闘志を燃やしていた。
絶対零度の厄災との激突の時は、すぐそこまで迫っていた。




