最前線になった最前線
西太平洋 日本領小笠原諸島
硫黄島
2021年 5月11日
昨夜の日の入り直前に男を乗せた便は天道政府直隷の要衝である硫黄島基地へ到着した。
とはいえ列島に於いて政府なるものは砂上の楼閣で、実質は水産海軍機構の本拠地の1つである。
男が所属する軍事偵察総局は旧体制の看板のような存在なので、東議会への決起を主導した同機構にとって歓迎されない客人がやって来た感覚だ。
只の物資輸送の便に、航続距離ギリギリの範囲で5機の戦闘機をランデブーさせて基地へ護送した。
護衛機は燃料ギリギリにも関わらず1機も焦ることなく、島の飛行場へジェットの後塵を棚引かせ輸送機と共に着陸する。
飛行場には迎えの兵隊が大勢待機していたが男のではなく積荷を心待ちにしており、彼が機を降りたのは全ての物資が引き渡されてからだ。
護衛兵の無言の圧力で押し留められた。
60代半ばの基地司令に到着を告げると、上官への接触は明日にしろと言われた。
食堂で夜食を食べ終え、埃だらけの兵舎の一室に押し込まれて夜を過ごす。
ベッド下で就寝中に6〜7人の兵士が脅しに来たが返り討ちにして廊下に叩き返すと、待機していた憲兵に夢でも見たのだと真っ向から警棒を突き付けられ渋々戻る体験をした。
「人気者なんだな、おたくは。噂は広まってるよ」
翌る日、男は基地司令の命を受けた案内役の兵士と一緒に摺鉢山地下の施設へとトンネル通路を歩いている。
監視役の兵士は上官命令に沿って情報収集狙いで随分多弁だが、不快なほどでは無い。
目の周りが異様に青白く、列島民族にしては長身だった。
「人が随分いないんだな。最前線だからもっと多いと思ったが・・・」
「この島は基地航空隊以外はハリボテなんだよ。本命は沖合の2隻の浮動要塞だ。輸送便で来た時に見たんじゃないか?」
「そういえば、陽が沈む時に水平線に小島のようなのがあったがあれがそうか」
「そうだ。片っ方が対空特化でもう一方が工廠特化さ。表面塗料に細工があってね、対レーダーのステルスと光の散乱を利用した視覚妨害も出来る代物さ」
「機密情報だろう?」
「この程度機密にもならない。みんな知ってるよ。オセアニア軍もね。ああ、旧オセアニアだな」
地下施設の警戒錠を慣れた手つきで、それでも男に手順を見せずに解錠していく兵士が鼻で笑った。
永久戦争が破綻するまでこの基地はコマンド部隊運用・対空監視と迎撃・通信傍受と解析・水上及び潜水船舶の監視と迎撃が主で本格的な戦闘は行なっていない。
けれども、旧オセアニア圏の分裂時に高性能潜水艦による通商破壊とインフラ攻撃、空母支援による軍事施設や艦船への攻撃を献身的に実施し、悉く成功したことを誇りに思っている響きだ。
「そーら、着いたよ」
右に左に上へ下へと歩調を合わせていると黄色い扉の前についた。
「俺は待ってるよ。帰れんだろ? 大丈夫、中は防音だ。そういう部屋だ。入る時はカメラとマイクを意識しろよ」
ノックし、カメラとマイクにアピールしながら用件を告げると中に通された。
驚いたことに、もう一部屋、小部屋だが覗き穴がある空室があった。
男は自分の認識番号と合言葉を伝え、ようやく入室する。
「旅行代理店のことは聞いているな?」
「はい」
「今日一日掛けて相手の資料を読み込んでくれ。そして医療検査も受けて貰う。出発は明日だ。手段は問わん。何か質問は?」
「支給品は何かありますか? それと任務への従事者は私のみですか?」
「資料に協力者の存在も記載されている。到着したら接触を図れ。脱出手段や武器と衣類やその他の必需品を用意させてある」
「了解」
「お前を案内した兵士がいるな? 奴には気をつけろ。ユーラシア健在時にモンゴル国境紛争へ出兵し捕虜となったが脱走した経歴を持つ。扱いに困ってこんな僻地へ島流しになった。以来、基地司令部の密命で反軍分子を監視しているのだ。我々も対象だ」
最後は呟くように言葉を濁した女上司は部屋の天井に取り付けられていたドリームライト跡を睨みつけた。
男はこんな地下施設にも取り付けてあるのかと疑問に思う。
「過去の遺産だな。硫黄島基地は浮動要塞の傀儡に過ぎん。航空隊の指揮権も全て向こう側の司令室にある。この部屋が何の用途で造られたかわかるか? 万一、万一浮動要塞が機能しなくなっても、潜水艦へ核ミサイル報復を指示するための予備ということだ。まあ、机上の空論で過剰消費の為のお遊びだ。だから、我々へ割り当てられた」
軍事偵察総局はイースタシア政府系の教義省へ対抗するべく東議会の直属で運用されるためこうした確執を軍以外にも抱えている。
「潜入方法は?」
「沿岸部付近まで潜水艦が送る。その後はゴムボートで上陸する」
「対象について憂慮すべき点はありますか?」
「本人はしがない武器商人だ。船舶の修理や再利用を隠れ蓑にしている。2000年のフィリピン統一戦争時にオセアニアと手を組んで携帯式地対空ミサイルを大量に仕入れて反イースタシア組織や日和見の暫定政権にばら撒いた。そのくせ、奴の護衛部隊の隊長は元イースタシア軍人だ。台湾生まれの黄蘭友。旧政府時代にイースタシア内陸部の地下結社との連絡員を務め、今の親大陸派政権から疎まれてミンダナオ島にまで流れ着いたのだ」
「台湾人が要注意人物ですね」
「しかし武器商人は今回、根城のミンダナオを出てマニラへ行く。クライアントの要望でな。そいつは琉球人だ」
「沖縄ですか・・・」
「政治的な問題だ。だからこそ取引を潰す必要がある。総督府は天道政府への合流に乗り気だ。決起の際に駐留イースタシア軍を纏めて始末するのに手を貸したからな。故に友邦の不逞分子が武装するのは困る」
準備を整えるべく立ち去ろうとする男の背中に女上司が忠告する。
「浸透員7011号、永久戦争は終わった。既に世界のどこかしこも最前線であり、敵地だ。君の経歴にケチはつけないが、3強の威光の下でのルールはもう通用しない。確保している情報も屑野菜並みだ。敵と味方の区別は敢えてしない方がいい。ただし、対象は絶対に仕留めろ」
世界を分割した3国が倒壊するまで魔の四角地帯は各国のプロパガンダを飛び越えて発展していた。
彼等は核と生物兵器と化学兵器を流出させ、病気と貧困を押し付けようとする我々を心底軽蔑し憎悪している。




