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後編

「おっ! どうしたどうした?! 青の魔術師殿が暗い顔をしてるのは珍しいなっ!」


「……別に暗い顔などしておりませんが?」


 どこかささくれた気持ちを抱いていたサファイアに快活な声をかけたのは、辺境騎士団の騎士団長でもあり、この辺境の領主、すなわち辺境伯でもあるマシューだった。


 快活に笑うマシューには、王都の貴族によく見る、常に腹の探り合いをするような雰囲気は微塵もなかった。

 そんな常に自然体のこの男は、どこか好ましい。

 元婚約者に感じたことのない胸の高鳴りをサファイアは感じていた。

 だが、相手は辺境伯その人。今の自分が望むには過ぎた人物だとどこか諦めにも似た感傷もある。

 

 ここへは身分を隠して一介の魔術師として研鑽を積むつもりだったので、サファイアはマシューに自分がコラスト侯爵令嬢であることを告げていない。王都で赤毛の魔女と呼ばれるほどに実力と魔力のある魔術師であったことも。


 それでも自分の実力であれば、ハテでも上位でやっていけるだろうと、そう信じていた。

 正直、王都で二つ名が付くほどの実力を持つ魔術師は少ない。

 その事実が多少なりともサファイアをつけ上がらせていた部分もあったのだろう。

 王子の護衛を王家直々から任されていたというのも、サファイアの自信へと繋がっていた。

 だが、そんな奢りは早々に打ち砕かれた。

 魔術師長を務める、最高峰の紫の魔術師であるヴィオによって。

 サファイアですら足元にも及ばない程の枯渇を知らないような魔力量。魔術は無詠唱で的確無比。それどころか杖を片手に肉弾戦もこなすという。

 伝説の竜人であることを差し引いても、遥か高みにいる存在だった。


 王都では敵う者のいなかったサファイアであったが、ここにきて現実に打ちのめされてしまうのも仕方ないだろう。

 そもそも魔力量こそ、魔術師の序列二位である青をいただいているが、魔術の実力に関しては、三位のロシュの方が上であるという事実も、サファイアを委縮させるには十分だった。


 魔力量はサファイアに劣り、詠唱に時間がかかるとはいえ、ロシュが放つ大規模魔術は確実に討伐の一躍を担っていた。

 守護魔術の使い手として、街を守る結界魔術を張ったり、討伐時には騎士たちの怪我などを極力防ぐために守護魔術をかけているという役割を担っているが、本来サファイアの魔術がなくともやっていける程の実力を辺境騎士団の騎士たちは持っていた。

 

 そもそも王都と違って、獣人も、それどころか竜人まで存在する街だ。

 生中な力ではやっていけないのは当然だった。


 結果、サファイアは自身の存在意義に悩むことになっていた。


「で? 青の魔術師殿はどうしてそんな暗い顔をしているんだ?」


 この男は絵に描いたような豪放磊落な態度をしているが、周囲を良く観察している。

 ……それは時に冷酷なほどに。


「……自分の存在意義に悩んでおりました」


 サファイアが正直にそう告げてみれば、コテリと首を傾げられた。

 巌のような大男がそんな仕草をしても可愛さの欠片もない。

 はずなのに、どこか可愛らしく見えてしまうのは何故だろうと、サファイアは自分の心境を計りかねていた。


「青の魔術師殿の存在意義? それはこの辺境騎士団でいかんなく発揮されているではないかっ! 何をそんなに悩むことがあるんだっ?!」


 快活に笑う大男を思わず睨みつけてしまう。


「それが発揮されている気がしないから悩んでいるんでしょうが! こんの朴念仁っ!」


 サファイアの怒りで溢れ出した魔力が氷となって発露する。

 それはサファイアの悩みの一つでもあった。

 自分では完璧だと思っていた魔力操作だったが、王都ではサファイアの心を激しく動揺させる存在がいなかっただけであった。

 また、サファイア自身も貴族社会で他者に易々と内心を読まれることを良しとしていなかったからこその結果でもあった。

 それゆえ、平民と偽っている今。

 そして高位貴族のはずなのにどこまでも素直に、自分に正直に感情を露にする目の前の男の存在を知ってしまったからか。

 サファイア自身も自らの感情を露にすることに慣れてきていた。

 結果、マシューのようにサファイアの心を揺るがす存在を相手にすると、感情が魔力に乗って発露してしまう。

 自分の感情が駄々洩れになってしまうこの状況は、けっして貴族令嬢としては許されるものではないと思うのだが、平民で辺境騎士団の青の魔術師である自分なら、そんなのも悪くないと思っている自分がいるのも確かで。

 そんな自分の心境の変化をどこか持て余していた。


 そんなサファイアに、マシューはさらなる火の気を投下してきた。


「そうか? 青の魔術師殿が来て守護魔術をかけてくれるようになってから、騎士たちの怪我も目に見えて減ったしなぁ。

 騎士たちの怪我が減るということは、魔物が連続で現れてもこちらも十全の体勢で常に迎え撃つことができるし、大助かりだぞ?

 それでも自らの存在意義が感じられないというなら……辺境伯夫人にでもなるか?」


「はぁ……。辺境伯夫人ですか……。それはどのような役職です? ……え? 辺境伯夫人?!」


 相変わらずこちらを喜ばすことをいう……と半ばマシューの言葉を聞き流していたサファイアだったが、最後に提案された言葉に、思わずマシューの顔を二度見した。


 辺境伯夫人。


 それは辺境伯の妻ということだ。現在の辺境伯は言わずもがな。目の前のマシューだ。

 それすなわち辺境伯夫人というのは……。


「……はぁ?! あなたの妻になれってことですか?!」


「そうだが?」


 そんなに驚くことか? と首を傾げるマシューの様子に、サファイアは毒気を抜かれてしまう。


「……人が真剣に悩んでいるのに、冗談を言うのやめてもらっても?」


 真顔で冗談を言える人だったのかと、サファイアが変な風に感心していると、マシューがますます首を傾げた。


「冗談なんかじゃないが?」


「……一介の平民の魔術師が辺境伯様の妻になんてなれるわけないじゃないですか……」


 サファイアの言葉に、マシューは今度は反対向きに首を傾げる。


「青の魔術師殿はコラスト侯爵令嬢だろう? 身分の話であれば問題ないと思うが? あぁ、勘違いしないでくれよ! 例え貴殿がコラスト侯爵令嬢ではなかったとしても、貴殿ほどの人物であれば周囲も認めざるを得ないだろう!

 あの王都に張られている守護魔術は見事なモノであったしな! 消え去る時すら儚い美しさを感じるものだった!」


 マシューの言葉に、サファイアは気付いた。気付いてしまった。

 サファイアが元・第二王子に婚約破棄されたあの場に、この目の前の男もいたのだと。

 

「……あの場にいらしたのですね?」


 サファイアの問いに、マシューはあっさりと頷いた。


「あぁ、コラスト侯爵令嬢を我が婚約者に迎えるためになっ!」


「……は?」


 マシューの言葉に、サファイアは思い切り首を傾げる。その拍子に頭頂で一つに結ばれていた炎を思わせる赤髪がさらりと揺れた。


「だからあの日はな、あの考え無しで女好きの第二王子から婚約者を掻っ攫おうと思って王都に行っていたんだ!」


「……はぁ? ってはっ?!」


「なんだ青の魔術師殿!? 珍しく飲み込みが悪いなっ!」


 サファイアを揶揄する言葉を吐いたマシューにサファイアがはくりと息を吐いた。


「は? さすがに第二王子との婚約が破棄されていな状態でわたくしに求婚するのは、反逆を疑われても仕方のない行為ですよ?」


 サファイアのもっともな発言にマシューは首を傾げている。

 

「そうか? そもそも王太子とついでに魔女殿の父君と兄君とは話がついていたんだ。外遊が終わり次第魔女殿をもらい受けると。なのに例の夜会で第二王子、あぁ、もう元がつくが、アレが不穏なことを考えていると耳にしてな! だったらサファイアを攫って行ってもよかろうと待ち構えていたんだがなっ! まさかさっさとやり込めて出て行ってしまうとはなっ! 慌てて前王を締め上げてから追いかけてみれば、サファイアはハテに旅立った後だったと……」


 こういう訳だと、飄々と肩を竦めるマシューとは裏腹に、サファイアはその細い肩をふるふると震わせていた。


「じゃ、じゃあハテに来たわたくしが、コラスト侯爵令嬢だとご存じだったのですね? もしかして入団してすぐ青の魔術師になれたのも、すべてあなたさまの手の内だったと……?」


「いや、青の魔術師になったのはサファイアの……って待てっ! その手のアイスランスをどうするつもりだっ! お、落ち着けサファイア!」


「っ! 軽々しく名前を呼ばないでくださいませんこと?!」


「な、何故そんなに怒って……いや待て! まずはそのアイスランスを仕舞えっ! てこらっ! 私じゃなかったら大怪我だぞっ!」


 飛んできたアイスランスを拳で叩き落としながら、マシューが叫んだ。


「辺境伯様ならこれくらい避けてごらんなさいませっ! っ! 世間知らずの小娘を手のひらで転がすのはさぞ楽しかったことでしょうねっ!!」


 サファイアの怒気に応じるように赤い髪がふわりと広がる。

 そしてサファイアを取り囲むようにこぶし大の氷の塊が次々と浮かび上がった。


「待てっ! こらっ! サファイアっ!」


「もぉ! もぉ――――!!」


 サファイアの地団駄に合わせて氷の塊がマシューに降り注ぐ。


「な、何をそんなに怒っているんだっ!」


「乙女心を微塵も理解していないからですわこの朴念仁!!」


 びゅんびゅんとものすごい勢いで氷の礫が降り注ぐ。

 その大きさ故に、ハテの街の石畳を破壊しそうなものだが、辺境騎士団に入団して早々にサファイア自身が施した呪後魔術のおかげで、石畳に触れる瞬間氷は儚く消えていった。


 だが、マシューを狙った礫は別で、マシューの身体を的確に狙い撃つ。

 それを拳一つで叩き落としながら、マシューは必死に声を張った。


「な、なんでだ! 私の妻は不満か?!」


「そうではありませんのっ! そうではありませんのぉ!! わ、わたくしはわたくし自身の実力でやってきたと思っておりましたのにっ!」


 ままならない感情がサファイアの魔力を暴走させ、街中に次々と氷柱を築いていく。


「そ! それはっ! 間違いないぞっ! だいたい魔術師の位についてはヴィオに任せてるんだ! アヤツが貴族かそうでないかで手心を加える訳がないだろうっ!」


 魔術師長であり、人間の作った爵位などに囚われない竜人でもあるヴィオの名を出され、少しだけサファイアは冷静になった。


 だが……。


「青の魔術師になったのはそうかもしれませんが、マシュー様がわたくしを妻にと望むのは、結局わたくしが魔術師で貴族令嬢だからじゃありませんのっ!」


 そこまで言葉にして、はっとサファイアは口を噤んだ。

 そして後悔の念が押し寄せる。


 あぁ、どうやら自分はずいぶんとハテの街で平民として過ごしていたらしい。

 貴族令嬢としては、国のため民のために縁を繋ぐのは当たり前のことだ。

 だから、優秀らしい魔術師で高位貴族令嬢である自分が辺境伯家への嫁入りを望まれるのは……誰にとっても都合がいい。


 それなのに……。


 そんな肩書だけでマシューに望まれたことが、自分自身を望まれた訳でないことが、深くサファイアを傷つけていた。

 サファイア自身驚くほどに。


「もうっ! なんですのなんですのー!!!」


 次々と氷柱を打ち立てながら、マシュー目掛けて氷の礫を投げつける。

 そんなサファイアからの攻撃を飄々といなし、時には己の拳で砕きながら、徐々にサファイアと距離を詰めるマシュー。


 いつの間にか街の人々が取り囲んでおり、やんややんやと二人に歓声を送っていた。


 そして……。

 氷の礫をかいくぐってサファイアに肉薄したマシューが、その鍛え上げられた腕の中にサファイアの華奢な体を閉じ込めた。


「っ! 離してくださいませっ!」


「……そんなに、私の妻となるのは嫌か?」


「っ! そうではなくてですねっ!」


「……嫌か?」


 いつもの豪放磊落さは鳴りを潜め、しょんぼりとした顔で己を見つめてくるマシューに、サファイアが口ごもる。


「いやでは……なくてです……ってちょっとお待ちくださいま……んむっ?!」


 サファイアが嫌ではないと告げた途端、ぱぁと表情(かお)を輝かせたマシューが……サファイアの口唇を己の物で塞いだ。


「むぅ! むむっ――――!!」


 抗議の声をあげようとサファイアが口を開いた瞬間、マシューの肉厚な舌が伸ばされた。

 貴族令嬢であり、元婚約者の元第二王子とは自他ともに認める不仲であったことから、触れるだけの口付けすら初めてだった。


 そんなサファイアの気持ちなど明後日の方向に放り投げて、マシューはただひたすらにサファイアの口腔内を攻める。

 上顎をなめられ、えずきそうになるほど喉奥まで侵入され……いつしか翻弄され、口付けに溺れていったサファイアは……。


 最後にちゅうと舌先を吸われ、マシューの唇が離れた瞬間、かくりと腰を抜かしてしまった。


 とろりと惚けたサファイアを軽々と抱き上げたマシューは、固唾を飲んで見守っていた周囲に視線を走らせた。


「みな! 近々婚礼をあげるからなっ! よろしく頼むっ!」


 討伐で鍛え上げたマシューの大声が広場に居合わせた人々の間に染み渡り……爆発するような歓声に包まれるまであと少し。


 そんな風に外堀を埋められたことに気付かず、サファイアは初めての口付けに気を失っていたのだった。


 そして、一週間後。

 どこまでも用意周到に、虎視眈々とサファイアを手に入れようとしていたマシューの手に寄って、サファイアは美しい花嫁となったのだった。

 

 その後、巌のように大きく強い騎士である辺境伯の横には、炎のような赤毛を持った美しい魔術師が常に立ち、力を合わせて辺境を守り続けたという。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。


またリクエストいただきました黒星★チーコ様! ありがとうございました!

強気な赤毛のヒロインとマッチョな騎士ヒーローのリクエストをいただき、サフィとマシューが生まれました!

強い二人の痴話げんか、大迷惑ですね(笑)


改めてお読みいただきありがとうございました!

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