前編
お越しいただきありがとうございます。
リクエストいただきました『赤毛の気の強いヒロインとマッチョ騎士ヒーロー』のお話です!
お楽しみいただければ幸いです。
「気味の悪い赤毛の魔女よ! 貴様が我が寵愛を受ける女性を虐げていたのは周知の事実! よって! 第二王子の名において! その罪により貴様との婚約を破棄する!」
王城の大広間で唐突に宣言された内容は、周囲の人間の騒めきを引き出した。
そして一斉に一人の令嬢に視線が集まる。
人々の視線の先には、炎のように赤い髪を優雅に結い上げた令嬢が、その整った顔から表情を消し去って立っていた。
「貴様っ! こんのバカ息子! 何を言っておる! 婚約破棄など……」
「その婚約破棄。謹んでお受けいたします」
玉座に座っていた王の焦った制止の声を遮る形で、何の感情も込められていない女性の声が響いた。
「ま、待てっ! コラスト侯爵令嬢! そんなことをすれば……っ!」
「ははっ! ずいぶんと潔いことだ! この罪人を連れていけっ!」
王の言葉に被せるように今度は第二王子が大声を上げた。
だが、周囲の騎士たちはピクリとも動かなかった。
「何故そいつを捕縛しないのだっ! ソイツは我が愛しのソフィアを虐めた卑劣な女だぞ!」
騎士たちが動かないことにしびれを切らした第二王子が叫ぶも、やはり騎士たちは動かない。
「な!? 貴様らっ! 私の命令が聞けんのかっ!」
「黙らんかぁ! このバカ息子! 貴様など! 貴様などっ!!」
「陛下。王族の名において婚約は破棄されました。つきましては契約通り守護魔術陣への魔力の提供を止めさせていただきます」
「ま、待ってくれ! コラスト侯爵令嬢!」
焦った声が響くも、赤毛のコラスト侯爵令嬢と呼ばれた令嬢が目を伏せると、周囲の空気が一変した。
「……では、御前失礼いたします」
礼を一つとって去っていく令嬢を引き留める者は、否、引き留められる者は誰もいなかった。
◇ ◇ ◇
「という訳で、婚約破棄されましたので辺境にでも行こうと思います。どうぞ勘当してください。お父様」
「待て待て待て待って? 夜会に行ったはずの娘が突然帰ってきたかと思えば勘当してって、意味が分からないよ?」
令嬢にそっくりな赤毛の男性が、言うべきことは言い切ったと言い逃げしようとする令嬢の腕を掴んだ。
「ねぇサファイアちゃん? ちゃんと説明してくれるかな?」
男性の言葉に渋々といった気配を隠さず、サファイアと呼ばれた赤毛の令嬢がソファに腰を下ろした。
「ですから、第二王子から王族の名において婚約を破棄されたので、守護魔術陣への魔力供給を止めました。ついでに王族から婚約破棄された娘など、どんなに向こうが悪くても、悪くても、外聞が良くないので、勘当してください。辺境に行ってみたかったんです」
「本音っ! 最後のが本音っ!」
「ハテで自分の実力を試してみたい」
「だから本音は隠して!」
赤毛の男性がソファの背もたれにぐったりと身を預ける。
「……そうか。今日の夜会、王太子殿下は不在だったな」
「えぇ、だからこそあのクソボンボ……いえ、第二王子殿下はやらかしたのでしょう」
「……陛下は……?」
さらにぐったりと脱力した男性に憐れみの視線を向けながら、サファイアが口を開いた。
「そもそも、第二王子殿下の行いを常日頃から止めていなかった段階で、我が家をバカにしております。あの聖女とか言われている男爵令嬢と乳繰り合っていたのは周知の事実でしたのに」
「乳繰り合うって……言い方……。ところであの男爵令嬢はホンモノか?」
赤毛の男性、サファイアの父親でもあり、コラスト侯爵でもあるその人が、少しだけ厳しい眼差しをサファイアに向けた。
強い視線をものともせず、一つ肩を竦める。
「さて……。聖女と名乗っておりましたが、あの程度の魔力ならまぁ……。わたくしの魔力が見えていない時点でお察しでしょう。聖女を名乗る割に治癒魔術も使えなさそうでしたし……」
「……誰だ、あの男爵令嬢を聖女とか言い出したのは……」
「第二王子殿下とついでに聖女に篭絡されている周囲の人間ですね。箔付けが欲しかったのでは?」
さらにぐったりと脱力した父親に、サファイアは憐れみの目を向けた。
「というわけで勘当してください」
きっぱりと言い切るサファイアに、コラスト侯爵はちらりと視線を投げ、諦めたように深々とため息を吐いた。
「……勘当はしない。……そう怒るな。勘当してしまえばお前はただの平民になる。王命で良いようにされてもかばいようがない。だから勘当はしないが、辺境に追放はしてやろう」
これが譲歩できる最大限だ。と言い切る父親に、サファイアは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。お父様。わたくし、ハテでも頑張りますわ」
キラキラとした笑みを浮かべる娘に、侯爵は苦笑を漏らした。
「……まぁ、ほどほどにな」
「お任せください。ハテでも赤毛の魔女の実力を見せつけてみせます」
夜会での無表情とは打って変わって踊るような足取りで去っていく娘に、コラスト侯爵は苦笑を浮かべるしかなかった。
◇ ◇ ◇
「そんなことを思っていた時期もあったな……」
「サフィさん? ため息なんか吐いてどうしたんですか?」
辺境騎士団内にある食堂で、日替わり定食を突きながら、深々とため息を吐いたサファイアに声をかけたのは、赤いローブを身に纏った黒髪紅眼の少女だった。
その手にはサファイアの前にある定食と同じものがあったので、サファイアは自分の向かいに座るよう促した。
騎士向けにボリュームたっぷりの定食に臆することなく少女はニコニコと食べ始めた。
それはまるで小リスが一生懸命食事を摂っているようで、どこか微笑ましい。
つられるように笑みを浮かべながらサファイアは少女の様子を眺めていた。
「……ふぅ。今日も美味しかったです。で? サフィさんどうしたんですか? 何か悩み事ですか?」
あっという間に大量の食事を片付けた少女が、食後のお茶が入ったカップを両手で包み込むように持ちながら首を傾げた。
その愛らしい様子に脂下がりながら、サファイアも首を傾げる。
「悩み……?」
「えぇ、サフィさんさっき暗い顔でため息を吐いていたので……」
心配ですとへにょりと眉を下げる目の前の少女の様子は、家に連れ帰ったらダメかな? と思ってしまうほどに可愛らしかった。
自分に可愛い物を愛でる素質があったのかと驚いたのもいい思い出だ。
サフィさん? と再び訊ねる声に、サファイアは彼女が来るまで考えていたことを思い返してみた。
「いや……私はずいぶんと……世間知らずだったと思ってな」
そうなんですか? ときょとんとする少女に苦笑を返す。
彼女が動くと同時に、辺境騎士団に所属している魔術師団で上から三番目の位であることを示す赤いローブもふわりと揺れた。
同じ造りで、色違いのものをサファイアも着ている。
その色は、青。
魔術師団で上から二番目であることを示していた。
「実家にいた頃は……自分より魔力を持った人間を見たことがなかったからなぁ。ココに来て……随分と驕っていたものだと気付かされたよ」
サファイアの言葉に黒髪の少女がぎゅっと眉根を寄せた。
「サフィさんの実力だってすごいじゃないですか! 魔術師長を除いたら一番ですよ!? 魔術師長はなんて言うかほら……一緒にしちゃいけないって言うかぁ。
というか、それだったらわたしなんかどうするんですかぁ? 故郷では魔女とか化け物とか散々な言われようだったのに、ここでは初心者よりちょっと強いかなぁ? くらいですよ? ルウさんがいないとホント役立たずですし……」
しょんぼりとしてしまった目の前の少女の頭を、手を伸ばして撫でる。
撫でられている猫のように気持ちよさそうな表情を浮かべているのを見て、サファイアは安堵の息を吐いた。
「ロシュは初心者なんかじゃないだろう。確かに詠唱に時間がかかるが、その分強い魔術を使うことができるじゃないか」
率直に伝えてみれば、嬉しそうにロシュと呼ばれた少女が微笑んだ。
その微笑みに釣られ、もう一度頭を撫でようとした……のだが。
「……なんだルウ殿。邪魔しないでほしいんだが?」
ものすごい勢いで近づいてきた獣人の男に腕を掴まれ、阻まれてしまう。
「……」
男の顔に特に感情は浮かんでいないが、ピンと立った狼の耳と、不機嫌そうに揺れるふさふさの尻尾が相手の機嫌を示していた。
それを見てサファイアは降参と言わんばかりに両手を上げた。
「わかったわかった。そんなに睨まないでくれないか」
サファイアが面白そうにその蒼い瞳を瞬かせれば、ルウと呼ばれた獣人の男性はおもむろにロシュの隣に腰を下ろした。
「ルウさんもお食事ですか? 今日の定食も美味しかったですよ! それから! それから……っ」
勢い込んで喋り出すロシュを愛しい者を見る目で見つめるルウを見て、サファイアの胸はチクリと痛んだ。
元婚約者である第二王子のことは微塵も好きではなかったが、想いを傾ける相手がいるというのが少しだけ羨ましかった。
……まぁ、第二王子と聖女を騙っていた男爵令嬢は、サファイアが辺境に来てから色々あって、二人は引き離されているらしいが……。
なんでも、後日騒動を聞いた王太子殿下がブチ切れて、第二王子は王族から除籍、陛下と第二王子の母親である寵姫は王都の外れの別荘で蟄居。男爵令嬢の方はサファイアが魔力を注いでいた守護魔術陣に魔力を注ぐ役目になったそうだが……。
サファイアほどの魔力を持っていなかった彼女は、魔力を注ぐだけで精いっぱいで、サファイアのように自由に行動することができなくなったそうだ。
そんなことをつらつらと書き連ねた分厚い手紙が実家から届いたことも、自らの存在意義に想いを馳せるきっかけになったのだろうか。
王太子殿下の外遊に付き添ってあの夜会を欠席していたサファイアの兄が大激怒して、ついでに民の安全を脅かしたと王太子殿下も大激怒して、粛清にも似た大ナタが振るわれる結果となったわけだが……。
そして兄の手紙の最後には、サファイアに害をなすものはいなくなったからいつでも帰っておいでと書かれていた。
だけどまだ。
サファイアは辺境で何もできていないという思いが強い。
父親にあそこまで啖呵を切って飛び出してきた手前、今の中途半端な状態で戻るのもどうかと思う。
だけど自分が魔術師最上位の紫になることはないだろう。
それは諦めであり、純然たる事実だった。
ちらりと視界の端に紫のローブが映る。
それを着ている人物は、魔術師団の長を務める、名実ともに辺境一の、いや国一番の魔術師だ。
とうてい敵わない相手。それが魔術師長であるヴィオだ。
思わずと、ため息を吐いてしまう。
そんなサファイアを周りを見ているロシュが見逃すわけもなく、リンゴのように紅い瞳が心配そうにこちらを向いた。
視線を遮るように手を振って、サファイアは立ち上がった。
「……食べ終わったし、私は先に失礼するよ。じゃあまた鍛錬場で……」
そう言ってニコリと微笑めば、サファイアを引き留める声は聞こえてこなかった。




