第6話 小さな違和感、確かな差異
一応の事前補足という名の事故予防。
本編の方でピークドットが登場した時に出てきた解説ではありますが、ピークドットは同性恋愛から異種恋愛、ハーレム婚まで可能な特別自治区です。
何が言いたいかと言えば……ピークドットでは『AさんとCさんがくっついているということは、AさんとBさんはくっついてないんだな』みたいな先入観は通用しないというお話で。
作者は無用な曇らせを警戒させるのは本意ではありませんので先に言っちゃいますが……こっちの狂信者さんはいろいろと吹っ切れてるので『欲しいもの全部手に入れる』みたいな選択肢が選べる人です。
まだ外伝での出番は少し先ですが、選ばれなくて枕を濡らしたテーレさんとかはいないのでご安心を。
……まあ、本編読了済みの読者様は知っての通り、作者は『清純派』ではありませんので。
そういう『ちょっと刺激の強いサプライズ』が『本意ではなくない部分』では、他の作者ならあんまりやらないようなこともやるかもしれませんが、それは御愛嬌ということで。
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。
side 夜神夕子
『転生特典は銃みたいなもの』
『筋力みたいに使えば使うほど強くなるわけじゃないし、弾き金を引く時に気合を込めれば威力や飛距離が伸びるってものでもない』
『ちゃんと上手く使おうと思ったら、自分が渡された転生特典の性質や精度をよく理解した上で、それをどうやって扱うかをちゃんと考えなきゃいけない』
吉岡美森さん……転生者としての大先輩たる『魔法少女ホワイト・ブルーム』に教えてもらった、転生者としての基礎知識。
私の『守護者』は、私が自由に使える力であっても私自身の力じゃない。
これは、神様からの借り物の力。
私が『行きたい』と言った場所に連れて行ってくれる運転手付きの自動車の速さと、私自身の走れる速さを一緒にしてはいけない。
私はその車を自分で作ったわけでもないし、その車の性能やデザインに文句を言って買い替えてもらえる立場でもない。
それが、そもそも自分が『生まれ変わる』ということに実感がなくて希望も選択もせず女神様の見立てた適性から勝手に選ばれたものであったとしても、一度決定してしまった転生特典は改変なんてできない。
「……だからこそ、心境や環境の変化で上手く使えなくなってしまったからといって、別の能力に変えて欲しいと願うようなことはできない。失った力が戻らないのなら、それを受け入れて生きていくしかない。そういうものではありませんの?」
「そうだね。美森さんが言った通り、転生特典は性能が決まった武器みたいなものだし、最初に剣を選んだら後から弓や盾に交換してもらうことはできない。それは間違いないよ」
「だったら……」
「けど、それで昔みたいに剣を振れなくなったからって『その剣を使う道』を丸ごと諦めなきゃいけないかって言ったら、それはそうでもないと思うよ?」
着慣れない可愛らしい洋服を身に纏った私の髪を三つ編みにしながらそう言うのはシックスさん。
彼女は、私の髪に付けるリボンを選びながら言葉を続けます。
「夜神さんは転生特典を運転手付きの車って言ったけど、少なくとも『守護者』は自分で操作できる部類じゃないかな。それも自由度は高い方だし、喩えるにしても機械的に性能が決まってる銃とか車っていうよりも『斬れ味とか重さとかを自由に変えられる剣』みたいな」
「もしそうだとしても……私がその剣を満足に振るえなくなったというのは変わりませんわ。剣の転生特典をもらった転生者でも、腕がもげてしまえば転生特典の意味がなくなってしまうでしょう?」
「夜神さんは腕がもげちゃったわけじゃないから、そこまで深刻に考えなくてもいいんじゃないかな。ただ……前と同じ出力で守護者を動かそうとしても、制御できなくなっちゃったってだけで。ほんの少しだけ出そうと思ったら何とかなったでしょ?」
「……そうであったとしても、以前の出力が制御できないのであれば、私の存在価値は……」
「別に最高出力を出せなくなったってだけでその力が無価値になるわけじゃないし、そもそも能力の出力ばっかりが全てじゃないよ。さっき言ったみたいな剣の転生特典でも、使い手や使い方次第で強さは違ってくるし、できることも変わる。能力出力が落ちたって、その分だけ巧く扱えるようになれば前よりも強くなるパターンもあるしさ。直接戦闘にしか使えないって思ってた能力も全然別のところで活躍できたりとか」
「と言いますと……たとえば?」
「そうだねー。たとえば、『斬れ味や重さを変えられる剣』だったら最初はただひたすらよく切れて軽く振れた方がいいと思ってそう使ってたとしても、わざと斬れないようにして重くして振り下ろせば地割れを起こせることに気付いて戦い方が一気に変わるなんてこともある。それで土木工事なんかに役立ったりとか、ってこともあるよ」
たとえば、この世界がゲームの世界だったのなら『斬れ味を上げる』という機能はそのまま『攻撃力を上げる』という効果になって、ダメージの調節でもしたい時でなければ『斬れ味をわざと悪くする』なんて行為は意味がない。
だからこそ、その先入観を捨てれば全く違う使い方を見つけられる可能性がある。
そうやって考えれば、確かに能力そのものを改変できなくても新しい使い方を考える価値はあるのかもしれない。
けれど……
「……他の転生者ならそういうこともあるかもしれませんわね。けれど、だからといって私の守護者が……私の『不明』がそうであるとは限りませんわ」
なにしろ、危険すぎるから。
私の『不明』は『発光している物体』以外であれば触れるだけで呑み込んで、抉り取ってしまう。
その例外となる『発光している物体』でさえ、『不明』の重さのせいでほとんどの場合は簡単に圧し潰してしまう。
『守護者』としての膂力は蓬さんと張り合えるくらいなのに、簡単な荷運びにすら使えない、危険過ぎて戦場の敵陣ど真ん中で振り回すくらいしか使い道が無い能力。
使えて精々がゴミ箱扱いですわ。
「夜神さんは能力そのものを変えるのは無理難題って認識みたいだけどさ、実際はそうでもないよ。むしろ、『守護者』は性質から変化しやすい転生特典の一つだし」
「それは……本当ですの? 私に希望を持たせるための口から出任せではなくて?」
「うん、ちゃんと本当の話。軍にいた頃、正規勇者として受けてた対転生者の訓練でも、守護者使いは戦いの中で全く別の戦闘スタイルに目覚めることもあるから注意しろって教えられたくらいだからね」
「そうだとしても……やっぱり、信じられませんわ。私の『不明』だけはそうではないかもしれないもの」
本当に守護者の性質を変えられた転生者の前例があるとしても、確証が持てない。
だって、私はその過去の誰かじゃないから。
その誰かだって、私と同じ人生は絶対に歩んでいないはずだから。
私くらいにどうしようもなく、どうする余地もなく歪んだ人生を歩んできてしまった私には、他の人なら普通にできることだって一生できない可能性だって考えずにはいられないから。
「信じられない、か……うん、じゃあまずは、転生特典は変えられないっていう先入観から変えてみようか。はい、変装完了。どう? 可愛くできたでしょ?」
シックスさんが話しながら私に使っていた化粧品やアクセサリーを片付けながら、鏡越しに笑いかける。
そこに映るのは、変装の過程を見ていてもやはり自分とは思えない姿の私自身。
これなら、伝聞や遠目で私の容姿を知ったくらいの人には私だとわかりませんわね。
「前はうちの関連施設へ直行だったから凝った変装は省略したけど、今回は少し街の中を歩くから多少はバレにくくしておかなきゃね」
「聞くのが遅れたのですけれど……どこに行くのですの?」
今は午後、学校の後の自由時間。
もうすぐ『初期対応部』の部室に行かなければいけない時間なのですけれど、能力を満足に扱えず戦力外と言わざるを得ない私は部の方にはお休みをいただいて、シックスさんと行動することに。
そして、これから何をするのかよくわからないまま外出の準備としてこの『変装』をされて。
どこへ連れて行かれるのか……
「うん、まずは実際に『転生特典の性質を変えたことがある人』に合って話をしてみた方がいいかなって思ってね。ついでに言えば、夜神さんもたぶんよく知ってる人が働いてる所だよ」
「私がよく知ってる人……そんなの……」
私の記憶喪失をシックスさんがちゃんと理解していると考えれば、私があの旧都砦でいた頃までに知り合った人のはず。
それで、わざわざ外に会いに行く……つまり、この学校や社内施設にいない人となると……
「ま、会えばわかるよ。さ、行こっか」
数十分後。
ピークドットの街の中を歩いて辿り着いたのは、壁に囲まれた広い敷地の中にある研究所。
そして、見るからに世界観が違うようなハイテク機械に囲まれた研究室にいたのは……
「あ、夕子ちゃん。ひさしぶりー、って、わけでもないか。診療所でも検査の時に会ったよね? 一応、記憶の中でも『味方側』として知ってる相手として話ができる人がいたほうがいいってことで同席したし」
「そうでしたわね……そういえばレイさん、第一人称『わたし』じゃありませんでしたっけ? あの時は混乱していて気にする余裕がありませんでしたけど。女の子のふり、やめましたの?」
「あははは……ちょっといろいろあってね……いやホント、いろいろね。ていうか、あれ、砦の時の夕子ちゃんってボクの性別知ってたっけ」
「そちらこそ忘れてしまいましたの? お風呂で……いえ、『あんなこと』わざわざこちらに言わせないでくださいません?」
「あー、『あれ』は憶えてるんだ……うん、ごめん。お互いのためにちょっとそこは触れるのやめとこっか。ていうか忘れてください、ホント切実に……特に美森さんにはマジで言わないでほしいなー」
目を逸らすレイさんの顔は暗いというか、青いというか明らかに冷や汗をかいていて、余程他人に知られたくないことなのだろうというのはわかりますけど……なんで美森さんを特にそんなに強調するのかはよくわかりませんわ。
まあ、それこそ私の知らない時間に私の知らない『いろいろ』があったのでしょうけども。
しかし、それはともかく『研究者になった』という蓬さんの話は本当だったらしく、白衣姿で記録をつけていたレイさんとの再会。
シィさん……私が目覚めた時に検査をしていた翼と尻尾が生えた女の子のお医者さんの助手として、私も給食として食べた『空気肉』の開発を進めていると言われていたので、つまりはここはシィさんの研究所ということなのでしょう。
そして……
「……レイさんって、私たちと違って『大人組』の方に所属していますのね」
「あー、うん、そーだねー……ソウナルカナー」
「……やっぱり年齢詐称してましたのね? 性別も年齢も詐称したまま私の部屋に居候してましたのね?」
「そ、その事についてはめっちゃ謝ったじゃん! 年齢詐称って言うけどちゃんと皆の前で告白したでしょ!?」
「残念ながら記憶にございませんわ」
「そうだった! そこら辺はあの砦から出た後の話だ……あー、うん、そうだね。ボクも大人だし、そこら辺きちっとしなきゃだね」
「はい?」
「改めまして……『レイ』こと『蝶野玲太』二十一歳男性です。ついでに言うと、いろいろあって連れ子付きの婚約者がいるので遠からず三児のパパになります、はい。いろいろと黙っててごめんなさい」
とんでもない発言と共に頭を下げるレイさん。
よく見れば、その『右手の薬指』には婚約指輪らしきものが確かに光っていて……
「……婚約者までいて未成年女子の部屋に転がり込んでましたの?」
「違うの! 婚約の話はその少し後だからそういうのじゃないの! 歳だって一年くらい前だからまだ二十歳だったし!」
「二十歳の大人が居候という時点で……」
「言っておくけど二十歳なんてまだまだ社会的には子供みたいなもんだからね!? 夕子ちゃんくらいの歳だと成人してるってだけですごい完璧人間じゃなきゃいけないってイメージあるかもだけど実際は全然だからね!?」
「だとしても『年下女子の部屋に年齢性別詐称で居候』はそうそうない話ではありませんこと?」
「ぐっ! 容赦ないけどまだ『あれ』を話題に出してこないだけ有情っていうのがわかってるからなんも言えない!」
『あれ』ってどれのことなのでしょう。
記憶にない部分なのかもしれませんけど。
私が思い出せそうにない記憶を探っていると……
「おーい、身内での楽しいコント中に悪いがこっちの仕事も進めてくれー。七十二時間後までの計測値、書き終わったぞー」
「あ、サンキューさくらちゃん。いやー、やっぱりさくらちゃんが来てくれると実験が一瞬で済んですごい助かるなー」
研究室の奥。
実験機器の前に据え置かれたデスクから記入済みのリストらしき書類を差し出しているのは、凛とした剣士のような雰囲気を纏った研究室には少し似合わない気配の女性。
『さくらちゃん』と呼ばれた彼女は、私の方を見て目を細める。
「ああ、なるほど。それ、変装か。夕子、前は和服だったがそういうのもわりと似合うじゃないか」
「えっと、あの……お知り合い、ですのよね?」
「『夢川さくら』だ。まあ、なんだ……私自身もそうだが、弟も世話になったな。最近は忙しいからまだ会えてないそうだが、今度ちゃんとお礼を言いたいと言っていたから、そちらが憶えていないとしても一応受け取ってやってくれ」
「弟さん……?」
「夕子ちゃん夕子ちゃん、マサヨシくん。ジャスティス、ジャスティス」
「マサヨシ……え? あの、『絶対防御』の?」
「そ、さくらちゃんはマサヨシくんのお姉さん。姓が違ったのは両親が離婚したかららしいけど、ほら、下の名前。お父さんが警察官だから『桜』と『正義』なんだってさ」
「なるほど、マサヨシくんのお姉さん……い、いえ、ちょっと待ってください! 二人とも転生者、ですわよね? さくらさ……夢川さんも日本人名ですし。そんな偶然ってありますの?」
「それに関してはなんか転生者同士で縁が惹きあったりすることあるらしいから。ていうか、ボクも幼馴染みと大学の後輩がこっち来てるし。ほら、同じクラスにねねいるでしょ? 小野倉ねね。あれ、ボクの大学でのサークルの後輩かつ元カノ。あと、前世での幼馴染みが現婚約者の……」
「ちょっと待ってほしいんですの!! というか、皆さん急に情報量が多い話をするのやめてもらえません!?」
いえ、おそらく記憶喪失になる前の私が知っていたことを『教えてもいい情報』だと考えて気軽に教え直してくれているだけなのでしょうけども、一気に流れ込んできていい情報じゃありませんわ。
というか、元カノって……ねねさん、あの人の男の趣味って……いえ、レイさんのことだから『身体の秘密』については隠したまま付き合っていたとかもありそうですけども。
「あははっ、旧交を深めるのもいいけどこのままだと本来の目的を忘れちゃいそうだね。レイさん、先に連絡してあったけど……」
「あ、そうだったね。シックスちゃんが言ってくれなきゃ忘れるところだった。なんか能力が制御できなくなっちゃったから新しい能力の応用法、というか『転生特典の自己改造』について知りたいんだっけ?」
「うん、その手の話に関してはレイさんがダントツでしょ?」
「確かにそういう話なら事例としてわかりやすいのはボクの『変身願望』か、イカロさんの『蝋翼』だろうけど……まあ、転生特典って限定するならこっちだろうね。あと、丁度さくらちゃんもいるし」
そう言って、私の前で手の平を上にして両手で器のような形を作るレイさん。
レイさんはそのまま私に問いかけてきましたわ。
「ところで夕子ちゃん、ボクの転生特典ってどんなだったか憶えてる?」
「それはまあ……自分の肉体から昆虫を生み出したり、分身したりできる能力でしたわよね?」
「うん、まあそうだね。正確には『細胞を蟲に、蟲を細胞に変える』って能力。基本の使い方なら、夕子ちゃんが言ったように身体の細胞から昆虫を造って戦わせたり、それで外で肉を食べて細胞を増やしてきた蟲を肉体に回収して傷を塞いだりかな。分身とかは、その傷を塞ぐやり方の応用で自分の肉体を丸ごと一揃い造ってる感じ」
普通なら、おおよそ虫を作り出して使役するだけの能力。
レイさんはそれを『自分を増やす』なんて使い方まで進化させている……確かに、それはもう基本とは別物のようなもの。
転生特典の改造のようなものですけれど、私の守護者の参考には……
「で……今はこんなことまでやれちゃったり」
私がレイさんの能力についての結論を内心で固めかけたところで、レイさんの手の器の中から溢れ出す白い液体。
しかも、それは独りでに動いて……立体的な『彫像』に……
「え? ええっ!? これ、社長サマの人形ですわよね!? 魔法ですの!?」
「まあ、ちょっと魔法も入ってるけど、一応メインはボクの能力の応用技かな。あ、ちなみにこれ蝋でできてるし空洞だから軽いけど、硬度で言ったら鉄よりも硬いから尖った所とか気を付けてね。作り慣れてる形だからこれにしちゃったけど、雪だるまとかの方がよかったかな?」
「い、いえ、デザインの問題ではなく……レイさんの能力って、昆虫、ですわよね? 手から虫を出すというのならわかりますけれど、その能力でどうしてこんな精巧な蝋像が……」
「そうだね……まあ、修得の経緯とかは省くけど、『カイガラムシ』って知ってる? 身体から『蝋』を分泌して農薬も効かない殻を作っちゃう害虫。それも蟲の一種だから当然ボクも作ろうと思えば細胞から作れるんだけど……まあ、技術的な機密とかも含むから結果だけ言っちゃうと、その『カイガラムシ』を作る時の細胞の設計図をめっちゃ弄って大量の蝋を分泌して自在に操れる『蟲型モンスター』を生み出せるようにしたんだ。ボクは『シュゴシャモドキ』って呼んでるけど」
そう言ってレイさんが見せた指の間に隠れていたのは、こんな蝋像を作ったとは思えないほど小さな虫。
目の前で見せられたこれは、私の考えていた『能力の応用』の範囲を大きく越えた全く別物と呼べる現象ですわ。
「まあ、こんな感じで転生特典ってわりと認識とか知識とかで性質を自由にできる部分もあるんだ。夕子ちゃん場合、蓬ちゃんのを正攻法だとすると元が特殊な使い方してたっぽいし、逆に今の精神状態だとそれが難しくなったってことなのかも。まあ、特殊な方から正攻法に戻すにしても、やっぱり『これまでと全く違う使い方』をしようと思えば相応の修行期間は覚悟しなきゃだけどね。あと……さくらちゃん、これ斬れる?」
そう言いながら、手から蝋の長棒を生み出して空中に投げるレイさん。
『鉄よりも硬い』と言ったばかりのそれがいきなり頭上から落下してきた夢川さんは……
「おい、今はペンしかないんだぞ。斬れるわけないだろう」
……書類を書くのに使っていた『万年筆』で、『鉄より硬い蝋の長棒』を刺して、串刺しにして止めていた。
「さすがはさくらちゃん。夕子ちゃん、今の見た? あれ、さくらちゃんの能力の応用技」
「能力……『硬いものを斬る能力』、とかですの?」
「ううん、『未来を視る』ってだけの能力。それも、物理現象限定のスーパーシミュレーター。おかげで実験を無人で進められるようにセッティングしておけばスタートした瞬間に何日分も計測結果が取れてすごい便利だし、よく手伝ってもらってるんだよね。ちなみに今日は移植用人工臓器と人工脳細胞の培養実験……臓器移植とかで記憶が移ったりって現象から、脳の破損での後遺症とか記憶の欠損を無事な臓器から補えないかっていう……まあ、これは今いっか。要するに、今のセッティングで何日も培養した後の細胞のデータを未来視で予知してもらったの」
「自分では戦闘専用の転生特典だと思っていたのだがな。索敵に便利使いされるだけでなく、こんなことまでやらされることになるとは」
『未来を視る』……知覚だけのはずの能力。
けれど、万年筆は確かにそれよりも硬いはずの蝋の塊を貫いていて……
「これは……『未来を視る能力』を、どう使ったんですの?」
私が疑問の声を発すると、夢川さんはどう表現するべきか思案したのか、少し考え込んでから言葉を返しましたわ。
「そうだな……私の能力で『ドアの向こう側を見たい』と思ったら、私の能力は『ドアを開ける自分の視界』を映してからドアの向こう側を見せてくる。その時、わざわざ『ドアノブを握る』とか『足を踏み出して体重を移動させる』とか、そういう動作は細かくイメージしなくてもいい。ここまでは想像できるか?」
「それは、まあ……」
「ならば、その上でドアに『ナンバーロック式の錠』がかかっていた場合……どうなると思う?」
「それは、正解の数が出るまでナンバーロックを……回す動作を……?」
「ああ、私の能力はその手間がいらない。そのくらいなら『ドアの向こうを視る』の過程としてわざわざ追加のイメージをする必要もない。『正解のナンバー』が出るまで同じパターンを繰り返すだけだからな。転生特典だけあって、その辺りの演算能力は権能級だ。実際に試せば一生かかるレベルの選択問題でも同時試行で即解決できる」
「す、すごい能力ですわね……」
「まあ、否定はしない。そして、ドアを開けてから振り返って入力されている数字を確認するだけでナンバーロックの正解は一瞬で確定できるし、現実でその同じ数字を入力すれば実際にドアの向こうに行くのも容易い……それができるなら、『目の前の壁を自分の手にした剣で斬らないと視えない場所』を見たいと思ったならどうなると思う?」
「…………『その壁を両断できる太刀筋』が見える?」
「ああ、正解だ。私は鏡を使って自分の動きを確認しながら練習したがな。『演算視』の中の自分と寸分違わず同じ動きができるまで。そうしたら、集中すれば岩や鉄くらいなら斬ることは難しくなくなっていた。まだ研鑽の途中ではあるがな。さて、レイ。実験の方に戻っていいか? 早く終わらせて今日の鍛錬に向かいたいんだが」
「あ、ごめん。後はそこのリストだけ埋めてくれたら上がって大丈夫だからよろしくねー」
レイさんとそんな会話をしながら、能力を数日後の実験結果へ向け直す夢川さん。
『未来を視る能力で自分が壁を斬った未来を見てその通りに動く』。
口で言うのは簡単でも、きっと誰もが真似できるわけではないはず。
けれど、確かにレイさんのような能力自体の改造ではなく自分自身の技術によって『未来を視るだけの能力』を全くの別物に変えた転生者の実例だった。
思っていたよりも奥深い『転生特典の使い方』の世界に意表を突かれていた私に、レイさんが話しかけてくる。
「マサヨシくんの『築城』も、本来は能力解除で崩れるバリケードを作るだけの『絶対防御』を精密操作して土台とか芯とかの耐久を計算した上で安定して組み上がるようにして、能力を解除しても壊れないようにしてるしね。まあ、センスは必要だろうし練習もすごいいるだろうけど……そういえば、黒雄くんの評価点って残ってる?」
「ポイント……?」
「ほら、あのテスト用紙みたいなの出してもらって、それクリアしたらレベルアップってやつ。それでレベルガンガン上がる最初の方のレベルでもらったボーナスポイント、結構あったでしょ? あれ、何に使ったかなって」
「ああ、そういえば……ゲームみたいにポイントを振ればいいと言われましたけれど、そもそもゲームというものを詳しく知らなくて……どう使ったらいいのかがよくわからなくて、一度も使ってませんわね」
「やっぱりそんな気はしてたけど、夕子ちゃんは初っ端からラストエリクサーしてたかぁ……だけど、それならちょうど良いかも。あのポイントを使えば能力の新しい使い方は多分すぐ憶えられるよ。イメージさえ固まっていれば」
「え? 本当ですの?」
「実際、ボクのこれとかも能力の基礎作りに残ってたポイント使ってどうにかしたからね。最初の滑り出しさえ乗り越えれば後は伸ばしていくだけだし、かなり修得期間は短縮できると思う。夕子ちゃんの『守護者』の新しい形とか性質とかも、蓬ちゃんの例を見るにきっかけさえ掴めれば一気に行けるはずだし」
「もし……それが本当なら……」
あまりに危険過ぎて、融通が利かなくて、戦いくらいしかできない能力だと思っていたけれど。
蓬さんみたいに、あの炎みたいに触れたものを傷付けるだけじゃなく人を守れるような力になるのなら……
「糸口が掴めたみたいでよかったね、夜神さん。なら、次は自分に合った形を……」
「……ん? おい、レイ。そこの実験装置、試料はちゃんと入れてあるか?」
「え? そのはずだけど? さっき入れた憶えあるし」
「…………入ってないぞ。何も、空っぽだ」
「あれ……?」
夢川さんが指差したのは、私のすぐ隣の実験装置。
中身が入っていないと夢川さんに断言されて、装置を止めて中を確認するレイさんの邪魔にならないように離れて壁際の棚の横で様子を見ていると……
「ホントだ……え? でも、いくらなんでも中が空っぽのまま間違って装置起動するとか寝ぼけててもやらないし……」
「ああ、私も未来視の中で何度か視界に入れていたが、数値がおかしいと感じたのはつい先程からだ。まだ書き写す前だったから数値そのものは憶えていないが、さっきまで中身はあったはずだ」
「それだと、そのついさっき……夕子ちゃんたちが来てから突然中身がなくなったって話に……?」
と、そこで。
私の方を見て……正確には、私の傍らの棚を見て、目を細めるレイさん。
「さくらちゃん……あの棚ってさ、『空っぽ』じゃなかったよね? 確か、書類とか薬品とか、見える位置に置いてあったよね? シックスちゃんに渡す封筒もあったはずだし、さくらちゃんにもボクが忘れてたら教えてって頼んでたはずだし」
「…………そうだ。だが、今は間違いなく『中に何もない』。最近、平和ボケし過ぎていたか……こんな変化に気付かないとは」
「え、あの……え?」
能力を使って手を触れることなく『棚の中』を確認し終えたのか、静かに目を伏せたまま断言する夢川さん。
シックスさんとレイさんの視線も私の隣の棚に向けられていて……私もおそるおそる棚を見ると、それは確かに雑多な研究資材が満ちたこの部屋の雰囲気には似合わない『空白』を感じさせる状態で。
実験装置も、棚も、共通するのは『扉を開かず中身を取り出せないはずの密室の中での異変』ということと、『私がすぐ傍にいた』という事実で……
「まさか……私のせい、ですの?」




