第5話 『英雄の解釈』と『戦後の進路』
side 夜神夕子
初めての『妖怪退治』の翌日。
昨日はシエスタ先生から『知見』の授業を受けていた教室にやってきたのは、見知った顔の転生者の犬戒千里さん。
私にとっても砦で少しだけ面識のあった彼女は戦後英雄プロダクションの社員として、この特別クラスの担任教師になったそうで。
千里さんは私たちの『先生』として黒板の前で語りました。
「夕子以外にはおさらいになるが、確認として聞いてほしい。お前たち初期対応部が対応する『妖怪』というのは、我々が専ら『暴走状態の森の民製神器』を意味する隠語として扱っている言葉だ」
白鳥さんが使っていた転生者の能力を使うための道具や、黒雄さんが生み出すテスト用紙のような転生特典から生まれる特殊な力が宿った物品が『神器』と呼ばれることは知っていた。
けれど、転生者ならぬ『森の民』は天界の神々に頼らずに古来から自分たちの手で不思議な力を宿した『神器』を作り出していたらしいそうで。
「それらの神器はそこに宿した力を知られぬまま百年以上前の戦乱での混乱で封印……いや、『収容』されていた旧都から盗み出され、『森の民の遺産』と呼ばれ工芸品や文化財として売買される中でガロム全土に散逸した。多くは複雑な儀式や使い手の条件により力の発動を制限されていたため単なる物言わぬ骨董品として保管されてきたが、発動条件が偶発的に揃って事件を起こすことも時折あったらしい……その多くは最近の調べで神器の暴発とわかっただけで、当時はそれが『そういった能力を持つ未確認の転生者の仕業』と考えられていたために森の民の遺産と結びつけられることは少なかったらしいがな」
そう言って千里先生が黒板に書き出す例。
危険な囚人を安全に管理するため、普通の魔法では簡単に解呪できない衰弱を引き起こす弱体化薬。
プレイヤーを取り込んでクリアするまで脱出できないようにしてしまうボードゲーム。
人間を生贄に捧げることで『この世には無いもの』を取り出せる鏡。
確かに『そういった能力の転生者』の仕業と言われればそうなのだろうと思ってしまいそうな不思議な現象。
「以前までの発生率は社会現象にはなり得ない程度の微々たるものだが、私たちも大きく関わったあの事件……その際の『女神エルノア』の降臨により、状況は変わった。森の民の技術で造られた神器は、森の女神でもあるかの女神に捧げられたものだ。そのために、女神の降臨によってその神威の影響を受け、活性化する……ワイヤレスの充電機能が誤作動したようなものだが、そのために今この世界では軽いきっかけで神器が誤発動・暴走しやすくなっている。そのため、戦英プロは中央政府からの委任を受け、神器の暴走に可能な限り迅速かつ内密に対応するため『初期対応部』を設立した」
そのための少数精鋭。
そのための過剰戦力。
相手が『並の転生者』程度の脅威度であれば瞬殺できるであろう戦闘能力と、特殊な能力への対応力を合わせた特殊部隊。
今、この教室にいるのはそういうメンバーだった。
「あの事件以降、中央政府の方でも改善が模索されている『森の民』との国際関係と大衆への印象を鑑みて、現在では暴走神器のことを『妖怪』と呼称することになっている。これは、最初に対処した暴走神器がその性質から『妖刀』と呼ばれていたことで呼び方が定着したせいもあるが、『森の民の神器』による被害が一般人から『危険物のばらまきによるテロ行為』として認識されるのを避けるためでもある」
『森の民』は、自分たちの作った神器の危険性を認識して適切に封印していた。
それを壊したのが、戦乱の時代の末期に旧都を襲撃した転生者たち……そして、遺跡と呼ばれるようになった神殿からお宝として遺産を奪っていったガロム人たち。
そんな経緯で世界に散ったものが迷惑をかけたからといって『テロ行為』として扱われるのは遺産を盗まれた側からしてもいい気分じゃない。
それこそ、『国際問題』になりかねないくらいに。
「一般人に対しては、日本の付喪神の概念から『古い器物が変異して妖怪化することがある』『旧都から持ち出された森の民の遺産は非常に古いものであるため変異によって強力な妖怪になる可能性が極めて高い』という形で自然現象的な認識を広めて森の民への敵意に繋がらないように妖怪発生への警告を発しつつ未回収神器の情報を集めて活性化前の回収を中央政府の工作員が進めている。だが、昨日のように活性化に間に合わない場合もある。そうなると厄介なことになるのはお前たちも身を以て体験しただろう?」
昨日、あの恐竜像に呑み込まれてから大人組に救出されるまで卵に閉じ込められていたクラスの皆さんは苦笑を浮かべる。
……そこに、『自分たちが負けるなんて思いもしなかった』という反応はない。あって精々が『油断しすぎちゃったな』という程度。
つまり、これまでも妖怪に対処してきた皆さんでもそういう認識になる程度には、あの恐竜像の強さも『稀によくある』範囲。
『並の転生者』くらいなら怖くもなんともないメンバーが揃っていてもうっかり全滅しかねない……それが『妖怪』の脅威度という証だった。
「森の民製の神器に使われている土地神や神獣……そして、ガロムでは『怪獣』や『魔王』と呼ばれてきたそれらの変質個体の細胞や体組織は生きている。それ自体が『妖怪化』の大きな要因でもあるが、長く森の民の手を離れた神器はその機能を変質させている場合がある。稼働するタイプの人形などは言うに及ばず、動かない道具類であっても触れた人間への寄生や融合などによって自立行動を始めることが多い。まあ、それに関しては実際に寄生されたことがある者の方が私よりも詳しいだろうがな」
千里先生がそう言うと、教室の中の何人かが反応する。
目を逸らしたり、気恥ずかしそうに頬をかいたり、その表情は様々だった。
「まあ、それはともかくとして………森の民の記録の失伝なども相まって、元の神器のデータがあっても妖怪としての強さや能力は想定外のものになっていることがある。現に、昨日の妖怪に関しても元々は重要施設への侵入者を防ぐ警備機能だったはずのものが条件を満たした人間を無差別に襲うものになっていた。そういった変異を経た神器について共通するのが、特に活性化しやすいのが日没前、日本で言うところの『逢魔ヶ刻』ということだ」
夕暮れ時、あるいは黄昏時。
『魔と逢ってしまう』という時間。
『妖怪』が現れるには、これ以上ない時間。
「さらに、逢魔ヶ刻に活性化した妖怪はそのまま夜を迎えると帰巣本能で元の『縄張り』を目指して移動するため行方が分からなくなる。さらに一度活性化した暴走神器は不定期に不活性化し、市井の物品に紛れて別の場所でまた活性化する場合もある。『初期対応部』に迅速な行動が求められるのはこのためだ」
そこまで言って、千里先生は黒板に新しい絵を描いた。
それは……私も知っている転生者『魔法少女ホワイト・ブルーム』が人間と建物に星の光弾を飛ばしているという簡単な絵。
そして、千里さんは人間の方に『ダメージ=0』、建物の方に『ダメージ=999!』と吹き出しをつけた。
そして、その建物から飛んだ瓦礫らしき丸太の下敷きになった人間を描き加えて、そこにも『ダメージ=0』と書き込む。
「これはよく憶えておいてほしいが、森の民の神器には暴走時に備えた『安全装置』がついている。神器を作った森の民の技術により『非殺傷化』されており、妖怪の攻撃では肉体的ダメージは発生せず人死にはまず出ない。その辺りの法則性は美森教官の能力とほぼ同じだと思っていい。呪いなどで長期間をかけて衰弱していく場合もあるにはあるが、森の民のサポートを受けられる現状の環境があれば死に至る前に処置できるため冷静に対処すればいい……しかし、精神的なダメージを受けたり先日の恐竜像のような拘束機能により無力化される可能性はある」
「…………」
「今回のような想定外の事態による『全滅』が確認された場合、その戦闘データを元に我々『大人組』と森の民の共同作戦により対象の封印とお前たちの救出を行うが、それはあくまで最終手段だ。『初期対応部』は戦力的に十分な余裕をもって『妖怪退治』を完遂できるだけの能力とスキルが揃っている。後は連携や判断力の問題だ」
そう言って千里先生が目を向けるのは私……ではなく、隣の席の蓬さん。
彼女が少し俯くのを見ると、千里先生はほんの小さな嘆息だけこぼして、軽く微笑んでから話を続けた。
「元より、未知の要素を持つ相手との戦いで想定外の事態が発生するのはよくあることだ。それに対してのリカバリーを即座に要請したのは正解だった……当然ながら、現場の人員で対応できればそれが一番ではあるが、今回のような状況であれば即座に要請してくれた方が『救援が遅れて初期対応部が全滅した上で妖怪を逃がす』というパターンよりはリスクもコストも大幅に少なく済む」
「…………」
「これは責任問題ではなく、今後への課題と考えてほしい。今回の件は現場での判断にも問題はあったと思うが、夕子に事情を説明する前に出動がかかった場合の例外処理を指示しておかなかった私たちにも非がある……『戦後英雄プロダクション』はまだ体制の大部分が手探りだ。それを念頭に置いて、自分や仲間の身の安全に関わる問題があれば報告・連絡・相談を忘れず、成果を上げることよりも『ちゃんと生きること』を考えて行動してほしい」
それから、数時間後。
午後の基礎教養の初ノルマを終えて、昨日のことを思い出す。
『おいこら狂信者!! 貴族の連中は「自分が軽んじられてる」って思わされるのが一番不機嫌になるって言ってあったろうが!! すぐに戻って来い!』
『ドレイクさん! ごめんなさい! できるだけ早く戻りますからなんとか場を繋いでてください!! コットンさーん! 皆さんを送る前に私とニドラさんだけ王都ガロムまでお願いします! ほんと、めっちゃピンチなので!』
『メェェ……』
あの『10秒』の後……恐竜像たちをお札の貼られた注連縄のようなもので動かないようにしてから、トマルさんの能力で映し出される立体映像に対して平謝りする社長サマ。
そして、そちらの処理が一通り済んだらしい社長サマに、申し訳なさそうな顔をしながら話しかける蓬さん。
『狂さん……ごめんなさい、私が夕子の状態を説明せずにそのまま連れてきちゃったから……それで、ちょっとハプニングがあって……でも、夕子は悪くなくて……』
立体映像越しに怒られている社長サマを見て心底申し訳なさそうな蓬さんからの謝罪の言葉。
それに対して、社長サマはうつむきがちのその額に手を近付けて……
『えいっ』
『あうっ!?』
……デコピンをした。
そして、その一発でお仕置きは充分だというように、膝をついて蓬さんの目線に自分の目線の高さを合わせて、こう言った。
『本当ですよ、まったくもう……こういう作戦というのは互いの信頼で成り立つものなんですから。そのために訂正すべき誤認識があれば、それが個人の利益に繋がるものだとしても訂正しておくべきですよ。今回はなんで……ああ、なるほどなるほど。作戦に参加しなかったら夕子さんの卒業だけ遅れてしまうのではと思ったんですね? それで、夕子さんを強引に作戦に加えて想定外の状況になったと』
『うっ……』
『出席日数とか成績とか、そういう調節は子供が計算するものじゃなくて、大人に相談するものですよ。何もわからずに危険な現場に連れ込まれるなんて夕子さんも怖い思いをすることになるんですからね?』
『うっ……はい……』
『けれど、自分のミスを認めて大事になる前に大人を頼れたのは善いことです。ニドラさんと私なら愛理さんよりも早く現着できると考えて頼ってくれた、とてもいい判断でした』
蓬さんの頭を軽く抱きしめる社長サマ。
そして、彼女は私の方へも顔を向けて……一瞬だけ頭を撫でようとしてからそれをやめて、私の手をそっと握った。
『夕子さん、今回のことであなたに非はありません。むしろ、私たちの不手際で怖い思いをさせてしまってごめんなさい』
『いえ、そんな……さっきは、私のせいで……』
『いいえ……それも含めて、あなたに非はないのですよ』
社長サマは、手を握る力を強める。
少し痛いくらいに……でも、何故か心地よく、絶対に離さないでいてくれるという安心感を覚えるくらいに。
『今のあなたには……この世界で目覚めたばかりのあなたにはわからないことばかりで、時には知っていることと違って何を信じていいのかもわからなくなることもあるかもしれないけれど……そんな時こそ、私でも蓬さんでも、クラスメイトの皆さんでも、大人組の誰かでも。とにかく、相談して頼ってください。あなたが一番最初に「頑張るべきこと」は、その声をかける勇気を出すことなんですから』
……その後、社長サマはあの羊さんの馬車で会議をしていた王都まで急いで戻っていった。
ニドラさんのあの光みたいになって瞬間移動みたいに飛べる能力は一日一回しか使えない奥の手らしかった。
そして、現在。
基礎教養のノルマを終えて初期対応部としての『待機の時間』までの間にある自由時間。
社内施設のカフェに私を連れ込んだ蓬さんは、私の分のケーキまで注文してから、意を決したように手を合わせて頭を下げた。
「昨日はごめん! 最近は楽な妖怪が多かったから見学させてあげようくらいの気分で現場入りさせちゃった……オペレーターに回すこともできたのに、そもそも出動に夕子を入れたのだって、夕子だけ恩赦が遅れるのはよくないかもって思ったからだし……これでも、初期対応部の『部長』になったんだから、本当は私がそこら辺の判断をちゃんとしなきゃいけなかったのに」
「『恩赦』……そういえば、作戦に不参加だと何かポイントが手に入らないというようなことを、あの町で言っていましたわね。それに『卒業が遅れるかもしれない』とも……」
「うん、妖怪退治はペリカンコインも手に入るけれど、それ以上に私たちそれぞれへの『恩赦』に関わるポイントがあるから。卒業までにそれが溜まってないと色々と困ったことになって……まだシステムが固まってなくて未定だけど、『留年』みたいなことになるかもだし……」
「留年……いえ、確かに病欠であろうと一年近く出席できなければ出席日数が足りなくなるのはわかりますけれど……『恩赦のポイントが足りないと留年しないといけなくなる』というのは……」
魔法人形がケーキを運んできましたわ。
これも給食と同じように新技術の試作品らしく、冷凍されていたカチカチのケーキが目の前で魔法の光を浴びてフワフワに。
……冷凍ケーキと電子レンジでもこうはならないと思いますけれど、やっぱり魔法ってすごいですわね。
けれど、そんなのは蓬さんにとってはもう見慣れた光景なのか、魔法人形がケーキと一緒に持ってきたフォークを手にしてケーキをつつきながら話を続けます。
「ほら、愛理さんが旧都で『聖典』を燃やしたあの瞬間まで、私たちはテロリスト……『世界の敵』って認知されちゃってたからさ。私たちが『妖怪退治』を任されてるのも、司法取引的な側面があるんだ……『未知の能力を使う危険な異常存在』と最初にぶつかって、たとえ全滅しても情報だけは残すって役回りの『捨て駒よりはちょっとだけ上の囚人部隊』、みたいな。対外的にはって話だけどね。この隔離された社内施設も人格矯正施設って建て前で壁の中に造ってるし」
「囚人部隊……それに、人格矯正施設だなんて、それは、いえ、そう……ですわね……」
忘れてはいけないこと。
それは、私が『テロリスト』であったということ。
それが戦場で死にかけて、捕縛されて、長い間意識不明の内に独立運動も戦争も失敗に終わって。
目覚めたら戦犯として即裁判、下手をすればそのまま死刑台でもおかしくなかったものを、こうして『学校』にも行かせてもらえて、真面目に授業を受けるだけで社内通貨とは言え自由に使えるお小遣いまでもらえて、カフェでケーキまで食べられる自由が確保されているというのが異常。
それを考えればむしろ、あの目立つオレンジ色の上着と外せば音が鳴るだけの首輪を身に付けただけで外でも自由に能力を使っていいというのは甘過ぎるくらいの管理体制。
はっきり言われなければ囚人部隊扱いされているというのも自覚しない程度の束縛で、充分に実力を振るえる状態で戦地へ投入されて、普段は安全かつ楽勝。
そして……その仕事を『危険な妖怪と戦う部隊員として働かせて交換条件に恩赦を受けられる司法取引』ということにしてくれているのはかなりの温情を感じられる処置ですわ。
「まあ実際、人格矯正とは言わないまでも更生は必要だったというか……ギルドの後ろ盾とかあって動いてた『大人組』はともかく、私たちはその前に常識とか分別がなさ過ぎていろいろやらかしてるからね……その件についても含めた恩赦の口実として『妖怪退治』はちょうどいい案件だったの。危険ではあるけど、死ぬ心配はほとんどないし」
「教室の他の皆さんもですの?」
「そう……能力を上手く扱えてなかったり、そもそも倫理的な教育とか受けられなかったり事情はいろいろあるけど、普通に法廷に立ったら死刑でもおかしくないメンツだよ。あのダミーだって、直接人を殺したことはなくて師匠の命を守るためだったとしても贋作神器を王弟派のテロリストに渡したのは事実だし。あ、ちなみにねね……小野倉さんは別だよ? あの人はカジノでやらかした分は悪い転生者退治に協力した時に清算してるから。今は純粋に、私たちに『普通の人』との付き合い方とかを教えるためにクラスメイトになってくれてる人」
「…………」
「あの人は、私たちが目指すべき『大人』の見本でもあるんだと思う。私たちにとっての『卒業』は『恩赦を受け取って身綺麗にした上でのちゃんとした社会復帰』でもあるし。狂さん……社長は、そのためには『ちゃんとした青春』も経験すべきだって、こうやって壁の中に学校とかカフェまで作ってくれてる……前は『友達』だと思ってた人にいつの間にか『大人と子供』として護られる立場になってるっていうのは、少しずるいと思うし、寂しくもあるけどね」
「…………」
「……ていうか、いつの間にか流れで『三児の母』になっちゃってるし、その三人娘が私とクラスメイトとかって、そこだけ切り取ると完全に世代違いみたいなことになってるし。あの人、生き急ぎ過ぎだよね、昔から」
そう言って社長サマがいるであろう事務所の方を見遣る蓬さん。
その表情は複雑な感情が含まれたもので……そこには、私の知らない時間の深さを感じられました。
「素直に護られなきゃいけないってのは、理解してるんだ……まだ、世の中の悪いことは全部私たちのせいだって思ってる人も壁の外にはたくさんいるからさ」
「『世の中の悪いことは全部私たちのせい』……それは……」
「うん、馬鹿みたいな話だけど、そうやってわかりやすい悪役を憎みたい人、一度悪役だと決めつけたのをなかなか撤回できない人ってわりとたくさんいるんだ。よく『勝てば官軍、負ければ賊軍』とは言うけど、私たちは別に世界の支配者になったわけじゃなくて、平たく言っちゃえば外面の良かった悪徳貴族とか大惨事に繋がる厄ネタを世界に大きな被害が出る前に食い止めたってだけで、大抵の一般人にとっては『自分たちに降りかかるはずだった不幸が初期対応で終わったこと』の恩恵なんてあんまり実感できないから」
「…………」
「それに、有名な監獄実験の話じゃないけど、そういう私たちが世界を歪める元凶だーみたいな『空気』を私たちまで共有したら、私たち自身の心の歪みにも繋がるし……それを防ぐための『儀式』ではあったけど……やっぱり、そういう総意の毒っていうのは強いから、もう少しこの壁に護られてやり過ごさなきゃだからね」
監獄実験。
立場が人を作る、立場が人格を歪めてしまう。
昔テレビで見たことがある、心理学の恐ろしい実験結果。
そう考えると……この壁の中は、きっとその逆のことをするための場所なのだろう。
「外の空気も少しずつ改善はできてるけど、まだみんな『卒業』には早い……もちろん大人組のみんなやキャシーさんたちは事情をわかってる側だけど、世間一般レベルだとまだ私たちが悪いはずだって認識してる頑固な人も多いし、『報道機関』のシエスタさんたちが広報作戦も進めてくれてるけど、対外的には『反省の証として危険な仕事を請け負って社会奉仕してる』ってアピールもまだ必要なんだよね」
「…………『私たちが壁の外に出ると危険』というのは、そういう意味もありましたのね」
「……改めて、ごめんね。何もわからない夕子のことをサポートするって申し出ておいて、結果があれじゃそりゃデコピンだわ。見た目じゃわかんないかもしれないけど、社長のデコピン結構痛いからね? 夕子は叱られないように気を付けなきゃダメだよ?」
……『優しい世界だ』と、そう思ってしまった。
過去の償いをさせてもらえて、青春を用意してもらえて、ダメなことをしたら感情的に怒鳴りつけるんじゃなくてちゃんと叱って反省を促してくれる大人がいて。
こんな環境だったなら、私はこんな自分にならなかったかもしれない……そんな、『こんな環境だったら』と思える世界が目の前にあって、そこで生きることを許されていて。
けれど……だからこそ、どうしても確認しておかないといけないことがある。
「その……謝罪の代わりというわけではないのですけれど、どうしても試したいことがありますの。協力していただけると……」
「もしかして……『守護者』のこと?」
「はい……」
十数分後。
蓬さんに手伝ってもらって使用許可を得た屋内運動場にて。
私たちの能力訓練にも使えるように頑丈に設計された施設の中、私が挑戦しているのはシンプルな『的当て』。
記憶の中にある以前の私の『不明』の触手であれば、手の届く場所のリモコンのスイッチを押すくらいには簡単だったはずの課題で……
「どうして……どうして、こんなに下手に……!」
「か、完全に制御不能になってるね……転生したての頃の私よりも酷いかも……」
改めて試してみて、蓬さんにドン引きされるほどのノーコン。
正直、私の守護者を止められる蓬さんがいなければこの施設の壁を傷だらけにしていてもおかしくないくらいに制御不能。
そして、狙っていたはずの的は綺麗な新品そのままの状態で無傷そのもの。
書類にサインして入社した時には『戦うことしかできない』なんて思っていたのに、これじゃあ……
「私の人生……終わりましたわ! 能力の扱いすら、戦力になることすらできない私にはもうなんの取り柄もありませんわ!!」
「ま、まあまあ……ほら、スランプとかそういうのもあるし、長く寝てて腕がなまってるだけかも……」
「そんなレベルじゃないのは同じ守護者使いの蓬さんなら一目でわかりますよね!? というかよく昨日はとっさに止めてくれましたわね! 下手したら私が皆さん殺してましたわよこれ!?」
「あー、うん……ぶっちゃけ今になって夕子を連れて行ったの本当に洒落にならないミスだったと思ってる……今の私、人生で初めてレベルで幸運の女神様にガチ感謝してる」
目を逸らしながらそう言う蓬さん。
同じ守護者使いだからこそ、私の現状が本当に酷いことを理解できてしまうからなのでしょうけど、これまで全肯定してくれていた人からその顔をされるのはかなりショックですの。
「あはは……これじゃあ恩赦なんてありえませんわね……私だけ一生留年、後輩たちがどんどん卒業していく中で教室に居座るオバサンになっていくんですわ……」
「い、いや! 一応、復興事業とか戦英プロの他の仕事でも恩赦ポイントはもらえるからさ! 気を落とさずに……とりあえず、能力使わずに活躍できる技能資格とか取ろっか……」
「ガクッ……」
私が完全に地に膝をついて挫折していた、そんな時……
「話は聞かせてもらったよ! とうっ!」
掛け声と共に聞こえるジャンプ音と布の翻るような音。
そして、反対側から聞こえたシュタッという着地音……もしかして、空中回転しながら登場しましたの?
挫折中で地面しか見えていなかったんですけども。
「シックスさん! いや、すごい気合入れた登場したけど肝心の夕子から見えてなかったと思うよ!?」
「あー、やっぱり? いや、頼れる大人感出るかなーって思ったけど、跳んでから『あれ? 夕子ちゃん見てなくない?』って気付いたんだよねー……反省反省」
顔を上げると、そこにいるのは変身ヒーローのような格好いいポーズを決めながらにわかに顔を赤らめるシックスさん。
牧場帰り以来、一昨日ぶりですわ。
「さて、気を取り直して……夜神さん、ボクは戦英プロの中で一応『臨時勇者部長』ってポジションでさ。みんなの悩み事を見つけて解決する仕事をしてるんだ。だからさ……その悩みの解決、ボクにも手伝わせてもらっていいかな?」




