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転生したので狂信します外伝:『夜神夕子の友達100人計画』  作者: 枝無つづく


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第2話 『戦後英雄プロダクション』

side 夜神夕子


 『シックス・ブレイブ』。

 かつて私たちはあのロバートさんから、その名を指して『絶対に憶えておいてほしい名前』だと言った。


『もしも、正規勇者のセブンスという少年に殺されそうになったとしても、その名を口にすれば一瞬だけでも隙を作れる……かもしれません。確実性は保証できないので本当に最後の手段だと思っておいてください』


 レイさんが後で教えてくれた話だと、『シックス・ブレイブ』というのはかつてセブンスの姉のような存在であった人物で……他ならぬセブンスの手によってその命を落としたらしい。


 それも……おそらくは、セブンスの所属する『ガロム正規軍』の不正を告発しようとして、正義のための行動だったはずなのに、弟のように思っていた人間に斬り殺された。


 だから……レイさんからは、確かに隙はできるかもしれないけれど、使うのはやめた方がいいと言われた。


 きっと、激昂させることになるから。

 その一瞬の隙なんかで逆転できるような実力差があるのはたぶんロバートさんだけで、私たちがやっても八つ当たりで八つ裂きにされてしまうだろうと……そんな警告をされたことを、ちゃんと憶えている。


 そう……『シックス・ブレイブ』は、死んだ人間のはず。


 目の前でその名を名乗った彼女は幽霊でもゾンビでもない、確かに生きた人間で、そんな識別番号みたいな名前と同姓同名の人間がいるとも思えなくて……


「な、な、なんで生きていますの……?」


 ……そんな、少なくとも私にとってはほぼ初対面のはずの人に対して取る態度としては失礼極まりない反応をしてしまったのも、意図したものじゃなくて。

 言ってしまって、やってしまってから内心で後悔が湧き上がる。


 だって、そんな言葉……目の前の人に『あなたが生きているのはおかしい』と言っているのと同じなのだから。

 少なくとも……第二の生をもらった上に死にかけて、憶えてはいないけど死にかけのところから蘇生までしてもらって『戦後英雄プロダクション』という居場所にまで招いてもらった私が言っていいことじゃない。

 『私はどうして生きているのだろう』なんてことすら考えてしまう私に、他人が生きている事実を否定する権利なんてあるはずない。


「あー、そっか……うん、そういえば夜神さんってそこら辺の記憶までしか思い出せないんだよね。うん、そういう反応になるのも無理ないと思うよ。だからそう青くならないで、ね?」


「ご、ごめんなさい……でも、そこら辺というのは……」


「いやさ、ボクって長いこと死んだふりしてたからね。三年くらい前にちょっとやらかして、その時にフィース姉さんたちに助けてもらったんだけど……まあ、生きてるって知られると命を狙われる立場になっちゃうから、そのまま死んだことにしておいた方が都合が良くってさ」


 『凄腕の職人さんに偽物の死体とかも造ってもらって』と付け加えて。

 シックスと名乗った彼女は、自分が過去にやらかしたヘマを恥ずかしがるように頭を掻いて笑った。


「実際、その時の怪我で死にかけてたし、フィース姉さんに匿ってもらってた間も、表面上は私が本当に死んでた場合と同じように社会が動くようにいろいろと辻褄を合わせてもらったりしてさ。ちゃんと万全に動けるようになったのはわりと最近の方だから、夕子ちゃんがあの砦にいた頃はまだ死人扱いだったんだよ。情報操作とかもしてたし、伝聞で知ったなら『なんでしれっと生きてんの?』ってなっちゃうのも仕方ないよ」


「そ、そうでしたの……そうですわね、確かにそういう事情でしたら……納得ですけど……」


 納得するしかない。

 実際に目の前に生きているのだから。

 私が直接死の瞬間を見たわけじゃないのだから……ロバートさんやレイさんが操作された情報を信じていて、それをそのまま私に伝えたのなら、私には『シックスさんは死んでいる』という情報しか届かない。

 そして……今、彼女がこうして堂々と顔を晒して名前を名乗れる立場にあるということは、私が思い出せない期間のどこかで『偽装死』を解いて正体を明かす機会があったということ。


 そして、おそらくは……私も、それに立ち会った一人なのだろう。

 だから、シックスさんは当たり前に名前を名乗り、偽装死の種明かしをすっかり忘れてしまっていた私は二度目のそれを初見のように新鮮に驚いてしまった。


 それだけの話……これは、そういう話なのだろう。


 決して、私が彼女の自己紹介を聞いて最初に思ってしまったようなことなんて……知られるべきじゃない。


「……クックッ、なるほどなるほど。リーダー、夕子さんはあなたが『シックス・ブレイブ』と名乗ったことで『ここが実は死後の世界なのではないか』と思ってしまったみたいですよ?」


「え? なんで?」


「…………」


 狂信者さん……いえ、社長サマ。

 ナチュラルに人の心の中を読まないでくださります?

 彼女、いえ、『彼』だった時の狂信者さんに関してロバートさんから聞いた時には『心を読める能力の転生者だ』なんて言ってなかったはずなのだけれど。


「クックッ、そんなに睨まれても何を仰っしゃりたいのやら。いえ、実はつい先程、夕子さんは最後の記憶ではわりと真面目に絶体絶命の状況だったおかげで『自分はなんで生きているのだろう』と疑問に思っているという話をしていまして。そこに死んでいると聞いていた人物がいきなり普通に現れたことで自分がやっぱり死んだのではと思ってしまったようで」


「あー……あー! それは確かにそうなるか! いやごめんね! 大丈夫、ちゃんとここにいるみんな生きてるから! ね! 天儀さん! なんかいい証拠とか証明とかお願い!」


「いきなり振られてもわりと難しいんだが……そうだな。夕子、お前の記憶だと最後に憶えてるのは旧都の砦でそこのノン・ブレイブと戦ってた場面だったな」


「あ、はい……戦ってたというか、一方的過ぎて戦いと呼べるものになってなかった気もしますけど」


 シックスさんと一緒に事務所に入ってきた天儀さんに最後の記憶のことを聞かれてそう答える。


 謙遜でもなんでもなく、本当に一方的に殺された……いや、殺されかけたことだけははっきり憶えてる。

 まあ、その相手が今では社長サマを『ママ』と呼び慕うただの女の子みたいになってることがちょっと信じられないのですけども。


「ならまあ、ノンの強さは身を持って知ってるだろ。ぶっちゃけ元第六位冒険者だった私から見ても非常識というか……こんなのを誰が殺せたんだって話になるだろ。お前が刺し違えたってわけでもないんだし」


「アイリさーん? もしかしてだけど、わたしの悪口言ってる?」


「悪口というよりもあの時はドン引きしたという素直な感想の話というかな……ノン、お前も不本意な改造で得た力を褒められたいタイプじゃないだろ。というか、本当に化身に入った美の女神が殺す気で本気の槍を振るっても、直撃ですっ飛ばされて『すごく痛かった』で済んだのはさすがに皆引いたからな? 本当にお前レベルでクソ硬いやつなんてどうやったら死ぬんだっていうのが夕子にも一番わかりやすいだろ」


「…………」


 一番わかりやすいと言われても、私の記憶の中では彼女に一撃だって反撃できた記憶がないので、ノンさんがどれだけ硬いのとか知りませんけど。

 防御力というか、本当に文字通りの瞬殺でドン引きするような攻撃力しか知らないのですけど。


 しかし、天儀さんの中では私もノンさんの硬さを実感できる程度には善戦できていたイメージのようで。

 何故か過大評価されていますわね……記憶がない期間にそれだけ評価してもらえるような戦いでもしたのでしょうか。


「どう? 夜神さん、ピンとは……来てないみたいだね……」


「まあ、確かにノンさんが非常識に強くて硬くて敵として見たら嫌気が差すほど面倒なのは認めますが」


「え、ママ? 敵だったときのママってわたしのことそんなふうに思ってたの?」


「それはそれとして、いくら強かろうとやはり死ぬ時は死ぬだろうと言われれば否定はできませんし。そうですね……やはり、『生きてる実感』というものを得てみるというのが一番合理的なやり方では?」


 そう言って、血色の髪を手のように伸ばして、棚の引き出しから書類を一枚取り出して自分の目で確認する社長サマ。

 ……便利そうですけど、絵面が昔話の妖怪みたいですわね。


「入社初日の仕事というのは、『職場の見学』が基本かと思いますし。そのついでに風を浴び、命に触れ、美味しいものの一つ二つも食べてみるというのが健康的な生の実感法になりますかね。丁度、今日は奥田さんの牧場に視察の予定がありましたし、いつものようにレイさんに行ってもらおうかとも思っていましたが……これに夕子さんも参加してもらっちゃいましょうか。新しい乳製品の試食もあるそうですし、確かレイさんとなら面識の記憶も……」


 と、そこで。

 シックスさんが社長サマの声を遮った。


「あー、狂信者さん。それなんだけど、レイさんの代わりにボクが夜神さんと行ってもいいかな?」


「それは構いませんが、遠征でお疲れでは? 夕子さんへの諸々の説明は後日することになるでしょうし……あなたも、『今の夕子さん』と無理に向き合わなければいけないというわけではありませんし」


「うん、それはわかってるんだけどね……お願いっ! この通り!」


 社長サマに向けて手を合わせて頭を下げるシックスさん。

 それを見て、社長サマは一つ小さく息をつく。


「まぁ……そこまで言うのであれば、こちらも何も言いませんが。トマルさん、寺井さんに護送メンバーの変更を連絡しておいてください。あと、ニドラさんはレイさんに予定の変更をお願いします。天儀さんは今回の遠征について、わかる範囲でいいのでリーダーの側の事件についても教えてください」


 役職にふさわしく仕事を振り分けていく社長サマ。

 その仕事ぶりを信頼しているのか、シックスさんは私に向き直って優しげに笑った。


「うん、じゃあそういうことで……ちょっとピクニックに行こうか、夜神さん」




 『アビスの箱庭』。

 この世界の主だった都市に最近設置されたという、私の知らない『魔法の転移装置』のようなものを通って、事務所のあった『ピークドット』から私の知らない地名の街への瞬間移動。


 そして、転生者の運転手さんが操る不思議と揺れの不快さもないバスで小さな丘を越えて、見えてきたのは大きな『牧場』。


「ありがと、寺井さん。また帰りもよろしくね」


「はい、今回は夕子さんもいますので、あまり暗く……いえ、遅くなりませんように」


 ……ここまで、私とシックスさんの間に会話らしい会話はほとんどなし。

 一応、人目を集めないようにと上着と大きめの帽子を渡されてからは彼女の先導に黙って来ただけ。


 その原因が私の態度だというのはわかってる。

 けれど……何を話したらいいのかわからない。


 さすがにコミュ障とは言わないにしても、友達作りというのを避けて人を寄せ付けないように生きてきてしまった私には知り合ったばかりの相手と会話を弾ませるというのは……ましてや、それが完全な赤の他人どころか、自分が記憶喪失になってしまったせいで一方的にこれまでの交友関係を忘れてしまっただけらしい相手なんて、どう接したらいいのか見当もつかない。


 これならむしろ、レイさんが相手であった方が私が忘れている期間に何があったのかを聞くのも簡単だったかもしれないけれど……


「……ごめんね、夜神さん。無理言って連れてきて、こんな気まずい感じにさせちゃって」


「い、いえ! 悪いのは私の方で……」


「ううん、そういうんじゃなくてさ……どっちが悪いとか、そういうのじゃなくて。ボク自身も……今、こうやって二人で話さずに距離を置いちゃうと、たぶん面と向かってもう一度話す勇気が出なくて逃げちゃう気がしたからさ……けど、まあ、そうだね。うん、決めた!」


 牧場の入り口。

 木の柵で囲まれた家畜たちの放牧場。


 私には読みにくいけれど、『オクダ牧場』という看板がかけられた門の前で立ち止まったシックスさんがいきなり指を立てて声を張った。


「はい! 新入社員の夜神夕子さん! 最初の問題です!」


「は、はい!?」


「私たちの所属する会社である『戦後英雄プロダクション』とは、どんなことをしている会社でしょーか?」


「い、いきなり……もしかして、これ入社試験とか兼ねてますの!? サイン一つで入社できるとか怪しいと思ってましたけど、もしかしてまだ仮入社だったりしますの!? 私、この試験に落ちたら路頭に迷いますの!?」


「いや、別にそういうんじゃないから安心してほしいんだけど……ほら、夕子ちゃんってさ、まずは仕事の話から入った方が距離感とか掴みやすいタイプかなって。いきなり『あなたが記憶喪失になって忘れちゃった友達です』って感じで接されるよりは、たぶんその方が気楽でしょ? なら、ボクもまずそっちからアプローチするべきかなって」


 そう言われてみて、確かにと納得する。

 私にとっては『記憶にない知人』というよりも『仕事の上司と部下』という関係の方が受け入れやすいのは確かだ。

 私は前世から、『大人から言われたことを言われた通りにする』……それだけで生きてきてしまった人間だから。


「……却下。『上司と部下』っていうより、『先輩と後輩』の方がいいかな。狂信者さん……社長はボクのことをまだ『リーダー』なんて呼んでくれてるけど、ボクはみんなと上下の関係だと思ったことないから」


「こ、心が読めますの?」


「それこそ狂信者さんじゃないからそんなことできないけど、経験でなんとなくわかるよ。記憶がないなら夜神さんはこう考えるだろうなってことくらいは」


 ……思っていたことを当てられた。

 魔法でも転生者みたいな能力でもなく、私の知らない私とのコミュニケーションの経験から。


 知られている。

 私が思っているよりも、私が彼女を知っているよりも、彼女は私のことを知っている。

 だからこそ、敢えて私が距離感を掴めないでいることを理解して、関係をリセットしてくれている。


 申し訳ないけれど……その方がありがたいのは確かなことだった。


「戦英プロの理念……『転生者の力の平和利用』、だったかと思いますわ。私のように……戦争の時代であれば敵と戦っていればよかった転生者が、この『戦後』に無法者として世間様に迷惑をかけないように、平穏な時代でも平和に活躍できる方法を見つける会社……で、合ってますわよね?」


「うん、夜神さんが受けた説明の範囲なら、それで正解だね。転生者向けの一番大事な部分だし。けど、戦英プロ全体の役割としては、それだけじゃないんだ。ついてきて」


 そう言って門の鍵を開けて牧場の敷地に歩を進めるシックスさんに付いていく形で、私も敷地に入る。

 そうして、少し歩いていくと……見えてきたのは、牧場で動物たちの世話をする『子供』の姿。


 それも、一人二人じゃなく、ここから見える限りでも十人以上。


「端的に言っちゃえば、戦英プロは『負の遺産の後始末』を全面的に支援するって会社なの。ここの子供たちは……『闇市』って組織で商品扱いされてた子がほとんどなんだ。それを、こうやって療養地に引き取って、定期的に腕のいい『癒し手』に引き合わせて辛い記憶をぼやかしたり、仕事を教えたりとか」


「あの、子供を『商品扱い』というのは……?」


「あー、えっとね……うん、まあ、言いにくいけど『エッチなこと』……とか、だったりが多いかな。保護される前は、まだ幼い身体でそういうことに耐えられずに大人になるまで生きていけないのが当たり前だったみたいで、未来の事とか考えたこともないのが当然って感じの環境だったらしくて……『闇市』では孤児とかをそういうふうに扱ってたみたい。他にも、才能を見出されて暗殺者として育てられたりしてた子もいるけど、安易にそっちの方が幸せだったとも言えないかな」


「暗殺者として……そういえば、『正規勇者』というのは軍で……」


 そうやって、私が質問を返そうとしたところで。

 私の声よりも元気のいい大きな声が飛び込んできました。


「シックスー! ひさしぶりアタッーク!」


「エイスー! 相変わらず可愛いなー! このおチビちゃんめー! ウリウリー!」


「きゃー!」


 無邪気に飛び込んできたのは、白髪の癖っ毛と左右で色の違う青色と金色の瞳が特徴的な小学校低学年くらいの女の子。

 シックスさんは女の子を受け止めて抱き上げると、まるで幼い妹とじゃれ合う姉のようにその癖っ毛の頭をウリウリと掻き乱す。


「最近来てくれないから寂しかったんだからー! もー……あっ、夜神夕子」


 そして、頭をウリウリされながらこちらに気付くなりフルネームを呼んでくる女の子。

 例のごとく、私には見覚えがないのですけれども……


「あ、夜神さん。これ、ボクの血の繋がらない生き別れの妹のエイス。ちなみに暗殺者として旧都の砦に潜入してたから一方的に面識あるけど気にしないで」


「情報量が多い紹介ですわね!」


 妹と言われても年齢差込みで考えても明らかに似ていないのは……いえ、それこそ血が繋がっていないというのなら当然なのですけど。


「というか、暗殺者として……本当にそんな小さな子供まで……」


 と、そこで。

 視界に入る子供たちの奥に、一人だけ納屋の日陰で椅子に座ってサンドイッチを作っている女の子がいることに気付く。

 見た目は、レイさんと同じくらいの、小学生か中学生辺り……けれど、その服装と体型は……いわゆるマタニティドレスと、手脚が胴体相応に太くなるはずの肥満体型とは明らかに違う膨れ方をした大きなお腹。


 目の前のエイスのように、これだけ小さくて暗殺者として利用されていた子供もいれば、あんなふうに……きっと私よりも何歳も若くして、あんな重たいものを抱かされてしまった子供もいる。


 そういった『負の遺産』をどうにかするために作られたのが『戦後英雄プロダクション』。

 私が入ったのはそういう場所なのだと実感したところで……


「ん? あ、おーい! シックスー! それに……夕子かー? 久しぶりだなー! サンドイッチ食べてくかー?」


「あ、夜神さん。あそこにいるのが転生者の軽田さん……じゃなかった、『奥田りりこ』さん。あはは、前は軽田さんって呼んでたから癖でたまに旧姓で呼んじゃうね。この牧場の経営者であると同時にうちの会社の出資者(スポンサー)……日本風に言えば大株主みたいなポジションの人だから、あんまり失礼な事は言わないようにね」


「ちょっと待ってくださいまし!? え、転生者……は、ともかく、経営者で大株主って、はい!? 保護されてる側ではなくて!?」


「うん、ああ見えて凄腕の投資家なんだよあの人。あと、小柄で童顔だからわかりにくいけど二十六歳で普通に私たちより歳上でベテラン転生者だから。今は産休取ってるけど冒険者ランキング上位ランカーだし。まあ、あの外見であのお腹は犯罪的に見えちゃうっていうのは同意するけど」


「おーい、聞こえてるぞー。というか夕子、お前は旧都砦が落ちた辺りまでは記憶あるんだろうが。一応は面識あるぞアタシたち」


「あっ、えっ!? いつ、どこでですの!?」


「まだ砦が完成してなかった辺りでガロム正規軍の攻撃あったろ。あの時、うちの旦那のミサイル止めてたのお前だろ」


「ミサイル……あー、確かにそんな記憶も……あら?」


 ちょっと待ってくださいまし。

 確か、あの時に攻め込んできた軍隊側の転生者の方々は……あらぁ……?


「……シックスさん……?」


「ん? どうしたの?」


「やっぱり私、本当は死んでるんじゃないんですの!? あの時の敵部隊の転生者って全滅したって聞いたはずなんですが!? ここ、やっぱり死後の世界じゃありませんの!?」


「あー、全滅……そういや、あの時はそういうことになってたな……いや、実際あの時はシックスやアイツがいなかったらそうなってたけど、変に混乱させちまったか?」


「あはは、うん。ちょっと夜神さん、今は自分が生きてることが信じられないってなってる時期だから。落ち着くまで大目に見てあげて」


「この流れで私が変な子扱いされてるのは納得いきませんわ!」


 いえ、聞こえてくる会話の内容的にはシックスさんと同様に死を偽装して生き延びたということなのでしょうけど。

 それに確か……ミサイルを飛ばしてきた方を『旦那』と呼んでいましたが、『ロボットみたいな転生者とその補助能力の転生者』のコンビを倒したのはレイさんだったはず。


 レイさんであれば……まあ、相手が生きていたら見逃しても不思議はありませんわね。

 私もそういう秘密を共有してもらえるような関係ではありませんでしたし。


「で、一応は視察だろ? どうだい、うちの運営状況は」


「うん、例のごとくちゃんとしてるのはエイスたちの顔を見ればわかるよ。結界もちゃんと機能してるし、これなら子供たちも安心して療養できるね」


「ま、うちはコスト度外視でやれるのが強みだからな。アタシが気軽に外に行けないのが難点だが」


「そこら辺に関してはレイさんの研究に期待してあげて。でも、お産が大変そうなら迷わず連絡してね。一応はプロの人をいつでも呼べるようにしてあるけど、長期入院もできるくらいの貯蓄も確保してあるから」


「ああ、アタシの身体が『安産型』じゃないって自覚はあるからな。少しでもヤバそうならすぐに声かけるよ。ま、それはまだ今月じゃないだろうし……ほれ、夕子。これ、持ってけ。今回の試供品と、オマケにアタシの手作りサンドイッチだ」


「え、あの、いいんですの? 試供品はともかく、サンドイッチは私たちのために作っていたものじゃ……」


「遠慮すんなっての。減るもんじゃないんだから」


「サンドイッチは減るものだと思いますわ……」


「アタシの場合は減らないんだよ。ほれ、見てみ」


 私に手渡されたバスケット。

 その中には、おそらくは牧場製品の試供品であろうチーズや冷えた小壺と、今さっき作っているのをこの目で見たサンドイッチが惜しむことなく入れられていて。

 この量なら、きっとそれは彼女が作っていたサンドイッチのほぼ全てのはず……なの、ですけれど……


「あ、あら?」


 テーブルの上には、全く減った様子のないサンドイッチの皿。

 見間違いでなければ、ほとんど全てをこのバスケットの中に移したはずなのに……


「言ったろ、『減るもんじゃない』って。若いのは遠慮せず、とりあえず美味いもんでも食っとけ。難しいこと考えるのはその後でいいさ」




 十数分後。

 牧場の片隅にある木陰で、りりこさんから渡されたサンドイッチと試供品の乳製品をシートの上に広げて食べる。

 エイスさんは家畜の世話の仕事に戻って、私とシックスさんの二人で人数分に対して少し豪華に感じられるバスケットの中身を堪能する。


「確かに、美味しいですわね……」


「りりこさんが能力を使って食べ物を増やす時は、一番いい材料を使った一番質のいいやつを選んでくれるからね。ボクたちのために用意しておいてくれたんだと思うよ」


 緑の広がる牧場を視界に収めながら、サンドイッチと色んな種類の乳製品の詰め合わせを楽しむ。

 そんな、まさしく『ピクニック』そのものな時間を味わっていると、私が今いる世界が死後の世界だとしても……それが、こんな感じだったなら悪くはないのかもしれないと思えてきてしまう。


 そう考えると、心に余裕ができてきて……少し、思うことがあった。


「シックスさん……一つ、お尋ねしてもいいのかしら?」


「いいけど、何か気になることがあるの?」


「ええ……私、自分のことを……自分のことだから、きっと友達なんてできないと、作れるわけがないと思っていたの。記憶喪失になっているといっても、きっと忘れている時間も戦力として使われる勢力が変わったり、それで味方として認識するべき人が増えたりしただけで、私自身は変わらなかったって……友達なんて、作れなかったはずだって」


「……そんなことないよ。きっと、戦英プロの誰に聞いてもそう答えてくれると思う」


「ええ、みんな……私のことを、『夕子』と呼んでくれていますものね。私は名字で……家の名前で呼ばれるのが当たり前でしたのに。相手が赤の他人であれば、それも『大人』であれば、名前呼びなんて落ち着きませんもの。自分から『こう呼んでほしい』なんて言えないので、落ち着かなくても『夕子』と呼ばれればそのまま応えるのでしょうけど。それでも、やはり馴れ馴れしく感じて、逃げたくなってしまう」


「…………」


「きっと……記憶を無くす前のシックスさんたちと『出会ったばかりの私』も、そうだったのでしょう? だから、あなたは私を『夜神』と呼んでくれている……まだそこまで親しくないから、そこまで親しくなれる前だから。名前呼びに戻すべきタイミングはまだだと」


 きっと、あちらにとっては他人行儀にする方がストレスになるはずなのに。

 私に馴れ馴れしくしすぎてストレスを与えないように微妙な距離感を測りながら、もう一度仲良くなろうとしてくれている。

 

 シックスさんは、他の誰よりも特にそこに気を遣ってくれている。


「……私たちの関係は、どんなものでしたの?」


 どうとでも答えられるような曖昧な質問。

 それに、どう答えを返してくるのかを知りたかった。

 それを知れば、私もそう振る舞おうとして逆にうまくいかなくなってしまうかもしれないけれど……それでも、シックスさんの中にいる私の思い出の形を知りたかった。


「……実は夜神さんの記憶がないの、ある意味ではボクのせいでもあるんだよね」


「……え?」


「いや、なんていうか……敵の攻撃で死にそうになった時に、庇ってくれたからさ……申し訳なくて、お見舞いに行くのもちょっと避けちゃってた、ごめん。それから、こんなこと言われても困ると思うけどさ……ボクは、キミの記憶が戻らなかったなら、そっちの方がいいってことじゃないかとも思ってる」


「それは……なんで? 皆さんと一緒にいた時の私は……」


「ううん、一緒にいた時が不幸そうに見えたって話じゃないよ。だけど……うん、きっと幸せだったからこそさ。今のキミだって、同じように幸せになれるんだから、最初から積み上げ直してもいいと思うんだ。取り戻すんじゃなくて、生まれ変わった気分でさ」


 ……わからない。

 記憶喪失になった人間には、『早く思い出せるといいね』みたいなことを言うのが常識じゃないかと思う。

 その失った記憶が不幸ではなかったのなら、幸せだったというのなら、『だからこそ』最初からやり直した方がいいなんて言われないと思う。


 今の私には、目の前の彼女の真意はわからない。

 彼女がどんな意図があればそういうことを言うような人間なのか、知らないから。

 けれど……


「……さて、ここで問題です。新入社員の夜神夕子さん」


「またですの? それも、いきなりですの?」


「サービス問題だからね。さて、キミの前世の世界、地球の世界史についての問題です。第二次世界大戦が何年続いたか知ってる?」


 唐突な質問。

 第二次世界大戦が何年間続いたのか。


 ……たしか、『1945年』が終戦の年であることは間違いないはずだけれど、始まりの年は憶えていない。

 けれど、『第二次世界大戦の中で育った世代』というような言葉は聞いた憶えがあるから、それを元に一世代くらいと考えると……


「……二十年くらい?」


「ぶっぶー。正解は……『六年』だよ。じゃあ、次の質問。その後……そうだね、それを冷戦終結までとすると、『戦争の後始末』に何年くらいかかったかはわかる?」


 『二十年』と思ったものが『六年』だった。

 大きく外してしまった答えから、次も自分の中に正確な知識がない質問について考える。


 『戦争世代』というフレーズは聞いたことがあるけれど、『冷戦世代』というフレーズを聞いたことは記憶にない気がする。

 つまり、冷戦というのは世代と呼ばれないくらいの期間で、そういう世代の区切りができるのが六年くらいだとすれば……


「三、いえ、四年……くらい?」


 それが、私の推理。

 元々推理で出すような答えじゃないのはわかっているけれど、テストはいつも模範解答を丸暗記していた私には身についた知識なんてないから推理で答えるしかなかった。

 けれど、戦争の期間が六年なら、その半分くらいというのはかなりいい線をいっているのではないかという自信はあって……


「ぶっぶー……またしても残念でした。正解は、『四十年以上』だよ。意外と長いでしょ?」


 ……少なく見積もっても十倍以上。

 自信があったなんて恥ずかしくて口にできないような大外れだった。

 けれど、それにしたって……


「六年の戦争で……後始末が、四十年以上……」


「うん、物語とかだと戦場や戦略なんかに焦点が当たって戦後のことは後日談だったりダイジェストだったりであっさり終わったように見えちゃう事が多いけどね。実際は、『戦後』の方が長いし、することがずっと多いんだ……何せ、その先の『未来』を創り直さなきゃいけない期間だからね」


 シックスさんは、手を広げると背中から地面に倒れて、木漏れ日を顔に受けながら目を細める。

 まるで……今のこの時間を『夢見心地』だと示すように。


「社会も人も一緒さ。キミも……ここが死んじゃった後の世界に見えるなら、それでいいから。生まれ変わったような気分になってみて、ゼロから生き直してみない?」


「でも、それは……戦英プロの皆さんやシックスさんが仲良くなった『かつての私』を消してしまうということになるのではありませんの? そんなの……」


「それでも、さ。キミの知らない『夕子ちゃん』の交友関係を再現しようとして今のキミの心を軽んじるのは、違うと思うんだ。みんなには、ボクから言っておくからさ……キミの新しい生き方はこれからゆっくり見つければいいよ。それで前と違う『夜神夕子』になったとしても、それがキミが一番幸せになれる道ならそれが一番だとボクは思うんだ」


 私が記憶をなくしたのが、シックスさんを庇ったためだというのなら。

 シックスさんは、謝りたいんじゃないんだろうか。

 私の中の『忘れてしまった私』を揺り起こせるなら今すぐに揺り起こして、謝罪や感謝を浴びせかけて、心の重荷を下ろしたいと思っているんじゃないだろうか。


 けれど……彼女は、私に『私自身が一番幸せになれる道』を選べと言う。

 それが私自身にとってもすごく難しいことだということを知っているのか知らないのかはわからないけれど……


「そんなの……一生かけたって、私が、『幸せ』になるなんてできないかもしれませんわよ? 記憶をなくす前の、忘れてしまった私が幸せだったというのなら……そんな奇跡なんて、二度と起きないかもしれないのに」


「だとしても、その奇跡を見つけるために自分自身の人生をちゃんと生きてみてほしいんだ。戦争のせいで、何かとの戦いのせいで……苦しかった人生のせいで、誰かが諦めてしまった未来を取り戻す。どうにもならないと思ってしまうような悲惨な現実をみんなでどうにかこうにかして、戦争よりも長い道を歩ききって、最後はみんなで幸せになる」


「みんなで、幸せに……?」


「そ。そのために、戦いの中で身についたものを、生きるために足掻く中で身についてしまった『一芸』や『能力』を、今後はどうやって使うべきかを考える。戦英プロは単なる人材斡旋組織じゃなくて、失ってしまった人生の輝きを取り戻す方法を見つけてサポートしてくれる仲間のいる居場所……そういう意味での『芸能事務所』でもある」


 シックスさんは、微笑みながら私の目を見て言った。


「キミも、過去に囚われず歩き始めてみて。ボクたちの『戦後英雄プロダクション』は、そのための場所なんだから」




 翌朝。

 私は、入社時に与えられた寮の一室で目を覚ました。

 昨日は牧場の視察を終えて、たくさん食べていたせいか帰りのバスの中で眠くなってしまって……


「あんまり憶えていませんけど、シックスさんが部屋まで送ってくれたんでしょうね」


 やっぱり、長く活動していなかったせいで体力が落ちていたのか、それとも遠出で思ったよりも気力を消耗していたのか。

 外から差し込む光は完全に朝のものでしたわ。


「……夜中に起きてしまっても大丈夫なように、部屋全体に間接照明がつけられていますわね。やっぱり、私のことはちゃんと知っているみたい」


 部屋の隅を見てみると、いくつかの木箱が置かれていた。

 どうやら、新入社員としての入寮に際しての生活道具一式とかその辺りのようで。

 本当はすぐに出して整理するべきなのでしょうけど……


「確か、社員としての仕事は基本的に夕方辺りから……というようなことを言っていましたわね。なら、もう少しだけ……」


 思いの外、ベッドの質がいい。

 というよりも、記憶にあるこの世界の寝床が旧都砦か病室のものくらいで……あの頃は比較対象があまりなくて気にしなかったけれど、やはり籠城中の孤軍の砦だっただけあって、転生者として優遇されていた私の部屋のものでもそれほど上質なものでもなかったらしくて。


 昨日はかなり早い時間に寝てしまったはずだけど、寝すぎたせいか逆に眠くて、もう一度寝たくなってしまう。

 さすがに夕方の仕事に遅刻することはないだろうし、それまでやることがないなら仕方がないし、もう一寝入りくらい……


「夕子ー! 開けるよー!」


「ほふぇ……?」


「やっぱりまだ寝てた! シックスさんが眠そうだったし話ちゃんと聞いてなかったかもって言ってたけど、ああもう! 荷物の箱すら開けてないし! ほら、準備手伝うから顔洗ってきて! 初日から遅刻しちゃう!」


「だれぇ……?」


 目をこすりながら、騒がしい来訪者に視線を向ける。

 ボヤけてよく見えなかった姿がはっきり見えてくると、それは軍服……いえ、『制服』を身に着けたツーサイドアップの少女で……


「日暮さん……? あなたも死んじゃったんですの?」


「いつまで夢見てるの? ほら、夕子も身支度して!」


 肩を掴まれてユサユサと揺さぶられて、ようやく意識が覚醒し始める。


 そう……日暮さん。

 いつも炎の壁の向こう側にいた彼女が目の前にいて、その服装はどこかで見たような制服で、しかもスクールバックのようなものまで玄関に置いてあって……そんな彼女が起こしに来てくれるなんて、まるで……


「夕子! とにかく起きて……学校、一緒に行こ!」


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― 新着の感想 ―
エイス素がこれって思うと本編思い出して死にそうになる
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