第10話 『死んだら泣く仲』
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
side 夜神夕子
『ホッホッ、こう見えて私にも貴女と同じくらいの年頃の孫娘がおりましてな。どうやら私の悪癖を受け継いでしまったせいで苦労をかけているそうなのですが……いやはや。立場上、気安く顔を見に行けなくなってしまいましてなぁ……』
そんなことを言われたのは、あのイディアナ諸島への遠征の少し前辺りだったでしょうか。
まだ、あの老紳士と呼ぶのに相応しいお爺様が『転生者殺し』だなんて物騒な異名を持っていたなんて知らなかった時。
おそらくは、彼が私たちを戦力として作戦に組み込むための下準備。
私たちの人となりを知り、指揮に不都合を生じさせない最低限の信頼関係を構築するための人心掌握術の一環だったのでしょう。
のらりくらりと距離感を保っていたレイさん。
相手が『大人の男』というだけで一定以上に警戒心を解かない曜子さん。
ロバートさんから見れば、私はあのお二人に比べて『取り入りやすい相手』だったというのは当時の私自身も理解していましたわ。
そして、その意図もどうでもいいと流されるまま『裏のある厚意』を受け取る私を、大して恩義も感じず受動的に反応するだけの私のことも理解した上で、私が一方的に裏切れば申し訳ないと思ってしまう程度に恩義の理由を重ねてくるロバートさん。
その関係は、ある意味では……『孫を甘やかしたがる祖父と、一方的なその贈り物をうざたがりながらも一応は受け取り続ける孫娘』という温度感にも近いものだったのかもしれませんわね。
だからといって、あのお爺様が本当にテロリストの立場上どうしても傍にいてあげられなかった孫娘に私を重ねていたとは思いませんけど。
それでも……
『まあ、これは……私の着物と同じ……』
『はい、少々装備作りや服飾の経験もありましてな。最高級の鎧とまでは申しませんが、その素材なら戦いの場にそのまま着て行っても、そう簡単に傷付くことも汚れることもないでしょうな。ホッホッ、日本ではこれを「孫にも衣装」と言うのでしたかな?』
『それはなにか違う気がしますし、私はあなたの孫になった憶えはありませんわ。けれど……ええ、そうですわね。ありがたく、使わせていただきますわ』
……今になって思えば、明らかに懐柔のための贈り物だったとしても、作戦の一環だったとしても、ちゃんと心を込めたお礼や恩返しができなかったことを申し訳なく思う程度には恩義がある。
本当に、『今になって思えば』なんて……あのお爺様が亡くなったと言われてからそう思うなんて、遅すぎるのかもしれないけれど。
「実はさ、ロバートさんは……仕えてたレイモンドさん……『王弟派』のトップだったんだけど、その人を裏切ってたんだ。その主人自身のために……レイモンドさんが『アンゴルモアの魔王』から心臓を取り戻して、妄執と恐怖から解放されるようにって。最終的には作戦通りに行かなかったんだけどさ」
テロリストとして名前が知られてしまっているためか、僻地にポツンと作られていて関係者以外には誰のものかもわからない『名もない墓標』に花を供えながら、そう言うシックスさん。
その隣で、トマルさんもまた墓石の汚れを落としながら目を伏せていた。
「最初は、アタシもロバートさんもレイモンドさんを裏切るなんて絶対にしないって思ってたんだけどね……シックスに説得されてさ。まあ、シックスにはそれ以前に協力者になっていほしいってめっちゃ粘着されて追い回されてたんだけど」
「あはは……いやぁ、戦力集めにトマルちゃんの能力はどうしても必要でさ。なるべくなら、あの時の私と同じで公には死んだことになってる人から集めておきたかったし」
「ま、追い回されてたおかげであのラタ市で転生してきたばっかりのお母さんとバッタリ出会って縁ができたわけだけど……あの時はいきなりだったから姿も誤魔化してなくて慌てたよ。まあ、お母さんは初見でなんか普通にアタシみたいな人種もいる世界なんだって理解して普通に挨拶してきたからこっちが困惑したけども」
「まあ、そのおかげで逃げ回ってたトマルちゃんが足を止めて話を聞いてくれるキッカケができたんだから社長サマ様々だよねー」
「うるさい……でも、もう少し早く話を聞き始めて、もっと早くシックスと協力し始めてたら助けられた人がもっとたくさんいたんじゃないかって今は思ってる。あの頃は、人間なんて勝手に殺し合って死ねばいいと思ってたけど」
私の知らない、二人だけの思い出話……私の視界の外側で紡がれていたのであろう、この世界の『歴史』の話。
身内同士でこういうことを話すのも、お墓参りの醍醐味……のようなものなのかもしれないけれど……
「ここに眠っているのはロバートさんと……その主だった、レイモンドさんという方なのですわね。私は直接会ったことはありませんけど……私のいたあの砦の、独立軍という名のクーデター軍の裏のトップだった……世界の危機の黒幕だった人、なのですよね?」
「黒幕……っていうのは、少し違うかな。いや、途中まではそれに近い立場ではあったけど、あの人自身もまた、自分の力だけどうにもならないものに翻弄されて、それでもどうにかしようと足掻いてた、数え切れないほどいたそういう人たちの一人だったんだと思う」
私は、レイモンドさんという方の顔を知らない。
どんな人柄だったかも、どんなことを思ってどんなことを成したのかも、成せなかったのかも。
本当に悪い人だったのかも、本当は良い人だったのかも……こうして、お墓に向き合う二人の態度から読み取るしかない。
「……ロバートさんは、どうやってお亡くなりになりましたの?」
本当なら、レイモンドさんのことについても聞いておくべきなのだろうとは思うけれど。
どんな人かの輪郭すらイメージできていないのに、知人とすら認識できていないのに興味があるかのように装うことの方がいけない気がして、言葉を選んだ。
そんな私の内心をわかっていてか、そうでないのか。
お供え物と清掃を終えた二人は手を合わせながらお墓に向き合い、静かに言った。
「いろいろあったけど……最後は、味方だったよ。目的が一致して、敵が一致して、その時にはもう片腕もなくして戦えるような状態じゃなかったのに……それでも、すごい仕事をして、私たちに託してくれた。レイモンドさんと二人でね」
「…………」
おそらく、戦場での壮絶な最後だったのだろうと思う。
もしかしたら、記憶をなくしてしまう前の私はそれを見ていて知っているのかもしれないけれど、今は想像もできないけれど……きっと、最後には『戦友』と呼べる関係だったのだろう。
シックスさんやトマルさんだけじゃなく……今の戦英プロにいるみんなにとって、他でもないその時の『夜神夕子』にとって、こうして月命日にお墓参りをしに来ることに疑問が出ないくらいの関係だったはず。
なのに、私はそれを憶えていない……それなのに、ここにいることに居心地の悪さを感じてしまう……
「うっ……うぅ……」
……その『嗚咽』は、私のものではなかった。
それは、隣で俯くトマルさんから漏れ出たもので……
「トマルさん……」
「ちょっと……ごめん……無理言って連れてきたのに……変なところ見せちゃって」
こぼれる涙を拭いながら、トマルさんは言った。
「ごめんついでにさ……少し、あっち向いててくれる? やっぱり、二人には能力使わずにさ……『本当の姿』で話したくてさ」
そう言うと、トマルさんの姿がボヤけていつもと違うものに見え始める。
犬耳の少女なのはそのままだけれど……獣を思わせるような形の手や筋肉質の肢体が見え始めて……
「夜神さん……こっち」
そっと、シックスさんに抱き寄せられてトマルさんの姿が見えなくなる。
けれど、背後から声は聞こえている。
「ごめんなさい……本当は、レイモンドさんのこと……父親みたいに、本当にちゃんとした父親が自分にもいたら、こんな感じなのかなって……貴方は、有能な駒くらいにか思ってなかったかもしれないけどさ……上手くやったら褒めてくれて、頑張りすぎて倒れたら『お前の代わりはいないのだぞ』なんて叱られてさ……いつも働き過ぎな貴方がそんなこと言うのかって思ったけど、けどさぁ……」
「…………」
「本当の父親も、腹違いの兄姉たちも自分の手で殺しちゃったアタシがこんなことを思う資格はないってわかってるけど……ちゃんと、恩返ししたかったから……そう思って、全部終わったら裏切ったことも後でちゃんと謝るつもりだったのに……レイモンドさんは何があっても死なないと思ってたから、あそこで別れたのが最期になるなんて、思ってなくて……」
私を抱きしめるシックスさんの手に力が入るのを感じる。
きっと無意識のそれは、彼女にもトマルさんの言葉から思い出す光景があったのだろうと想像するのは容易いもので……
「シックスさん……」
「……なに、夜神さん?」
「シックスさんは……シックスさんと、レイモンドさんたちは、最初は『敵』だったんですわよね」
「……うん、そうだね。いろいろあって、仲良くしたくても仲良くできない理由が、本当にいろいろあってね」
「でも……なら、どうして悲しめるようになったんですの? 元々は敵だった人が亡くなって、いなくなって、それを……こんなに時間が経っても何かを想えるのは、どうしてですの?」
きっと、本当はそんな質問をすること自体がとてもよくないことなのだと思う。
それは、他人に質問して知るようなことではなく、そもそも『ちゃんとした生き方』ができている人間ならば質問しようとも質問したいとも思わないような無粋の極み。
けれど……シックスさんは、私の幼児でもしないような愚かな質問に、丁寧に答えてくれました。
「それは、きっとね……友達になれたから、かな」
「『友達』……」
「うん……互いにそういう言葉は使わなかったし、あの人はきっと怒鳴りながら否定するんだろうけどさ。それでもボクは……最後の最後で、あの人とも友達になれたんだと思ってる。だから、もっとたくさん話たかったって思うし、あれじゃお別れが早すぎたって思って悲しくなるんだ」
「…………」
「だから、こうして時々悲しみに来て、『ボクたちは友達だったよね』って確認するんだ。きっと、『誰かと友達になれた』っていうのは、人生の中でもすごく大事な宝物の一つだから」
……ああ、そうか。
心のどこかで小さく納得した。
私がここに来て感じている居心地の悪さの一番の理由がわかったから。
私は……ロバートさんと、『友達』になれなかったし、なろうとしなかったから。
もしも、私が少しでも歩み寄っていれば……。
この着物を渡された時に、心から『ありがとう』と言っていれば。
彼に思惑があるとしても、恩義は恩義として素直に受け取って、信頼を返していれば。
私は、今ここで、きっと泣いていたのだろう。
もっといろいろなことを話したいと……親しい人の死を聞いて、信じられないその事実の証を見せられて、もっとこうしたかったと何かを想うことができたのだろう。
……トマルさんが、私がここに来た方がいいと言った理由がなんとなくわかった。
彼女は、私がロバートさんの死にもっと何かを感じるかもしれないと思ってここに連れてきたのかもしれないけれど、それとは逆の形で理解できた。
「私は……誰のためにも生きてないから、大人からの命令がなくなると、何したらいいのかわからなくなるのですのね……」
何かをしてあげたい。
何かをさせてほしい。
もっともっと、何かをしたい。
そう想えるような相手がいないから、自由な時間ができたら会いたいと思う相手もお参りしたいと思うお墓も、なにもないから。
それはきっと、『お休み』や『趣味』も同じことで、何かのために時間を費やす価値を見出だせてないから。
転生して、もう縛られず生きたいと思って、捨てられないものや逃げられないものを作らないようにしてきて……そのせいで、ふわついて、所在なく止まり木すら見つけられなくなっている。
あの砦にいた時もそう……フラフラと流されるべき流れすら途絶えて、どこへも行けず沈殿していただけ。
そこから、どうやったら変われたかもしれないかなんて、わからないけれど……
「……記憶をなくす前の私は、皆さんと『友達』だったのですわよね? 他人を……シックスさんを庇って、死にかけて、記憶を失ったのですわよね?」
「…………」
「なら……その時の私は、どうやって自分を変えましたの?」
「……ごめん。それは、答えられない……それは、その時の『夕子ちゃん』の物語だから」
時間は戻らない。
きっと、私に初めて『友達』ができて私が変われた出来事を関係者全員から聞き出して、その時の台本を作って同じことをやり直してみても、私はそれでは変わらない。
むしろ、そんな無粋に過ぎる『人生のネタバレ』は、私の変化を遠ざけてしまうのでしょう。
私は、記憶を失う前とは違った時間を違った環境として生きる『今の私』として見つけるしかない。
私が本当の意味で『夜神夕子』としての人生を歩み始めるために。




