第1話 入社手続き
作者として、予め言っておきます。
一つ。
この『外伝』では『男の方の狂信者さん』は出てきません。
というか、作者的には本編の√TRATの方で『男の狂信者さん』の話は完結させたので今後書く予定は基本的にないです。
今作はタイトルの通り、あくまで夕子さんが主人公の物語のつもりなので、そこのところはご理解ください。
二つ。
今作はpixivの方で出したSSのネタも見られますが、基本的にはそちらを知らなくても楽しめるようになっています。
というかむしろ……R-18要素もあるのでこちらでオススメすることはできませんが、pixivの方を見ていたら余計に『考察を楽しめる』かもしれない、という仕様になっております(本編を読み始めたら一瞬で意味がわかると思います)。
そして、その上で……作者は最終的に全ての読者の皆様が世界観や物語に『納得』できるものとして完成させるつもりなので、本編を読了された方は覚悟を決めた上で安心してお楽しみくださいませ。
今作もどうぞお楽しみに。
これからもよろしくお願いいたします。
side 夜神夕子
『九死に一生を得る』という言葉がある。
死ぬような思いをして、死ななかった。
そんな、ある意味では不幸で、けれどある意味では幸運な体験を意味する言葉。
死んで当然なはずだった、そんな体験をしたという『過去』を振り返って使う言葉。
けれど、それはあくまで主観的な話。
同じような体験でも、同じ言葉を使わない人もいる。
人によっては、同じ状況でも致命的ではないこともある。
たとえば、前提として、同じ自分が十人いたら。
それぞれが生きている十個の世界があって、その『九死に一生を得た出来事』に対して、全く同じ人生を歩んでいたわけじゃないけれど同じくらいの死亡率になる自分がいたとしたら。
哲学的な話になってしまうかもしれないけれど、言葉通りの結果を考えればその十人全員が生き残ることはない……全員が生き残れるなら、『九死に一生』なんて言わない。
九死に一生を得た自分が一人いる裏で、九人の『順当に人生の続きという奇跡を得られなかった自分』がどこかの世界にいたことになる。
だとしたら、生き残った世界の一人は、私は、今の私がいる『未来』を生きたかった他の世界の私に向かってどんな顔をすればいいのだろう
それも……九死に一生を得てしまったけれど、生き残ってしまったけれど、それが努力の結果でもなんでもない、単なるちょっとした幸運の結果でしかなくて、誇るべき選択や覚悟の結果でもないのなら。
他の九人の中には、きっと私よりもずっと生きたいと願っていて叶わなかった『私』もいたはずなのに、そこまで生きたいと思えない私が生き残ってしまったのなら。
私は、どう生きればいいのだろう。
私は、生きてることを誰に謝ればいいのだろう。
『カリ……カリカリ……カリ……』。
そんな、『サラサラと』なんて形容できないような途切れ途切れのペンの音。
渡された書類に、ペンを持つ手を震わせて、生まれて初めて文字を書くみたいに不器用に線を引く。
四苦八苦しながら『夜神夕子』という自分の名前を書き込む。
この四苦八苦も、言ってしまえば戦いの後遺症……一つの『戦争』とも言える事件の後遺症のせい、なのでしょうけど……
「社長サマ? サインできましたけれど……」
「なんでしょう? 気になることでも?」
「私、なんで生きてるのでしょう?」
私が問いかけた相手は、この『会社』の主。
事務所の奥の机に向かう、『右手の薬指』に指環をした女性。
少し筋肉質で、見上げるほどに背が高い……一応、『今の姿の性別』は『女性』で合ってるはずの人物。
『婚約指輪』だという右手のそれは、本来『左手』に付けるべきものだろうと思うけど、きっとそれも『戦争』の結果。
一年前の戦いの中で切り落とされてしまったという欠損部分。
外見を取り繕う義肢の指を付けているものの血の通っていない『左手の指』の代わりか、右手の薬指にダイヤモンドの指環をはめた『社長サマ』に……『狂信者さん』に素朴な疑問として問いかけてみる。
「それは生きがい的な話でしょうか? そうであるなら、とりあえず美味しいものでも食べに行きますか? ちょうど就職祝いとしてもいい機会ですし」
そう、就職……私は、この『戦後英雄プロダクション』という会社に就職するための書類に、たった今サインをした。
つい先日、このピークドットの診療所のベッドで目を覚まして、さらにそこからしばらく続いた検査から解放されて。
自分が知っている最後の日付から十ヶ月以上の時間が過ぎていることを知って、環境が大きく変わっていたから他にどうすればいいかもわからず、つい流れに逆らわずに受け入れてしまったけれど……
「そうではなくて。私、戦場で死んだような気がするのですけど……正直に言って、なんで今こうして心臓が動いているのか、とても現実として信じられない気分ですわ」
「それに関しては蓬さんに感謝しなきゃですね。彼女の守護者が死にかけていたあなたを取り込んで生命維持と修復をしてくれたのですから、十月十日もかけて」
その説明は前にも受けたもの。
瀕死のダメージで記憶の一部が飛んでしまっているらしいので実感はないのですけれど、実際に目覚めた時の状況的にはそれ以外にないのだろうと思う。
この世界に転生してきて、すぐに戦争が始まって。
戦場で致命傷を受けて、これは死んだと思って……気付いたら『戦後』だった。
敵陣営だったはずの人たちも、味方陣営で見た顔も、もう敵味方の関係なんてない仲間同士みたいに手を結び合っていて。
実際、みんなはもう『戦後英雄プロダクション』という名の『未来を作るための会社』を創っていて、私もそこに加わる流れになっていた……アトリさんが、ポジションを用意してくれていた。
けれど……未だに、私はわからずにいる。
前世では日本舞踊のお稽古ばかりで他になにも経験してこなかった私が。
転生して守護者の操作に舞いの技術が応用できたから戦闘能力だけはあった私が。
その『戦い』の舞台が終わってしまった今のこの世界に……『戦後の世界』に生き残ってしまったことに意味はあるのか。
「命を救われておいて、こんなことを改めて言うのもなんですけど……私、戦い以外に何かできる気がしませんの。私なんかを雇っても、役に立たないのではないかと思って」
「クックッ、まあそう言わずに。むしろモデルケースとしては最適という見方もありますし。なにせ、そういった問題を解決するための『戦後英雄プロダクション』ですから」
『戦後英雄プロダクション』。
狂信者さんが創業社長となって企業した、『戦後の英雄をプロデュースするための組織』。
『歴史的に見ると戦時の英雄って戦後には上手く生きられなくて不幸になるパターンが多いらしいですけど、そういうのってなんか嫌じゃないですか?』
なんて、誰もが『夢がないけど、現実はそういうものだからしょうがない』と話題にするのも避けてきたような後ろ向きな世界のお約束を『なんか嫌だから』という理由でひっくり返そうとしているのがこの社長サマなのだそうで。
見方によってはテロ組織に与していた立場であるはずの私がこんな書類へのサイン一つで入社できてしまうのも、そういった試みの一つ。
そして……この事務室のソファーを見る。
「すぅー……むにゃむにゃ、ママ……」
長い銀髪の少女。
記憶にある軍服ではなく、学校の制服に近いデザインの洋服を身に纏った、私にとって一瞬の関係ではあったけれど赤の他人とはとても呼べない存在。
『理想の勇者』。
かつては軍の最高戦力であった彼女は今、その戦闘力をそのまま買われて社長サマの護衛という形で側に置かれている。
……しかも、社長サマのことを『ママ』と呼び慕っているらしいのだから初見では本当に驚きだった。
「むにゃ……ママ、お使いに行ってた二人が帰ってきたよ。あと、遠征帰りの二人もいる。六番コンビだね」
「あら、では『666』のゾロ目になりますか。クックッ、サイコロ遊びでもなかなか出ない数字です。縁起がいいですねえ」
気配を感知したらしく、急に寝惚け眼をピタリとやめて完全覚醒した声で来訪者を予言するノンさん。
そして、その報告を楽しげに受け取る社長サマ。
その数十秒後。
扉が開いて、彼女の言葉通り四人の人間が入ってくる。
……いいえ、半数ほど本当に『人間』としてカウントしていいのか少し悩みどころですけども。
「ただいま、マイマスター。異常はなかったかい?」
「ただいま……帰ったよ、お母さん。近所で二人と偶然会ったから一緒に来た」
「おかえりなさい。ニドラさん、トマルさん。それに天儀さんと……そういえば、『リーダー』とは少しお久しぶりですね。例の件、お疲れ様でした」
「ただいま、これもリーテンのやらかしの後始末だったからな。時間はかかったがアフターケアまで徹底させてもらった。途中でこうして合流するとは思わなかったが」
「うん、こっちの案件の根っこを辿ったら天儀さんの方からの副次的な事件だったみたいだからね。ついでにこっちの背後調査も終わらせられてよかったよ。あっ、夕子ちゃん……いや、夜神さん、だよね?」
ドラゴンの翼と角が目に付く白スーツの少女と、犬耳が目立つちょっとダボついた上着の少女……『ニドラさん』と、『トマルさん』。
『理想の勇者』……ノンさんと同じく、社長サマの『護衛』であり、同時に『娘』になったという元テロリスト側の方たち。
それから、大人がまず一人。
社長サマを母親のように慕って駆け寄るように入ってきた二人に続いて事務室に入ってきたのは、白黒に分かれた髪色と閉じられた片目が特徴な『天儀さん』と呼ばれた大人の女性。
そして、もう一人。
見るからに『綺麗な女性』であると同時に少しボーイッシュというか……強いて言えば、宝塚系の雰囲気を放つ、たぶん私より少し年上のお姉さん。
私が初めて見る彼女は、私に向けて一瞬知り合いに向けるかのような表情を見せてから態度をリセットして、初対面のような顔をして、深く頭を下げた。
「改めまして、はじめましてかな。ボクはシックス・ブレイブ。一応は、戦英プロの前身こと『ピークドット・レジスタンス』の元リーダーってことになるかな。よろしくね?」




