第8話:運命を手繰るガチャ、名もなき挑戦者
「0時になった。よし…やってみるか」
学は初めてのガチャへチャレンジする。自身の最大の武器である「運」を最大限に活かす。それが、この未知の世界で生き抜くための第一歩だ。学は心の中で『倍々サイコロ』を発動することを念じた。目の前に、光を帯びた不思議なサイコロが現れる。
指定するステータスを「運」に設定し、学はサイコロに意識を集中した。カラン、コロン…と音が響き、サイコロが回転する。やがて止まったサイコロの出目は――
「6」
ステータスボードの「運」の項目が瞬時に更新される。
【田中 学】
…
運: 462 (77 × 6)
桁違いの数値に、学は息を呑んだ。77でも異常だと思っていた「運」が、さらに6倍になり462になったのだ。この状態でガチャを引けば、一体何が出るのだろう?
学はステータスボードの「ガチャ」の項目を選択した。すると、そこには「ガチャコイン」のアイコンと、必要な枚数が表示されていた。昨日、スライムを倒して得たコインが、僅かだが貯まっている。
「これで…ガチャ、スタート」
緊張しながらも、学はガチャを実行した。コインが投入されるようなSEが頭の中に響き、いくつかのアイテムアイコンが表示される。そして、その中に見慣れないアイコンがいくつか含まれていることに気づいた。
『鑑定』スキルブック、『シャドウダガー』、『賢者の腕輪』。
表示されたアイテムの説明文を『鑑定』スキルで確認する。
【『鑑定』スキルブック】
使用するとスキル『鑑定』を習得できる。既習得の場合、熟練度が増加する。
【『シャドウダガー』】
攻撃力+50、暗闇潜伏(暗闇での隠密行動を強化)、クリティカル率微増 [11]
【『賢者の腕輪』】
MP回復速度+20%、魔力+15、精神集中補助(スキル発動までの詠唱時間や集中時間を短縮) [11]
どれも、チュートリアルタワーの序盤で手に入る一般的なアイテムではなかった。特に『シャドウダガー』や『賢者の腕輪』は、冒険者向けの掲示板などで「初期装備としては破格の性能」だと話題になりそうなものだ。スキルブック『鑑定』も、全人類が最初から持っているスキルではあるが、熟練度を上げられるならばそれに越したことはない。
学は改めて自身の「運:462」という数値を見つめた。この異常なまでの幸運は、単に良いアイテムを引き寄せるだけに留まらないのではないか? 昨日の戦闘で感じた「都合の良い偶然」 。あれこそが、『因果固定』というユニークスキルの片鱗なのではないか。自身の「運」が、世界の因果律に干渉し、自分にとって有利な状況を物理的に引き起こしているのではないか?
ゾクリと背筋に冷たいものが走った。これは、ただのゲームではない。自身の「運」は、世界のルールそのものを、ほんの少しだけ歪めているのかもしれない。
学は興奮と畏怖がないまぜになった感情を抱えながら、もう一度ステータスボードを操作した。ランキング表示の項目を開く。そこには「人類総合力ランキング」が表示されており、上から順に世界中のトップランカーたちの名前が並んでいる。ニュースで見た「雷帝ゼウス」「剣聖ヤマト」「黒魔女ヴィクトリア」といった異名を持つ冒険者たちの名前も見える。
彼らは皆、文字通り世界の希望であり、メディアでもその活躍が大きく取り上げられている。しかし、学は目立つつもりはなかった。自身のユニークスキル、特に『因果固定』の力は、あまりに特異だ。もしこの力が知られれば、詮索され、利用され、あるいは危険視される可能性もある。平凡なサラリーマンだった自分にとって、それは耐え難いことだ。
ランキング登録名を入力する欄が表示された。学は迷うことなく、そこに「名無し」と打ち込んだ。
「俺は…名もなき挑戦者として、この世界を生き抜く」
誰にも知られることなく、自身の「運」と「因果」の力を磨き、来るべき脅威に備える。それが、学がこの瞬間決意した新たな生き方だった。獲得したスキルブックと装備品をインベントリに格納し、学は静かにステータスボードを閉じた。
---