第6話:因果の萌芽、幸運の残響
学は、グリーンスライムを相手に戦闘訓練を続けていた。
グリーンスライムの溶解液を間一髪で避けた田中学は、心臓が喉から飛び出しそうなくらいに高鳴っているのを感じていた。さっきの攻撃、明らかに直撃コースだったはずだ。それなのに、スライムの体液はまるで急に方向を変えたかのように、学の足元を通り過ぎ、地面をジュッと溶かした。まるで、誰かが学の進むべき道を物理的に操作したかのような不自然さだった。
「…え?」
思わず声が漏れた。咄嗟に避けた自分も凄いが、それ以上にスライムの攻撃の逸れ方が奇妙だった。初級モンスターと言えど、直線的に攻撃してくるのが普通のはずだ。
さらに驚くべきことは続く。別のスライムが学に飛びかかってきた時だった。学は咄嗟に持っていた木の棒を振り回したが、まともに当たるはずがない。しかし、その木の棒がスライムに触れた瞬間、ありえないことが起こった。スライムの体が、まるでそこに「そうなるべきだった」かのように、奇妙な角度で崩壊したのだ。核である輝く魔石が露出し、地面に転がった。
「倒せた…? 今の、どうやったんだ?」
学は呆然と木の棒を見つめた。ただの棒切れだ。スキルを使ったわけでもない。ただ、当たった。そして、スライムは簡単に倒れた。最初の攻撃回避も、この撃破も、ただの「偶然」で片付けていいものなのか?
ふと、頭の中で地球の神の声が語っていた言葉が蘇った。「人類が自らの力で「因果」を切り開き、新たな理を創造しうる存在へと昇華させるため…」
因果。結果と原因の繋がり。それが変わった? まさか、自分の「運」が、この「因果」に関係しているのか?
もう一度スライムを探す。警戒心と同時に、何かを確かめたい衝動に駆られていた。新たなスライムが姿を現す。学は慎重に距離を取り、『鑑定』スキルを試みる。
【グリーンスライム】
レベル: 1
HP: 10/10
特性: 溶解液放出、粘性のある身体
弱点: 物理衝撃(特定の条件下で核が脆弱化)
弱点…? しかも「特定の条件下で」? さっきの木の棒での一撃は、まさにこの「特定の条件下」を満たしたとでも言うのか? そして、その条件が満たされたのが、自分の「運」によるものだとしたら?
学は背筋に冷たいものが走るのを感じた。自分の「運」がただアイテムドロップ率やガチャ確率に影響するだけではない可能性がある。それは、現実世界に起こる「事象」そのものに、何らかの影響を及ぼしているのではないか? 敵の攻撃が逸れる、弱点が不自然に露呈する、決定的な一撃が偶然にも成功する。まるで、自分にとって都合の良い「因果」が、ほんの少しだけ優位に立たされているかのような感覚。
まだ明確な形を持たない、漠然とした予感だった。これを『因果固定』と呼ぶスキルだとは、この時点では学は知らない。しかし、「運が良いだけでは説明できない何か」が自分に作用していることは、疑いようのない事実として彼の心に刻み込まれた。
平凡なサラリーマンだった学は、これまで自分の人生が「運が良い」と感じたことは一度もなかった。むしろ、どちらかといえば要領が悪く、くじ運も悪い方だと思っていた。それなのに、この世界に来てから付与された「運:77」という数値と、今体験している奇妙な現象。
それは、彼がこの世界で生き残るための、あるいは何か大きな運命を担うための、「神」からの贈り物なのだろうか? それとも、ただの気まぐれか?
不安と期待、そして何よりも未知の力に対する畏怖がないまぜになった感情を抱えながら、学は目の前のスライムに木の棒を構えた。次は、どんな「幸運」が、あるいはどんな「因果」が彼を待ち受けているのだろうか。彼の新しい人生における、最初の戦闘と、そして力の片鱗を知る瞬間だった。
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