第4話:始まりの塔、凡人の一歩
翌週末、学は政府機関が設置した冒険者支援センターを訪れた。そこでは、冒険者登録の受付や、タワー攻略に必要な基本的な装備品が販売されていた。学は最低限の装備――安物のナイフと、いかにも量産型といったデザインの革鎧、そしてポーション数本――を購入した。周囲には、不安げな表情の者、高揚した顔つきの者、そして既に全身を真新しい装備で固めたベテラン風の者まで、様々な人々がいた。誰もが等しく「ステータス」を持ち、「スキル」を持つ存在になった。まさに「人類進化の触媒」が与えられた瞬間だった 。
東京都近郊に忽然と姿を現した巨大な「チュートリアルタワー」の入り口には、既に多くの冒険者たちが集まっていた 。緊張と期待の入り混じった空気が漂う。学は深く息を吸い込み、人波に紛れてタワーへと足を踏み入れた。
タワーの内部は、入り口からは想像もつかない異空間だった。緑豊かな草原と、鬱蒼とした森がどこまでも広がっている。心地よい風が吹き抜け、鳥のさえずりが聞こえる。しかし、その「自然」はどこか人工的で、作り物のような違和感があった 。ここが、人類が新たな世界の法則に適応し、基礎を学ぶための「教育機関」であるという神の言葉を思い出す。
学はステータスボードを開き、自身のスキルを確認した。全人類に初期スキルとして付与された『鑑定』がそこにある 。初めてのダンジョン探索。未知の環境。平凡なサラリーマンだった学にとって、それはあまりにも非現実的な光景だった。
「よし…まずは、ここを探索だ」
ナイフを握りしめ、学は慎重に草原へと足を踏み出した。一歩踏み出すごとに、足元の草の感触や、空気に混じる微かな異臭を感じる。五感が研ぎ澄まされるような感覚。
数分歩いたところで、学は最初のモンスターと遭遇した。それは、緑色の半透明な、ゼリー状の生き物だった。「スライム」だ。ニュースで見た情報通りの、タワー最下層の定番モンスターらしい。その小さな体は、どこか愛らしくすら見える。しかし、学は気を引き締めた。見た目に反して、やつらは侮れないと聞いている。
スライムが、プルプルと震えながら学の方へ向かってくる。学は購入したナイフを構えた。サラリーマンとして生きてきた30年間、誰かと争うことなどほとんどなかった。ましてや、刃物を持って生命と対峙するなど、想像もしていなかったことだ。心臓が高鳴り、額に汗が滲む。
「来いっ!」
学は覚悟を決め、平凡なサラリーマンとして、異世界のモンスターに最初の一歩を踏み出した。その一歩は、世界の変貌を受け入れ、自らの力で未来を切り開こうとする、小さな、しかし確かな決意の表れだった。
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