第3話:混乱後の世界
世界が変わってから一週間が経った。通勤電車での出来事や共有夢は、もはや夢物語ではなく、紛れもない現実として人々の間に定着しつつあった。連日、ニュースではこの未曾有の事態について報じられている。
テレビ画面に映し出されるのは、世界各地に出現した巨大な構造物――「チュートリアルタワー」だ。政府関係者が神妙な面持ちで会見を開き、このタワーこそが、人類に与えられた試練の場であり、新たな力を得るための場所であると説明する。
政府は迅速に対応を進めていた。タワー内部の情報が少しずつ公開され、階層ごとに異なる環境や出現するモンスターの情報が共有されている。また、タワー内で得られるドロップアイテムを政府が公的に買い取る制度が発表され、早くも「冒険者」という新たな職業が生まれつつあることが報じられた。
ニュースキャスターは、初期のタワー攻略の様子を伝えている。自衛隊などの実力部隊が近代兵器を駆使してモンスターと戦う映像が流れる。彼らはかろうじてモンスターを倒すことはできているようだが、近代兵器を使用するとレベルアップはできないらしい。やはり、この新しい世界では、神から付与された超常能力こそが重要になるらしい。
そして、海外の動向も報じられた。驚くべき速さでタワーの高層階を攻略している者たちがいるというのだ。彼らは神から強力なスキルを与えられ、その力を最大限に活かして難敵を打ち破っているらしい。「雷帝ゼウス」「剣聖ヤマト」「黒魔女ヴィクトリア」といった異名を持つトップランカーたちの存在が、人類の希望として繰り返し報じられる。
学は、これらのニュースを自宅で静かに見ていた。自衛隊が苦戦している一方で、海外のトップランカーたちは階層を駆け上がっている。この差は、まさに神によって与えられた「力」の差だろう。そして、学自身にもまた、他の誰にもない、突出した「運」という力がある。
『倍々サイコロ』で一時的とはいえ「運」を桁違いに高められる。そして、おそらくそれに連動する形で、「因果固定」という、都合の良い結果を引き寄せる力が無意識的に、あるいは意識的に働く。 この力があれば、近代兵器でも苦戦するモンスター相手に、自分のような平凡なサラリーマンでも対抗できるのではないか?
ニュースを見れば見るほど、学の中で冒険者への挑戦への意志が固まっていく。安定したサラリーマン生活は、もはやこの激変した世界では何の保証にもならない。むしろ、自身のユニークな能力を活かし、この世界で生き抜くことこそが、これからの道なのではないか。
不安がないわけではない。危険な場所であるダンジョンに足を踏み入れるのは、これまでの人生では考えられないことだった。しかし、自身のステータスボードに表示された「運:77」、そして『倍々サイコロ』と『因果固定』というユニークスキルは、学に「自分ならできるかもしれない」という根拠のない自信を与えていた。
この力は、きっとこの新しい世界で自分を導いてくれる。そう確信した学は、チュートリアルタワーへの挑戦を決意した。平凡なサラリーマンから冒険者へ――彼の新たな人生が、今まさに始まろうとしていた。
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