第1話:ステータスと77の幸運
意識を取り戻し、立ち上がった学は、窓の外の光景に改めて絶句した。ビル群の狭間に、異様な存在感を放つ巨大な構造物――天に向かってどこまでも伸びていくように見えるそれは、紛れもなく現実のものだった。夢ではなかった。世界のルールは本当に変わってしまったのだ。
車内では、まだ混乱が続いていた。「何かのテロか?」「いや、揺れ方とか、夢…?が変だった」「政府は何してるんだ?」様々な声が飛び交う。学は人々の声を聞きながらも、頭の中で先ほどの「共有夢」の内容を反芻していた。地球の神、異界の法則、ステータス、スキル… [2, 3] まるで白昼夢のような、しかしあまりに鮮明な出来事だった。
ふと、学は夢の中で語られた単語を思い出した。「ステータス、スキル、インベントリ…」。もし、本当にそんなものが付与されたのだとしたら? 学は、漠然とした好奇心と、僅かな期待を込めて、自分のステータスとやらを確認してみようと思った。ゲームのように、念じるだけでいいのだろうか? 半信半疑で、学は「ステータス」と心の中で念じた。
その瞬間、学の眼前に、半透明のボードが現れた。 他の乗客には見えていないようで、彼らはまだ夢の余韻や窓の外のタワーに騒然としている。ボードには、自分の名前が大きく表示されている。
【田中 学】
学はゴクリと唾を飲み込んだ。続く文字の羅列を追っていく。
HP: 100/100
MP: 50/50
筋力: 15
敏捷: 20
体力: 15
魔力: 5
見慣れない項目が並んでいる。HP、MP、筋力、敏捷、体力、魔力…。確かに、これはゲームのステータス画面だ。自分の体が、文字通りのゲームシステムによって管理されるようになったというのか?
さらに下へと目を移す。
運: 77
「…え?」
学は目を擦った。見間違いかと思った。他の項目がどれも二桁にも満たない、見るからに凡庸な数値なのに、「運」の項目だけが異常なほど高い数値を示していた。77。他のステータスの7倍、あるいはそれ以上の数値だ。
学はもう一度、ボードを凝視した。やはり間違いない。「運:77」。この数値が何を意味するのか、学には全く分からなかった。他の人々のステータスはどうなっているのだろう? みんなも自分と同じように、このようなボードを見ているのだろうか? そして、この突出した「運」という数値は、一体自分にどのような影響をもたらすのだろうか?
心臓がドクドクと高鳴る。それは恐怖だけではなかった。この異常な数値が、これから始まる未知の世界で、自分にとって何らかの特別な意味を持つのではないか、という予感。平凡なサラリーマンとして、特別な才能も能力も持たずに生きてきた自分が、この新しい世界では、この「運」という力によって、何かを成し遂げられるのではないかという、小さな、しかし確かに熱を帯びた期待だった。
ステータスボードの下部には、「スキル一覧」「インベントリ」「ガチャ」といった項目も表示されていた。後でゆっくり確認する必要があるだろう。
電車はまだ動かない。窓の外には、依然として異様なタワーがそびえ立っている。世界は完全に変わってしまった。平凡な日常は終わりを告げ、田中学という人間は、この改変された世界で、その「運:77」という数値を頼りに生きていかねばならなくなったのだ。これは試練なのか、祝福なのか。彼の冒険が、今、この瞬間から始まった。
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