第11話:隠者の道行き、慎重なるマッピング
フロア・ギルマンとの戦闘を経て、この世界で生き残るためには単なる力だけでなく、情報と慎重さが不可欠だと痛感していた。政府がタワー攻略情報を公開しているとはいえ、それはあくまで一般的な情報であり、未知の階層に踏み込む際には、自身の目で確認し、自らの経験として蓄積していくことが最も重要だと学は考えていた。
学の目標は、派手にランキング上位に名を連ねることではなかった。自身のユニークな能力である「運:77」と『因果固定』の力を最大限に活用し、この世界を生き抜くための確固たる基盤を築くことこそが、彼の戦略だった。
湿地帯の探索は、1階層の草原や森とは全く異なる様相を呈していた。足元は常にぬかるんでおり、独特の湿った空気は視界を悪くする。どこから襲いかかってくるかわからない水棲モンスターの気配に、学は常に神経を張り巡らせていた。
学は『鑑定』スキルを駆使しながら、湿地帯の地形、モンスターの生息域、危険な場所などを丁寧にマッピングしていった。彼のステータスボードには、探索を進めるごとに地図のようなものが生成され、既知のエリアが塗りつぶされていく。まるでゲームの世界を探索しているかのようだが、そこには明確な死の危険が伴っていた。
しかし、そんな慎重な探索の中にも、『因果固定』による微かな「幸運」は常に学を助けていた。本来であれば行き止まりに見える場所で、足元が崩れて隠された通路が現れたり、危険な水たまりを迂回しようとした際に、ちょうど良い足場となる岩が「偶然」配置されていたりした。まるで、このダンジョン全体が、学のために少しだけ優しくチューニングされているかのようだった。
水棲モンスターとの戦闘においても、『因果固定』は学に有利な状況をもたらした。フロア・ギルマンが水中から飛びかかってきた際、その攻撃が紙一重で逸れたり、厄介な集団で現れた場合でも、リーダー格のモンスターが単独で突出してきたりと、学にとって対処しやすい形になることが多かった。
学はこれらの現象を目の当たりにするたびに、自身の「運」が単なる確率論的な幸運をもたらすだけでなく、現実世界に起こる「事象」そのものに、何らかの影響を及ぼしているのではないかという予感を強くしていった。それは、自分にとって都合の良い「因果」が、ほんの少しだけ優位に立たされているかのような感覚だった。
また、2階層にはフロア・ギルマン以外にも、水中に身を潜める巨大な蛇のようなモンスターや、毒性の強い植物型のモンスターなども存在していた。学はこれらのモンスターに対しても、『鑑定』で弱点を見つけ出し、そしてやはり『因果固定』に助けられながら、慎重に戦闘をこなしていった。『シャドウダガー』の暗闇潜伏効果も、湿地帯の薄暗さの中でモンスターの視界から一瞬消えるのに役立ち、攻撃や逃走の隙を作り出した。
探索を進める中で、学は3階層への転移門の存在を確認した。それは半透明な光の膜のようなもので、触れることで次の階層へ移動できるらしい。しかし、学はすぐに飛び込むことはせず、一度帰還することを選択した。『倍々サイコロ』の効果時間も終了間近であり、自身の「運」や「因果」に関する不気味な発見に、一人でじっくりと向き合う時間が必要だと考えたのだ。無理をして深層に進み、未知の危険に遭遇するのは賢明ではないという、平凡なサラリーマンとしての冷静な判断もそこにはあった。
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