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『改変された世界で、俺のスキルがチートだった件』  作者: ばずみかん
第一部:異変の始まりと『運』の覚醒
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第10話:妹の眼差し、日常と非日常の境界線

田中学がチュートリアルタワーの2階層でフロア・ギルマンと死闘を繰り広げていた頃、彼の妹、田中明日香は、まだ「日常」の中にいた。世界改変から約一週間。高校では、奇妙な揺れや共有夢の話で持ちきりだったが、授業は通常通り行われ、部活動も再開されていた。明日香は弓道部の副部長として、後輩の指導に当たっていた。


「先輩、今の、もう少し腰を落とした方がいいですか?」


「うん、そう。的を狙う時、下半身が安定しないと矢がぶれるから」


明日香は冷静に後輩にアドバイスを送る。弓道で培った集中力と正確さは、彼女の強みだ。世界が変わったとしても、この技術は変わらず自分のものだと感じていた。


しかし、彼女の心の中には、静かな波紋が広がっていた。ニュースで連日報じられるタワーの出現、政府の対応、そして「冒険者」と呼ばれる人々の存在。特に、兄の学がダンジョンへ挑戦しているということも、彼女の不安を煽っていた。


「ねえ、明日香。今度の日曜日、チュートリアルタワーの見学ツアー、行ってみない?」


休憩時間、友人のミサキが声をかけてきた。


「見学ツアー?」


「うん! 政府公認で、1階層の安全なエリアまで入れるんだって。実際にタワーの中が見られるらしいよ!」


ミサキは興奮気味に話す。別の友人、ユウキも興味を示した。


「マジで? それ面白いかも! テレビでしか見たことないもんね、タワーの中」


「なんか、モンスターも遠くからだけど見れるって! スライムとか!」


クラスメイトたちの間でも、タワー見学ツアーは話題になっていた。非日常への好奇心と、この状況を自分の目で確かめたいという気持ちがないまぜになっているようだった。


明日香は少し迷った。兄からダンジョンの危険性を聞いていたからだ。しかし、同時に、自分たちの日常がこれからどうなっていくのか、それを知るためには、一度タワーという場所を自分の目で見ておくべきではないかとも思った。


「…行ってみようかな」


明日香が答えると、ミサキとユウキは嬉しそうに顔を見合わせた。


週末。明日香たちは、政府機関が用意したタワー見学ツアーに参加するため、指定された集合場所へと向かった。会場には、明日香たちと同じくらいの学生や家族連れ、そして好奇心に満ちた一般の人々でごった返していた。皆、少し浮ついた、しかしどこか不安げな表情をしている。


バスに乗り込み、東京都近郊に忽然と姿を現したチュートリアルタワーを目指す。バスの窓からは、ニュースで見た巨大な構造物が、次第に大きくなっていくのが見えた。間近で見ると、その異様な存在感はテレビで見る比ではなかった。まるで、世界の法則から切り離された、全く別の物体がそこに鎮座しているかのようだ。


タワーの入り口付近に到着すると、既に多くの人々が集まっていた。迷彩服を着た自衛隊員や、警備員が周囲を固めている。その物々しい雰囲気に、明日香は少し緊張した。


「すごいね…本当に異世界みたい」


ミサキが呟く。ユウキも無言でタワーを見上げていた。


ガイドの説明を聞きながら、明日香たちはタワーの入り口をくぐる。内部は、やはり外界とは全く異なる空間だった。緑豊かな草原がどこまでも広がり、木々が生い茂っている。心地よい風が吹き抜け、鳥のさえずりが聞こえるが、その全てがどこか作り物のように感じられた。


「わあ…!」


「これ、本当にダンジョンの中なんだ!」


友人たちが感嘆の声を上げる中、明日香は一人、静かに周囲を観察していた。彼女の瞳には、友人たちには見えないものが映っていた。空気中に漂う、微かな光の粒。それは、かつて弓道で「気」の流れを感じ取る訓練をした時に似た、不思議な感覚だった。


(これ…ニュースで言ってた、マナ…?)


明日香は自身のユニークスキル『狙撃手の眼』を意識した。このスキルは、弓やボウガン使用時に対象の弱点を淡く光らせ、命中率やクリティカル率を上昇させる効果がある。しかし、マナの流れを感じ取るというのは、スキルの説明にはなかった能力だ。彼女の『狙撃手の眼』が、この新しい世界で、微かなマナの流れを捉え始めたのだろうか?


ガイドの案内で、さらに奥へと進む。遠くに、緑色の半透明なゼリー状の物体がプルプルと動いているのが見えた。あれが、ニュースでよく見る「スライム」だ。ツアー客から歓声と、少しの怯えが漏れる。しかし、スライムは安全区域の外で、こちらに向かってくる様子はない。


「あれが、モンスター…」


明日香はスライムをじっと見つめた。兄は、この場所で、あるいはこれよりもっと危険な場所で、これらのモンスターと戦っているのだろうか? 想像するだけで、胸が締め付けられるような気持ちになった。


ニュースで報じられる上層階の激戦、時折垣間見える兄の消耗した様子、そして都市で頻発する原因不明の災害…。これらの出来事は、自分たちの「日常」が、音を立てて崩れ始めていることを示唆していた。


友人たちとの会話の中で、ダンジョンで力を得ることの真の意味を自問する。それは、ただ単に強くなって良いアイテムを手に入れることだけではない。この変貌した世界で、大切な日常を守り、そして大切な誰かを守るための力。兄が求めているのも、きっとそういう力なのだろう。


明日香の心の中で、静かな、しかし確かな決意が芽生え始めていた。平凡な高校生である自分にも、何かできることがあるはずだ。弓道で培った力、そして新たに目覚め始めた『狙撃手の眼』の力。


(お兄ちゃん…私も、強くなりたい…)


タワーの異様な空間の中で、明日香は遠くのスライムを見つめながら、静かにそう誓った。それは、兄の背中を追いかけたいという想いと、自分自身もこの激変した世界で立ち向かっていかねばならないという、小さな勇気による旅立ちの決意だった。


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