プロローグ:世界が賽を振る日
初作品です。温かい目で見守ってください。
朝の通勤電車は、いつものように混み合っていた。窓の外では、変わり映えのしない東京のビル群が流れていく。広告代理店に勤めるサラリーマン、田中学(30歳)は、スマホでニュースをチェックしながら、今日一日の仕事の段取りを頭の中で組み立てていた。プレゼン資料の作成、クライアントへの連絡、上司への報告。平凡だが、安定した日常。それが、ほんの一瞬で打ち砕かれることになろうとは、この時の学には知る由もなかった。
突然、ガツンという衝撃と共に、電車が急停車した。車内が大きく揺れ、立っていた乗客たちがバランスを崩す。学も思わず座席の手すりを掴んだ。しかし、それは単なる急停車ではなかった。体の中から何か奇妙な力が湧き上がるような、あるいは、世界の根本が揺さぶられるような、強烈な眩暈が学を襲ったのだ。
「うっ…!」
呻き声が口から漏れる。視界が歪み、脳が掻き混ぜられるような不快感に襲われた。周囲を見渡すと、他の乗客たちも同じように苦悶の表情を浮かべている。スマホを落とす者、座席にうずくまる者、嘔吐する者。混乱と恐怖が車内を支配していく。学もまた、座席に崩れ落ち、ずるずると床に伏してしまった。
意識が遠のいていく中、学の耳に、これまで聞いたこともないような、厳かで、しかし無機質な声が響いた。それは、頭の中ではなく、世界の全てから同時に語りかけられているような、不思議な感覚だった。
「全人類に告げる。我は地球の神である。お前たちの住まう星の意志である」
地球? 星の意志? 学の意識は朦朧としていたが、その単語だけは妙にはっきりと耳に残った。そして、続く声は、学の理解を遥かに超える、信じがたい現実を突きつけた。
「我は今、お前たちの世界を改変した」
世界を改変した? 何を言っているんだ?
「これにより、地球の物理法則や生態系に異界の要素が混淆し、全人類はステータス、スキル、インベントリといった超常能力を付与される」
ステータス? スキル? インベントリ? まるでファンタジー小説やゲームの世界のような単語が、現実として語られる。これが地球を名乗る声が言う「改変」だというのか?
「これは停滞していた人類への「進化の触媒」である。いずれ来るであろう高次元の脅威に抗うため、自らの力で「因果」を切り開き、新たな理を創造せよ」
進化の触媒? 因果? 新たな理? 情報量が多すぎて、学の脳は処理しきれない。理解しようとするほど、眩暈が増していくように感じられた。
「我はこれ以上の干渉は行わない。お前たちの意志と力で、この試練を乗り越えるのだ」
その言葉を最後に、声は完全に途絶えた。学の意識は、深淵へと沈んでいくような感覚に襲われ、完全に途絶えた。
どれくらいの時間が経っただろうか。学はゆっくりと瞼を開けた。先ほどまでの激しい眩暈は収まっている。体も、多少の怠さは残るものの、特に異常はないように思われた。周囲を見渡すと、他の乗客たちも次々に意識を取り戻しているようで、互いに顔を見合わせ、小さなざわめきが起こっている。「今の、何だったんだ?」「夢?」「みんな同じ夢を見たのか?」 困惑と安堵、そして僅かな恐怖が入り混じった声が車内に響く。
学はゆっくりと立ち上がった。電車のドアは閉まったまま動かない。窓の外を見ると、東京の街並みが見える。しかし、何かがおかしい。ビル群の間から、これまでは決して見ることのできなかった、天まで届くかのような巨大な構造物がそびえ立っているのが見えた。まるで、巨大な塔のように見える。それは、夢の中で地球を名乗る存在が語っていた「改変」と関係があるのだろうか?
学の平凡な日常は、この瞬間、音を立てて崩れ去った。世界は、目に見えない力によって、根本から変貌してしまったのだ。それは、神が地球という賽を振り、新たなゲームが始まった瞬間だった。そして、そのゲームのプレイヤーとして、学は否応なく巻き込まれることになった。彼に何が待っているのか、この時、学は全く知る由もなかった。
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