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怖い話  作者: 優斗
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第八夜 毒虫

 俺は虫が大嫌いだ。

 あの気持ち悪い色、形、動き、何もかもが生理的に受け付けない。世の中には虫が好きだと言う奴もいるみたいだが、俺から言わせればそいつらは頭のネジが一本外れていると思う。何をどうやったらあんなグロテスクな生き物を好きになれるんだ? 本当、気がしれないぜ。

 弱いくせにいつもウジャウジャと群れを成し、あいつらはそこら中に我が物顔で蔓延ってやがる。言っておくが、この地球はお前ら虫どもの物じゃない。俺たち人間様の物だ。お前らが存在していい理由などこれっぽっちも無いんだ。だから俺は、虫を見かけたらすぐに殺すようにしている。あいつらがこれ以上この地球に増えるのを防ぐためだ。

 だが、あいつらは殺しても殺してもすぐにどこからか湧いてきやがる。くやしいが、あの繁殖力は半端じゃない。俺が殺す以上の数で無尽蔵に増え続けるんだからな。だから俺は考えた。あいつらには普通の殺し方じゃ生温い。もっと苦しみを与えて殺さないと駄目だと。そうすれば頭の悪いあいつらも、人間を恐れ俺たちの前に姿を現さなくなるんじゃないかとな。

 俺は家のガレージにガスコンロと鍋、そして包丁とまな板を用意した。ここは、あいつらの調理場。もちろん、食べるなんておぞましいことはしない。ただ再現するだけだ。あいつらにとっての地獄と言うのものを。

 まず手始めに、俺は外灯に群がっていた蛾を捕まえた。二重に装着した軍手で、蛾の羽を捕まえ、木製のまな板に釘で打ち付ける。その身を小刻みに震わせ、蛾はまな板に横たわりながら虚ろな眼球で俺を見つめている。きっと、これからその身にどんなことが行われるかなんて、その小さい頭じゃ想像すらできないに違いない。

 俺は蛾の体の中心に太い五寸釘を打ち付けた。一瞬ビクッと体を仰け反らせ、蛾は動かぬ羽をピクピクと羽ばたかせようとする。

 聞くところによると、虫どもに痛覚は無いらしい。

 確かに生命力の強い虫なら、首と胴を切り離しても暫く生きているぐらいだからな。それに、痛みを与えることができないのは残念だが、すぐに死なれてはこっちも困る。こいつらには、殺して欲しいと哀願するくらいの苦しみを与え殺してやらなくてはいけない。そう考えると、むしろ生きたまま体を刻むことが出来るのだから、これは好都合と考えた方がいいだろう。

 俺はうるさく羽ばたこうとする蛾の羽を包丁で切り落とし、ついで触覚と手足をも切り落とした。まるで芋虫のような姿になった蛾は、その体から五寸釘を引き抜いてやると、モゾモゾとまな板の上を動き回る。

 なんて惨めな姿だ。

 そのこっけいな姿と動きを見ていると笑いがこみ上げてきた。

 俺は、まな板からポトリと落ちたそいつを思いっきり踏み潰した。グリグリと原型が無くなるまで念入りに磨り潰す。足をあげると、そいつの体液と思われる茶色いシミが地面に広がっていた。

 その時、俺は言いようの無い光悦感に包まれていた。

 無抵抗な虫どもを生きたまま切り刻み、文字通り虫けらのように殺す。端から見れば残虐極まりないこの行為が、これ程までに楽しいことだなんて思わなかった。俺は、この時初めて虫たちが存在している意味を知った気がした。そう、こいつらは俺様に惨たらしく殺されるために生まれてきたのだと。

 それから俺は、片っ端からガレージの周りに生息する虫を捕まえいたぶり殺した。

 アリは生きたまま油の湯立つ鍋に放り込み唐揚げにしてやった。ミミズは散々に切り刻みミンチにしてやった。芋虫はぶつ切りにして生き作りだ。

 俺の周りに虫を使った様々なゲテモノ料理が出来上がっていく。そんなことを一週間も続けた頃には、ガレージにはすっかり虫の姿は見えなくなっていた。

 地面のあちこちには、俺が磨り潰した奴らのシミが残っている。そのシミ一つ一つが俺にとっての勲章であり勝利の証だ。だが、暫くすれば奴らはまた懲りずに俺の前に現れるに違いない。まぁ、その時は同じようにいたぶり殺すだけだ。さて、次はどんな料理を試してやろうか。

 そんなことを考えていた俺の目の前に、ポトリと何かが落ちてきた。それは、一匹の毛虫だった。俺はその毛虫を手にとった。

 その毛虫は見たことも無いような色をしていた。パッと見た目は紫色なのだが、光の当たり具合で七色に変色する。また、その先端にある頭も奇妙な形をしていた。まるでカタツムリのような触覚が何本も突出しており、それがウネウネと蠢いている。

 なんて気持ち悪い虫だ。

 そう思いつつも、俺の口元は邪悪に吊り上がっていた。

 この虫をどうやっていたぶって殺してやろうか。そう考えるだけで、自然に顔がほころぶのだ。

 その時だった。俺は突然指先に激しい痛みを感じた。あまりの痛みに俺は思わず虫を振り落とす。見ると俺の指先が紫色に変色し腫れていた。あの虫が刺したのだ。

「このクソ虫が!」

 俺は反射的にその虫を踏み潰していた。何度も何度も足を振り下ろし磨り潰す。気がつくと、地面には新たな紫のシミが広がっていた。


「くそったれ! 虫の分際で人間様に歯向かいやがって! 痛えじゃねぇか!」


 俺は急いで痛む指を押さえ部屋に戻った。

 消毒液を指先に振りかけ、バンドエイドを巻く。だが、痛みは治まらない。むしろ、その痛みは増すばかりだ。


「なんなんだよ、なんなんだよこれは!」


 痛みと腫れは指だけじゃなく、腕、体と全体に広がって行った。焼けるような痛みに襲われ、俺はその場にのた打ち回り、そして意識が遠のいて行った。


 ……あれから、どのくらいの時間が経ったのだろうか?

 気がつくと男は床に倒れていた。

 体の痛みは治まっていた。

 男はけだるい体を起こそうと腕を動かそうとした。だが動かない。と言うよりも腕の感覚が無かった。それは腕だけではなく足にも言えた。動かそうとしても、反応が無くピクリとも動かない。まるで自分の体じゃないみたいだ。

 男は、もう一度起き上がろうと腕に力を込めた。すると、ミシリと千切れるような音がして、何かが落ちた。それは自分の腕だった。


「う、うわあああああっ!」


 男が驚いた拍子に仰け反ると、今度は両足が根元から千切れ落ちた。床に転がる自分の手足を見て、男は半狂乱になりながら部屋中をまるで虫のようにのたうち回る。そして、床に転がっていた鏡に映った自分の姿を見た時、男の叫び声は最高潮に達した。

 そこには、見慣れた自分の顔では無い、異形の物が映っていた。耳、鼻は全て削げ落ち、眼球も虫のように飛び出している。髪の毛はすっかり禿げ上がり、代わりに数本の触覚が生えていた。

 それは、男が殺したあの虫の姿に良く似ていた。

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