殺し屋の覚悟
ミハエルとユウトはターゲットから聞き出したアジト、モット・ヘブンの東149番街に来ていた。
今日の2人はいつものラフな恰好ではなく、漆黒の組織オリジナルスーツを着ている。
それもそのはず、今日はターゲットメンバーを殲滅する日なのだ。
いつも以上に近寄りがたい空気をまとうミハエルと、緊張感を隠せないユウト。
彼らはアジト近くに車を停め、中の様子を観察していた。
「ターゲットはあのネルソンズクラブの中にいる。見た感じ、一般の客はいねぇな」
「うん。……ついに……だね」
「ああ。相手も抵抗してくるだろうから、俺が先に入って各フロアのターゲットをヤっていく。ユウトは少し離れてついてこい。そんで、アイザックの妻がどこかに捕らわれてないか探すんだ」
「了解……!」
2人は任務の流れを確認すると、それぞれ銃を握りしめた。
ユウトは痛いほど早く脈打つ心臓を感じつつ、深呼吸を繰り返す。
それはミハエルも同様であった。
どれだけ経験があろうとも、決して慣れることのないこの感覚。
それもそのはず……なぜなら、自分たちはこれから人殺しをするのだから。
呼吸を整えたミハエルは、ゆっくりとユウトの方を見て言った。
「……もし、やばい状況になったらユウトは逃げるんだぞ……。お前は本来、こんなことをする必要ないんだからな」
「……ねえ。そういうこと、今言わないでほしいんだけど」
「……ああ。分かっちゃいるが、俺はどうしても……考えてしまう。ユウトの気持ちは素直に嬉しい。でも……俺のせいで……」
ミハエルは自身の銃を指でなぞりながら、悲しそうな顔をしている。
ユウトはそんな彼を見ていたが、手放しで励ましの言葉をかけることが出来ない。
なぜなら、自分が逆の立場なら……おそらくミハエルと同じ気持ちになると分かっているから。
「……ミハエルの気持ちは分かるよ。もし立場が逆なら、僕も同じことを考えたと思う。……でも、もう僕は迷わないし、ミハエルも覚悟を決めてほしい」
「……!」
ミハエルはその言葉に、少しばかりのショックを受けた。
なぜなら、彼は分かってしまったのだ。
この期に及んで、覚悟が出来ていないのは自分の方だったということを。
あの日、恥もプライドも捨ててユウトに【守ってほしい】だなんて言っておきながら、それを遂行しようとする彼に、自分は何をしているのかと。
ミハエルは自嘲の笑みを浮かべると、ふうーとため息をついて、眼光鋭くターゲットがいる建物を睨んだ。
「……ああ。すまない。俺も甘さは捨てる。……ユウトは俺の相棒だからな」
「うん。その通りだよ」
「はは。……さて、行くか」
「うん」
2人は覚悟を決めた様子で、車を降りる。
既に目的のネルソンズクラブにはネオンサインが輝いていた。
中にはターゲット達が、それぞれシャンパンの瓶を片手に騒がしくしているのが見える。
外に漏れ聞こえてくるEDMの重低音と、男達の笑い声。
ミハエルとユウトは、ゆっくりと入口に近づくと、それぞれ扉の両端で銃を構えた。
刹那、2人の視線は交差する。
互いの瞳に言いようのないものを感じたが、今はそれをわざわざ口にしない。
無言で小さく頷き合った2人は、ミハエルを先頭に扉を開けて中に押し入った。
ガタン!
「っ……!?だ、誰だ!!」
クラブフロアの中心でだらしなく酔っぱらった男はそう叫んだ。
そんな彼には目もくれず、ミハエルは一切の無駄のない動きで男への距離を詰める。
状況を呑み込めていない男は、握っていたシャンパンの瓶をとっさに振り下ろそうとした。
しかし、ミハエルはそれを軽くよけると、男の脳天に銃口を突きつける。
「ひっ……!?」
「他にネルソンのメンバーはどこにいる?」
「…はっ、かっ……ち、地下だ!地下のフロアにいる!お、俺はなにも……」
「了解、じゃあな」
バアン!!
脳天から血しぶきをあげながら男は倒れた。
そのせいで、彼が持っていたシャンパンは、ガシャリと音を立てながら粉々に割れた。
ミハエルは地面に転がる男から、ホールにいる他のメンバーに目を移す。
その壮絶な雰囲気に、フロアに流れた一瞬の沈黙。
そして、やっと状況を呑み込めた他の連中は、一斉に銃を構えた。
しかし、彼らは分かっていない。
自分たちが銃を向けている相手は、恐怖と畏怖を集める【特別】な殺し屋であることを。
「しっ……侵入者だ!殺せ!」
「おう!」
男達はミハエルに向けて一斉に銃弾を打ち放った。
薄暗いフロアには、瞬く間に火薬の匂いが充満する。
だが、目的の人物は変わらずそこに立っていた。
黒いスーツを着て、ネオンサインを背負った彼は、異様に光る瞳を向けている。
「な……な……!?」
「……銃の扱いに関してはド素人だな。まあ、詐欺師なんてそんなもんか」
「てめええ!!」
「悪いな、でも」
ミハエルは瞬時に屈むと、左右に移動しながら、ターゲット達に銃弾を打ち込んでいく。
バアン!
「うっ……」
ガッ
「ぎゃあああ!」
ドオン!!
男達は1人、また1人と床に倒れ込んでいく。
その様子に動揺を隠せない残りのメンバーは、予想できない動きで距離を詰めてくるミハエル相手に、闇雲に引き金を引いていた。
「ひっ……ひいい……」
当たり所が悪かったのか、男が1人首から血を吹き出しながら地面に倒れていた。
ミハエルはそんな男に近づくと、胸部を足で踏みつける。
「ぐええええ……!」
その男の顔は、恐怖に染まっていた。
しかし、ミハエルはそんな男の目を見据えたまま、一切の発言を許さず銃弾を打ち込む。
断末魔を出すことさえ許されなかったその男は、ミハエルに踏みつけられたまま、こと切れた。
その光景は、残りの男達の戦意を喪失させるには十分であった。
しかしミハエルは気にせず、冷たく整った顔に笑みを浮かべて、呟く。
「俺も……覚悟を決めたいんだ」
その言葉は、EDMの重低音にかき消され、男達には聞こえていない。
しかしその瞬間、目の前の人物が正常な人間でないことを、彼らは完全に理解した。
薄暗いフロアには、まき散らされた鮮血がネオンサインを反射している。
そんな中、異質に浮かび上がる金髪は、仲間の死体を足蹴にしながら、ゆっくりとこちらに銃口を向けた。
恐怖と衝撃が、極彩色の空間に立ちこめる。
しかし、もはや彼らに抵抗する術は残っていない。
ミハエルは、ためらうことなく引き金を引いた。
相棒に捧げる覚悟と共に。
しばらく1日おきくらいの更新になります。
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