後処理係の憂鬱
「……も、もう……勘弁してくれ!」
「お前がメンバーの情報を渡せば生かしといてやるよ」
「だ、だから俺は……何も知らねえって!」
「なら仕方ねぇな」
NY、サウスブロンクスの路地裏。
そこには、白昼の晴れやかな空には似つかわしくない光景が広がっていた。
青空を背にしたミハエルは、詐欺グループのメンバーを殴り飛ばしている。
殴られた男は痛々しく曲がった鼻から血を垂れ流して、一方的に追い詰められていた。
「お前らグループが【アイザック・ネルソン】の家族と関係してんのは分かってんだよ。そいつらの居場所を言え」
「あ……あ……やめろ……やめてくれえ!」
ミハエルの情け容赦のない暴力に、男は懇願するかのように叫んだ。
しかし、その状況を作り出している本人は、どこか楽しそうである。
「……そ、その通りだ……。俺は、ネルソンの連中に雇われただけで、詐欺は全部あいつらが取り仕切ってる……い、居場所は……モット・ヘブンの東149番街……ネルソンズクラブの地下にアジトがある!」
「……全員そこにいるのか」
「……お……おう……!俺はいつもそこで奴らと計画を練っていた!……どうだ、全部話したぞ!!だから、だからもう…たすけてく」
「ありがとな」
バアン!
無慈悲な銃声が、5月の青空に響いた。
ミハエルは冷たく整った顔を一切崩さずに、こと切れた男から携帯を奪い取る。
そして、何事もなかったかのような様子で、影から見守っていたユウトの元へ向かった。
ユウトは心臓がバクバクと脈打つのを感じつつ、目をそらさずに一連の様子を観察していた。
体をこわばらせているユウトを見て、ミハエルは心配そうに顔を覗き込む。
「……大丈夫か?ユウト」
「……うん。流石にちょっと、ショッキングだったけど」
「別に、こういうやり方をしなきゃいけないってわけじゃない」
「……いや、ちゃんとで出来るようになるから。大丈夫」
「……そうか」
ミハエルは深刻そうに答えるユウトの頭を、そっと撫でた。
優しく頭をなでている彼の表情は、心なしか口角が上がっているようにも見える。
そんな自分に気づいたのであろうか。
ミハエルは手を引っ込めてから、気まずそうに咳ばらいをして話し始める。
「ユウトの予想どおり、グループの奴らはアイザックの血縁らしいな。アジトの場所も分かったし、後は全員をやれればOKだ」
「あー、良かった……!これで違ったらまた振り出しに戻っちゃうしね。何とかやりきれそうだね!」
「ああ。……にしてもお前すごいな、ユウト。勘が当たってたぜ?」
「へへ!初仕事にしては上出来かな、僕!」
「ああ。……ていうか、めちゃくちゃ嬉しそうだな。そんなに俺の役に立てたことが嬉しいかよ?」
いつも通りニヤニヤとからかい始めたミハエルは、それはそれは楽しそうにしている。
しかし、ユウトは余裕そうに言い返した。
「……そういうけどさ。昨日あーんなに可愛く【俺を守ってくれるのか?】って言ってたのは、どこの誰?」
悪戯に笑うユウトを見て、ミハエルは昨日の出来事を思い出していた。
自然と引き寄せ合ったお互いの顔。
自制心が働かなければ、触れ合っていたであろうその唇。
子どものように震えて、懇願する自分を抱きしめてくれた彼。
今だ体に残る温かさを感じたミハエルは、顔に火がついたような感覚になって、反論する。
その様子は、先ほどの冷酷な所業をした人物とは思えないものだった。
「……あ、あれは……そういう流れだったっていうか……!なんか……そういう雰囲気だったろ!」
「……へえー?優秀な殺し屋さんは、雰囲気に流されてああいうことするんだ?……勉強になるよ」
「……てめえ!」
「ははは!」
2人はいつも通りの調子でぎゃあぎゃあと騒いでいた。
そんな2人をよそに、後処理を行う連中は、せっせと路地裏に広がる死体と血だまりを片付けている。
青い空と鮮血のコントラストは、ある種の芸術のようだった。
それは普通の感覚からしたら、明らかに凄惨な光景。
しかし、そんなことを気にもしない様子で、ユウトとミハエルはふざけ合っている。
その様子を尻目に見つつ、殺しの現場を片付けていた男達は、静かに震えていた。
(殺し屋には、ろくな人間がいない)
なんてことを思いながら。