殺し屋の初めて
「……ねぇ、いつまで不貞腐れてるの?」
「……」
ユウトとミハエルは、アパートのリビングで武器を調整していた。
銃の知識がないユウトは、色々とレクチャーを受けている。
しかし、指南役の機嫌があまりにも悪いため、困り果てていた。
「あのさあ……ちょっとからかっただけじゃん。モーリスと笑ったのがそんなに気にくわないの?……いい加減その不機嫌どうにかしてよ」
モーリスの店を出た後から、ミハエルはずっとこの調子だ。
自分はいつもユウトをからかい倒してくるくせに、少しやり返したらこれなのか、と。
流石のユウトも面倒くさくなってきた頃だった。
ミハエルはおもむろに口を開く。
「……何を話してたんだよ」
「だーかーらぁ、別に悪いことじゃないんだって」
「だったら教えてくれてもいいだろ」
「……うーん」
「教えろ!」
ミハエルは銃をテーブルにゴンっと置いて、ユウトに詰め寄った。
前ならこの距離の詰め方に動揺していたユウトだが、今では慣れっこである。
「……はあ……。モーリスとの秘密だから、あんま話したくなかったんだけどなぁ……」
ユウトはすぐ隣でいら立ちを見せるミハエルに向き合い、観念したかのように話し出す。
「あのね、モーリスに言われたんだよ。【ミハエルはガキの頃からこんな生活だった】って。僕といるのを見て【こんなに楽しそうに笑ってるのを見たことがない】から【ミハエルのことをよろしく頼む】って」
「……はあ?……何だそれ。……あいつ、余計なことを」
「心配してくれてたんでしょ」
「そういうのマジでいらねぇ」
ミハエルは吐き捨てるようにそう言った。
ユウトは呆れたように見ていたが、続く言葉は予想外のものだった。
「……それで……ユウトは何ていったんだよ……」
先ほどまでの威勢はどこへいったのか、ミハエルの喋り方は随分と弱々しかった。
そんな様子をみて、ユウトは思うところがあった。
モーリスに言ったこと、自分が彼に抱いているこの覚悟を、今ここでしっかりと伝えなければ……そう感じたのだ。
ミハエルは、不安そうな瞳でこちらを見ている。
そんな彼の手を、ユウトは優しく握った。
「……?」
握られた手を二度見して、彼は困惑している。
そんな反応をよそに、ユウトは真剣な表情で答えた。
「僕ははっきり言ったよ。【ミハエルは絶対に僕が守る】って」
それを聞いたミハエルは、切れ長の目を大きく見開いた。
それでもユウトは彼の手を握ったまま、遠慮なく続ける。
「……僕はね、ミハエルに出会えなかったら、きっと今頃死んでたんだよ。それは、あの時殺されてたからってわけじゃない。……きっと僕は、自ら死ぬことを選んでた」
「……」
ミハエルは切実なユウトの表情を見て、知らない感情が湧いてくるのを感じていた。
自然と握られている手に、力が籠る。
それを感じたユウトは、くしゃりと目を細めた。
「いつか……言える日が来たら、ちゃんと言うよ。……とにかくね、ミハエルはどうか知らないけど、僕にとってあの出来事は救いだったんだ。……ありがとう」
「……」
返す言葉が見つからず、沈黙が流れる。
どのくらい時間が経っただろうか、ミハエルは間の抜けた声でつぶやいた。
「……守るだなんて、初めて言われたぞ」
「……」
ユウトは綺麗に整った顔が、ぽかんとしている様子を見て、自然と微笑んだ。
ミハエルはようやく現状に意識が追いついたのか、握られていた手を引っ込めて顔をそらす。
「……お前、馬鹿じゃないのか。巻き込まれて、殺し屋やるはめになってんだぞ!あの時助けたのだって、別にお前のためじゃない!」
「分かってるよ」
そっぽを向きそう吐き捨てるミハエルに、ユウトはいつもの調子で答えた。
「僕だって、はじめはミハエルのこと怖いと思ったし、守りたいなんて思ってなかった」
「だったら何で!」
「なんかミハエルってほっとけないんだもん」
「……はぁ!?」
顔を上げて、またこちらに距離を詰めてくるミハエルを見て、ユウトは笑い出した。
けらけらと笑うユウトに、ミハエルはいよいよ調子が崩れるのを感じ、焦り始める。
「ほっとけないってなんだよ!俺はユウトよりずっと強いんだぞ?ユウトなんて……俺がいなきゃ……いつ死んじまうか分かったもんじゃないだろ!」
「うん、そうだね。でも、気持ちは別だよ。今はミハエルと自分のために全力で生き残りたいと思ってるし」
「……な、に」
ユウトはそこまで言うと、おもむろにテーブルの上に置いてあった銃を手に取る。
弾の込められていないそれを、慣れない手つきで握ると、ミハエルに向けた。
ミハエルは突然の行動に、訳が分からないといった様子で固まっている。
「……だからさ、教えてよ。僕に、その方法を。……君を守りたいんだ」
「……!」
ミハエルは自分に向けられた銃口と、それを握る彼の瞳が、自分を貫いていくのを感じた。
その瞳に宿る光は、決して簡単な気持ちで表せるものじゃない。
裏の世界で生きてきたからこそ、その本気さが伝わってしまう。
ミハエルは心臓の音が早まるのを感じながら、考えた。
(……俺を守りたいだなんて……そんなこと、本気で思ってるのか、こいつは。俺はずっと1人でヤッてこれたんだぞ……守ってもらおうとする奴はいても、俺を守りたいなんて思うやつは……いなかった)
ミハエルは自身も銃を手に取ると、ユウトの銃にクロスするように、それを向けた。
「……俺を守るのは大変だぞ。【普通】に生きてきた奴に何ができる?」
人を射殺せそうな眼光で、こちらを睨むミハエルに、ユウトはさらに近づいて答える。
「さあね。僕もヤれるとこまでヤるつもりだから。……それに、そんな【特別】な君は、僕のことが理解できるの?」
「……」
「……」
2人は銃口を突きつけ合い、互いを見つめていた。
しばらくして、ユウトとミハエルは同時に噴き出す。
「ぷっ……あははは!ミ、ミハエルのそれ……かっこよすぎるでしょ……!ははは!」
「ユウトこそ……なんだよそれ!いきなり銃を向けるとか……おま……ハリウッド映画の見すぎだろ……!ユウト、お前……俳優とか向いてるんじゃないか?」
「えー僕そんなにイケてたかな?いやあ照れる照れる!」
「おい……!もうこれ以上笑わせないでくれ……!」
お互いに笑いすぎて、目には涙が滲んでいた。
ミハエルは、そのタイミングの良さに感謝した。
そうでないと、きっと、この涙を隠せなかったから。
「てか、ユウト……前言撤回だ。ユウトは初めからちっとも普通じゃなかったな。一緒にいて、それが確信に変わったぜ」
「ミハエルこそ。随分優秀で特別な殺し屋らしいけど、意外と普通の感性の持ち主だよねー?」
「あ?何がだよ!」
「ほんとそういうとこ、ほっとけないんだよなあ~」
「うっぜえ!」
「はははは!」
2人はげらげらと笑いながら、互いに向けていた銃をおろした。
そしてその手は、自然と重なり合う。
しばらくしただろうか、静かになった2人は、互いに互いを見つめていた。
吸い寄せられるように、2人の顔が近づく。
お互いの鼻先が触れてしまいそうな距離で、ユウトは息を止めた。
それを見たミハエルは、すっと顔を反らして彼の肩に沈めてしまう。
「……」
「……」
ユウトは肩透かしを食らった気分になった。
しかし、肩にミハエルの震えを感じたことで、その考えを改める。
その様子は、まるで哀願する子供のようだった。
ユウトは優しく微笑むと、彼の頭に頬をよせる。
ミハエルは、戸惑いながらユウトの体に手を回すと、消え入りそうな声でつぶやいた。
「……本当に……俺を……守ってくれるのか……?」
ユウトは腕の中で震える彼を、壊れないように、優しく抱きしめた。
「……約束するよ。【ミハエルは絶対に僕が守る】」
初めて知る体と心の温もり。
それをなんと言い表せばいいのか、ミハエルには分からない。
それでも、彼はこのまま、願わくば永遠にー。
ユウトの側にいたい、そう思った。