表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

殺し屋の初めて




「……ねぇ、いつまで不貞腐れてるの?」


「……」




ユウトとミハエルは、アパートのリビングで武器を調整していた。


銃の知識がないユウトは、色々とレクチャーを受けている。


しかし、指南役の機嫌があまりにも悪いため、困り果てていた。




「あのさあ……ちょっとからかっただけじゃん。モーリスと笑ったのがそんなに気にくわないの?……いい加減その不機嫌どうにかしてよ」




モーリスの店を出た後から、ミハエルはずっとこの調子だ。


自分はいつもユウトをからかい倒してくるくせに、少しやり返したらこれなのか、と。


流石のユウトも面倒くさくなってきた頃だった。


ミハエルはおもむろに口を開く。




「……何を話してたんだよ」


「だーかーらぁ、別に悪いことじゃないんだって」


「だったら教えてくれてもいいだろ」


「……うーん」


「教えろ!」




ミハエルは銃をテーブルにゴンっと置いて、ユウトに詰め寄った。


前ならこの距離の詰め方に動揺していたユウトだが、今では慣れっこである。




「……はあ……。モーリスとの秘密だから、あんま話したくなかったんだけどなぁ……」




ユウトはすぐ隣でいら立ちを見せるミハエルに向き合い、観念したかのように話し出す。




「あのね、モーリスに言われたんだよ。【ミハエルはガキの頃からこんな生活だった】って。僕といるのを見て【こんなに楽しそうに笑ってるのを見たことがない】から【ミハエルのことをよろしく頼む】って」


「……はあ?……何だそれ。……あいつ、余計なことを」


「心配してくれてたんでしょ」


「そういうのマジでいらねぇ」




ミハエルは吐き捨てるようにそう言った。


ユウトは呆れたように見ていたが、続く言葉は予想外のものだった。




「……それで……ユウトは何ていったんだよ……」




先ほどまでの威勢はどこへいったのか、ミハエルの喋り方は随分と弱々しかった。


そんな様子をみて、ユウトは思うところがあった。


モーリスに言ったこと、自分が彼に抱いているこの覚悟を、今ここでしっかりと伝えなければ……そう感じたのだ。


ミハエルは、不安そうな瞳でこちらを見ている。


そんな彼の手を、ユウトは優しく握った。




「……?」




握られた手を二度見して、彼は困惑している。


そんな反応をよそに、ユウトは真剣な表情で答えた。




「僕ははっきり言ったよ。【ミハエルは絶対に僕が守る】って」




それを聞いたミハエルは、切れ長の目を大きく見開いた。


それでもユウトは彼の手を握ったまま、遠慮なく続ける。




「……僕はね、ミハエルに出会えなかったら、きっと今頃死んでたんだよ。それは、あの時殺されてたからってわけじゃない。……きっと僕は、自ら死ぬことを選んでた」


「……」




ミハエルは切実なユウトの表情を見て、知らない感情が湧いてくるのを感じていた。


自然と握られている手に、力が籠る。


それを感じたユウトは、くしゃりと目を細めた。




「いつか……言える日が来たら、ちゃんと言うよ。……とにかくね、ミハエルはどうか知らないけど、僕にとってあの出来事は救いだったんだ。……ありがとう」


「……」




返す言葉が見つからず、沈黙が流れる。


どのくらい時間が経っただろうか、ミハエルは間の抜けた声でつぶやいた。




「……守るだなんて、初めて言われたぞ」


「……」




ユウトは綺麗に整った顔が、ぽかんとしている様子を見て、自然と微笑んだ。


ミハエルはようやく現状に意識が追いついたのか、握られていた手を引っ込めて顔をそらす。




「……お前、馬鹿じゃないのか。巻き込まれて、殺し屋やるはめになってんだぞ!あの時助けたのだって、別にお前のためじゃない!」


「分かってるよ」




そっぽを向きそう吐き捨てるミハエルに、ユウトはいつもの調子で答えた。




「僕だって、はじめはミハエルのこと怖いと思ったし、守りたいなんて思ってなかった」


「だったら何で!」


「なんかミハエルってほっとけないんだもん」


「……はぁ!?」




顔を上げて、またこちらに距離を詰めてくるミハエルを見て、ユウトは笑い出した。


けらけらと笑うユウトに、ミハエルはいよいよ調子が崩れるのを感じ、焦り始める。




「ほっとけないってなんだよ!俺はユウトよりずっと強いんだぞ?ユウトなんて……俺がいなきゃ……いつ死んじまうか分かったもんじゃないだろ!」


「うん、そうだね。でも、気持ちは別だよ。今はミハエルと自分のために全力で生き残りたいと思ってるし」


「……な、に」




ユウトはそこまで言うと、おもむろにテーブルの上に置いてあった銃を手に取る。


弾の込められていないそれを、慣れない手つきで握ると、ミハエルに向けた。


ミハエルは突然の行動に、訳が分からないといった様子で固まっている。




「……だからさ、教えてよ。僕に、その方法を。……君を守りたいんだ」


「……!」




ミハエルは自分に向けられた銃口と、それを握る彼の瞳が、自分を貫いていくのを感じた。




その瞳に宿る光は、決して簡単な気持ちで表せるものじゃない。


裏の世界で生きてきたからこそ、その本気さが伝わってしまう。


ミハエルは心臓の音が早まるのを感じながら、考えた。




(……俺を守りたいだなんて……そんなこと、本気で思ってるのか、こいつは。俺はずっと1人でヤッてこれたんだぞ……守ってもらおうとする奴はいても、俺を守りたいなんて思うやつは……いなかった)




ミハエルは自身も銃を手に取ると、ユウトの銃にクロスするように、それを向けた。




「……俺を守るのは大変だぞ。【普通】に生きてきた奴に何ができる?」




人を射殺せそうな眼光で、こちらを睨むミハエルに、ユウトはさらに近づいて答える。




「さあね。僕もヤれるとこまでヤるつもりだから。……それに、そんな【特別】な君は、僕のことが理解できるの?」


「……」


「……」




2人は銃口を突きつけ合い、互いを見つめていた。


しばらくして、ユウトとミハエルは同時に噴き出す。




「ぷっ……あははは!ミ、ミハエルのそれ……かっこよすぎるでしょ……!ははは!」


「ユウトこそ……なんだよそれ!いきなり銃を向けるとか……おま……ハリウッド映画の見すぎだろ……!ユウト、お前……俳優とか向いてるんじゃないか?」


「えー僕そんなにイケてたかな?いやあ照れる照れる!」


「おい……!もうこれ以上笑わせないでくれ……!」




お互いに笑いすぎて、目には涙が滲んでいた。


ミハエルは、そのタイミングの良さに感謝した。


そうでないと、きっと、この涙を隠せなかったから。




「てか、ユウト……前言撤回だ。ユウトは初めからちっとも普通じゃなかったな。一緒にいて、それが確信に変わったぜ」


「ミハエルこそ。随分優秀で特別な殺し屋らしいけど、意外と普通の感性の持ち主だよねー?」


「あ?何がだよ!」


「ほんとそういうとこ、ほっとけないんだよなあ~」


「うっぜえ!」


「はははは!」




2人はげらげらと笑いながら、互いに向けていた銃をおろした。


そしてその手は、自然と重なり合う。


しばらくしただろうか、静かになった2人は、互いに互いを見つめていた。


吸い寄せられるように、2人の顔が近づく。


お互いの鼻先が触れてしまいそうな距離で、ユウトは息を止めた。


それを見たミハエルは、すっと顔を反らして彼の肩に沈めてしまう。




「……」


「……」




ユウトは肩透かしを食らった気分になった。


しかし、肩にミハエルの震えを感じたことで、その考えを改める。


その様子は、まるで哀願する子供のようだった。


ユウトは優しく微笑むと、彼の頭に頬をよせる。


ミハエルは、戸惑いながらユウトの体に手を回すと、消え入りそうな声でつぶやいた。




「……本当に……俺を……守ってくれるのか……?」




ユウトは腕の中で震える彼を、壊れないように、優しく抱きしめた。




「……約束するよ。【ミハエルは絶対に僕が守る】」




初めて知る体と心の温もり。


それをなんと言い表せばいいのか、ミハエルには分からない。


それでも、彼はこのまま、願わくば永遠にー。




ユウトの側にいたい、そう思った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ