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殺し屋見習いの覚悟




NY(ニューヨーク)セントラルパークに隣接する【イースト・ハーレム】。


そこは昔のニューヨークらしさを残しつつ、アメリカの闇を色濃く反映している地域でもある。


そこの路地裏、一般人が決して立ち寄ることのないエリアを、ミハエルとユウトは歩いていた。


ゴミが散乱した道には、座り込む薬物中毒者(ジャンキー)が点々としている。


ミハエルはそれらを全く気にしていない様子でいた。


後ろをついていくユウトは、心臓が早くなるのを感じつつ、挙動不審にならないよう努めている。




「……ついたぞ」




ミハエルは路地裏のつきあたりに、ぽつんと設置されているドアの前でそう言った。


黒い鉄製のドアを開けると、そこには地下へ続く階段が見えている。


2人はその階段を、ゆっくりと降りていった。


地下につくと、そこには90年代を思わせる雰囲気のバーカウンターが広がっていた。


カウンターごしには、身長190㎝はありそうな大柄の黒人男性が立っている。




「よう、ミハエル。久方ぶりだな~!元気か?」


「ああ、モーリス。なんとか生きてるよ」


「そのようだな。ところで隣の兄ちゃんは誰だ?」




ユウトは、モーリスと呼ばれる男性が眼光鋭くこちらを見ているのに気づき、動揺した。


ミハエルはこうなることを分かっていたかのように、モーリスに金を渡す。




「こいつは最近組織に入った俺の相棒だ。これからしばらく2人で仕事をするから、こいつの分の武器もそろえたい」


「……あのミハエルが相棒?そりゃあ……お前さん、どういう風の吹き回しでぇ……」


「……うっせ。1人でヤれる仕事には限界があるって分かったんだよ。……つーことだから、あんまこいつのことは警戒しないでくれよ」


「あのミハエルがねえ。ガキの頃から1人でヤんのに拘ってきた野郎が……成長したなあ……。……て……あっ!そういうことか……」


「……何だよ」




モーリスはカウンターに肘をついて、ニヤニヤと小指を立てる。




「ついに……コレが出来たってわけか!やるなぁ~そこの兄ちゃん!こんな堅物を落とすなんて、どんなテクニックを使ったんだ?」




その言葉に、3人の間には一瞬の沈黙が流れた。


少しの間を空けてから、意味を理解したユウトは、カッと顔を紅潮させて首をぶんぶんと横に振る。




「ち、ち、違います!僕は、あの本当にミハエルの相棒です!そんな、そういう関係なわけじゃ」


「……ああ、そうだよモーリス。まあ……そういう関係も込みだ」


「へ!?」




ユウトはミハエルの言葉に、素っ頓狂な声をあげる。


見るといつもより悪戯な表情のミハエルが、ニヤニヤとこちらを見ていた。


その様子を眺めていたモーリスも、口をすぼめてひゅ~っと音を鳴らしている。




「……あのさあ!ミハエルのそのからかい癖、本当どうにかした方がいいと思うよ!」


「からかうだなんて失礼な。あの日【これからも俺と一緒にヤる】って言ったじゃないか。あれは遊びだったのかよ……?ユウト」


「その御幣しかない言い方やめてよ……!」


「ははは!」




ミハエルは動揺するユウトを見て、心底楽しそうに笑っていた。


ユウトは訳がわからず、ただ抗議の意を唱えるしかない。


そんな2人の様子を、モーリスは目を細めて眺めていた。




「……んじゃあ、そこのボーイフレンドに最高の品を選んでやらないとな。ミハエルのも新調してくだろ?」


「ああ。頼む」


「自由に選んでくれよ。丁度良いのも入ってる」




モーリスはカウンター後ろに並べられた、酒瓶の1本を抜きとった。


すると、ガガガと音を立てながら、背面が上下に別れていく。


そこには、数々の銃やナイフ、爆弾や薬物の類が、整然とディスプレイされた武器庫が広がっていた。




「……す……すっごい」


「こりゃあ俺自慢のコレクションよ。ミハエルは昔から俺んとこを贔屓にしてくれてっからな。兄ちゃんにも良いのを選んでやるぜ」


「あ、ありがとうございます!」


「良いってことよ。なんつったってミハエルの相棒&ボーイフレンドだからな」


「い、いや……ボーイフレンドの方は違……」




ミハエルはすっかり打ち解けた様子の2人を見て、安堵していた。


このモーリスという男は客のえり好みが激しいことで、裏社会でも嫌遠する輩が多い。


そのため多少の心配をしていたが、なんとか上手くいったらしい。




「ユウト、俺は先に見てくるから、話し終わった来いよ」


「え!?……う、うん分かった」




さっさと武器庫に入っていってしまったミハエルを横目で見ながら、ユウトはモーリスと2人きりにしないでほしい、なんて思っていた。


ミハエルが武器庫の奥に行ってしまったあたりで、モーリスは静かに口を開く。




「……お前さん……ユウトとか言ったか」


「は、はい。そうです」


「ずいぶん若ぇな。酒は飲めるか?」


「飲めます。僕、これでも24歳なんで」


「まじか。アジア人は若く見えるなあ」


「ははは」




モーリスはおもむろにカウンターの下から酒の瓶を取り出すと、ロックグラスにそれを注ぐ。


カランと氷が鳴ったグラスからは、ウイスキーの良い香りが漂ってきた。




「これは俺のおすすめ……ハイランドパークだ。はじめましての記念に……乾杯しようぜ!ユウト」


「は、はい!……乾杯!」




2人はカン!とグラスをぶつけ合い、注がれた酒をぐっと飲みこんだ。


予想外の酒感に、ユウトはむせてしまった。


対するモーリスは、何食わぬ顔で味わっている。


数秒たっただろうか、モーリスはふうっと息を吐くと、おもむろに話し始めた。




「……さっきのは冗談だが……。ユウト、お前さんはどうやら本当にミハエルの特別らしいな」


「……え?」




ユウトは予想外の言葉に、思わず聞き返した。




「……ミハエルがどこまで言ってるか分からんが……あいつはガキの頃からずっとこの業界で生きている。俺も気にかけてやっていたが、あいつは昔からそんなの必要ない位に……優秀だったよ」


「……そうなんですか」




モーリスは自分のグラスをカラカラと鳴らしながら、懐かしむように目を伏せた。




「……でも、ガキの頃からそういう生き方ってのはなあ……。まともな感性を奪っていく。……俺はミハエルが誰かとあんな楽しそうに笑っているのを、見たことが無い」


「……」




ユウトは何も言えず、グラスを握りしめた。


モーリスはユウトをしっかり見据えると、どこか力の籠った声で言った。




「ユウト……もし、お前さんが本当にあいつの相棒なら……あいつのこと、よろしく頼むぜ」


「……」




モーリスの熱のこもった瞳と切実な表情を見て、ユウトは肩に力が入るのを感じた。


それと同時に、ミハエルと初めて出会った日のことを思い出す。




ー全てが終わっても良いと感じていたあの瞬間(トキ)




ミハエルは、銃声と共に明日を切り開いてくれたのだ。


冷たい瞳で火薬の匂いを漂わせる彼は、さながら自分を断罪する死神のように見えた。


それなのに、ミハエルを知れば知るほど、その印象は反転していく。


トラウマに犯されていた自分に微笑んでくれた時は……もはや……ユウトにとって。


彼は、その名の通りの人物であった。




しばらく、2人の間には沈黙が続いだろうか。


ユウトはぐっと拳を握ると、覚悟を決めたようにモーリスを見つめる。




「もちろんだよ。ミハエルは絶対に僕が守る」




その様子に、モーリスは息をのんだ。


ユウトの醸し出す雰囲気は、裏の世界で磨いてきた感覚にも確かなほど、真剣だった。


モーリスは、グラスに残った最後の一口を見つめながら言う。




「……ミハエルがお前さんを気に入っている理由が……少し……分かった気がするよ……」




その時、コツコツと武器庫から足音が近づいてきた。


時間が経ちすぎてしまったのか、しびれを切らしたミハエルは、いぶかしげな表情で戻ってきた。




「おい、お前ら!……何ずっと話し込んでんだよ!もう10分はたってるぞ!」




待たされ過ぎて機嫌が悪いのか、ミハエルはしかめっ面で2人に言い放つ。


ユウトとモーリスは顔を見合わせて、ニヤリと笑った。


モーリスは最高に気分が良いという様子で、ミハエルに言う。




「いやいや、これは男同士の秘密ってやつだよ。なあ?ユウト」


「うん。これはちょっと……ミハエルには言えないなあ~?」


「……は……はあ~!?」




けらけらと笑う2人を見て、ミハエルは柄にもなく焦っていた。


いつもと立場が逆転している状況に、ユウトは心から楽しそうに笑っている。




その笑顔の裏に、ありったけの覚悟が秘められていることを、モーリスだけが知っていた。




モーリスは50代の黒人男性です。

髪は剃り込んでいて、タトゥーびっしりのいかちぃ見た目ですが、情が深いおっちゃんです。


またイースト・ハーレムやハイランドパークは実在の地名、銘柄です。

興味がある方はぜひ調べてみてくださいね。

いつも読んでくれる皆様、本当にありがとうございます。

感想やブックマークで応援して下さると幸いです。

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