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殺し屋見習いの能力




「ねぇ、あれが本当に依頼者なの……?」


「あぁ。間違いない」




ミハエルとユウトはカフェのテラス席から、今回の依頼者を観察していた。


本来、組織のルールでは殺し屋と依頼者の接触は禁止されている。


そのため、実際に接触するのはユウトの役目であった。


依頼者の居場所については、今回は特別にユウトの能力をテストするという名目で、ハイドラから共有されていた。


もちろん、ミハエルがいくばくかのポケットマネーを渡したのは言うまでもない。




「殺しを依頼する人ってどんなヤバい人かと思ったけど……なんていうか、ずいぶん普通?……いや……くたびれた感じの、おじいさんだね」


「そうだな。依頼者は大体ヤバい奴か、いたって普通に見える奴かで分かれるが……。こういうタイプは珍しい」




ミハエルはブラックコーヒーとキッシュを口に含みながら、小さな双眼鏡で依頼者の様子を分析する。




「あのじじい、私財を全て詐欺グループに奪われて家族と絶縁に至った……と話しているが、おそらく他に話していないことがあるはずだ。そもそも依頼金が2万ドルだぜ?私財を失っといてそれはないだろ。……自分に不利な情報を隠してるに違いない」


「……確かに。じゃあ僕が指示通り、通りすがりの【一般人】を装って、軽く話して探ってくるよ」


「おう。よろしくな。【一般人】?」


「……はあ、もう」




ニヤニヤと笑みを浮かべ楽しそうなミハエルに反して、ユウトは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


ユウトは静かに席を立つと、カフェのテラスから数十メートルほど離れたベンチに座っている依頼者に近づく。




「やあ、今日はすごく良い天気だね、おじさん」


「……」




気さくな若者風を装ったユウトは、屈託のない笑顔で依頼者(アイザック)に話しかけた。


アイザックは突然のことに、いぶかしげな表情を浮かべている。




「僕、最近日本からNY(ニューヨーク)に来たんだ。日本じゃどうも肩身が狭くてね」


「……そうかい」


「隣いいかな?ちょっと僕の話し相手になってよ」


「……好きにしろ」




アイザックはかなり不愛想な様子で、そう答えた。


ユウトはそれでも全く気にしない風で、隣に腰かける。




「僕さ、最近とんでもないことに巻き込まれてさ。もうね、人生これで終わるかもしれないんだ」


「……なに?」


「いやね、普通に生きて人生やり直したかっただけなのにさ。予想もしてなかった最悪なことが起きて、多分もう2度と普通にはなれないんだ」


「なんだそりゃ。……まだ若けぇーのにそんな弱気でどうする」


「でも、年齢なんて関係なく【取り返しのつかないこと】ってあるじゃん?」


「……」




ユウトは気さくな若者といった感じで、ニコニコと話し続ける。


アイザックは今だ不審な表情を浮かべたままだが、何となく緊張が緩んできたのだろうか。


不思議と拒絶する雰囲気はなくなっていた。




(……あいつ、大胆だな……。妙に手慣れてるし、やっぱり何かおかしい)




テラス席からユウトの様子を観察していたミハエルは、初めて会った時に感じた違和感が確信に変わっていくのを感じていた。


ユウトに指示した情報収集は実績作りのための建前で、詳しい情報はミハエル自身が集めるつもりだった。


しかし、ユウトの対応力はミハエルの予想を超えている。




「……そうだな。そんなつもりじゃなかったのに、取返しのつかないことってのは起きるもんだ。そのせいで、大切なものを失う」


「わかるー。幸せになろうとすればするほど、不幸になっていく感じだよね」




その瞬間、アイザックの瞳がわずかに見開かれた。


ユウトもミハエルも、それを見逃してはいなかった。


ユウトは今だ、というようにアイザックへの距離をつめる。




「おじさんはさ、そういう時どうした?……僕はね、もうどうしたら良いか分かんないんだ」


「……お前さんが何に苦しんでんのかは分からん。……だが、俺はな。俺がそういう状況になったときは、俺から全てを奪った元凶をなくして、大切なものをもう一度取り戻すことにしたんだ。たとえそれが……それ以外の全てを失うことになっても、だ」


「……大切な物以外、全てを……?」


「ああ。俺は優柔不断だったんだよ。今思えばそれが全ての原因だ。……俺にとって最も大切なのは家族じゃなくて、妻だったんだ。それなのに、ずっと選べなかった。今はそれを心から後悔している」


「……奥さんのこと、愛してたんですね」


「……ああ」


「……」




ユウトはふうっと息を吐くと、アイザックの肩にぽんっと手を置いて顔を覗き込んだ。




「話を聞いてくれて、ありがとう。あとね、おじさんの大切なもの、きっと返ってきますよ」




アイザックは驚いたという表情で、ユウト見て固まっている。


ユウトはそれを気にしない様子で、ばいばいと手を振ってベンチから離れた。


ユウトはミハエルの待つテラス席に戻ると、真剣な表情で喋り出した。




「ミハエル。分かったよ。……アイザックを騙した連中は多分……【アイザックの家族】だ」


「……俺も盗聴器(バグ)で聞いてたが……なんであの会話だけでそう思った?」


「あの人、左手の薬指に指輪の跡があった。そこだけ肉がへこんで、日焼けもしてなかったよ。ここ最近外しました、って感じ。多分あれが依頼料の出所だろうね。あと、首と鎖骨の間にタトゥーが入ってた。なんか、日本の家紋みたいなやつ。……でも、抉られてだいぶ消えかけてた。あれは大分昔に、何度も何かで傷つけたものだと思う」


「……」


「あの人は【最も大切なのは家族より妻】、【優柔不断が全ての原因】、【大切なもの以外、全てを失うとしても取り戻す】って言ってた。これが今回依頼につながったんだとしたら、詐欺グループがいなくなって妻以外全てを失う選択肢は……それしかないと思う」


「……」


「……て……あはは、僕も素人なりに頑張ってみたんだけど。どうかな?ミハエルはどう思う?」




ユウトは先ほどの真剣な雰囲気を茶化すように、へらへらと笑って問いかける。


ミハエルはその様子じっと見ていたが、険しい表情を崩さずに黙っていた。


ユウトは自らの初仕事が、ミハエルの期待に添えなかったのかと思い、焦り始めた。


しかし、ミハエルはユウトの予想に反したことを言い出す。




「……いや、初仕事にしては十分な活躍だ。その線で今判明しているメンバーと、あいつの家族の関連性を調べる。もしその予想が正しければ、メンバー全員を芋づる式に見つけることができるだろう」


「……そ、そっか。……いや、なんか、良かったよ!ミハエルが怖い顔してるから、僕初めからしくじっちゃったのかと思って」


「……そうじゃない。驚いてんだよ」


「え?」


「……お前さ……」


「……?」




ミハエルは何か言いかけたが、その後の言葉は何もなかった。


ユウトは不思議に思いながらも、黙ってミハエルの前に座っている。


ミハエルは今だ複雑な顔をして、半分ほど残ったキッシュを食べながら考えていた。




(……ユウトは、自分には何の能力もないなんて言っていたが、それは違う。おそらく自分の能力に気づいていない。……または……)




ミハエルはキッシュを飲み込むと、いつもの調子に戻って言い始めた。




「ユウト、というか最後のあれはなんだ。俺へのリスペクトか何かか?」


「……へ?何が?」


「ずいぶんとカッコよかったじゃないか。ユウトもああいう行動ができるんだな?」




ミハエルはそこまで言うと、ユウトの肩にぽんっと手を置き、顔を覗き込んだ。


ユウトは一瞬、何のことか分からなかったが、至近距離でニヤニヤするミハエルを見て顔を紅潮させる。


昨日のことを言ってるのか、と合点がいったユウトは、ミハエルの手を振り払って喋り出した。




「そ、そういうわけじゃないよ!……なんか、役に徹してたら自然とそうなちゃったっていうか!べ、別にミハエルリスペクトで真似したわけじゃないし」


「ほー?なんだ、てっきりかっこいいから真似してくれたもんだと思ったが」


「……自分でかっこいいとか言うの止めた方がいいよ?」


「事実だからな」


「なんなの……」




照れながら不満の意を表すユウトとは反対に、ミハエルはいつもの様子でけらけら笑い始めた。


先ほどまでの険しい雰囲気からは一転して、またいつもの2人に戻ってた。


しかし、ミハエルは機嫌の悪そうなユウトを見ながら、ある考えが大きくなっていくのを感じていた。




(……ユウトは明らかに昨日の俺の行動をトレースしていた。真似したんじゃないってのは、本当のことだろう。ユウトは出会ったときからずっと……最適なタイミングで、最適な動きをしている。無意識に。……それが、ユウトの能力だとしたら……)




ミハエルはいまだ恥ずかしそうに、目を合わせずコーヒーを飲んでいるユウトを見て、出会ったときのことを考えていた。




(……普通は命の危機にあっても、あんな行動には出られない。ユウトがそういう能力を持っていたとしたら……)




ミハエルは、目の前の青年が平和な国で生まれ育ち、何不自由なく生きてきたという先入観が消えていくのを感じていた。


初めて会ったときから、協力しなくてはならなくなった時まで、ずっと心のどこかで思っていたこと。


ミハエル自身が生まれたときから一度も感じたことがない【普通】、それを具現化した存在がまさにユウトであった。


しかし、今はそう思えない自分がいた。




(……あの時、お前は何に泣いていたんだ)




何かに耐えるかのように目をぐっとつぶり、涙をにじませていた様子を思い浮かべる。


仕事での不安因子を取り除くために、あえて優しく話を聞いただけだったが、返ってきた言葉は予想外のものだった。




  ーミハエルはさ、どうしても辛くて忘れられないことってある?ー




5月の晴れた空の下、風になびく黒髪を見て、ミハエルは表現できない感情が湧いてくるのを感じていた。


ミハエルにとって、ユウトは最悪の出会いから始まった関係ではあったが、なぜか不思議と馬が合う相手であった。


ユウトは自身が狂おしいほど欲していたものを、享受しながら生きてきたであろう人間のはずなのに。


なぜそんな相手に感じるのが、嫉妬でも同情でもないのか。




その感情を、今のミハエルにはとても言い表すことが出来なかった。





いつも読んでくれる皆様、ありがとうございます。

ミハエルとユウトの物語を紡いでいけるのも、皆様のおかげです。

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