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殺し屋見習いの初めて

NY(ニューヨーク)のアパートは、多くがセントラルヒーティングという暖房設備だそうです。

これは建物全体が常に温かくセットされている分、乾燥がひどいんだとか……

ちなみに、ミハエルとユウトはどちらも寒いのが苦手です。




「……で、どうだ?」


「……どうだって、どれもさっぱりだし、役に立つ気が1ミリもしないよ」


「ユウトのその潔さはなんなんだよ……」




2人はアパートのリビングで、パソコンに表示されている案件を選んでいた。


ミハエルは自分たちの有用さをアピールできそうな案件を選んで見せたが、ユウトは首をかしげている。


「【案件1:詳細人数不明の詐欺グループの殲滅】、【案件2:低品質麻薬密売人の殲滅】、【案件3:シティメディカルビルの医師暗殺】……って。どれも殲滅だの暗殺だの物騒だし、良く分からないし、怖いし!僕じゃ選べないよ……」


「……他の案件だとプロ相手だったり、一部持ち帰りだの面倒くさそうだぞ?」


「一部持ち帰りってなに……。もう少し簡単そうなのないの?」


「簡単っていってもなあ。俺にくる案件は全部最終的には殺しが絡んでくるし、何より単価の安い奴をヤっても今の俺とユウトの立場を確立できねぇ。」


「……そうですか。……はぁ、まあもう、僕はなんでもいいよ。選ぶポイントとかも分からないし、どのみちミハエルに言われた通りにやるしかないからさ」


「……そうか。つーか、ユウト、お前って平和ボケした日本でぬくぬく育ったんだろ?あの時も思ったが……なんてか……意外に肝が据わってるよな。……なんでだ?」


「……別に肝は据わってないけど、多分僕、ちょっと感覚がズレてんだよ。昔から家族にも、友達にもよくそう言われたし……。それに、俺にとってはまだ殺しは現実味がない話っていうか……あと、個人的にもっと怖いことがあるから……」


「……ふーん……」




ミハエルは一瞬ユウトの目が暗く淀むのを感じたが、あえて何も聞かずにパソコンに目を戻した。




「それじゃあ、【この案件1:詳細人数不明の詐欺グループの殲滅】にしよう。詳細不明ってところが難易度高めだが、その分1番報酬も高いし、組織からの評価にもつながる。詐欺師相手なら、情報収集役ってことでユウトが役立つかもしれねーし」


「……善処するよ」


「おう。あの時みたいに、完璧な一般人を装えよ?」


「それは任せて。そこだけは自信ある」


「ははは!」




昨日のことが嘘のように、2人は軽口をたたき合っていた。


しかし、状況が芳しくないことには変わりない。


ミハエルは笑いながらも、どういった作戦でこの案件を遂行すべきか考えていた。




「そうと決まれば俺はこれから戦略を練るから、ユウトはそこの【組織の殺しビジネス100のポイント】でも読んでてくれ」


「そんな自己啓発書みたいなノリで……。わかった、とりあえず目を通しておくよ」




2人はそこから夜中まで作業に取り組んでいた。


ミハエルは夜11時頃になってからようやく息を吐き、パソコンから手を離した。


ソファに寝転がりながら、意外にも真剣に【組織の殺しビジネス100のポイント】を読み込んでいたユウトも、はっとしてミハエルの方を振り返る。




「……とりあえず、大筋の戦略は決まった。この案件の依頼者である【アイザック】とかいうじじいにヒアリングして、組織の情報をあるだけ聞き出す。んで、それらの情報をとっかかりに一部の奴らと接触、捕えて脅すなり拷問するなりして詐欺グループ全員の名簿を割り出す。あとは全員順番にヤりゃいいだろ」


「……ずいぶん簡単にいうけど、その情報を聞き出すってのがかなり難しいんじゃないの?依頼者が知ってる情報は全部もうこっちに共有されてるんでしょ?」


「……ちゃんとその本読んでたんだな?」


「うん。組織の殺しビジネス100のポイントの7番目に【依頼者の知っている情報は全て聞き出してから案件掲載を判断】って書いてるよ。てことは、今回組織の案件にきた時点で、その人がもってる情報は全部ミハエルに共有されてるんでしょ?」


「本来は、な。でも、長年の勘でこのじじいが全てを組織に話してないのが分かる。殺し担当が依頼者に直接接触するのはご法度だから、ここでユウトの力を借りたい」


「あ、そこでなんだ?」


「嫌なら、詐欺グループの奴から情報を聞き出す方でもいいが?」


「いや、拷問とか言ってたから勘弁!」


「だろうな」




こうして一通り案件の戦略を話し終えると、ミハエルはシャワーを浴びに行ってしまった。


ユウトは残されたリビングで、ミハエルに言われたことを振り返る。




(平和ボケした日本で育った奴……か。そうだよな。ミハエルは8歳から組織にいるって言ってたし、僕とは比べ物にならないような境遇で生きてきたんだろうな……)




ユウトはソファに寝転がりながら、黒い天井をぼーっと見上げた。




(僕は不可抗力とはいえ人を殺しちゃったのに……あんまり実感湧かないな。しかも、これからミハエルともっと色々ヤってくのに。)




徐々に暗くなる思考と、それに伴って脳裏に浮かんでくる映像。


それはユウトを長年苦しめてきた元凶(トラウマ)だ。




(やっぱり僕は……どうしたって……母さんの子供なんだ……)




ユウトの意思とは反して、目に涙が滲んでいく。




(全部、嫌で……逃げ出したくてNY(ニューヨーク)に来たのに……。これじゃ、意味がないよ……)




暗い思考の沼に落ちかけていた、その時……




「おい」


「!?」




ユウトはびくっとして、ソファから飛び起きた。




「ななな、なに!?ミ、ミハエル……早かったね。てか、音もなく出てこないでよ、びっくりした……」


「……びっくりしたのはこっちの方だ」




裸にバスタオルを羽織っただけのミハエルは、ユウトのとなりにドサッと腰掛けてきた。


ユウトは気まずさで小さくなっていたが、ミハエルは全く遠慮する素振りがない。




「……辛いのか?仕事(コロシ)に関わるのが」


「……いや…………ううん……仕事のことじゃないよ……」


「……?じゃどうして」




ユウトは一瞬戸惑って、しばらく黙ってしまった。


ミハエルは、何も言わずただじっと座って待ってくれている。


数分が経過しただろうか、ユウトは静かに口を開いた。




「……ミハエルはさ、どうしても辛くて忘れられないことってある?」


「……辛くて忘れられないこと?……トラウマか」


「……うん」




ミハエルは顎に手を当て、しばらく考え込んでから、ゆっくりとユウトの方を見て答えた。




「……俺は……見ての通り、こんな生活をガキの頃からしてる。どうみても世間的には普通じゃないだろ。……忘れられないことくらいたくさんある」


「……そっか。ミハエルでも、そういうことがあるんだ」


「……俺でも?」


「だってさ、ミハエルは僕からしたら……メンタルが強くて能力もあって……イケメンで。こういう仕事をしてはいるけど、本当に凄い人なんだろうなって思うからさ。そんな人でも、辛くて忘れられないことがあるんだなって思って」


「……何言ってんのか分からないが、俺からしたら日本みたいな平和な国で暮らせて、五体満足で、顔は普通で、謎に肝が据わってて……。お前もなかなかにすごいぜ?」


「……今顔は普通って言ったよね?僕はミハエルのことイケメンって言ったのに」


「精一杯励ましてんだろ」


「どういうこと?」




ミハエルはハハっと笑うと、ユウトの肩にぽんと手を置いて顔を覗き込んだ。




「……あのな。俺とユウトは今や【運命共同体】だ。……辛いことは言ってくれ。もちろん、無理強いはしないが」


「え……?……あ、う、うん……」




ユウトは初めて見るミハエルの優しげな表情に、面食らってしまった。


あと少しで鼻先が触れてしまうほどの距離。


そんな反応を気にもしてない様子でミハエルはニヤッと笑うと、髪を乾かしてくるといって部屋から出ていってしまった。




(……なんか……こんな風に気遣ってもらえるなんて、思わなかった……)




軽く衝撃を受けてぼーっとしていると、そのうち脱衣所からドライヤーの音が聞こえてきた。




フォーン




ユウトはその方向を見つめながら、ぼんやりと考える。




(……ミハエルって……僕のせいでこんなことになってるのに……。なんか、殺し屋にしては……優しすぎる。何でミハエルはこの仕事してるんだろ……やっぱ、理由があるのかな……)




そんなことを考えていると、ユウトは先ほどまでの暗い思考が消えていくのを感じた。


自分の持っているトラウマなんて、ミハエルに比べたら小さ過ぎることなのかもしれない、そう感じたのだ。


それと同時に、自分の顔を間近で覗き込まれたことを思い出す。




(……ほんとイケメンだよなあ……。なんか、良い匂いしたし……)




少し複雑な気持ちになりながらも、ユウトはNY(ニューヨーク)に来てから初めて心が温かく満たされていくような気がしていた。


ふいに香ってくるシャンプーの匂いって、どうしてあんなにドキドキするんでしょうね。

作者は香水マニアなので、がっつり重い系の匂いもすきですが、お風呂上がりの清潔な肌の匂いには煽情的なものを感じます。(同士いますよね?え……?)

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